人は自ら悪魔を創り出す。
誰が最初に言ったのかは知らないけど、とりあえずトニー・スタークが言ったのは知ってるからそれでいいや。
でも俺はこの言葉を始めて聞いた時、はずかしながら正直よく意味を理解していなかった。でも今ならはっきり分かる。なぜならその日、俺自身が気付かぬうちに一人の悪魔を生み出してしまったんだ…
――ピンポーン
滅多に鳴ることのない玄関口のジャーヴィスこと、インターホンが来客を告げる。うちに来るのなんてババアか石田先生か三河屋のサブちゃんくらいなので、わざわざインターホンを押すのは宗教の勧誘か新聞の勧誘かキャッチセールスくらいらいなので、どうにもこの音を聞くと億劫な気持ちになる。
「はーい、ただ今ー。……げっ」
来訪者の正体はあの入院騒動以来、変な縁ができているバニングスさんと月村さんだった。
…まだセールスの方がましだったな。
――よし、気付かなかったフリをしよう。
息を潜めて扉に背を向け、足音を立てないように忍び歩きをする。
「出ないね…楓くん、留守なのかな」
「仕方ないわ、帰りましょう。せめてあいつが休んでる間に見つかった奇妙な一人交換日記だけでも届けたかったけど」
「やぁ、二人とも。今日もとてもいい天気だね」
思わず出てしまったが後悔はない。今出なければ俺はきっと何か大切なものを失っていただろう。というかなんで俺の日記の内容が交換日記風になっていることを知っている? 読んだな貴様。
「あっ、楓くん!こんにちは!」
「はい、こんにちは。ごめんね、玄関で待たせちゃって。ちょっと手が離せなくてさ」
「…あれ? あんたこの前死んでなかったっけ? まあいいや」
よくねぇよ。死んでない上に生きていた奇跡を『まぁいいや』で済ませんな。鬼か。
「突然押し掛けてごめんね。楓くんが休んでいた間のプリント持ってきたんだ。…迷惑だったかな?」
「迷惑だなんてそんな!こっちこそわざわざこんなことさせちゃってごめんね?」
「ううん、好きでやってることだから!」
なんて心優しいんだ月村さん。どこぞのイエローデビルとは大違いだ。なんだかこの人を見ていると心が洗われるようだ。きっと前世は天使に違いない。
あっ、でも俺この前天使に拉致られかけたんだっけ? まぁいいや!
そんなことを考えていると、奥の部屋から「おーい」と陽気な声が響いた。もちろん、姉さんだ。
『楓ー、お姉ちゃんとゲームしよー』
「いいよー、ちょっと待ってー」
「…誰?」
「ん?ああ、そういえば二人は会ったこと無いっけ。俺の双子の姉さん」
「えっ!?」
バニングスさんがわなわなと体を震わせながら、信じられないものを見たような目で俺を見る。
「あんた…!ぼっちを拗らせすぎて遂にクローンを…!」
「違うからね? 俺が弟だからね?」
というかぼっちを拗らせるって何だよ。仮に拗らせたとしてもクローンを作ろうって言う発想にはならないよ。アンタ未来に生きてんな。
「…まぁ、とりあえず上がっていってよ。お茶くらい出すからさ」
「え、いいの…?」
「うん。姉さんもきっと喜ぶし、俺も基本的に暇だったからさ」
「知ってるわよそんな事」
何か余計な一言が聞こえた気がするが、無視して二人を姉さんのいるリビングへと案内する。この機会に紹介しておくのもいいだろう。特に月村さんとは是非姉さんと友達になってもらいたいし。バニングスさん? どうでもいいや。
リビングのドアを開ける。
「これからこのゲーム機を楓が…ふひっ、ふひひっ…。だっ、誰!? 何してるんや!?」
――閉めた。
あんたこそ何やってんの?
なんで実の弟のゲーム機に息荒くして頬擦り付けてんだよ。ちょっと意味わかんない。一体何がしたいんだよ? それ楽しいの? 気持ち悪いというか情けなくなってくるわ。
「な、なかなか個性的なお姉さんだね…」
見ないで、そんな穢れを知らない目で俺を見ないで。
気を取り直して、ドアをもう一度開くと、変態が「あら、いらっしゃい。ごきげんよう」などとのたまっていた。姉さん、猫かぶってるところ悪いけど、ポケットから4DSが顔を覗かせてるぞ。
「私、八神はやて言います。ちょっと訳有りで学校は休学してるけど、同じ年なんでよろしゅうお願いしますー。二人は楓のお友だち?」
「いや、そういう訳じゃないです」
1秒と待たずに即答されるとなかなか心に来るものがあるね。巷で流行りのツンデレってやつかな?
