転生失敗!八神家の日常   作:ハギシリ

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映画は友達と見るようにしましょう

 

 

 世の中何が起こるかわかったもんじゃない。

 言葉でいうのは簡単だけど、案外それを自分の身で考えることができる人は少ないものだ。

 

 もしかしたら明日、事故にあうかもしれないし、地震が来るかもしれない。いや、それどころか古の魔導書が覚醒して4人の騎士が目の前に現れるかもしれない。

 

 ……と、考えていたけど、俺はまだ甘かったんだ。突然の出来事は『明日』じゃなくて、『今日』突然やってくるものなんだ。

 

 実際今朝までの俺は今日、まさかこんなことになるなんて、夢にも思っていなかった。

 

 そう、今日バニングスさんに声をかけられるあの瞬間まで。

 

 

 

***

 

 

 

「あら、おはよう。今日は随分と早いじゃない」

 

「へ?」

 

 思わず間抜けな声を出し、そのあとあたりを見回す。

 ……うん、誰もいないね。

 

 え、もしかしてバニングスさんは今、俺に挨拶をしたのか? 

 いやいや、まさか。あの隙あれば俺を罵倒してくるバニングスさんが普通に挨拶するなんて。きっと今のは俺の心の弱さが生み出した幻聴だな!

 

「……聞こえなかったのかしら? あんたに言ったんだけど」

 

「ええっ!?」

 

 幻聴じゃない!? そんな馬鹿な!?

 

 と、とにかく早く返事をしないと……。と言っても相手はあのバニングスさんだ。ここは努めて冷静に、かつ紳士的に余裕をもって返事をしないと。でないとまぁた、ボッチは挨拶に慣れてないとかなんとか、なに言われるか分かったもんじゃないぞ。

 

 なに、要はいつも姉さんとかにしてる挨拶をすればいいだけさ。俺ならできる。自分を信じて! さん、はいっ!

 

「お、おおおお、おはっ、おはよう、ベ、バ、バニングスさん。そそ、そういうバニングスこそはやや、いね。クラスでいちっ、1番じゃん!」

 

 よし、さりげなく返事をすることに大成功。どこからどう聞いても平静で落ち着きのある挨拶だ。

 

「そうね」

 

「あ、うん……」

 

「「………」」

 

き、気まずい……。

なんでさわやかな朝からこんなヘビィーな空気に……。

 

「映画っていいわよね」

 

「は?」

 

「テレビじゃ味わえないあの迫力。映画館特有の何とも言えない雰囲気。見ている人たちに心が一つになっていく連帯感。あれはまさしく人類の英知とも呼べる発明よ」

 

「そう……なのかな。映画はたまにしか見に行かないからよくわからないけど……。姉さんとは何回か行ったけど、最近はそれもずっとないし……友達と見に行くこともないし」

 

「相変わらず寂しい人間関係を築き上げてるのね」

 

 ほっといてくれ。

 

「君○名はって面白いそうよ」

 

「は……?」

 

 今度はいったいなんだ? なんだか今日のバニングスさんはいつもに増して様子がおかしいぞ。

 

 確かにその映画って……今いろいろな記録を塗り替えてるとかで連日連日ニュースで報道してるアニメ映画だっけ?

 

「流石のプロボッチのあんたでも、あの作品くらいは興味あるでしょ? あれだけ話題になってるくらいなんだから」

 

「うーん、別に流行を否定するわけじゃないんだけど、あんまり人の評価は気にしないほうだしなぁ。正直あんまり興味はないかな」

 

バニングスさんは信じられないものでも見るような表情で俺を苦々しく見ていた。

 

え、なんで俺こんな目で見られてるの? そんなに目で見られるようなこと言った?

