デート・ア・ライブ 凜祢アナザーリバーション   作:でぃすぺあー

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「繋がれ、繋がれ」

 黒いスカートを軽やかに舞わせ、くるくる回りながら唄う。
 腕は肘を曲げた状態から指先まで伸ばしては戻し、足は軽やかに跳ねては空を踊る。
 ローファーが磨かれた青灰色の床を蹴り、バランスよく保たれた姿勢と相まって無軌道ながら惹き付ける舞を演出する。

「愛を交わせ。幸せを謳歌せよ」

 すらりとした手足を惜しみなく動かし、観客もいないまま少女はステップを踏む。
 激しいリズムで縦横に移動しながら、…………誰かに見せる舞ではないのならば、あるいはそれは狂気的ですらあっただろう。

「幾重にも束ねた絆が――――セカイを決壊(こわ)す、その時まで」

 朗々と願い、あるいは祈り………ふと、夢の彼方を見ているような凜祢の瞳が理性を取り戻したような光を宿した。


「でも、取り敢えずは小休止かな?」


 振り返る先、虚空にふと光の粒が現れる。
 虫ではない、小さな塵が射光を散乱させたのでもない―――何秒と経たずに次々とその灯を主張し留まる現象に、そんな科学的な説明はつかない。
 一つ一つは仄かで頼りない明るさながら、――――爆発的に数を増し、何百、何万と集まると無視は出来ない閃光になる。

 目を突き刺す程のそれにも眩しげな様子を欠片も見せずに、凜祢は直視しながらくすりと微笑んだ。

 光の集合故に密集すると個を数えられないレベルにまで増えた光―――次第に人の形の輪郭を取るのに合わせて、歩み寄る。
 そしてそこから現れた影―――中から出現したのか、それともまさか光そのものが人へと変化したのか―――意識を失っていた彼が倒れこむのを、優しく抱き止めた。

 五河士道。
 凜祢と同じ年頃の、標準的な背丈の男子高校生。
 さして重そうな様子も見せないで自分より大きな体躯を、いつの間にか脱いで床に敷いていた上着の上に優しく横たえると、頭は軽く起こし座って崩した脚を枕にしてあげる。

 膝枕の体勢から、必然凜祢は士道の顔を覗き込むようになっていた。
 どうしようもない気分の悪さを覚えているような、安らかとは言えない寝顔を触れるか触れないかの繊細な手つきで撫でる。

「――――本当は何が最良の選択かなんて分からない。けれど、それを選ぶ権利は保証する」

 憎んでもいいよ。

 か細い声で囁く。

 凜祢が今している作業―――否、わざわざ存在して士道の前に現れた意味。
 それを考えれば、あるいは残酷なことをしているのかも知れない、そんな考えは常に自らの内にあった。

 けれど、迷いはばっさりと切り捨て見ないようにし続けてきた。
 迷いを、葛藤や躊躇に惑わされ、僅かにでも制御を誤れば―――士道にそのフィードバックが跳ね返る。

 幾百、幾千の五河士道〈セカイ〉を繰り返し、複数ではなく特定の一人との絆を最も確かにするに相応しい記録を見つけ出し、同期させる。
 いくら凜祢の■■■■が限定状況において万能を有するとはいえ、それにしても無茶なことをしているのだ。

 たった一つイラナイと見なした世界の記録が逆流するだけで、あるいは目的の世界の記録を流し込むやり方を誤るだけで、士道に掛かる負担は今のような無意識下での気分の悪さなんかの比ではなくなる。
 いくら同一人物とはいえ、別世界の住人の生きて死ぬまでをたった十数年程度しか育っていない精神に刻むのだから、さもありなん。

 そんな気の遠くなる作業を、文字通り全霊を賭してやっている。

「七罪と誘宵美九の分はやっと終わり。…………それでも、あと七人―――いや、逆効果にしかならない五河琴里と鳶一折紙を省いて五人、か」

 まだまだ先は長い。
 だから今この時は、作業によって負担の掛かっている士道だけでなく、凜祢にとってもクールダウンの時間となっている。

 僅かだけ繊細な作業から解放された瞬間、それを凜祢は…………ただ五河士道を膝枕することに費やすことにする。
 人に優しくすることで満たされる―――そんな奇特な精神性は、やはりどこか彼と似ていた。

「…………」

「ふふ、士道。寝顔可愛いよ?いっぱい抱き締めるからね」

 当然そんな自覚はないまま、暫くは五河士道と園神凜祢以外の存在しないセカイで、一方的な慈愛を注ぎ続ける彼女なのであった。





fragment凜祢 & EutopiaⅢ 夕弦 

 

 長い夢を見ていた、気がする。

 

 例によって目覚めてすぐあやふやになるような代物だが―――変な夢、というには何か具体性を持っているように感じた。

 

 例えば、その依存と釣り合う程度に重い情愛を持つ、庇護欲を掻き立てられる女をひたむきに護り続けていくある男の一生。

 例えば、栄光と挫折を早くに味わった女を支え、どこにでもいる凡人として新しい光を共有していったある男の一生。

 

