逃げ回る先々で涼平は別れを繰り返します
「ドウシテ…ドウシテコンナ…」
「ネェオキテ。オネガイ…」
黒髪の女性二人はすぐに見付かった
「あぁ…」
「…」
二人の目の前には、下半身がなくなった、昨日話していた海女のおばあさんがいた
黒髪の女性二人は必死に起こそうとしているが、もう目を覚まさない
「イコウ‼︎ミンナデニゲヨウ‼︎」
「ゴメンナサイ…」
「ユルシテクダサイ…」
涼平はその光景を見て、拳を握り締めるも何も言えずにいた
「何やってんだ‼︎早く来い‼︎こっから出るぞ‼︎」
マサ兄が軽トラックを引っ張って来てくれた
「涼平‼︎隣に乗れ‼︎みんなは荷台に‼︎」
全員軽トラックに乗り、港付近から出た
「何なんだあの飛行機は‼︎あいつが爆弾を落としてやがる‼︎」
「マサ兄、病院だ‼︎病院に行って‼︎」
「よし…」
軽トラックは病院に向かう…
「涼平」
「…嘘、だよね」
病院に近付くにつれ、雰囲気で分かってしまう
「見たくないのは分かる…」
無い
「昨日まであったよね…」
何も無い
あったはずの病院が無い
「ジジイ‼︎出て来い‼︎」
いつも冷静なマサ兄でさえ、声を荒げる始末
「先生‼︎何処ですか‼︎」
瓦礫を退ける二人を見て、荷台の三人も手助けを始める
「先っ…」
「ジジイ…馬鹿野郎…」
先生は瓦礫の下にいた
自分の“娘”を庇ったまま、お互いに目を開けた状態で絶命していた
「コノコ、アサゴハンタベテタノネ…」
黒髪の女性がそう言い、少女の手を見ると、子供用のスプーンを手に持ったままこの世を去っていた
「許してくれ…」
「オヤスミナサイ…」
マサ兄と黒髪の女性は二人の瞼を閉ざした
「…行こう」
声を震わせるマサ兄
軽トラックに乗り、何処かへ向かう
「あそこの漁船で湾に出る」
マサ兄が来たのは作業する港ではなく、少し離れた場所にある漁船の停泊場…
「おっ。深海み〜っけっ…」
外洋では、島を爆撃した航空機を出した少女が一人佇む
航空機から送られて来た地獄絵図と化した島の航空写真を見て、口角を上げる…
「よしっ、行くぞ」
軽トラックから降り、皆をいざ漁船の所まで連れて行こうとしたマサ兄
「チッ…」
航空機に目を付けられたのに気付き、マサ兄は黒髪の女性二人を庇う
「ソンナ…」
「ウソデショ…」
一瞬の出来事だった
ほんの数発放たれた機銃の弾が、マサ兄の体を抉る
「涼平…運転出来るな…⁇」
「嫌だ…嫌だよマサ兄‼︎」
「行け…お前達だけでも…」
マサ兄は涼平に何かを渡し、涼平はそれを確と受け取る
「ワタシ、ココニノコル…」
「ダイジョウブ。イッショヨ…」
「行けと言って…」
「シヌトキハ、イッショ…」
「マサクン、ワタシタチヒトリニシナカッタ」
「アナタハイキナサイ‼︎イキテイキテ、イキノコルノ‼︎」
「…オワカレハイワナイ」
「リョーチャン、バイバイ…」
「バイバイ、リョーチャン…」
涼平はただただ頷き、涙を拭いてシュリと共に漁船へと向かう…
「涼平は…行ったか…⁇」
「イッタワ…」
「そっ、か…」
「ダメダメダメ‼︎マサクンオキテ‼︎」
「メヲアケルノ‼︎」
「名前…決まったんだ…」
「…イッテ‼︎イッテオキテ‼︎ネェ‼︎」
「マサクン‼︎」
「“セイレーン”と…“シレーヌ”…だ」
「来たか‼︎涼ちゃん‼︎こっちや‼︎」
「タツさん‼︎どうなってるんですか‼︎」
「分からん‼︎とりあえず逃げぃ‼︎」
タツさんに言われた船に涼平とシュリが乗り込む
「タツサン‼︎イコウ‼︎」
「早よ行け‼︎」
「タツさん‼︎何言って…」
「ハヤク‼︎」
タツさんは口角を上げる
それを見て、涼平は何かを察した
タツさんは腹巻きに手を入れたまま、ずっと涼平の顔を見ている
「…」
「リョーチャン⁇」
涼平は船のエンジンを入れた
「リョーチャンモドッテ‼︎」
「もう死んでる…」
「エ…」
涙を流しながらも舵をとる涼平
シュリは船の後ろでタツさんを見る
タツさんは船のあった場所をずっと見つめている…
とっくの前に背中を抉られていたタツさんは、何とか二人だけでも救おうとここで待っていてくれた
そして気力だけで耐え抜き、二人が島を出るのを見送ってその生涯を終えた
十数分運転を続けた涼平は、自動操縦に切り替え、その場に膝を落とす
「リョーチャン…」
「…」
抱き付いて来たシュリを無言で抱き締め、涼平は水平線を睨む
遠く離れた海上に、紫色の髪をした女が航空機を回収しているのが目に入る
その姿は罪の意識の無い様に見えた
睨む涼平の左目が赤く染まっている事に、シュリでさえ気付いていない
ましてや、本人もそれに気付いていない
いつの間にか、涼平の体には深海の素質が出来ていた
ずっと深海の傍に居たからだろうか…
シュリと体を重ねたからだろうか…
今しがた見た女性に対する復讐の念だろうか…