 

「……それはマズイわね。今時流行に疎いとか社会に出たら通用しないわよ、ていうか死ぬわよ」

 

「死ぬの!? 映画見てなかっただけで!?」

 

「私のパパ、洋画ばっかり見ててろくに流行のものもチェックしてなかったんだけど、昨日いきなり爆発して帰らぬ人になったわ」

 

「爆発したのお父さん!? 映画見てなかっただけで!?」

 

ちょっとまって、今めっちゃ心臓バクバクしてる。

 

 バニングス家はそんなしょうもない理由で家長を失ったのか? いつからこの国はそんなに世間のパパに厳しくなったんだ。

 

「そんなわけで、あんたどうせ明日も暇でしょ? パパの二の舞になる前に行ってきたほうがいいわよ。ぼっちでも一つの命だもの。大事にしなさい」

 

 まごうことなき暴言に、添え物レベルの善意乗せてぶん投げてきやがった---

 

って、それよりこれは一大事です。正直バニングスさんの話をどこまで信じていいのかわかりませんが、魔法が実在するような世の中なのです。もしかしたら誰かが流行に乗り遅れた人間を始末する魔法を作り上げたのかもしれません。

 

ちょっと前は、死ぬときはランボーとかアベ〇ジャーズみたいな派手な爆発の中で壮絶に散りたいなー、とか思ったこともありましたが、この爆死はなんか想像してたのと違う!

 

映画……! とにかく映画を早く見ないと……!

 

結局、その日一日の授業は全く頭に入りませんでした。

 

 

 

 

「さて、仕込みはこんなものかしら。あとは頑張りなさいよすずか」

 

 

 

***

 

 

 

「で、なんでこうなるのよ?」

 

「どうかした? バニングスさん」

 

 翌日の土曜日、映画館に来ていた俺はバニングスさんと2人で映画の券売機の前に立っていた。

 

 どうしてこんなことになったのかというと、今朝は珍しく月村さんの姿を見ないと思っていたら、彼女からインフルエンザに罹って、俺に移すわけにはいかないから、今日はパンツを取りに行けないというメールが来ていた。あと、映画館に行くならバニングスさんがいるはずだから声をかけてほしいとも。

 

 なんで俺が映画行くこと知ってるんだとか今更な突っ込みは置いておいて、疑い半分で、映画館に行くとマジでバニングスさんがいた。とりあえず月村さんからのメールを見せると驚いた様子だった。

 

 どうやらバニングスさんにも月村さんからのメールは来ていたみたいだけど、基本的にまじめなバニングスさんは映画館についた時点で電源を切っていたようで、メールに気付かなかったらしい。

 

「私はすずかが見守っててほしいっていうから付き添いできただけなのに……『映画館で偶然バッタリ、え、君も?』計画が台無しじゃない……」

 

「さっきからぶつぶつ言ってるけど、どうかしたの?」

 

「なんでもないわよ! そもそも全部あんたが原因なんだから!」

 

「えー!? なにそれ理不尽!」

 

 普段からバニングスさんには雑に扱われてるけど、今日はなんだか特にひどいぞ。やっぱ俺、嫌われてるのかな……?

 

「ねぇ、この際だからはっきり聞きたいんだけどさ、バニングスさんは俺のこと嫌いなの……?」

 

「え? 別にそんなことないわよ」

 

「じゃあ、もし俺が一緒に遊ぼうって誘ったらどうする?」

 

「時と場合にもよるけど多分断るわね」

 

「昼休みに一緒にお弁当食べようって言ったら?」

 

「そうねぇ、断る……かしら?」

 

「……休み時間にちょっとした用事で話しかけてもいい?」

 

「そのぐらいなら……あ、ごめん、やっぱ断る」

 

「……落とした消しゴム拾ってって頼むのは……?」

 

「やぁねぇ、あんたの落とした消しゴム拾わさらるくらいなら新しいの買ってあげるわよ」

 

「メチャメチャ嫌いじゃん!!」

 

はぁ、とバニングスさんは呆れたようにため息をつきます。

え? なんであんたがやれやれって顔してるの? それ俺の役割じゃない?

 

「この程度で嫌われてると思うなんて、ぼっちの被害妄想力はすごいわね。あのね、あんた。こんな話を知っているかしら?」

 

「また突然に……で、なに?」

 

「その昔……ある男の子が事故にあったとき、その子の持っていたゲーム機が壊れてしまったのよ。母親がその子を元気づけようとゲーム機を修理に出したの。すると、事情を聴いた会社は母親に修理費はいらないって言って無償で修理を行ったそうよ」

 

「へぇー。それで?」

 

「いい話よね」

 

 話したかっただけ!?