 少年と少女二人きりの世界を仮宿として、まるで旅人のようにそれを体感した。

 

 無論、そんなものが具体性を持つというのは当然におかしい話ではある。

 大体にして二つとも男の名は五河士道であり、容姿や基本的な考え方も同じなのに、伴侶にした女は顔も名前も性格も何もかもが違う。

 二人の女は互いの物語に欠片も干渉しなかったし、“それなのに”あれはどこかで実際に存在したセカイなのだという確信だけがある。

 

 それが妙な座りの悪さとなって寝起きの彼の思考にこびりついていた。

 彼―――五河士道。

 

 夢の登場人物であり、夢の観測者でもあった。

 そして当然“この”五河士道は、七罪や美九なんて女会ったことも見たこともない。

 ない、が―――その立ち位置にいる人物には心当たりがなくもなかった。

 

「………耶倶矢?」

 

 

「誰何。なんですかその名前は」

 

 

「あ、おはよう」

 

「継続。おはよう士道、時刻は昼過ぎですが。――――そんな挨拶の前に、早く答えなさい」

 

 自らの通う高校、その屋上で日向ぼっこで寝ていた士道を、自らの影の下に置くことで意識を揺り起こした少女。

 健康的に締まった肢体と一部主張するその胸部を半袖ミニスカの制服で隠しているのか強調しているのか、それはともかくと視線を上に向けると人形めいた青の瞳がよく似合う綺麗な面(おもて)をむっとさせて問い詰めてくる。

 

「確認。士道、あなたはこの八舞夕弦の所有物の筈です。―――なのにその名を寝ぼけて間違える?“知らない名前ですが”、一体どこの泥棒猫と間違えたのですか?」

 

 蜂蜜色の髪をアップにする際に結わえなかった、くるくる踊る髪の動きが、静かに激昂している彼女の感情の内心を表しているようだった。

 

「………俺もよく分からん」

 

 そんな士道の“たった一人の”幼馴染、夕弦に士道は正直に返す。

 何を言っているのか、といったところだが自分だってどこからそんな名前が、しかも具体的に当て字の漢字付きで思い浮かんだのか分からない。

 まあただでさえ夢、しかもあんな訳の分からないものを見ていて理論的な正解など求めるだけ馬鹿らしいが。

 

 とはいえ夕弦にとってはやはり何を言っているのか、といったところらしい。

惚けられたと解釈し、常では眠そうな目尻を吊り上げた。

 

「追及。嘘は為になりませんよ、士道」

 

「嘘なんか吐くか―――ていうか寝起きでそんな器用な真似するか。適当に出てきた言葉がたまたま人名っぽかっただけじゃないのか?」

 

「観察。…………ふむ」

 

 じ、っとそのまま見つめてくる。

 湖面のような清くそして深い瞳に視線を向けられるとなんだか吸い込まれ溺れそうな錯覚を受ける。

 

 まあ士道はその凪いだ瞳の理由が割と頻繁に難しいことを考えるのが面倒くさくなってすぐに放り投げる残念気質のせいだと知っているのだが。

 今回もそうらしく、その眦の角度がすぐに水平に落ち着くのを見ると、一応無実を信じてくれたらしかった。

 なんの罪に問われていたのかは知らないが。

 

 とはいえあっさり解決、とも行かなかったようで。

 

「状態。今夕弦は機嫌がよくない」

 

「見りゃ分かるけど?」

 

「供犠。ところで士道、夕弦はとても白身魚が食べたいです。香草たっぷりの、柔らかいのが。それと良く合うほかほかのご飯。もし食べられないと何をするか―――、」

 

「はいはい、夕食はムニエルですねお姫様」

 

 取り敢えず今は昼休みで、夕弦も今朝渡した弁当を食べたばかりの筈なのだが。

 とはいえ、呆れて怒られ、反抗してわざわざ献立に悩むのなんて馬鹿らしいしその方が手間も少ないかと、彼女との長い付き合いから判断して肩をすくめながら士道は夕食のリクエストを受けつけた。

 

 

 

 

 

「満悦。やはりスズキは士道に限る。今日もいい感じにおいしかったです」

 

「それはよかった」

 

 時間は跳んで夕方。

 どこぞの落語かというような茶目っけの混じった夕弦の賛辞を、台所で食器を洗いながら士道は聞き流した。

 まあ、褒められて悪い気はしない。

 例えそれが我儘気ままなお姫様にいつも世話を焼かされ、気付けば身につけていたスキルの成果でも。

 

 水道特有の水流が空気や金属管を引っかきながら高い音を上げる。

 士道の洗い物に合わせてばちゃばちゃと水滴がシンクを刎ねる以外他の音が殆ど聞こえない。

 テレビは果たしてつけっぱなしだったろうか、そんな事も忘れる不思議な音の結界。

 

 そんな中でも不思議と士道の耳は、彼女の声だけは逃がさなかった。

 

「自賛。流石は夕弦の所有物です。掃除も洗濯も完璧、三種の神器でお嫁さんスキル完備ですね」

 

「一家に一台、とか言い出すなよ?」

 

「疑問。いきなり何の話ですか?」

 

