転生失敗!八神家の日常   作:ハギシリ

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バキボキ!八神家の楽しい家族旅行! ふぁいなるっ

「待って! 無理! さすがに今回は無理だから!」

 

「なんでそんなこと言うん!? 家族水入らずで入ればええやないの!」

 

「あのね、姉さん? 姉さんだけならまだしも、他のお客さんもいるんだよ?めっちゃ水入ってるじゃん! 大洪水じゃん!!」

 

「そんなことはええから行くよっ!!」

 

 姉さんが力強く手を引っ張って俺を赤い暖簾……『女湯』へと引きずり込もうとして、俺はそれに抵抗する。

 

 俺たちはもう20分もこんな茶番を続けていた。ことの発端は、遊園地を出た後に、あらかじめ予約していた遊園地の近くのホテルでみんなで団欒していた時まで遡る。

 

 事の発端は誰かが不意に、風呂にでも入ろうかと言い出し、みんなで大浴場に向かうことになった……。そう、そこまでは良かったんだ。でも問題はその後、なぜか俺たちは温泉の前の『男』と『女』の鉄門より固い暖簾の前で言い争う羽目になっていた。

 

 ――いや、さすがに女湯は無理だろ――――。

 

 いくら普段から姉さんと風呂に入ってるとは言っても、外の……それも女湯に入るとなれば話は別だ。そもそも姉さんと入るのも介護のためであって、自発的に一緒に入ってるわけじゃない。というかそれをやりだしたら人として終わりだ。

 

「そ、そうだ。俺がそっちに行ったらザフィーラが一人になるじゃん!ねぇ、ザフィーラ!」

 

「気遣い、痛み入ります。ですが私のことは気になさらず」

 

「よっ、ほっ、やっ!」

 

 違うんだザフィーラ、今欲しいのはその優しさじゃないんだ。むしろ気遣いして欲しいのは俺の方なんだ

 

「大丈夫ですよ、楓くん。楓くんははやてちゃんと似てかわいいお顔をしていますし、なによりまだ子供なんですから誰も気にしませんよ」

 

「鼻息荒くして、手をわきわきさせながら言っても説得力ないんだよッ!」

 

「いいじゃん! あたしも楓が一緒の方が楽しいと思うぞ! なぁ、一緒に入ろうよー」

 

「うっ……」

 

「ふっ、ハッハッハッ!!」

 

 期待に満ちた目を爛々と輝かせるヴィータちゃんに、さっきまでみたいに強く否定することができなくなる。どうにも俺はヴィータちゃんにお願いされると弱いらしい。

 

「……分かった。でも今回だけだからね」

 

「「っしゃあっ!! キタアアアアアアァァァァッッ!!!」」

 

 うるせぇぞ変態二体。あとシグナムは男湯の前でタップダンスするな。

 

 

***

 

 

 脱衣所で服を脱いで、室内のお風呂へと入る。その際、せめてもの情けで、腰にタオルを巻くことだけは許してもらえた。言い争っていたおかげで時間が遅くなったからか中は比較的お客さんが少なく、それが唯一の救いだった。もっとも、シャマルやシグナムがいるだけで目のやり場には十分困るけど。

 

「よーし早速入ろーっと!!」

 

「あっ、待ってヴィータちゃん。先に体を洗わないとダメだよ」

 

「えー……そんなの後でもいいじゃん。一緒に入ろーよー」

 

「だーめ。ルールを守らないとあんな風にになっちゃうよ?」

 

 俺が指差す方向では、まるでヘルメットのように頭に洗面器をすっぽりと被ったシグナムが極めて真剣な表情で石鹸を足に挽いてスケートごっこをしていた。お前風呂になにしに来たんだよ?

 

「あ、あれはちょっとヤだな……。分かった……。ちゃんと洗う……」

 

「うん、いい子、いい子。ほら、髪の毛洗ってあげるから座って 」

 

「うん!」

 

「あっ私もー!予約二番な!」

 

「私は三番でお願いします!!」

 

「私は四番だね!!」

 

 おい、待て。二人は言ってくるとは思ってたけど、四番は誰だよ。聞き覚えあったぞ今の声。あと二人とも前を隠しなさい、前を。特にシャマルは直視できないから。

 

 目をそらした先で、不意にどこかで見たような顔が視界に飛び込んできた。……よく見れば見覚えもあって当然だった。だって毎日学校で顔を合わせているんだから。

 

「……バニングスさん?」

 

「あっ、やば」

 

 なんでバニングスさんがここに?

