騎士達が我が家に現れて、早くも1月が流れようとしていた。
最初はこのキテレツな同居人に度肝を抜かれたけど、やっぱり人間って言うのは慣れる生き物で、一緒に暮らしはじめて二週間も立つ頃には彼女達への警戒心もすっかりと薄れていた。その代わり、シグナムの奇行を見張ったり、シャマルの暴走を食い止める別の警戒が必要になったけど……。
「シグナムー、ザフィーラー、そろそろ始まるよー」
そして俺はシグナムさん……もといシグナム達への敬称と敬語を止めた。本人たちの希望もあるけど、なによりこの人達に敬語は要らないなって俺が思ったのが大きい。
「ああ、もうそんな時間でしたか。シャマル、チャンネルを回してくれ」
「はいはい、ただいま~」
シャマルさんがリモコンでチャンネルを変えると、『動物発見!地球の仲間たち!』という番組タイトルがでかでかと表示される。元々はヴィータちゃんが見ていた動物番組だけど、釣られて我も、我もと見るうちにいつの間にか毎週家族揃ってこの番組を見るのが我が家の日課になっていた。
画面ではムリゴロウさんが子犬を撫で、犬も嬉しそうにムリゴロウさんにじゃれついている平和な映像が流れている。
「『よぉ~し、よしよし。こうしてあげるとねぇ、人間ってのは喜ぶんですよ。ちょろいですねぇ~』」
「やめて! 変なアフレコつけないで!?」
あんなに楽しそうに遊んでる犬がもう邪悪な存在にしか見えなくなったじゃん。ムリゴロウさんかわいそうじゃん。もうあの犬を直視できねぇよ。
何をとち狂ったのか、シグナムはたまにこうやって唐突なアフレコを始めるので、番組一つすら油断して見ることができない。最初にゴリラの映像を見ながら『ウホッホッホッエアッ!』と叫びながら唐突に立ち上がってドラミングを始めた時は本気で心配したくらいだ。頭を。
『ウォウォ! この感触は……アオチビキですね! この子はすごいお魚さんなんですよ!』
「うおっ! さかなサンすげぇ! 触っただけで種類当てやがった! ……ところでさ、ずっと気になってたんだけど……さかなサンの下にいる奴って誰なんだ?」
「ヴィータちゃん…… それが君の大好きなさかなサンなんだけど……」
「え、上のあいつじゃないの!?」
さかなサンが目隠しをして、触っただけで魚の種類を当てるコーナーはヴィータちゃんのお気に入りだ。この子も出会った当初に比べれば大分態度は軟化していて、今じゃまるで妹ができたみたいでかわいい。
やがて番組も終わってもしばらくCMまで見ているヴィータちゃん。どんなしょうもないCMでも一々『はやて、楓、見てみて!』『おお!スゲェ!』と反応している。やっぱかわいい。
「ねぇねぇ、楓、これなに?」
「うん? どれ……って、ああ……」
それは国内でも有数のテーマパークことユニバーサル○タジオジャパンのCMだった。なんでも最近新しいアトラクションができて連日大入りだとかクラスのやつが話していたのを聞いた気がする。俺は行ったことないけど。
「これは遊園地だね。ヴィータちゃんは遊園地って知らなかった?」
「知らない。何するところなんだ?」
「そうだね……おっきな遊具を使ってみんなで遊ぶ、みたいな感じかな?」
本当は少し違うかもしれないけど、俺だって行ったことないから説明できん。
でも、ヴィータちゃんは俺の稚拙な説明でも満足してくれたようで、目をキラキラと輝かせていた。
「ヴィータちゃん……もしかして、行きたい?」
「行きたいッ!」
そう元気一杯に返事されると連れて行ってあげたくなるけど、こればっかりは流石に俺が一人で決めていいことじゃないし……。一度姉さんにも相談してみよう。
「……行こか、遊園地」
「……え?」
「行けるの!?」
……まじか。姉さん思い切り良すぎるだろ。
「……うん、決めた! 今までは保護者もおらんかったから楓を連れて行ったげることもできへんかったけど……今はみんながおる! なぁ、みんなは遊園地行きたい?」
「それが主のお望みとあらば」
「シグナムに同じく」
「いいですね遊園地! そこら中に小さい男の子や女の子が溢れているじゃないですか!」
うん、要らなかったね後半部分。遊園地に行く動機としてはおそらく最低の部類に入ると思います。
そんなこんなで、唐突に決まった家族旅行は、善は急げということで翌日には決行される予定になっていた。
土曜日の朝から日曜日の夜にかけての小規模な旅行だけど、初めての家族旅行ということで、みんなでワイワイ言いながら準備をするのは予想以上に楽しかった。修学旅行は行く前が一番楽しいって言うのはよく言ったものだな。これ家族旅行だけど。