 夕弦と一緒に見た夕方のアニメで、家事が出来る子がそんなことを言われていたのを思い出して、冗談のネタにする、が。

 夕弦の反応はどこか惚けたものだった。

 

 いや今のはツッコミ待ちだったのだが、と禁じ手であるギャグの解説を思わずしそうになったその時、さらりと夕弦の返答が響く。

 

 

「真理。士道は世界で唯一、夕弦だけのものです。他の誰かのところに行けるとでも思っているのですか?」

 

 

「―――な」

 

 泡に塗れた箸が士道の手を離れ落ち、からからと間抜けに踊った。

 構わずに振り返るが、夕弦はテーブルの上でそのまま肘を突いて座っている。

 角度と光源の関係で、その顔は覗えない。

 

 士道はむっとした。

 自分では何故か分からないが、胸がなんとなくむかむかした。

 

 それと同時に、なんとなく昼過ぎに見た夢が脳裏に過る。

 “五河士道”は、どちらもずっとずっと幸せに過ごしていた。

 自分がいないとダメになってしまうなんて恋人冥利に尽きる(母性)美少女をひたすら構ってあげたり、甘え上手でスタイル抜群の元アイドルに蕩けるくらいくっつかれたり。

 

 それに反して自分は、いち所有物だと。

 夕弦にとってただのモノだと。

 

 面白くないと思った。

 不公平であり、屈辱であり、不満であった。

 

 だからこそ理不尽には反抗しなければならない。

 

 ある特定の事象に関する思考回路が時々信じられないくらい鈍くなる士道は、この時自分の感情をそう勘違いして、言った。

 

 

「恋人みたいな言い草じゃないか。なんだ、じゃあ付き合ってくれるのか?俺の彼女、なってくれるのか?」

 

「了承。いいですよ、それでは今日から士道は夕弦の愛しい彼氏です」

 

 

 即答。

 

 あまりにさらりと自然に言われたもので、士道は一瞬その回答がどんな意味を持つか分からなかった。

 そんな風に固まる士道に対して席を立った夕弦が、足音静かに向かってくる。

 もともと対して広くも無い室内、現状に復帰する間もなく夕弦は………ぽすり、士道の懐に埋まる。

 

 そうして士道の体温を感じた夕弦は、急にふるふると震えだした。

 後になって聞いた話だが、ここまできて急に恥ずかしくなったらしい。

 乙女の人生大一番、ここが勝負どころ―――そんな風に頑張っていたのがいっぱいいっぱいになって、それでも頑張り続けたのだとか。

 

 もちろんその時点の士道にそんなこと察せる筈もなく、ただ胸の中から真っ赤になって震えながら見上げてくる夕弦の愛らしさに、ただ惹きつけられるばかりだった。

 

 

「代償。ただし、条件があります。

――――――だいじにしてくれないと、だめなんだから」

 

 

「…………っ!?」

 

 やられた、と思った。

 夕弦可愛過ぎる、抱き締め―――ようとして手が石鹸混じりに濡れているせいでそれも出来ない生殺し状態であることに気付く。

 

 潤んだ瞳、紅潮する頬、柔らかく心地のいい肌と肉付きの感触、鼻を擽る女の子のにおい。

 どれか一つとっても理性を吹き飛ばすような魅惑の衝撃が、却って士道にその勘違いを正す弾みになった。

 

――――そもそもどうして家事万能になるくらい夕弦の世話を熱心に焼き続けているのか。

――――自分の所有物だとか、一歩間違えれば奴隷扱いのような言動をする夕弦の我儘をそれでも聞いてあげるのは何故なのか。

 

――――タイプの違う美少女といちゃいちゃする“五河士道”を、羨ましいとは思っても嫉妬する気持ちは全然湧かなかったのは何故なのか。

 

 

 答え―――“俺の”夕弦が宇宙一、平行世界一可愛いから。

 

 

 ぶっ壊れた思考がさらに暴走し、現状文字通り手が出せない代わりにできることはあるのだと気付いてしまう。

 そして既に思考と衝動の境目は、限りなく無きに等しかった。

 

「――――ッ!?」

 

 近づいた二人の唇が、重なる。

 喋れない二人に代わって、いつのまにか意識から追いやられていた流しっぱなしの水道の音だけがBGMになっていた。

 

 生まれて初めてのキス。

 そこに味は、正直感じなかったが、柔らかい唇の感触と大切な場所を触れ合わせているという実感だけで天国に昇りそうな気持になる。

 

 そんな士道に唇を奪われた夕弦が―――我に返ってぴくりと軽く跳ね、数秒間のファーストキスが離れる。

 それからまた数秒を置いてそろそろと腕を上げる、ゆっくりと現実を確かめるように夕弦は自分の唇に指を当て…………ほにゃりと、無邪気に笑った。

 

 

「……至福。うれしいです、しどう」

 

 

「夕弦ッ!!」

 

「やんっ」

 

 

 二度目、三度目と。

 この日が終わる頃には、士道と夕弦が交わしたキスの回数は、既に数えきれない回数になるのだった。

 

 

 





 前書き長………。

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