雪革命〜プラウダ高校の愉快なイワン達   作:氷川蛍

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プラウダ高校のお勝手事情や成り立ちは100%の創作です。


舞台裏の氷達

 琥珀色で四方を囲ったカザリンの執務室は、白色の照明を使ってもその壁にかかる照り返しによって黄昏色を生み出し優雅な時を作る事に一役買っていた。

銅を使った照明台座は鋭角の光に丸みを与え、窓を叩く冷たい冬景色にとは違う区切られた暖かな世界を作り上げる。

その部屋の中、生徒会長カザリンは蜂蜜をなめたように艶やかな唇で笑みを見せていた。

 

「どう、新しいタイプ。こだわりはこのレースの部分かしらね、それとここ……」

 

 手に持った制服。

制服というには華美な装飾が付いている服を片手に、目の前荘厳で硬く閉められているドアを背にして立つ副会長マリーニャに意見を聞く。

 

「ええすばらしいです。レースの使い方が実によろしいと思います。ただ一つ……」

「色の事でしょ、今回は改修後の冬宮に合わせて……少々創造に任せた所も有るの、でも悪くはないでしょ」

「そうでしたか、悪くありません。雪に映えるカラーです」

 

 カザリンが嬉しそうに手にしているものは、次期プラウダ高校の制服候補。

今それを自分の目で選定している。

執務室の机の前、会議用のソファーの上。何着もの飾り立てた衣装が並べられている。

 古式ロシアの宮廷(サロン)を意識したデザインは、ちょっと間違うとゴスロリになってしまいそうな所もあるが、それを抑えるためにフリルではなくレースを小味に入れたジャケット&スカート。

下には通常カッターシャツとリボンにシルク、襟に学年別の装飾。

さらに季節で切り替えが可能なコートタイプのジャケット。

 

「私としては……うん、夏用にはソフトタイプでもいいからコルセットの導入をしたいのだけど、そこまで行ってしまうと懐古主義では言われるから。でもこのぐらいはいいわよね? どう、わたくし間違った事言ってる?」

「いいえ、よろしいと思います。選定会は今週末に仕度できております」

「新しい制服……やっぱり美しさと可憐さがあるものを」

 

 冬宮に生徒会を持つカザリンが今一番気に手がけているもの、それはプラウダ高校のイメージを一新したいという実に外向きな仕事だった。

夏の少ない学校。

プラウダ高校が規範とする地域がロシア・ソビエトという北の大地であるがため夏でも青森より下には学校艦が南下しない。

そのため有名高であるにも関わらず、南の方からの入学生は少ない。

帝政ロシアの音楽や文化・美術面にある一定の評価を持っている学校であるにも関わらず、関心を持たれても遠すぎるという理由で敬遠され続けた学校でもあった。

 カザリンは念入りにコンペで出された制服を見ていく。

細く、それでいてしっとりとした柔らかさを見せる白い指先には健康さを引き立てるクリーム・デラ・クレムリン。

輝きのベージュに、初々しさのピンクを合わせたネイルが走る。

 

「綺麗ですね……新しいカラーですか?」

 

 ドアの前に立ち、白銀の髪を纏めたカザリンの後ろ姿を見ていたマリーニャは、何も付けていない自分の手を隠して聞いた。

 

「そうよ、今年の冬に向けての新色よ。寒いと爪が割れてしまうでしょう。クリームに保湿、指先も綺麗にして置かないと北国の学校では爪も儘ならぬなどと口さがないことを言われてしまう。貴女も注意しなさい」

「はい」

 

 背中で答えるカザリンの声にお辞儀して答える。

糸目は眼鏡の奥から、背も高く踵のある靴をよどみなく歩ませる姿に頬を赤らめていた。

羨望の姿に唇を少し湿らせたマリーニャに、背中を向けていたカザリンは一変して棘のある声を挙げていた。

 

「……文化服飾科がもっと協力的であれば、慣れない仕事をわたくし達でしなくてもよかったのに、何から何までわたくし達が……」

 

 湖水の青を写す瞳は窓から向こうに見える角張った校舎を睨んでいた。

冬宮を学舎とする建築工学科より、モスクワ大学を模した学舎にいる本職、文化服飾科が手伝えば慣れない仕事をして制服の選定までしなくてもよかったはずという怒りで唇を尖らす。

 

「生徒会長カザリン、それさえも今回は私達を優位にする出来事であります。些少な事で顔を歪められるのは良くありません」

「そうね、新しい制服についてカチューシャに文句は言わさないわ。あんな地味で共産主義まる出しの制服……戦車道のユニホームとしては許しますけど、プラウダ高校の看板になっていただいては困るわ」