 というか、ここ温泉ってことは、は……だ……か………。

 

「き、きゃあああああああああっ!!」

 

「わあっ! 急に大声出すんじゃないわよ、びっくりするじゃない。もう……」

 

 そう言ってバニングスさんは小ぶりな胸を隠すこともなく腕を組む。年相応で至って普通の胸。ウエストは少し細いのかもしれない。下半身は……とても直視できなかった。

 

 海外特有のブロンドの髪を覗けば至って普通の小学生の裸だ。うん。いや、でもそういうことじゃないんだ。別にバニングスさんが悪い訳じゃない。それは間違いない。俺が驚いているのはそんな事じゃない。

 

「な、なんでバニングスさんは平然としてるの!?早く隠してよ!というか何でここにいるの!?」

 

「何でってここ女湯よ……。それとも、なんでこのホテルって意味なら……ぐ、偶然よ、偶然。私はあんたがここにいるなんて知らなかった……というか女湯にいるなんて知りたくなかったわ」

 

「うん、それは本当にごめん……」

 

 別に俺が望んだ訳じゃないんだけどなぁ……。

 

 そんなことを心の中で呟いていると、俺たちの話し声が聞こえたらしく、姉さんとシャマルがこっちへとやって来ていた。ちなみにシグナムは湯船でバタフライの練習をしている。

 

「あれぇ? アリサちゃんがおる。こんにちは~」

 

「ええと……楓くんのお友達ですか?」

 

「いえ、はやての友達です。アリサ・バニングスと言います。よろしくお願いします」

 

 果たして今の否定はする意味があったのかな。その辺り小一時間ほど問い詰めたい。

 

「……ん? ちょっと待って。バニングスさんがいたってことは、月村さんもいるんじゃないの!? やばい! 早く脱衣所に戻らないと服が全部持ってかれるッ!!」

 

「……。……いやー、さすがにそれはないでしょー。あんまり自意識過剰だと嫌われるわよ。もっとも、あんたに嫌われるほど人と関わり合いがあればの話だけどね。あと至近距離で大声出すの止めてくれない?ツバ飛んできて汚いんだけど」

 

 それとなく俺には嫌ってくれる相手もいないとディスられたのはいいとして、この反応、確実にクロだ。まさか、旅行の最初から付いてきていたのかこの2人?なんにせよ、第一優先事項はその事じゃない。

 

「俺のパンツは!?」

 

 脱衣所に戻ると、案の定パンツが1枚無くなっていた……。

 今日の教訓、月村さんを甘く見てはいけない。

 

 

***

 

 

「……ん、……んん……」

 

 妙な寝苦しさと、窓から差し込んでくる朝日の光で意識が覚醒していくのを感じる。

 

「あれ、俺、何でこんなところで寝てるんだっけ……?」

 

 まだ、少しだけ眠たい頭を必死に動かして昨日の出来事を思い出す。

 

「あーっと……昨日、風呂に入って、バニングスさんがいて……パンツ取られて……そうだ、あの後枕投げしてそのまま寝たんだっけ?」

 

 とにかく、今が何時なのか確かめよう。右腕を動かそうとするが、不意にずっしりとした重みを感じて、その腕が動くことはなかった。

 

「……姉さん? 」

 

「うへ~……うへへ~……すぅ」

 

 ……なんてこった、姉さんが俺の腕をがっちりホールドされてる。しかもよく見たら左腕には同じようにヴィータちゃんが抱き付き、両足にはハァハァと荒い息を吐くシャマルが纏わり付き、おまけに頭はザフィーラに膝枕されていた。

 

「……そりゃあ寝苦しいはずだよ。なにこれ?」

 

 とりあえずこのままじゃ起きるに起きれないので、まずはシャマルを蹴り落とし、足だけで這いずるようにしてザフィーラ太股枕から脱出する。

 

 次いでヴィータちゃんだけはできるだけ丁寧に、それはもうガラス細工に触れるが如く丁重に、決して起こさないように離す。あっ、ヴィータちゃん寝顔もかわいい。

 

 最後は姉さんか、適当に振り回しゃ離れるだろ。ほれほれ。

 ……などとアホなことをやってたら思い切り腕をギュッと捕まれた。

 

