魔法少女リリカルなのは ~悪を断つ剣~ 作:ダラダラ@ジュデッカ
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「ぁ……あぁ……」
恐怖のあまり、腰を抜かして座り込む女性。
女性の顔に浮かぶのは恐怖。そして、自分の目の前で起こった事態が理解できず、眼前にいる存在に怯えていた。
―――怯えない方が無理だろう。女性の目の前にいるのは、四つ目の怪物だ。
全身は黒で覆われ、巨大な獣の形をしている。グルルと女性を威嚇するように声を上げ、口を開けば鋭い牙が垣間見える。
もはや、それは映画か何かに出てくるようなものだった。
異形の化け物が目の前にいて、今にも自分に襲い掛かってきそうな勢い。
ああ、誰だってこんな絶望的な状況では腰を抜かすに違いない。それに、彼女は常人なのだ。ゼンガーのように非常識な人間でもなければ、身体が屈強なわけでもない。
彼女は、至って普通の人間。悲鳴にもならない声を上げたかと思えば、彼女は恐怖のあまり気を失ってしまう。
そう、この反応こそ正しい。このような化け物に思いっきり突っかかっていくのがおかしいのだ。
が、そんなおかしい行動をする者が一人。彼―――ゼンガー・ゾンボルトは、現場に着くなり木刀を片手に特攻していく。
「はぁぁぁ!!!」
『―――!』
問答無用。化け物――ジュエルシードの暴走体だ――に特攻していくなり、ゼンガーは雄たけびを上げながら木刀を振り下ろす。
雄たけび、更には気配を感じ取った暴走体は女性の方からゼンガーの方に向き直り、彼に向かって刃を向ける。
木刀は真っ直ぐ、そしてかなりの速度で振り下ろされる。しかし、暴走体の方は野性的な感覚があるのか、己が刃で木刀を受け止める。
「む……」
『グルル……!』
前の暴走体があのような状態だったので、それなりの力は入れているものの、多少力を抜いた。が、獣は難なく受け止めてみせる。
なるほど、これは手加減などいらないようだ。いや、元々手加減することなど、自分の流儀に反する。
「よかろう……。ならば、全力で応えるのみ!」
『ウガァァァ!!』
ゼンガーと暴走体の一騎打ちが始まっていたころ、息を切らしながらなのはがようやく追いついた。
追いついた時には、既にゼンガーと暴走体が戦闘状態。共に考えられないような動きをしていた様子を目の当たりにし、「あはは…」と思わず乾いた声が出た。
「えっと……もしかして私、必要ないのかな?」
そんな感想しか出てこない。いや、それも当然ではあろう。
見ているだけでも次元が違う。そして、人間業とは思えないゼンガーの動き。
(どうやったらあんな風に動けるのかな……?)
元々運動が得意な方ではないなのは。ゼンガーの信じられないような動きに、彼女は見惚れていた。
豪快なれども、動きは凄く滑らか。木刀を振り回している姿も恰好が良く、なのはの目に映っているのは、先ほどの寡黙な人間から格好良くて強い人間になっていた。
(お兄ちゃんも剣道をやってるけど、どっちが強いんだろう…?)
