魔法少女リリカルなのは ~悪を断つ剣~ 作:ダラダラ@ジュデッカ
それでもよければ↓をどうぞ。
「とりあえずは……これで大丈夫ですよ」
「むっ……」
包帯をきつく縛られ、傷口から全身に痛みが襲う。ゼンガーといえども思わず顔を顰めたが、彼がみっともなく泣きわめくことはなかった。
場所を移して、高町家。なのはに手を引かれてやってきたゼンガーは、ひとまずこの家で傷口の手当てを受けていた。
血が一向に止まらず、走りながら「どうしよう」とかなり焦ったようすのなのはに比べて、ゼンガーの方は怪我をしているにも関わらず冷静であった。
勿論、痛みはどんどんと強くなっていたが、この程度の傷など修業時代や、つい最近の激戦で何度もつけられた。―――痛みに慣れるなどとんでもないが、なのはのように焦るほどではないのである。
ともかく、高町家に半ば強引に連れて来られたゼンガーは、なのはの母親である高町桃子の手を借りつつも、なんとか止血をし、包帯を巻いたといったところ。
最初は桃子としてもゼンガーも怪我の様子に戸惑いを見せたものの、目の前で血を流している怪我人を見て放置できるような人間ではない。それに、なのはの必死さも相まっていたか。
「……恩に着ます」
「いえ、困ったときはお互い様ですから。それにしても、どうしてこんな怪我を?」
「む……」
やんわりとした笑顔で返した桃子であったが、彼女から問いかけられた質問にゼンガーは口を詰まらせる。
―――桃子に説明したところでどうなるというのか。化け物の攻撃から娘さんを救いました、などという言葉を果たして、この女性が信じるであろうか。
否。例え桃子といえども、“化け物”というワードは信じないであろう。それに、化け物―――ジュエルシードの暴走体の事であるが―――の存在を、桃子に少しでも耳にさせるのはなのはが忍びないであろう。
現在のところ、魔法に関わった一般人というのはゼンガーとなのはの二人。ユーノはともかくとして、桃子も一般人なのだ。なのはのように魔法の力を持たないし、ゼンガーのように規格外に強いわけでもない。そのような人物を関わらせては大変危険なのは考えなくてもわかる。
だからこそ、迂闊に化け物などというキーワードを彼女に知らせてはいけない。娘が心配なのはわかるが、今回は事が事だからだ。
「え、えっとね、お母さん。この人……ゼンガーさんっていうんだけど、車にひかれそうになった私を助けてくれて……」
「車に!? 大丈夫なの、なのは!? 怪我はない!?」
ゼンガーが答えを詰まらせていたところに、助け船を出したのはなのはだ。
少々事情は苦しいかな? とは思ったが、彼女が思いつく限りはこれくらいしかない。
しかし、なのはの言葉を受けて慌ててなのはに駆け寄ったのは桃子の方だ。我が子を確認するかのように体のあちこちを触り、そして怪我がないかを確認している。
当然だろう。我が子――それも最愛の娘が車にひかれそうになったなどと言われれば、心配しない親などいない。
(お母さんには悪いけど……巻き込むわけにはいかないから……)
心配している桃子の様子を見て、罪悪感を感じてしまうのはなのはの方だった。
今、なのはは車にひかれる以上に危険な事をしている。
でも、それでもやめる訳にはいかないのだ。困っている人―――なのはにとってはフェレットか―――を見捨てておけないのは、親子の似たところなのかもしれない。
「家の子を助けていただいて、ありがとうございます!」
「……いや、当然の事をしたまでです。礼には及びません」
ゼンガーに頭を下げる桃子。勿論、ゼンガーの言葉に嘘偽りなどなく、これは彼の本心からの言葉。
それに、ゼンガーとしてはこうして治療してくれただけでもありがたい。それだけの状況に陥っているというのは、考えるだけで中々悲しいものだが。
「それでは、これにて。包帯の礼も出来ませぬが……」
「いえ、それはこちらの方です。娘を助けていただき、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げられたが、ゼンガーは顔色一つ変えずに踵を返し、歩き出す。