そのどれもが正解であり、間違い
正しい答えはただ一つ
涼平はシュリを護りたいが為に人としての体を捨て、深海の素質を手にした
その瞬間が今、自分自身に起こっているとも知らずに…
「一隻漁船が島から脱出したよ。そっちで追えるかい⁇」
《了解、隼鷹。イージスを出す》
「イッショニイヨウネ…」
「ン…」
シュリは愛おしそうに涼平に擦り寄る
数秒目を閉じた涼平の目は、次に開けた時には元の目に戻っていた
何もかもを失った少年と少女
ほんの一瞬の出来事だが、二人は幸せな時間を過ごせた…
「鳥羽の方面に設定したんだ。あそこなら、船をつけられる」
「ン…」
「そしたら、水族館に行こう…後は、イルカを見て…夫婦岩を見て…」
「タクサンイコウね」
そこで涼平はマサ兄から最後に受け取った物に気付く
マサ兄がずっと使っていたオイルライターと、ずっと嗜んでいたタバコ
「ちょっと休もう。疲れちゃった」
「ウンッ…」
涼平は船の背後に行き、タバコに火を点ける
あの紫色の髪の女は既に見当たらず、涼平は紫煙を吐きながら逃げ切れたと安堵する
もう島へは帰れないのだろうか…
あの一瞬で、本当に何もかもを失った…
残りの人生、シュリさんと何処かで細々と暮らし…
乾いた音が響いたと思った瞬間、涼平の胸に激痛が走る
「リョーチャン‼︎」
「そこの漁船、止まりなさい」
一隻のイージス艦が放った銃弾が、涼平の胸を貫いていた
「リョーチャン…リョーチャン…」
シュリは必死に倒れた涼平を操舵室に引き寄せ、抱き寄せる
「止まれと言っている‼︎」
「シュリ…さん…」
「ダイジョウブ…ツギハワタシガタスケルカラネ…」
そう言って、シュリは涼平の頭に右手をかざす
「貴重なサンプルだ‼︎丁重に扱え‼︎」
「マニアッテ…」
シュリは涼平に何かをしようとしており、涼平の体が本格的に深海化が始まる…
後に判明するが、シュリは涼平に“乗艦式”をしようとしていた
マーカスとたいほう
リチャードと瑞鶴
特別な関係になった二人は、女性側が男性側を妖精に出来る神聖な儀式
それを行えば、涼平はシュリに妖精にされ、とりあえずは生命を維持出来るからだ
「手を上げろ‼︎」
遂には横に付けられ、乗り込まれた
「リョーチャン…」
「民間人に手を出すな‼︎」
「ソッチガウッタンデショ‼︎コノコハカンケイナイノニ‼︎」
「殺さない程度に撃て」
乗り込んで来た隊員に撃たれるシュリ
「イタイ…デモ、ダイジョウ…」
そんなシュリの最後の願いを通じぬまま、右手が吹き飛ばされる
「アァ…」
シュリに痛みは大して無い
右手程度吹き飛ばされた位なら、また再生出来るからだ
だが、乗艦式はこれでもう出来ない
シュリは成す術をなくし、怯んでいる所を確保される
「リョーチャン‼︎オキテ‼︎オキテイツカタスケニキテ‼︎」
「来い‼︎」
「民間人はどうします⁇」
「我々が誤射したとなれば処分は必須だ。分かるな⁇」
「はっ‼︎」
涼平は放置され、シュリだけが何処かに連れ去られてしまう
「そこのイージス艦‼︎所属を述べよ‼︎」
たまたま警備に当たっていたイージス艦が、シュリを乗せたイージス艦に近付く
「行くぞ‼︎」
シュリを乗せたイージス艦は反応を示す事無く、その場から逃げる様に去る…
「民間人がいる。岩井、救助に向かえるか⁇」
「了解です、艦長」
「此方イージス艦“きくづき”。横須賀基地、応答願う」
《此方横須賀基地。きくづき、どうしました⁇》
この頃の横須賀はまだジェミニが提督をしておらず、無線の向こうから聞こえて来た声は壮年の男性の声
「島から脱出した民間人の漁船がイージス艦に攻撃を受け、民間人の男性が負傷。現在、救助に当たっている」
《艦長‼︎深海化の兆候があります‼︎》
「深海化の兆候が見られる。処置を頼みたい」
《了解。此方で引き取る。きくづき、ご苦労だった》
「民間人の救助、終了しました」
「応急処置を頼む。この民間人は横須賀でしか処置出来ない」
「はっ‼︎」
涼平はきくづきに救助され、当時はそこでしか診られなかった横須賀へと搬送される…
「よく頑張った…あの島で何があったのだろうか…」
「現在判明しているのは、呉より出撃した軽空母隼鷹による爆撃とあります」
「深海が居たからと揉み消されるのだろうな…済まない事をした…」
「横須賀から電文。横須賀に入港した後、そのままきくづきの改修に入る。との事」
「決戦は近い、か…いや、民間人に発砲する位だ。既に雌雄は決しているか…」
コキチャン…ナースちゃん
涼平の生まれ故郷の島にある診療所でナースになった深海
仕事は真面目だが知能はまだまだ子供で、診療所の先生であるおじいさんに子供の様に可愛がられていた
空襲の朝、子供用のスプーンで朝ごはんを食べていた所を空襲を受ける