「……姉さん、実は起きてるでしょ?」

 

「あ、バレた? いやぁ、それにしても昨日は楽しかったなぁ」

 

「……それは旅行そのものの話をしてるの?それともホテルの他のお客さんやスタッフまで巻き込んだシグナム主宰の『アルティメット枕投げ大会』のことを言ってるの?」

 

「もちろん両方やで」

 

「おはようのごさいます、お二人とも。体の疲れは癒えましたか?」

 

 押し入れからシグナムから顔を出す。ドラえもんかお前は。

 やがて、シグナムの声に釣られるように、他のヴォルケンズも次々と目を覚ましていった。

 

「ああ、おはようございまーす……。あら? ちょっとザフィーラ。貴方がそこにいると私のロリンショタ王国に染みができるわ。ちょっとあっちへ行ってくれない?」

 

「お前は朝一の挨拶がそれなのか……」

 

「まぁ、シャマルがおかしいのはいつものことだけど、実際ザフィーラってなんか浮いてるよな」

 

「ねー? 一人だけ男だし……」

 

「あとは一人だけ名前が5文字だしな」

 

「ここに来て名前イジリだと……!?

お前達はもはやヴォルケンリッターでもなんでもない!ただのジャイアンだッ!!

聞け!我らヴォルケンリッターの使命は主の命令を遂行するだけではなく、我々の団結と――」

 

「おいおい、なんか語りだしたぞコイツ」

 

「きっと眠くてイライラしているのよ、そっとしておいて上げましょう?」

 

 なぜだろう、今のザフィーラからは妙な哀れみと同時にシンパシーを感じる……具体的にはバニングスさんと居る時の俺に近い何かを……。というか、名前は別になりたくてなったわけじゃないだろ。許してやれよ。

 

「……あと、姉さんはいつまでくっついてるの。早く離してくんない?」

 

「い~やっ」

 

 

 ――pipipi、pipipi

 

 

「電話? 誰の? ……って、俺のだ。誰にも番号は教えてないのに何故だ……?」

 

「おう、しれっとお姉ちゃんが悲しくなること言うのやめーや」

 

 ディスプレイを覗くと、登録した覚えの無い番号と、笑顔でこっちにサムズダウンを決め込むバニングスさんと、見覚えのあるパンツを片手に狂乱している月村さんの画像が写っていた。

 

『楓くん、こんにちは!いや、まだおはようの時間かな?遊園地、楽しんでる?』

 

「うん。登録した覚えの無い番号から教えた覚えの無い俺の予定が語られている事実に戦慄した以外は概ね楽しんでるよ」

 

『そっか! よかった! 楓くんが楽しんでるならそれが何よりだよ!』

 

 そうですか、前半は完全に無視ですか。

 今確信した。この人の耳はきっと自分にとって都合のいい事実しか聞こえないようにできているんだ。やったぜ、ついに月村さんの謎がひとつ解明されたぞ。クソがッ!

 

「……もういいや。で、どうしたの月村さん?こんな時間から電話くれたってことは何か用事があったんだよね?」

 

「あっ、そうだった! ごめんね、楓くんとお話しするのが楽しくてつい忘れちゃってたよ。実はね――」

 

 月村さんの口から語られたのは、俺の想像を軽く越えるような、とんでもない言葉だった。

 

 

***

 

 

『今日楓くんが行く遊園地には、楓くんが私の次に大好きなスパイダーマソのアトラクションもあるんだよ?』

 

 ――スパイダーマソのアトラクションもあるんだよ?

 

「うーひょひょあひゃおふぇあひょぉっ!!」

 

「おい!? ご令弟が嬉しさのあまり気持ち悪い笑いかたをなさられているぞ!?」

 

「だってスパイディだよ!スパイディ!」

 

 月村さんからとんでもない垂涎ものの情報をもらった俺たちは朝一で遊園地に再入場して、一も二も無くスパイダーマソのアトラクションにやって来ていた。

 

「ご令弟。ヴィータの身長制限が危ないなどとのたまうキグルミがいたので、しばいて衣装を奪っておいたのですが、問題なかったでしょうか?」

 

「ナイスシグナム! そのキグルミ貸して! 俺が着るわ!」

 

「楓くんがツッコミを放棄した!?」

 

「あー、あの子は昔っからそういうの好きやったんよ。やから思わぬところでこんな出合いがあってテンションがフォルテッシモに……」

 

 外野が何か言っているが、今の俺には聞こえないね。だってキグルミだから!

