オジョーズとの戦いを終え、俺たちは現在、土産物屋の中を見て回っていた。ちょうどオジョーズのアトラクションを出てすぐのところにあり、後から回るのも時間がとられるので今の内に見ておこうという計画だ。
「お土産屋コーナーかぁ……そもそも誰に何を買うか……」
うーん……自分用に何か買うのと、一応バニングスさんと月村さんあたりにも何か買っておいた方がいいかな? そもそも、お土産買う相手なんてあの2人くらいしか当てがないし。
「はぁー……こうやって見てみると、いろいろあるもんやねぇ。……あっ、見て見て! これかわいい!」
そう言って姉さんが手に取ったのは白いネコミミのついたカチューシャだった。一瞬、なんでそんなもんがここに? って思ったけど、よく見たらあれ、ボンジュールキティの耳だ。確か遊園地とタイアップしてるんだっけ?
姉さんはそのままヴィータちゃんを手招きして呼ぶと、その頭に白のネコミミをちょこんと乗せるのだった。姉さんグッジョブ。
「楓、楓! はやてがこれ着けてくれた!」
「うん、似合ってるよヴィータちゃん」
「ほんと!? じゃあ楓とはやてにも着けてあげる!」
ヴィータちゃんがあの子なりのダッシュでとてとてと商品棚から追加で二つネコミミを持ってきて、俺達に差し出してくる。なんでこの子一々こんなにかわいいの?
ヴィータちゃんにここまでやらせておいて着けないなんて選択肢はもちろんありえないので、姉さんとヴィータちゃん、3人で仲良く別色のネコミミを着けることに。ネコミミっていうのが少し恥ずかしいけど、ヴィータちゃんが喜んでくれているのでよしとしよう。
「シグナム、理想郷はここにあったわ」
「お前の理想は税込980円なのか……」
シャマルが相変わらずなんか変な事を言ってたけど、今はヴィータちゃんの笑顔を堪能しているので無視しておく。ヴィータちゃんがこんなに嬉しそうにしてるとこっちまで笑顔になってくる。
でも、不意にその表情が軽く曇ったかと思うと体をもじもじさせて、恥ずかしそな表情で俺に耳打ちをした。どうしたんだろう?
「……あ、あのさ、ちょっとトイレ……」
……ああ、なるほど、そういうことか。
興奮して急に催すって言うのはヴィータちゃんぐらいの年の子には良くあることだ。まぁ実年齢は知らないけど。
「あーっと、トイレは……あっちの方だね」
「私が連れて行こか?」
「いや、混んでるし俺が連れていくよ。姉さんはみんなの事を見張ってて」
誰とは言わないけど約2名、放っておいたら子供を追い掛け回したり店内でカバディ踊りだす奴いるし。
「あー……あと、商品持ったままだと不味いから、それはどこかに置いて行こうか」
「分かった!」
ヴィータちゃんはハンドサインでザフィーラを屈ませると、その頭にそっとネコミミを置いた。え、わざわざそこに置く?
「普段のイヌミミで見慣れてると思ってたけど、ネコミミになると何と言いますか……」
「これはまた予想を軽く越える気色悪さだな」
「ざ、ザフィーラをバカにしないで! ザフィーラなんも悪くないから!!」
「…………」
なんも悪くは無い……んだけど……ごめん、やっぱ今だけはこっち見ないで。
***
その後、無事にヴィータをトイレまで送り届け、バニングスさん達へのお土産に遊園地のロゴの入ったお菓子を、自分用には3人でお揃いの携帯ストラップを買っておいた。
あと、なぜかザフィーラの頭に設置されたままのネコミミも買うことになった。
店を出た所で辺りを見回すと、一部でちょっとした違和感を感じた。混んでいる中でもそこだけ特に人だかりができてるような……なんだ、有名人でも来てるのかな?