 

「もういいよ! とにかく俺はチケット買うから! 早くしないと爆発するし!」

 

「はぁ? 何言って……ああ、昨日のあれのことね。信じてたの? 特定の映画見ないだけで人が死ぬわけないじゃない」

 

 おい、待てや。

 

 いや、おかしいとは思ってたけどさ。

 

「じゃあバニングスさんのお父さんが爆発したのは嘘だったんだね……」

 

「ええ、嘘よ。パパは今日も職場で平和にパワハラしてるわ。というか、流行の映画見ないだけで爆発するんならあんたなんて今までの人生で5、6回は爆発してるわよ」

 

「やだよそんなダイハードの入門編みたいな人生……」

 

「とにかく、『君○名は』なんて他人が見て回った手垢のついた映画見る必要はないのよ。なにか他の……ラッキーね、貞子vsプレデター2の座席が空いてるわ」

 

「そんなもん見に来てたの!?」

 

 なにその最悪な形での日米のコラボレーション!? お互いもっと他に出すものあっただろ。しかも続編つくってんじゃねぇ。

 

「ば、バニングスさん。俺、1見てないし、それはやめない……?」

 

「いいのよ、映画ってのは一作目で基盤を作って二作目で面白くして三作目で潰すって決まってるんだから。ほら、ターミ○ーターとか、エイ○ア……」

 

「それ以上はダメぇ!!」

 

 

 長い説得の果て、結局『君〇名は』にしてもらえました。

 

 

 

***

 

 

 

 というわけで、無事に座席についた俺とバニングスさん。

 バニングスさんは映画館特有の大きな容器のポップコーンも買って準備万端です。

 

 この映画が始まる前の何とも言えない期待感、俺は結構好きです。

 

「安くなってたからついつい買っちゃったけど、1人で食べるにはさすがに量が多いわね。ほら、あんた」

 

 はい、とバニングスさんがポップコーンをつまんで手を俺に口付近に差し出してくる。

 

え、これもしかしてあれ? いや、そんなバカな……ハハッ、相手はあのバニングスさんだぞ。

 

いやしかし……これはいわゆる、あーんというやつでは……?

 

「……ああ、あんたはぼっちだから経験ないかもしれないけど、これは別にポップコーン見せつけてかける新しいタイプの催眠術とかじゃなくて、食べ物が多くて食べきれないから分ける時に一般人が行う行動なのよ」

 

「知ってるよそのくらい! ないけど! 確かに経験ないけど!」

 

 この人はいちいち皮肉は言わないと会話ができないのだろうか。

 

「まぁ、その……ありがと」

 

「いいわよ、そのくらい。ほら」

 

 流石に直接食べさせてくれるほどサービスはなかったようで、弾くようにポッポコーンを口に投げ込まれる。

 

 あ、ポップコーンおいしい……。しかもなんたることか、食べ終わるとバニングスさんが次のポップコーンを差し出してくれていた。

 

 ……なんだ、バニングスさん結構優しいじゃん。俺、バニングスさんのことちょっと見直したかも……。

 

「あ、そのくらいでいいよ? あんまり食べると悪いし。ありがとうね、もうストップで。……ストップ。ちょまっ、ストップ! もういいからッ! ストォォップ!!」

 

「あ、ごめん聞いてなかった」

 

この距離で!? 口ん中パッサパサになったわ。

 

「そういえば、バニングスさんはこの映画のこと詳しいの? 俺はニュースの特番ちょっと見たくらいだからあんまり知らないんだけど」

 

「私もよく知らないけど、よく知らない田舎に住んでる女の子が、よく知らない原理でよく知らない相手とよく知らないうちに入れ替わる映画らしいわよ」

 

なるほど、よく分からん。

 

「あ、バニングスさん。さっきポップコーンと一緒にパンフレット買ってたよね? ちょっとそれ見せてよ。えぇと……どうやら黒髪の白い服の女の人が、ビームライフルもって町で暗躍するアバンギャルドなデザインのクリーチャーと戦う映画みたいだね! ってこれ---」

 

 貞子VSプレデター2じゃねぇか!

 


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