遊園地にはまずはバスで駅に向かい、そこから新幹線を使って到着する算段だ。シャマルの転送魔法っていう手もあったけど、せっかくの旅行でそれは味気ないってものだ。みんなで電車の旅って言うのも乙なものだろう。
「みんなー、忘れ物とかないー?」
「ハンカチ、お金、ティッシュ、携帯……うん、俺は大丈夫だよ」
「あたしらは元々荷物とかあんまりないし……」
出発前に姉さんが確認を取る。姉さんってこういうところがやっぱりお母さんだよな。
「ああ、忘れ物といえば一つ伝え忘れていたことが……」
「どうしたの、シグナム? 何か問題でもあったの?」
「ええ、実は先程お部屋にお迎えにあがった際に、ベッドの下でご令弟の下着を恍惚の表情で握りしめていた少女が……」
「それは忘れて。質の悪い妖怪だから」
今更、どうやって侵入したの? なんて聞かない。
なんかもう最近じゃその位のことで一々驚かなくなってきたわ。慣れって怖いね。
「な、なんやよう分からんけど、とにかくどきどき! 八神家の初旅行にいざ出陣や!」
『おー!』
***
バスに揺られること約30分、俺たちは既に新幹線の中にいた。
予定よりも少し早くついたので、席に座って雑談に興じている最中だ。
「新幹線って初めてだからなんか妙に緊張するかも……。みんなは新幹線って乗ったことあるの?」
「いえ、我らにとっても初めての経験です。普段は長距離の移動は魔法を使用していますからね」
「うふふ、楓くんの初めて……これはイける」
「そもそも我らは闇の書と共に数年、あるいは数十年をかけて転生を繰り返す身である故に、近代のテクノロジーには疎いのです」
「え、そうなん?」
やべ、思わず素で関西弁が出た。
ザフィーラの話が本当なら3人はともかく、妹だと思っていたヴィータちゃんまで年上って事か? なんてこったい。
「前はたしか11年くらい前だったな……。そういえばエイリアンとプレデターってまだ喧嘩してんの?」
「一応完結したよ。というか意外とニッチなこと知ってるんだね……」
11年前に一体どんな生活してたんだよヴィータちゃん……。
「新幹線の発車まではもう少し時間あるみたいですね……。ヴィータちゃん、もしおなか減ってたら今の内に何か買ってきた方がいいわよ」
「あたしは別に大丈夫。シグナムは?」
「私は駅弁とやらが気になるな。出発前に買ってくるとしよう。主は如何ですか?」
「じゃあサンドイッチでも頼もかな。おおきにな、シグナム」
「いえ、騎士として当然の務めです」
普段こうしてる分にはシグナムも普通にかっこいいのにな……どうしてああなった?
戦犯、シャマルをジト目で睨んでみたが、悦ばれるだけだった。悶えるな変態。
そして、シグナムが無事に駅弁を買い終えてこっちに向かって歩みを進めている時に、それは起きた――
『ドア、閉まります』
――え、まだシグナム戻ってきてない。
シグナムも異常を察したのか、走ってこっちへと向かっていたけど、ドアが閉まるまでの数秒までには間に合わず、皮肉にもシグナムの目の前でドアは完全に閉じた。
『あっ』
「あっ」
「あっ」
シグナム、シャマル、俺がそれぞれマヌケな声を洩らす。
そして無常にも新幹線は発車し、棒立ちのシグナムの姿は横にスライドして消えていった――。
「大変です! シグナムが新幹線に乗り遅れました!」
「いや待て! 窓の外を見ろ! 走って追いかけてきているぞ!!」
「しかもよく見たらグリコのポーズしてんぞあいつ!?」
意外と平気じゃねぇか。バケモノか。
「ええとぉ……お、ここ通話OKなんやね。ちょっと待っててな」
「姉さん、電話なんてかけてる場合じゃ……!」
「えいっ」
言いかけたところで人差し指で唇にピトリと触れられて、最後まで言い切ることが出来なかった。
プルル、プルルとコール音だけが周囲にこだまする。
「あっ、シグナム~? 悪いねんけどな、そのまま目的地まで頑張れる? 私らも駅の出口で待ってるからな」
『御意に』
「相手シグナムかよ!?」
この状況で電話する姉さんも姉さんだけど、出る余裕があるシグナムさんは本当に何者なんだよ。
***
「――ふぅ、なかなか良い運動になりました」
「お疲れ~、シグナム。ポカリあるけど飲む?」
「いただきます」
マジで遊園地まで走ってきやがったよ……しかもほぼ並走で。
明らかにポカリでどうにかなる運動量じゃなかっただろアレ。ここまで正面から常識に喧嘩売られると僕もうどうしていいか分かんない。
「いや、正直自分でも驚きです。この旅が終わったら『魔法騎士 フィジカル☆シグナム』を始めようかと思います」