正確にいえば、彼女の兄がやっているのは“剣道”というスポーツではない。寧ろ、それはゼンガーが行っているような行為に近いのだ。
しかし、まだ小学生である彼女に剣道と剣の違いを説いたところで仕方がない。勿論、キチンと教えれば理解するのだが。
「なのは! なのはってば!」
「え!? あ、ユーノ君。どうしたの?」
「どうしたのって……ジュエルシードの事だけど……」
「うん……。でも、あの姿を見ていると、私って本当に必要なのかな~って」
「え……? 一体何を馬鹿な……」
いつの間にかなのはの足元にいたフェレットことユーノだったが、なのはに指摘されてからゼンガーの方向を見る。
「でぇぇい!!!」
『グガァ!!』
ユーノの目にも映った、ゼンガーと暴走体の勝負。
ああ、なるほど。これはなのはが先ほどいった「必要ない」といった事も理解できる。
ユーノもなのはと最初に出会った時にゼンガーの動きを見ているが、現在はそれ以上の行動力を見せていた。
跳躍魔法も使用していないのに空高くジャンプし、素早く刃を振るう。暴走体もゼンガーを追うが、見た限りだと軽く捻られているのは暴走体の方だった。
両腕で振るう木刀は、見た目は木刀でも酷く重い。おまけに破壊力も随分とあるようで、暴走体の頭蓋骨を砕く音も耳に届く。
だが、ジュエルシードという魔力の石は、曲がりなりにもロストロギアだ。砕かれた部分を再生させるほどの魔力はあるようで、見ているうちにすぐに再生されていく。
「…………」
「あはは……ユーノ君、口が開いてるよ?」
いや、唖然としない方がおかしいんじゃないのか? とユーノはなのはに問いたかった。更に、ゼンガーは魔法も一切使用していないのに、ああもピョンピョンと空を舞い、地を駆けるのである。
勿論、なのはも最初は唖然とした。しかし、なのはもこれで二度目であり、彼は「そういう人間も世の中にはいる」のだと割り切る事にしたのだ。
この割り切り方は、魔法を知らない彼女ならではなのかもしれない。
―――勿論、世の中広いといえども、そのような奇想天外の動きをするのは現実的に考えてみても、ゼンガーぐらいなものだが。
『ガァ……グルァ!』
「これだけ砕いてもまだ立つ…か。その意気やよし」
『グゥ……』
「だが、俺を倒すには生温い!」
すっかり息が上がってしまっている暴走体。後にユーノが「暴走体でも疲れる事があるのか……」と目を点にしながら呟いたらしいが。
比べて、吠える元気も有り余っているゼンガー。傍から見ていると、大人と子供の喧嘩のよう。この場合は、人と子犬とでもいえばいいのか。
『―――!』
「……!?」
しかし、暴走体の右目がなのは達を捉えた事から状況が変わる。
視線にいち早く気付いたのはユーノであったが、彼が声を上げる前に動き出したのは暴走体の方だった。
『グガァァァ!!!』
「え……?」
ゼンガーを無視し、なのは達の方に飛びかかかる暴走体。
獣の本能から、ゼンガーに勝ち目なしと判断した。そして、楽に勝てそうななのはへと飛びかかって行ったのだ。
「あ……」
「なのは、逃げて!」
ユーノが何か言ったが、今のなのはの耳には聞こえていなかった。
考える暇すらなかったといえる。暴走体もゼンガーに捻られた事で疲れを見せているものの、走る元気あるし、獲物に飛びかかるくらいのことは出来る。
ゼンガーの動きに見惚れていたのが仇になったか。急に方向転換してなのはに襲い掛かるのは彼女にとって予想外だった。
(え……? なに、身体が動かない……?)
なのはが今感じているのは、恐怖だった。
化け物が自分に襲い掛かる。二度目の事とはいえ、うまく反応できないのが普通だ。
逃げなくちゃ殺される。そんな事などとうの昔に理解している。しかし、肝心の体が全く動かないのだ。
それは、先ほど襲われかかっていた女性と同じだった。極度の恐怖が一気に襲い掛かってくると、人間というものは動けなくってしまう。
ましてや、魔法を使える事になったとはいえ、なのはは小学生だ。体が出来上がっている訳でもないし、魔法の遣い方を完全に理解しているわけでもない。
目には涙が浮かび、動けない自分を頭の中で責める。
(動いて……動いてよ!)
なのはの願いとは裏腹に、既に暴走体が目の前に迫る。
(いや……いやっ!)