「友達と言えば、前はよく高町さんと遊んでたよね?今日はいないの?」
「んー…、なんか最近なのは忙しそうなのよね。誘っても用事があるって断られるし」
そっか。まぁ、高町さんもいろいろ忙しいんだろう。
自己紹介も済ませたところで、姉さんの「せっかくやからアリサちゃんとすずかちゃんも一緒にゲームせぇへんか?」という提案し、皆でボケモンをすることに。
意外なことに、渋るかと思ったバニングスさんは乗り気で姉さんの提案を受け入れていた。そうか、同じ顔でも君が刃を向けるのは俺だけなんだね。特別な関係って素敵やね。
「そういえば、月村さんはもう図鑑揃えた?」
「えっ!?う、ううん。数が多くてまだ全然なんだ…。楓くんは?」
「俺も全然なんだ。月村さんさえよければ後でお互い持ってないののデータ交換しない?
月村さんは頬を紅潮させながら顔を縦にブンブンと振ってくれた。これはオッケーってことでいいのかな? というか今ボケモン何体いるんだろうね? ボケモンは全部で151匹とか言ってたオーケド博士は今息してるのかな?
「あっ、コラッタや!可愛いから『カエデ』って名前つけよ!」
「うわっ、メタモンだ。相変わらずむかつく顔してるわねこいつ。『カエデ』って名前つけとこ」
「どっちも変えろォッ!!」
両親から貰った大切な名前を齧歯類とスライムもどきに取られてたまるか!
というか後半どういうことだよ!もう一人同じ顔いるじゃん!
「なんでバニングスさんはそうやって俺を貶したがるの!? 俺、バニングスさんに嫌われるフェロモンでも出してんの!?」
「だって、抑えきれないんだもん、この気持ち…」
「悪意だよね? それ完全に悪意だよね? 頼むから抑えつけてよその気持ち!」
「まぁまぁ、そんなことよりちょっとあんたの手持ち見せてよ。…へぇ、意外といいの揃えてるじゃない」
そんなことって言いやがったよ、このアマ。
まぁ、俺の確かに手持ちは伝説やら幻と言ったものこそ入っていないが、低いレベルから地道に育て、あらゆるタイプとのバトルに対応できるようにした非常にバランスのとれたパーティーになんだけどね。どや。
「なんだったら後で通信対戦してみる?バニングスさんにだって負けないと思うよ」
「何言ってんのよ? あんたにとっては通信機能なんてこの世に存在しないに等しい機能じゃない」
OK、バカにしやがったな。
「あのねぇ、今時友達がいなくたって通信くらいできるんだよ? ケーブル使ってた時代じゃないんだから」
wifiを使った対戦とかすごいよね。全国どこにいるお友達とも気軽に通信できるんだもん。多分発明した人は俺と同じぼっちだったんだろうな。
「……? …ああ、今もしかしてあたしに話しかけてた? ごめん、また見えない友達に話しかけてたのかと思った」
「ねぇ、バニングスさん。君の中の俺は集団の中で親しげに独り言をする人間なの…?」
話してたじゃん。たった今まで楽しくおしゃべりしてたじゃん。なんかもう、だんだん怒りより恐怖が勝ってきた。俺、なんかこの人に悪いことしたっけ…?
やがて1時間もするとボケモンにも飽きてしまい、手持ち無沙汰になってしまった。
リビングでだらだらと過ごすのもいいが、他ならぬ月村さんに退屈な思いをさせるわけにはいかないと、何か別の暇潰しを考えることに。
「姉さん、何か録画してるアニメとかなかったっけ?」
「う~ん、アニメは無いなぁ…。あっ、昼ドラの『恋破れた幸子。~駄目よ、私には心に決めた人が~』があった」
「なんでそんなもんが家のHDDに混ざってんの!?」
普段楓が学校行ってる時に見てるんよ、とのこと。
俺がいない間家で何やってんだよ姉さん…。
結局、他にやることも思い付かないので、ソファに横一列になってみんなで仲良く昼ドラを鑑賞するはめに。
うわっ、幸子さんの旦那さん浮気してやがる。というかこれ、タイトル的には逆じゃねぇの? あっ、幸子さん浮気に気付いて出家した。え、これそういう話なの?