「なぁ、ザフィーラ。あんたアレ真似できる……?」
「無茶を言うな。俺は奴とは違って常識の枠内で生きているんだ。本格的なバカの力を開眼させた奴と一緒にするな」
「姉さん、俺、この年でター○ネーターに追いかけられるジョン・コナーの気持ちが分かるとは思わなかったよ……」
なんで俺たち、初の遊園地入場の瞬間にこんな奇妙な気持ちになってるんだろう……。
うん、気持ち切り替えよう。
わー、遊園地って広いなー。結構込んでるもんなんだなー。
「……せっかくだし、早速何かに乗ろうか。あのオジョーズってアトラクションが比較的空いてるみたいだね……げっ、それでも90分待ちか」
流石は日本有数の遊園地、待ち時間も半端じゃないな。
「シグナム。はやてちゃんからの命令よ。
オジョーズに並んでいる客全員を古代ベルカカラテで捩じ伏せてらっしゃい」
「御意」
「御意じゃないよ!? シャマルも姉さんをダシにとんでもないことさせないでよ!!」
その後、ちゃんと90分待って俺たちは無事にオジョーズに乗ることが出来ていた。
乗り物のサイズの都合上、全員で一列になることはできなかったので、前列にザフィーラ、俺、姉さん、ヴィータちゃんの順で並び、後列にはシグナムとシャマル行って貰うことになった。シャマルはロリショタに挟まれない遊園地なんて、とかぼやいてたけど知らん。
なんでも船に乗って、映画『オジョーズ』の舞台を回るアトラクションらしいけど……それ以上のことは俺も知らなかったので、前に同乗してる職員のお姉さんの解説を待つことにしよう。
『本日は当遊園地へようこそいらっしゃいました! 今日はアトラクション・オジョーズを楽しんでいってください!ところで皆さんご存知ですか? 実はこの海には昔、オジョーズという凶暴な人食いザメが出ていたんですよ』
えっ、まじで? なにそれ怖い。
『もちろん、今はサメなんて出てきませんのでご安心ください! それでは私と海の旅を楽しみましょう』
そういうなら最初からサメの話するなよ。こっちは内心ガクブルだわ。
横を見ると、ヴィータちゃんも怯えた様子で姉さんの服の裾を掴んでいた。
「は、はやてぇ~……サ、サメ出ないよな? 本当に出ないよな?」
「おー、よしよし大丈夫やで、ヴィータ。サメなんか出てきてもシグ……ザフィーラが倒してくれるからな」
「主!? 今誰か別の名前を言いかけて止めませんでしたか!?」
自業自得、日ごろの行いのせいだと思うよ。さりげに重大責任押し付けられたザフィーラには可哀想だけど。
「でもザフィーラなら本当に―――」
【オジョォォォォオオオオオオオズ!!!!】
――かてるかも……ゑ?
『わっ! み、みなさん! サメです! 大きなサメがこっちに!!』
「はやてー! はやてーー!!」
「大丈夫やでー、ヴィータ。私はちゃんとここにおるよ。さぁ、楓もカモン」
「ザフィーラー! ザフィーラァァ!!」
「俺に来るのか……」
「あっ、ザフィーラずるい!! 私も楓に抱きつかれたい!」
「それ私も同席していいですか? 出来ればサンドイッチでお願いします」
「おのれオジョーズめ! レヴァンティンの錆びにしてくれる! くっ……安全っ、バーがっ……動けん!」
なんで俺とヴィータちゃん以外は動じてないんだよ?サメだぞ、サメ!
シグナムは相変わらずなんかおかしい方向にぶっ飛んでるけど。
しばらく安全バーと格闘した後、外れないと悟ったのかシグナムは大きく目を見開いて叫んだ。
「オジョォォォォズ! 主とご令弟には手を出すな! 食べるならシャマルからにしろ! 一番被害が少ないッ!!」
「ちょっとそれどういうことよ!? 貴重な色気担当を殺す気!?」
「ええい、昔からサメの餌は金髪の女と決まっているのだ! 守護騎士としての務めを全うして逝け!」
だからそういう情報ってどっから仕入れてるんだよ。あとシャマルさんは完全にネタ担当だよ。
シャマルがまさに生け贄に捧げられようとしたその時、なんと職員のお姉さんが果敢にもオジョーズに向かって船に備え付けられていたライフルで応戦をはじめ、しかも勝利してしまっていた。お姉さんすげぇ。
「いいぞお姉さん!」
「燃やせ! 燃やせぇっ!」
でもなんだろう、死に行くオジョーズに必死に野次を飛ばす後列の大人2人を見ていると争うということの虚しさがひしひしと伝わってきたわ。というかそれでいいのか守護騎士?
ちなみに後で姉さんにオジョーズの正体が作り物だったと聞いて少し恥ずかしくなったけど、もっと恥ずかしい大人が2人いてくれたおかげで黒歴史にならずに済みました。