こんなところで死にたくはない―――そう思った。
―――だが、いつまでたっても暴走体は自分のところに来ない。普通ならば今頃なのは暴走体に噛み砕かれていてもおかしくはない。
それが、来ない。どういう事なのかと思い、なのはが目を開けると―――。
「え……!」
『グゥゥ!!!』
「くっ……!」
彼女が目を開けたとき、眼前に立っていたのはゼンガーだった。
彼は、木刀を使わずに己の右腕で暴走体の攻撃を防いでいる。暴走体の鋭利な牙がゼンガーの右腕に食い込み、流石のゼンガーも痛みからか顔を歪ませる。
「ゼンガーさん!?」
「……俺に構うな! なのは、お前は自分が出来る事をしろ!」
「で、でも……」
自分を庇うかのように仁王立ちしているゼンガーの事を心配するなのは。
当然だろう。自分の体が動かなかった為に、ゼンガーが負傷した。彼女の顔色は蒼白しており、ゼンガーの身を案じている事が分かる。
しかし、ゼンガーは眉を寄せたかと思うと、暴走体を振り払うように腕を払い、暴走体を吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされた暴走体は四足で綺麗に着地し、再びゼンガーに威嚇を開始。先の息切れは何処へやら、その威勢のいい姿にゼンガーは目を細める。
『グルル……!』
「……これだけやっても、まだ吠える余裕があるか」
『グアァ!!』
「相変わらず威勢だけはいいようだな……。しかしっ!」
右腕を負傷しているにも関わらず、ゼンガーは両腕で木刀を構え、暴走体の前に躍り出る。
「我はゼンガー・ゾンボルト! 悪を断つ剣なり! 貴様のような妖魔を、これ以上暴れさせるわけにはいかぬ!」
まるで大怪我をしている事を忘れさせるかのような、覇気のある発言だった。
化け物はゼンガーの咆哮に思わず後ずさり、後ろでゼンガーの背中を見ていたなのはは、涙ぐんでいた目元をぬぐい、首元にかけた宝石――レイジングハートを手に持つ。
これ以上、ゼンガーだけに戦わせるわけにはいかない。いや、彼自身はなのはに手を出されるのは嫌うかもしれないが、それでも。
(レイジングハート……私に力を……ゼンガーさんを助ける力を貸して!)
『all right. stand by ready.』
果たして、なのはの思いがレイジングハートに伝わったのか、宝石から文字が浮かび、レイジングハートがなのはの呼びかけに応える。
その瞬間、彼女の手には杖が握られていた。それは、この間と同じ杖であり、レイジングハートのもう一つの形態。
(パスワードもなしに変身を……? やっぱり、彼女は普通の魔術師とは違うのか……?)
なのはが行った行動に、ユーノは目を丸くした。
本来ならば、呪文を唱えてレイジングハートのような杖―――俗に『デバイス』と呼ばれる―――を出現させるのは通常である。
しかし、なのはの場合はそれを介さず、いきなりレイジングハートを出現させたのだ。これもまた驚かない筈がなく、ユーノは改めてなのはの中に眠っている力の凄さを思い知らせらされる結果になった。
「レイジングハート……。行くよ!」
レイジングハートは何も答えなかったが、なのはには確かに答えたような気がした。
この前のように防護服は出していないが、杖さえあれば暴走体を封印は出来る。
彼女はゼンガーの後ろでレイジングハートを一回転させると、また昨日のように目を閉じ、集中する。
『グルァ!』
「やらせはせん!」
気配を感じたのか、暴走体は再びなのはに襲い掛かる。
しかし、それを護るのは歴戦の剣士であるゼンガー・ゾンボルト。右腕に力が入らないが、それでも左腕一本で木刀を振るい、暴走体を打ちのめす。
ぎゃんと小さく吠え、暴走体は後ろに後退する。ゼンガーは使い物にならなくなりつつある右腕をぶら下げつつ、木刀を左腕一本で構え、暴走体をけん制していた。
暴走体は今一番、なのはが危険な存在になりつつあることを感づいていたのだ。しかし、彼女を護るのは先に散々痛めつけられたゼンガーであり、腕を一本負傷させても適わない相手。
まるでとる手段がなく、威嚇するしか出来ない暴走体。さっさと逃げればいいものの、ゼンガーの凄味が暴走体をも逃げられないようにしているのか、暴走体の足は止まっていた。
機は今だ。そう悟ったゼンガーは、後ろにいる筈のなのはに呼びかける。
「……今だ、なのは!」
「はい!」
応えて出てきたのは、杖を持ったなのは。
レイジングハートを暴走体にかざし、ジュエルシードを封印するために、レイジングハートを起動させた。
