魔法少女リリカルなのは ~悪を断つ剣~   作:ダラダラ@ジュデッカ

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第十六話 悩み

「いいかげんにしなさいよ!」

 

 それは、温泉旅行から帰ってきてから数日が過ぎた日の出来事。

 なのは達の通っている清祥小学校の教室にて、やや怒気の籠った声が響き渡る。

 周囲の生徒達は一体どうしたものかと声の発言元を覗き込む。其処には、金髪の少女、アリサ・バニングスがある人物の机を左腕で叩いた姿があった。

 そのある人物とは、アリサの友人である高町なのは。授業が終わった後も下を向いて何事かを考えていた様子のなのはは、アリサの声を聞いてようやく視線を上に持ち上げる。

 

 気が付けば、真剣な眼差しでなのはを真っ直ぐに見ているアリサの姿。

 何故、そのような目線で自分を見ているのか分からない。彼女が何事かを尋ねようと口を開こうとしたが、先に言葉を発したのはアリサの方であった。

 

「この間から何を話しても上の空で、ボーっとして!」

 

「あ……うん。ごめんね……」

 

 アリサの言葉に、なのははまたしても下を向いてしまう。

 なのはとしては愛想よく振る舞っていたつもりだったのだが、やはり友人にはばれてしまうものなのだろうか。

 いつも一緒にいるからこそ、分かってしまうような事もある。しかし、なのはの悩みを彼女達に打ち明ける訳にもいかない。

 迷惑をかけたくはない。今なのはが抱えている状況を、彼女達にまで降りかからないようにするためにも、この悩みを打ち明ける訳にはいかないのだ。

 しかし、謝られたところでアリサの怒りが収まる訳ではなかった。

 

「ごめんじゃないでしょ! 私たちと話しても、そんなにつまらないんだったら、一人でいくらでもボーっとしてなさいよ!」

 

「…………」

 

「―――いくよ、すずか」

 

 更に黙り込むなのはを見て、アリサは痺れを切らしたのだろう。傍でどうしたらいいものかと両者を見ていたすずかに一声かけた後、その場から立ち去ってしまった。

 

「あ、アリサちゃん! なのはちゃん……」

 

「……ごめんね、すずかちゃん。今のは、なのはが悪かったから……」

 

「そんな事はないと思うけど……。でも、アリサちゃんも言い過ぎだと思うよ。少し、アリサちゃんと話をしてくるね」

 

「うん……。ごめんね」

 

 そういって、すずかはアリサを追って教室から出ていく。

 怒らせてしまった―——。そして、今も笑顔を出したつもりだったが、それは苦しい笑顔であったと、なのは自身も理解していた。

 すずかの後姿を見送った後、なのははもう一度下を向く。

 

「怒らせちゃったな……。ごめんね、アリサちゃん―—」

 

 本人には聞こえない謝罪。

 面と向かって謝罪しても、今のアリサには火に油を注ぐようなものか。そして、一体何がなのはがそうなってしまった元凶であるのか、追及されてしまう可能性もある。

 打ち明ける訳にはいかず、相談する訳にもいかない。一人で色々な事を抱え込んでしまう悪い癖を持つなのは。

 しかし、そうなってしまうほど、あの漆黒の少女との出会いは彼女にとって運命だったのかもしれない。

 彼女の存在が、なのはの心を占めてしまっている―——。まだ小学生であるなのはにとって、こればかりは難しい問題なのであった。

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後。高町なのはは、海辺に近い公園のベンチに腰掛け、海を見ていた。

 もうすぐ日暮れ。昼間は輝いていた太陽も、この時間になればまた違ってくる。綺麗な日暮れに対して、なのはの心は反転して暗闇だった。

 アリサとすずかは習い事があると先に帰ってしまい、今はなのは一人。

 休み時間の事、漆黒の少女の事。悩み事がますます増え、下を向いてしまう。

 明日、どんな顔をしてあの二人に会えばよいのだろうか。そして、今夜にでもあの少女と出会ってしまえば、果たしてなのはは戦う事が出来るのだろうか。

 このような心理状況で、なのはは動けるのか。立ち向かえるのか。やると決めたからには、やらなければならない。逃げるつもりもない。しかし―——。

 

「はぁ……」

 