 

「楓、楓。そもそもスパイダーマソってなんなの?」

 

「あ、聞きたい? ちょっと長くなるけどいい? それじゃ話すよ? スパイディはね――」

 

 

***

 

 

 それから、俺も姉さんも遊び疲れて眠ってしまうまでひたすら遊園地を楽しんだ。

 スパイダーマソに8回くらい乗ったり、シグナムがオジョーズにリベンジを挑んだり、シャマルがザフィーラにネコミミを着けたり、ザフィーラが職質されたり、ヴィータちゃんが身長制限表を破壊したりと、一言では語りきれないくらいの思い出ができた。

 

 それにしても……遊び疲れて眠るなんて、多分生まれて始めての経験だ。

 

 ……今だから言うと、俺はあまりヴォルケンリッターのみんなを最初は快く思っていなかった。いきなり現れて、家族が増えて、個性が強すぎて――

 

 でも、いつからだろう。そんなみんながいてくれるのが楽しいと感じるようになったのは。今なら自信を持って言える、この人たちは……ヴォルケンリッターは八神家の家族だって。

 

 だから――

 

「お二人はお疲れだ。私は主を運ぶ。ザフィーラは車椅子を頼む。シャマルは……くれぐれも無礼の無いようご令弟の方を頼む」

 

「ええ、任せて。騎士の誇りに懸けて……ね」

 

 失いかける意識の中で聞こえてきたそんな声に、今だけは身を任せてもいいと思えた。

 

 

 

 

 

おまけ

 

もうひとつの旅行

 

土曜日 PM2:00

 

「それにしてもどうしたのよすずか? いきなり遊園地行こうだなんて……」

 

「いいからいいから!それにしても、今日は暑いね」

 

「あらすずか、そんなハンカチ持ってたかしら?」

 

「あ、これ?これはこの前遊びに行った時に楓くんが貸してくれたんだ」

 

「へぇー、なんかあいつがこの前無くしたのに似てるけど、どうせあいつのことだから貸したことも忘れてアホみたいに騒いでたんでしょうね」

 

土曜日PM8:30

 

「見て見て! アリサちゃん! 楓くんがお風呂に……!」

 

「いるわねぇ。何であいつ女湯に入ってるのかしら?」

 

「あっ、楓くんが女の子の髪の毛洗ってあげてるよ!

私もあれやってもらえるのかな!?はやてちゃんが二番で、あのお姉さんが三番ってことは……私は四番だね!!」

 

 すずかはハッと何かに気づいたように目を見開いた。

 

「ね、ねぇアリサちゃん、このままだと私が入ってるお湯に楓くんが入ることになるよね……それってもう、私と楓くんが結ばれたと言っても過言じゃないよね!?私たちはもう他人の関係じゃないって解釈してもいいのかな!?かな!?」

 

「あー、いいんじゃない?それで。あっ、でもその理屈だと同じ湯にいる私まで巻き添えね……。そうなる前に早く出ちゃおっと」

 

 

日曜日AM10:00

 

 

「ははっ、見てすずか。あのポニーテールのお姉さん、美人な癖にキグルミに襲いかかって衣装を奪ってるわよ。遊園地だからってテンション上がりすぎでしょ」

 

 

日曜日PM5:00

 

「遊園地楽しかったね、アリサちゃん」

 

「ええ。ところですずか、素朴な疑問なんだけど、スパイダーマソに8回乗る意味はあったの…?」

 

「あっ、楓くん疲れて眠っちゃってる。あのお姉さん、楓くんを抱っこできていいなぁ……」

 

「抱っこ……? 私にはどう見てもなぜか体の向きが逆な風車にしか見えないんだけど……」

 

「顔中に楓くんを感じられるなんて……ずるいよっ!」

 

「……そうね、残念だったわね。

それと、懐からさも当然のように取り出した男物のパンツで涙を拭うすずかをそれでも私は親友だと信じているわ」

 




コメディばっかやってると飽きるから、たまにシリアス入れた方が良いとエロい人に教えていただいたので、次回はシリアスにしようと思っているのですが、ぶっちゃけ読者の皆様がこの作品でシリアス見ても仕方ねーよと思われたら本末転倒なので、シリアス要らないと思われる方は気兼ね無く言っていただけると幸いです

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