「レイジングハート、お願い!」
『all right.sealing mode.set up.』
レイジングハートが伸び、桜色の羽が出現する。
これは、レイジングハートが封印などの最大出力時に変形する形態であり、その名を「シーリングモード」という。
今のなのはにとってはデバイス自身が勝手に変形している感覚であり、なのはが特別に何かをしているという事はない。
しかし、今はそんな事などを考えている暇はない。即座にリボン状の拘束具(バインド)を伸ばしていき、暴走体を拘束する。
『グ……グァァァ!?』
『stand by ready.』
「リリカル、マジカル! ジュエルシード、シリアル16……封印!」
『sealing.』
なのはが言うと、ジュエルシードの暴走体は光の結晶ともう一つ、子犬の姿に分かれ、別々に分かれていく。
どうやら、ジュエルシードはあの子犬に反応したらしい。願いを推測するとなると、『強くなりたい』だろうか。獣としては十分すぎるぐらいの強さを持ったが、結果的には暴走体。
子犬の本能だったのかもしれないが、いずれにせよ、ユーノが言った通りにジュエルシードという代物は厄介極まりないもののようだった。
なのはは、子犬と別れた魔石の方に行き、レイジングハートを魔石の方へと向ける。
すると、レイジングハートは球体の部分――紅い球体だ――の部分へとジュエルシードを吸い込んでいき、それを収納する。
『receipt number XVI.』
これでジュエルシードの封印は完了だ。しかし、なのははそれを見届ける前にゼンガーの元へと走り出していた。
「ゼンガーさん!」
「ああ……終わったようだな」
「そうじゃなくて! ゼンガーさん、凄い怪我ですよ!? 早く治療しないと……」
「怪我……? ああ、これの事か。これしきの傷、そのうち勝手に治るだろう。お前が心配する事などない」
暴走体から受けた傷を見て、ゼンガーはそう言ってのける。
大怪我には違いない。しかし、この痛みにも耐えられるほどの強靭な精神を持っているのもゼンガーだ。
しかし、先の戦闘で腕すら動かなくなるとは不甲斐ない。これは、まだまだ鍛えが足りぬと思っていたその矢先。
「心配しない筈がないじゃないですかっ!」
「む……?」
「私……凄く心配で…。私があの時、逃げなかったから……動けなかったから、ゼンガーさんがそんな風になっちゃったのかなって思って……だから……!」
気が付けば、なのはは涙を流していた。
ゼンガーの元に近寄り、自分のせいで負傷したゼンガーの姿を見て自らを責めているのだろう。
それに、いち早くゼンガーの元に駆け寄った事を見ると、彼の事を心配しない筈がないのだ。
ゼンガーの基準となのはの基準は非常に異なる。ゼンガーがいくら大丈夫だといったところで、なのはにとってゼンガーの怪我は大怪我だ。彼の言うように、これだけの怪我を見て、素直に安心できるような子ではない。
「僕から見ても、やっぱり治療した方がいかと思います。その怪我じゃ、まともに剣は触れないと思いますが……」
「……そうだな」
ユーノの声がゼンガーに届く。彼は治癒魔法も一応使える事は使えるのだが、まだそれを使用するには力が戻っていない。
勿論、ユーノとしても治癒魔法を使用したいのは山々ではあるが、これ以上消耗してしまっても仕方がない。
おまけにゼンガーが全く気にする様子もない事から、本当に彼は大丈夫なのかと思っていたが。
「しかし、治療する場など俺にはない」
偉そうにいう事でもないが、それは事実だ。
今現在、ゼンガーは所持金もない。ゼンガーが平気であっても、多量に出血している点からして早めに止血しなければならないであろう。こんなところで立ち止まっている暇などないのだ。
「じゃ、じゃあ! 私の家で治療しますから! だから、早く!」
「だが……」
「いいから! 早くしないと、ゼンガーさんが大変な事になっちゃいますよ!」
「む……」
なのはの必死の叫び。個人的に世話になる訳にはいかないが、必死に呼びかけている少女の声に、応えない訳にはいかない。
「……いいだろう。頼む」
「はいっ! こっちですから、早く行きましょう、ゼンガーさん!」
ゼンガーの手を引き、なのはは走り出す。
ゼンガーの腕から相変わらず血が垂れる。しかし、ゼンガーは痛みを我慢しながらも、仕方なくなのはの家に向かう事にした。
この選択も、果たしていいのか迷っていたが、この時のゼンガーになのはを止める事は出来なかったのだった。