目線がスパイトに代わり、とある男性を目で追います
少し悲しい、スパイトさんの恋のお話です
表に出た私は、一人の男と出逢った
彼の顔を見るなり、私の顔は一気に明るくなる
「ふふっ‼︎」
その彼と一緒にいる時だけ、私は一人の少女に戻る
「お散歩しましょう‼︎」
彼はいつだって、私の”横”を歩いてくれる
一緒に歩く時、皆が後ろを歩く中、彼だけはいつも横を歩いてくれる
私が疲れた時だって、誰よりも早く気付いてくれる
子供達の相手をする中、彼に甘えても同じ様に相手をしてくれる
私が彼に心惹かれるまで、時間は掛からなかった
海岸沿いを二人で歩くこの時間だって、私にとっては大切な時間
彼と二人でいる時間は、まるで何十年の時を取り戻すかの様に美しい…
「トリさんだわ」
砂浜で白いトリさんが砂を突いている
エサでも食べているのね
「私も朝ご飯食べたわ‼︎とっても美味しかったの‼︎」
私がそう言うと、彼は私の前で膝を曲げて目線を合わせてくれた
「んっ…」
彼は私の頬に付いていたご飯粒を取ってくれた
よっぽど美味しかったんだな⁇と、彼が微笑む
その顔を見て、私も微笑みを返す
「もっと近くでトリさん見たいわ。いいかしら⁇」
私がそう言うと、彼は車椅子の前に立ち、手を広げる
それを見て、私も手を広げて彼に抱き付く
こうすれば、自然と彼に抱き付く事が出来る
あぁ…甘えてばかり…
私は彼に何かを返せるのかしら…
彼に抱かれて海岸沿いの階段の一番下まで降り、そこに腰を下ろす
…誰も見ていない
どうせならもう少し、甘えてみようかしら
子供達がいつもそうしている様に、今日は私が彼の膝の上に座ってみた
何も言わない…
これ位じゃ、彼は何にも言わない
子供達で慣れているのね、きっと
「そうだわ‼︎マメを持ってるの‼︎」
箱の中から小さな袋を取り出し、一つまみトリさんに向かって投げてみた
すると、トリさんはマメに寄って来た
砂浜をツンツンする姿は、見ていて可愛い
「トリさんも朝ご飯ね‼︎そうだわ‼︎こっちに呼びましょうか‼︎」
マメを一列になる様に投げ、ゴール地点は私の手になる様にする
「来たわ‼︎ふふっ‼︎」
ボッチのトリさんがこっちに来た
こんな子供じみた事をしても、彼は笑って私とトリさんを見てくれている
何十年も変わらない、優しい手…
何十年も変わらない、優しい微笑み…
何十年も変わらない、優しい彼…
変わったのは、たった一つ…
貴方が…
「あっ…」
そう思った時には彼に抱かれて、私はまた車椅子に座る…
「今日は何をするの⁇」
彼はいつだって忙しく動いている
この小さなお散歩だって、時間を割いてくれたに違いない
彼の目線は、学校に向いている
「そう。今日は学校に行くのね」
話さなくても分かった
今日は学校の視察の担当なのね
さっきズィーズィーズッコロバシを出た所に居たのは、子供達を見送って朝ごはんを食べようとしていたのね
「ごめんなさい‼︎私、朝食の邪魔を…」
そう言うと、彼は私の車椅子を押し始め、”朝食の後の紅茶でも飲めばいい”と、私をマミヤに連れて来てくれた
「紅茶を頂けますか⁇」
彼はいつものモーニングプレート
私は熱い紅茶
彼はいつも誰かと何かを食べる時、緊急の時以外何かを弄くったりしない
いつだって、目の前にいる人と話しながら食べる
「来たわ‼︎」
彼も私も、彼が注文したモーニングプレートが机に置かれていくのを目で追う
私は紅茶を飲みながら
彼はコーヒーとメダマヤッキーを食べながら、お話は続く
私は彼が何かを食べる姿を見るのが好き
それを眺めているだけで、幸せな気持ちになれるから…
しばらくすると、彼は立ち上がる
「一緒に外まで行きましょう⁇」
私が代金を出す前に、彼はいつもそうする様に、伝票の横に代金を置く
マミヤを出るまで、彼は私だけの物…
そうでないとしても、今だけはそう思いたい…
だから、別れ間際に今日の最後のワガママを彼にいつもお願いする
マミヤを出てしばらく歩いた所で、彼の服の裾を摘む
「ね…私の名前、呼んでちょうだい。久々に聞きたいわ…」
この世で私の名前を知っているただ一人の人…
私が彼と唯一秘密にしておけるのは、これ位しかない
リチャードにも教えない、彼だけが知っている、私の本当の名前を…
彼は私の背後に立ち、私をそっと抱き締め、耳元で囁く
「すぐ帰るよ、ゲルダ」
その声を聞き、私も彼の名前を返す
「行ってらっしゃい、リヒター。また後でね…」
彼の頬に頭を二度程擦り、頬を撫でた後、彼はいつもの彼へと戻る
見送る背中は、あの日見た背中と同じで、優しくて、大きくて、頼もしい背中
ただ一つだけ違うのは…
貴方が息子と言う事だけ…
私はこれから先もずっと、貴方を叶わぬ恋で見守り続ける…
でもいいの、私
だって私は貴方の母親
誰にも取られない立ち位置だもの‼︎