 自然と、ため息が零れてしまう。

 このような悩みを抱えている自分に対してなのか。いや、そうに違いないとなのはは思う。

 心配をかけたくはない。だが、自分一人で解決するにはあまりにも難しい問題であった。

 家族にも、友人にも。更にはユーノにも。自分が弱っている部分を出してしまえば、親身になって相談に乗ってくれるだろう。

 だが、それでは駄目なのだ。この問題は、なのは自身の問題なのだから、彼女自身で解決するのが当然なのだ。

 そう、なのは自身は思っていた。子供であるにも関わらずに、そのような考えが持てるという、大人顔負けの考え。

 だからこそ、下を向いてしまう。甘えればいいのにも関わらず、それを見せない強い子なのだ。

 

「……はぁ」

 

「―――悩み事か、なのは」

 

「……ふえ?」

 

 なんともまあ、素っ頓狂な声を出してしまった。

 しかし、そんな事を気にする前に驚いたのはなのはの方。ハッとなって声がした方向に目線を向けると、其処に立っていたのはいつもの黒いロングコートを身に纏った、ゼンガー・ゾンボルトの姿。

 右手に愛用の釣竿を持ち、やや呑気とも思える姿で登場したゼンガーであったが、なのははやや赤面しながらも、慌てて立ち上がった。

 

「ぜ、ゼンガーさん!?」

 

「ああ。釣りの帰りだったのだが、お前の姿が見えたのでな。驚かせたか?」

 

「び、びっくりはしましたけど……。つ、釣りですか?」

 

「そうだ」

 

 ただ一言でも、やけに重みがある。やや困惑したのか、なのははあははと乾いた笑いが出た。

 しかし、ゼンガーは至って真面目だ。ジッとなのはの方を見ており、その視線が何処かに向くことはない。

 なのはが悩んでいる事など、一目見れば分かるのだろう。達観した大人だという事もあるが、彼もまた一緒に戦う仲間である。

 しかし―——なのははゼンガーに対して笑顔を“作った”。

 

「な、なんでもありませんよ、ゼンガーさん! 今日もジュエルシード探しと修行、どっちも頑張ります!」

 

「ああ……」

 

 一見、元気に見えるなのはの姿。先ほどまでの暗い雰囲気を何処かに吹っ飛ばしたかのように見えたが、それも彼女なりのやせ我慢だろうか。

 素直にその悩みを前面に出せばよいものの、それを良しとしないなのはの性格故だろうか。そんな事をしていては、彼女の心が壊れてしまう。

 壊れていった人間を数多く見ているゼンガー。だが、彼女が何か行動しなければ、ゼンガーとしても動きようがない。

 そして、何が彼女の心に疼いているのかさえ、ゼンガーには分からない。察しのよいゼンガーであるが、だからといって彼女の心の奥にまで勝手に入ろうとは思わなかった。

 

「なのは」

 

「はい?」

 

「――あまり、深く悩むな。その悩みが己を滅ぼす事もある」

 

「…………」

 

 親友ならば、このようなア愛になんと言っただろうか。

 彼女の悩みを聞き、的確なアドバイスを送ったであろうか。それとも、別の方法で彼女を慰めたであろうか。

 しかし、ゼンガーには彼のような器用な事も出来なければ、彼女の為に何かをしてやれることも出来ない。だから、この一言を言って歩き出す。

 なのはは何も答えないが、それでも立ち去っていくゼンガーの姿をじっと見つめていた。

 彼なりに、なのはを案じてくれたのだろう。その気持ちは嬉しいが、だからといってゼンガーにまでこの気持ちを吐露し、心配をかけるわけにもいかないとなのはは思う。

 今までにも迷惑をかけた。いや、今もかけている。だからこそ、これ以上ゼンガーを頼るまいと。

 鞄を持ち、なのははゼンガーと逆方向に歩き出す。その姿に、少しだけ後ろを振り返ったゼンガーは、強情な娘だなと苦笑を浮かべる。が、人に言える立場ではないのは自覚している。

 しかし、それも暫しの間のみ。すぐに表情を真顔に戻すと、また彼も歩き出す。

 ゼンガー自身も自分の問題がある。それに、此方の世界でやらなければならない事も出来た。

 

(奴との決着をつけねばなるまい。次に会った時は、必ずや斬る……!)