痛みはなくなっているとは言い難い。しかし、先ほどよりは随分とマシだ。あるのとないのとでは大分違うものである。
そして、ゼンガーが玄関に出ようとしたその矢先だ。ゼンガーの目に、今日の日付が書かれたカレンダーが映り込む。
それを、ゼンガーはちらと見た。本来ならば、飛ばされてどれぐらいの日にちが経過したのかを確認する為だけに見たのだが。
「………む」
ゼンガーの足が、カレンダーの前で止まった。
ピクリとも足を動かさず、目線だけはカレンダーに向いている可笑しな状況。おまけに、何か信じられないものでも見ているような、ゼンガーにしてはやや戸惑っているような目付きで、カレンダーを隅から隅まで確認しているように見えた。
ゼンガーの様子が少しおかしい事に気付いたのは、後ろにいた二人。なのはと桃子は顔を見合わせ、ゼンガーは一体どうしたのかと首を傾げあう。
「なのは」
「は、はい!」
その時、突如としてなのはの名が呼ばれた。
驚いたなのはは背筋をピンと伸ばし、直立不動の形をとる。桃子がなのはの姿勢にクスクスと微かに笑ったのは、きっと気のせいではないだろう。
「えっと、どうしたんですか……?」
「すまんが……今現在の年号、月日を正確に教えてくれ」
「え……? それが、どうかしたんですか?」
「……頼む」
彼の答えにキョトンとなるなのは。しかし、ゼンガーの方は至って真剣な様子だった。
一体、月日がどうしたというのか、という疑問を持ちながらも、なのはは彼女にとってごく当たり前の事を口に出す。
「えっと、今は――――」
ただし、その言葉が果たしてゼンガーにとって、悪いものになるとは、今のなのはにとっては考えられなかった事であるが。
■
「…………」
気が付けば、日は既に沈みかけていた。
場所は昼間に気長に魚を釣っていた場所。隣にいた老人は既に其処にはなく、どうやら帰った様子。だが、そんな事などゼンガーにとってはどうでもいい事となっていた。
「……なんということだ」
その場に座り込み、頭を抱えながら呟くゼンガー。左手に持った木刀を強く握りしめ、現実が夢であればいいと―――途方もない事まで思い浮かび、その思いを打ち消す。
ゼンガーがあの時、確認した事実。そして、なのはからの発言を聞く限りだと―――どうやら、『ここは、自分の知っている世界ではない』という事が分かった。
いや、正確には時間軸なのかもしれない。なのは曰く、今の歴はどうやら西暦。西暦といえば、ゼンガー達がいた世界から約200年前なのだ。
確かに、時間軸が違う、あるいは世界が違うともなれば通信機が繋がらないのは説明できる。理由? 考えるまでもない。この世界に『クロガネ』という艦は存在しないからである。
更に言えば、コロニーもない。地球連邦もない。世界は未だに統合される事なく、各国家に分かれているという事。
(あの時は何とかなったが……今回ばかりはそうもいかんか)
ゼンガーは、他にも異なった世界に飛ばされた経験がある。
しかし、その時はその世界に次元転移装置などの発達した技術が存在した。だが、現在の地球の技術力では、到底そのような代物を開発する事など不可能に近い。
これは、どうやら詰んだようだ。帰る手段はなし。誰かを頼る事も出来ない。さて、これからどうすればいいのか。
「…………」
腕を組んで考える。が、いい案が思いつく訳でもない。
時間だけが過ぎていくというのは、酷く虚しい事に違いない。しかし、今のゼンガーにとってはこの無駄に浪費されていく時間も貴重なものだ。
「………………」
腕組みをやめ、立ち上がる。
考えていても仕方がないのは分かっている。しかし、方法がないのも十二分に理解している。
だが、彼の性分上、ジッとしているのは合わない。彼は左手に木刀を持ちかえ、それを一回だけ振るう。
(ここが何処であろうと……俺は、必ず元の世界に帰る。絶対にな)
彼が、この程度で諦める筈がない。目を細め、剣先を見つめる。
帰る手段がないのであれば、自分で切り開くしかない。今まで、そうやってきたのだから。