横を見てみると、シャマルもそわそわと落ち着きの無い様子で人だかりを見つめていた。意外とこういうのが気になるタイプなのか。
「あの~、少し見ていきませんか?」
「え~! そんなのどうだっていいだろ。それより早く次の乗り物だろ!」
「まぁまぁ、ヴィータちゃん。今日だけじゃなくて明日もあるんだし、ゆっくり楽しもう?」
正直、俺も少し気になるのが本音だ。
ヴィータちゃんには悪いけど、今回だけはシャマルの援護をさせてもらうことにしよう。
ヴィータちゃんはなおも不満そうな声を上げていたけど、しばらく人だかりと俺を交互に見ながら
「……楓がそう言うなら……分かった」
としぶしぶながらに納得してくれた。
ヴィータちゃんのお許しも貰った所で、人だかりを覗き込んでみるとその中心にはマイクを持った人の良さそうなお兄さんと、家では使わないような大きなカメラ、そしてお兄さんにマイクを向けられて笑顔で話す子供の姿があった。
あれってテレビでよく見るインタビューってやつだよな。やっぱり日本有数の遊園地ともなるとそういうのも来るんだな。
「わっテレビや! テレビ! すごい!私、テレビってテレビでしか見たことないんよ!」
「興奮してるのは何となくわかるけど落ち着いて。何が言いたいのか訳わからなくなってるから」
姉さんの声に気付いたのか、マイクを持ったレポーターのお兄さんがが微笑ましいものでも見るような表情で姉さんにマイクを向ける。
「すいません、インタビューよろしいでしょうか?」
「えっ、わ、私ですか!? はい、もちろんオッケーです!」
おお、姉さんがテンパってるのなんて始めて見た。テレビ好きだもんね、姉さん。これもいい思い出の一つになってくれるといいな。
「今日はどちらから来られたんですか?」
「はい、家族と海鳴市から来ました!」
「おお! それはまた随分と遠い所からいらしたんですね! 新幹線でしょうか?」
「いえ、徒歩です」
「は……?」
「それはシグナムだけでしょ! ほらこっち来て! インタビューの邪魔しない!」
「あっ……」
離されてなおアナウンサーを……いや、カメラをガン見しているシグナムに圧されたのかは分からないが、レポーターさんはそのままこっちにもマイクを向けてくれた。人の優しさに触れた瞬間だった。
「え、ええと、それではご家族の話も伺ってみましょう。あの――」
「全国のテレビの前のロリショタのみんな、こんにちは。貴方のお姉さんのシャマルです。そしてロリショタでない貴方。貴方に用はありません。すぐにチャンネルを変えなさい」
「こらっ、マイク奪わない!」
ぺしっ、とシャマルの頭を軽くチョップすると、なぜか嬉しそうな表情をする。変態の業は深い。
シャマルが奪ったマイクを返すと、レポーターさんは苦笑いを浮かべながらも許してくれた。もうなんか本当にすいません。
「えー、それではそちらの貴方は今回の……貴方は何をなさっているのでしょうか?」
「ん? ああ、失礼。さっきから少し暇をもて余していたのでな、知らない中学生の集団に紛れ込んで仕切っていた」
「貴方は一体なにをやってるんですか!?」
「無論、未来ある若者の青春の一頁に私の存在を刻み込んでいる」
貴方は一体なにをやっているんですか……?
「おい」
「はい! 今度は何で――」
そしてレポーターさんの背後から現れるボンジュールキティというには男らしすぎる筋骨隆々のネコミミ男――。
「」
「疑問なのだが、俺はこの姿でテレビに出ても大丈夫なのだろうか?」
「あー……もういいんじゃないですかね? それで。つかもう好きにせーや」
「適当ッ!? どうすんのみんな! 完全にレポーターさんの心折れちゃたじゃん!!」
「はっ、軟弱な」
後にこのインタビュー映像が動画サイトにアップされ、伝説の一家と呼ばれていたことを俺が知ったのは後の話だった。
***
その後、逃げるようにして近くのうどん屋に駆け込んで昼食を食べる羽目になっていた。遊園地にまで来て何してるんだろう俺たち…?
ちなみにザフィーラのネコミミはヴィータちゃんに移しておいた。完全にすれ違う人みんな怯えてたもん。
「ね、ねぇヴィータちゃん……。そのままニャンって言ってみてくれない? ね? 一回だけでいいから。ほら、お姉さんがお菓子買ってあげるわよ? だから……ね?」
「きめぇんだよ、こっち見んな」
ヴィータちゃんが席に備え付けられていた練りカラシを手に取り、シャマルの目をピンポイントに狙って迷うことなく発射する。次の瞬間、シャマルはありがとうございますッ! と叫びながらのたうち回る羽目になっていた。君って敵と見なした人間には結構容赦ないよね。今ほどヴィータちゃんとの関係を改善できて良かったと思った瞬間は無いよ……。
「……シャマルよ」
ザフィーラがシャマルを見つめて……いや、睨んでるのか?
あんだけ変態炸裂させりゃそりゃ怒られるわ。やってやれザフィーラ。
「……にゃン」
「ザフィーラ!?」
「ゴッフェェェーー!!」
「わっ、きったねぇ!! 鼻からうどん吹くなよ!!」
目から練りカラシを垂れ流し、鼻からうどんをこぼすシャマルさんの絵面のなんと酷いことか。これ写メっとけば後々の切り札に使えるかな?