 

 その為に、ゼンガーは剣を抜く。

 自身の分身とも言うべき存在を絶つ為に。奴自身を、開放する為に。

 

 

 

 

 

 

 海鳴市の中心部に位置する高層マンション。

 その一室にて、漆黒の少女と獣耳に尻尾と、どう見ても普通の人間ではない女がいる。

 獣耳の女は怪訝そうに眼前の人物を見ており、少女の前へと踏み出して、まるで庇うような立ち位置であった。

 一方の少女は、しっかりと前を向いてはいるものの、どうにもその表情は暗い。何か思い悩む事でもあるのであろうが、今はそのような事など関係ない。

 その眼前の人物―——それは、前にプレシアの前に現れたあのローブの人物であった―—は傍らに同じくローブで身を包んだ巨体の者を引き連れ、その場に立っている。

 

「で、アンタ達は一体何が目的なのさ。いきなりここまで踏み込んできたからには、それなりの覚悟があるんだろうね?」

 

 獣耳の女は、ローブの人物を睨みつけながら構える。どうやらいきなり侵入し、このような状況になっているようだ。

 しかし、未だに侵入者である彼等を攻撃しないのは、拠点であるこの場所を破壊してしまうという危惧からではない。

 ローブの人物の後ろに控えている巨体の者。あれはヤバいと本能が知らせていた。

 獣だからであろうか、ヤバい奴の気配はすぐに分かる。恐らくあれは、今の彼女が挑んでいったとしても、到底適う相手ではないという事を。

 

「そう怖い顔をするな。我々は、プレシア女史から遣わされた援軍だ」

 

「あの女が?」

 

 プレシア。その名前を聞いた瞬間、獣耳の女の表情が更に険しくなった。

 

「母さんが?」

 

 一方、驚いたような声を出したのは、後ろにいた少女の方。母さんというからには、この少女はプレシアの娘なのだろう。

 

「そうだ。どうやら君の母君は心配性らしくてね……。こうして我々を寄越したのだ」

 

「本当だろうね?」

 

「嘘だと思うのならば、プレシア女史に直接確認してみるといい。アルフ……といったかな?」

 

 飄々と述べている点からしても、この人物が嘘をついているとは思えない。

 余計な事をしてくれると獣耳の女―——名をアルフという―—は、内心で舌打ちをしてローブの人物を睨む。

 

「フフッ、確かにお前達からすれば我々は邪魔な存在であろう。だが、プレシア女史もお前達に期待していると同時に、焦っているのだよ。早く、ジュエルシードを回収しろと」

 

「…………」

 

「話によると、まだまだ回収作業が滞っていると聞く。戦力は少しでも多い方がやりやすかろう」

 

「だからって……! これはあたし達の問題だ! 部外者は黙っていてほしいね!」

 

 プレシアからの使いというのが、よほど気に食わないのだろうか。アルフは声を荒げ、今にもローブの人物に掴みかかろうとする勢いだ。

 しかし、後ろに控えている巨体の者がアルフを目で牽制する。恐らく、ローブの人物こそがこの巨体にとって主人なのだろう。

 表情こそ見えないが、物凄い殺気にアルフといえども簡単には動けない。だからこそ、余計に不気味に感じられた。

 

「そう、確かに我々は君たちにとっては部外者だ。しかし、『次元漂流者』が敵にいるのだと聞けば、お前達はどう思う?」

 

「『次元漂流者』だって……?」

 

「ああ、そうだ。“この世界”とは異なる世界からやってきた、異次元からの来訪者。

 それが、お前達と争っている少女の傍らにいる。“フェイト・テスタロッサ”、お前は心当たりがあるだろう?」

 

 フェイト・テスタロッサ。それは、漆黒の少女に向けられた言葉らしい。

 言われて、フェイトは思い出す。初めて、あの少女と戦った時に現れた剣士の事を。

 普通の人間では考えられない程の速度で移動し、自分の速さについてきた男。

 

「あの人が、次元漂流者……」

 

 それならば、少しは納得のいく部分もある。

 魔力を感じずとも動ける驚愕の脚力に、あの力。恐らくは自分たちの使う魔法とは別のものを使ったのだと思えば、あの馬鹿みたいに強い力を行使するのも納得する。

 いや、そう考えるしかない。ただの人間が、自分に追いつく事など不可能なのだから。

 

「フェイト、知ってるのかい?」

 

「うん……。一度、交戦したから」

 

「交戦って、あたしは何も聞いてないよ!? 怪我とかなかったかい?」

 

「それは、大丈夫だから……」

 

 存在のみを知っているのだと思えば、なんとフェイトは交戦済みだというから驚くのは言うまでもない。

 心配そうな様子のアルフに対し、フェイトはその頭を撫でてやって安心させてやった。

 

(魔導士ですら苦戦させる次元漂流者、ゼンガー・ゾンボルト。“この世界”で再び出会うとは、これが因果というものか……)

 

 ローブの人物が、その下で怪しく笑む。

 ゼンガー・ゾンボルト。その名を知っているという事は、必然的に彼を知る人物だという事。

 それが誰だという事は、現在では分からない。ただ、怪しく浮かべるその笑みは、危険な香りを匂わせるのであった。

 

 

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