そう、ゼンガーが思った時であろうか。
「はぁ……はぁ……」
後ろの方で息切れする声が聞こえてくる。
いや、もはや振り返るまでもない。ゼンガーは左手を降ろすと、静かにその場に佇み、待つ。
すると、先ほどの息切れする声が少しだけ大きくなり、ゼンガーの真後ろで走るのをやめる。それでもゼンガーは後ろを振り返らなかったが、後ろにきた人物――なのはだ――が、ゼンガーに向けて口を開いた。
「だ、大丈夫ですか、ゼンガーさん?」
「……大丈夫、とは?」
「その、フラフラしながら出て行っちゃったから、私、心配になって……」
「…………」
それほどまで、ゼンガーが動揺していたという事の表れだろうが、ゼンガーはその時の自分を不甲斐なく思う。
『例えどんなときでも、心を動かさず、平常心でいよ』。
これは、師であるリシュウの言葉である。普通の人間ならば今でも狼狽えていそうな状況下であろうと、決して慌ててはならない。
その事が出来ていなかった、そして忘れていた自分を責めたのだ。あのような姿を、他人に見せるものではない。更に、リシュウが見ればなんといったであろうか。―――想像するだけでも恐ろしい。
「……俺を案じたところで、それは杞憂というものだ。もうじき日も暮れる。早く帰るがいい」
「ゼンガーさんにとってはそうかもしれませんけど……でも、私はゼンガーさんが心配で……!」
「…………心配など無用だ。家に帰れ」
「答えになっていませんよ、それっ!」
敢えて突き放す口調のゼンガーであったが、あの様子を見てしまったなのははゼンガーのようにはいかない。
まるで信じられないものを見たかのように、高町家を出て行ったゼンガー。どんな時でもなのはを護ってくれたゼンガーの姿はその時はなく、一体どうしたのだろうと不安になった。
追いかけてみれば、佇みながら何かを考えるゼンガーが目に映り、不安は確信へと変わった。ああ、彼は何か困っているのだと。
いつも助けられてばかりじゃいけない。そう、なのはは思っていた。
いつ死んでもおかしくなかった。でも、どんな時でもゼンガーが傍にいた。なのはを必死に守ってくれたのだ。あんな怪我をしてまで、彼は。
だから、少しでも彼の役に立ちたかった。恩を返したかったのだ。
「もう、関わっちゃったから……このままゼンガーさんを放っておくなんて私にはできません。一体、どうしたんですか? 私、何かいけない事を言っちゃいましたか!?」
「…………」
―――そんな事はない。彼女は、真実を告げただけだ。それが、ゼンガーにとっては酷く残酷な現実であっただけの事。
背中で彼女の言葉を受けながら、ゼンガーは考えていた。どうしたら、この子を納得させる事が出来るだろうと。
自分が異世界、あるいは未来から来た人間と正直に話すか? いや、それはあまりにも非科学的だ。魔法を使用しているとはいえ、それでなんとかなる代物ではない。
「これは、俺の問題だ。お前には関係ない」
「……っ。確かに、ゼンガーさんにとっては関係ないのかもしれないけど……。でも……でも、力になりたいんです!」
「必要ない。帰れ」
大声をだし、涙ぐむなのは。
怖いわけじゃない。寧ろ、このままではゼンガーの力にもなれない自分が、悔しかった。知り合って日は浅い。でも、この男をどうしても放っておけない自分がいる。
お節介? そうかもしれない。それでも―――。
「でも……っ!」
「…………」
なのはの呼びかけも虚しく、ゼンガーは彼女に背を向けたまま歩き出す。
そう、これはまさにゼンガー自身の事情。なのはの手を借りるなど―――言語道断。
「ゼンガーさんっ!」
彼女の声が聞こえるが、ゼンガーは無視した。
何か声を掛けるのでもなく、ただ淡々と歩みを進めていく。彼は、不器用な男なのだ。こういう時、ゼンガーも何を言えばいいのか分からない。
敢えて突き放し、関わらせないようにする。ただ、それだけだ。
後方でなのはが自分を呼ぶ声を発しているが、ゼンガーは一切なのはの方を振り返る事はせず、その場を離れるのだった。