「というか、こう言っちゃなんだけど、シャマルは喋るだけで好感度下げていくんだから、もうずっと黙ってればいいのに……」
「ふふふ、本当にそれ言っちゃったら終わりですね楓くん。でも大丈夫ですよ、私くらいのレベルになるとロリショタからの蔑視の視線は快感へと昇華されるんですよ」
「ごめん、ちょっと本気で気持ち悪い」
「そうです、それです。楓くんも分かってますね」
シャマルのなんとも嬉しくない新たな一面を発見した昼食だった。
***
昼飯を食べ終われば今度こそ遊ぼうというヴィータちゃんの希望の元、俺たちはジェットコースターの列に並ぶことになっていた。もっとも、ジェットコースターとは言っても大きなものじゃなく、室内で行われる比較的小規模なものだけど。
本当は大きいのに乗っても良かったんだけど……ほら、ヴィータちゃんの伸長制限が……ねぇ。
「にしてもジェットコースターか……オジョーズとはまた違った怖さがあるよね。姉さんはこういうのは平気なタイプなんだっけ?」
「ふふっ、楓は怖がりさんやなぁ。お姉ちゃんはこんなんじゃ……ん?」
「(ちょいまち、ここで私が怖がれば、楓は多分じゃあ隣に座ろうか姉さんって言ってくれるはず。そんでもって、きゃー落ちるの怖いわ楓ーからの自然な抱き付き……これはいける!!)」
「かえ――!」
「楓ー、一緒に座ろー」
「うん、いいよヴィータちゃん。あ、姉さんなんか言った?」
「……ううん、何も無いもん。泣かへんもん……」
なんかよく分からんけど、もう順番来たよ?
今度は基本的に2人ずつしか座れないので、俺とヴィータちゃん、姉さんとザフィーラ、そして変わらずシャマルとシグナムの組み合わせで乗ることになっていた。
この2人は基本的に一緒にしておけばお互いに潰し合ってくれるから周りの被害が少なくて済むしね。
そして、いざ、搭乗の時、今までに無いくらい心臓がドキドキしているのが分かった。こういうのって出発する前が一番緊張するって言うけど、本当だったんだな……。
いっそのことひとおもいに早く出発して欲しいと思う中、後ろから不意に肩を叩かれる感触があった。シグナムだ。
「……ご令弟、ひとつ、聞いていただきたいことがあります」
「え、よりによって今? それって後じゃ駄目なの?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……是非とも貴方には聞いていただきたいのです。私の……覚悟を」
「覚悟……」
シグナムの目は迷うこと無くこっちをまっすぐに見据えていた。
いつになく真剣な雰囲気を漂わせるシグナムに俺も口を挟むことができず、ただその先に続く言葉を待つことしか出来ない。
「私は先程のオジョーズとの戦いで、安全バーに屈し、身動き一つとることが出来ませんでした。もしあのお姉さんがいなければ……そう考えると、背筋が凍る思いです。まさに騎士としてあるまじき失態……」
シグナムの表情は俯いていてよく見えなかったけど、小刻みに震えている肩がまるでシグナムの悔しさを代弁しているみたいで――
「ならばせめて、今度はオジョーズだろうがゴッジィラが現れようがお二人を守り抜いてみせる! 故にッ! 私は安全バーを下げないッ!」
「馬鹿じゃねぇの!?」
かっこいい顔と雰囲気でなに私はアホですと宣言してんだこの人。
急いでシグナムの安全バーを下ろそうと手を伸ばすものの、無慈悲にも発車してしまうジェットコースター。
そして高速回転しながら宙を舞うシグナム。
その後のことは……あまりに凄惨過ぎて語りたくない。一つ言えるのは、ジェットコースターが帰ってくるまでの約10分は、多分シグナムにとっては今までの人生の中で最も人としての尊厳が踏みにじられた10分だったろうということだけだ。
「シグナムー! シグナムゥーー!」
置物のように動かなくなったシグナムに全員で駆け寄る。
普段から大概なことをやっているけど、今回のは流石にヤバイんじゃないか。
「頭を打ってるわ! 動かさないで!」
「え、じゃあどうすんだよ!? このまま埋めんの!?」
―――埋葬!?
「ちょっと待て、それは困る」
あ、復活した。
良かった、危うくこの遊園地に、不自然に盛り上がった土新たな七不思議が生まれるところだった……。
「本当に大丈夫かしら……シグナム、貴方の趣味は?」
「カバディと剣道。あとグリコのポーズ」
「貴方は私のことを影でなんて呼んでる?」
「妖怪カモンアグネス」
「GUPは何の略?」
「学校で奪ったパンツ」
「大丈夫そうです!」
いや、駄目だろ。
そんなこんなで、八神家初遊園地、一日目終了――