その後、幸子さんが尼になるための修行が延々と繰り返されてドラマは終わった。クソドラマじゃねぇか。
というか俺達も俺達で何で小学生が4人も揃って放課後に昼ドラ見てんだよ。
俺達が三者三様にドラマの内容にケチつけながら昼ドラを見ていた中、一人食い入るように幸子さんの生き様に見入っていた月村さんが不意に口を開いた。
「…ねぇ、はやてちゃん。はやてちゃんだったらどうする? もしも、好きな人が別の女の人と仲良くしてたら?」
「えっ、楓が? そうやなぁ…とりあえずその人がどんだけ楓を好きか試させてもらうかなぁ…」
「具体的にはどんなことするのよ?」
「具体的に?
そうやなぁ…まず第一関門は楓の昔の写真を見せて、当時の身長、体重、座高、趣味を正確に言い当てるテストから始めよかな」
「…すごく具体的ね」
「ああ、ちなみに今のところこれをクリアできたんはお姉ちゃんだけやから安心してな!」
今の会話に安心できる要素が一つでもあったのなら教えてください。
「そういうアリサちゃんは?」
「あたしはよく分かんないわね。正直、人を好きになるとかまだよく分かんないし。楓は?」
「え、俺? 好きな人が別の人と仲良くしてたら?」
「ううん、もしも自分の正体が実はメタモンだったら」
「そんなん俺も分かんないよ!? なんか俺だけ質問の方向性おかしくない!?」
というか昼ドラ見ながらずっとそんなこと考えてたのかよバニングスさん。『この幸子って女、やるわね。ねぇ、メタ…あ、楓』とか言ってたのはそういうことかよ。もう完全に俺を姉さんに変身したメタモンとして扱ってんじゃねぇか。
「で、楓は実際のとこどうなん?
もしお姉ちゃんが別の男の人と仲良くしてたらどないする? 嫉妬か? 嫉妬か?」
「安心」
そして心配かな。主に相手の。
というかなんで姉さんの中ではナチュラルに俺の好きな人=姉さんになってんだよ。いや、そりゃ好きだけどさ。家族としてなら。
「…やっぱり、楓くんは嫉妬しちゃう女の子なんて鬱陶しいって思う…?」
「へ?」
月村さんから飛んできた予想外の質問に思わず間抜けな返事をしてしまう。
「いや、俺は特に鬱陶しいとかは思わないけど…」
「ほ、本当っ!?」
なんなんだ? やけに食い付いてくるな…。なに、好きな人でもいるの月村さん? は?誰だよこのレベルの女子に好かれてるハッピーボーイは? 相手死ねばいいのにクソが。
…うん、虚しくなるから止めよう。
まずは月村さんを励ますとしよう。どうやら自信が無いみたいだし。
「本当だよ、月村さん。だって嫉妬してもらえるってことは、相手がそれだけ自分の事を好きでいてくれてるってことでしょ? それってすごく嬉しいことだと思うな」
「そ、そうだよねっ!他の女の子と仲良くしてたら嫉妬しちゃうのは普通だよね!」
「うんうん、普通普通」
「最近遂に盗聴器と監視カメラにまで手を出しちゃって不味いかなって思ってたけど、普通なんだね!」
「うんう―――ん?」
「あとは帰り道をずっとバレないように付けてニヤニヤしたり、ときどきお弁当の使用済みのお箸を新品の物と交換したりするのも、普通だったんだねっ!!」
「ごめん、それはちょっと異常だわ」
月村さんは一人で「普通普通!」とはしゃいでいらっしゃる。もう聞いちゃいねぇな。
駄目だ、この子だけは常識人かと思ってたけどそんな訳なかったね。バニングスさんとか可愛いレベルのヤバイ人だったんだね。というか後半普通にストーカーじゃん。
死ねとかいってごめん、名も知らない男子。君らやっぱお似合いのカップルだ。どうか永遠にこの子を幸せにしてやってくれ。
この日、俺は二度とこの人たちには関わらないで置こうと固く決心したのだった。