 

 見るのも嫌と窓から視線を外したカザリンはソファに戻ると深く腰掛けた。

 

「お茶を入れて頂戴、貴女の分も……。いちいち忌々しいは戦車道……」

「大丈夫です。それも手の中に入れてしまえば問題になりません」

「そうなって欲しいわ」

「そうなります、貴女の思うように……必ず」

 

 白磁に青でこまかく彩られたティーセットを恙なく仕度するマリーニャ。

額に手をそえ頭痛の種を口にしたカザリンのためにラベンダーを持って勧めた。

 

 実はプラウダ高校は過去に統廃合以外の理由で廃校になりそうになった事があった。

帝政ロシアに学ぶばかりだった文化推奨の学校だったが、前序のごとく北にあり過ぎるために生徒獲得が難しくなってしまったのだ。

その窮地を救ったのは戦車道だった。

帝政ロシアの幕を引き、ソビエトとなった世界には戦車があった。

戦車道を学校艦自治体が認めれば国からの補助が得られる。

遡ること十数年前、こうした経緯を経てプラウダ高校は戦車道を導入し、今に至る。

戦車道導入と共に入ってきたソビエト連邦教育と、元にから居座る帝政ロシア教育。

二つの相反する国家と主義を包括した学校として。

 それでも生い立ちのための反発、主義を反すると生徒達が啀み合う事はなかった。

互いに違う分野を持つ事になっただけで生徒が喧嘩するという事はなく、生徒が増えた事でそれまで予算の割を食ってきたロシア建築の骨であるキエフ・ルーシに始まり美術様式の高いモスク、そして現在建築科が校舎としているロシア・バロックの一代傑作冬宮の再現などは高い評価を得ることになり、学校艦でありながら観光地区を持つ程の技術力を見せる程になった。

そして戦車道は期待に応えるように強豪校として名を馳せていった。

 だが今はその戦車道が頭痛の種になっていた。

 

「カチューシャ……」

 

 ティーを一息、少しの味わいに短いため息。

去年プラウダ高校に錦の御旗を持ち帰った事は本当に喜ばしい事だったが、それとは別にカチューシャが起こしたある事件がプラウダ高校では一つの問題となっていた。

もちろん今回の予算の問題も多分にあったが、一番の問題は実は制服の事だった。

カチューシャが文化服飾科に入学したころ、当然カザリンもこの年同級生として入学しているのだが、この時までプラウダ高校は一つの制服を着ていた。

建築工学科が基本となった帝政ロシアの色を濃く残すロングドレスを模した可憐なものだったが、こともあろうにカチューシャはその制服を着ることなく、現在文化服飾科が着る共産様式の……ダークグリーンのジャケット&スカート、下に赤の詰め襟シャツという可愛さなど欠片もないような制服を自分で仕立てて登校したのだ。

戦車道を始め、活発な道科の履行が課されていた文化服飾科の生徒は一気にそちらに傾くとあっという間にプラウダ高校は二つの制服を持つ学校になってしまったのだ。

そして今現在、テレビなどに映る競技を多く持つ文化服飾科のせいでプラウダの制服は地味なものだと思われいた。

 

 僻地の学校には生徒獲得の色々な工夫が必要である。

その目玉として、伝統的にして優美である帝政ロシアを模した制服。

長い年月その代の生徒会が、新入学生確保のために重ねた努力を無にする行為にして、ないがしろにしたのは許し難いものだった。

そこから続く戦車道率いるカチューシャの増長も、カザリンは自分の代でどんな手を使ってもこの争いに終止符を打とうと苦労を重ねてきた。

 

「どうか私にお任せ下さい、生徒会長カザリン。必ずやカチューシャを跪かせ貴女の前に頭を垂れさせてご覧に入れます」

 

 主のため息にマリーニャは深くお辞儀をした。

輝かしいプラウダを取り戻すには、勝手気ままに予算を請求し学校指定の制服さえもかなぐり捨てた戦車道を、帝政ロシア建築工学科の側へ、掌に治める必要がある。

糸目の策士は自分の前に座る美しい生徒会長のために、仇敵を討ち取る計画を滾らせていた。

 

 

 

 

 

「あっ、バカ姉妹だ」

「わいや事いいよな」

「お姉ちゃん方言でてるよー」

 

 試合のあった北緯50度よりはいくぶん下った海の上、それでも吐く息は白く教室のオイルヒーターに張り付いた女の子達。

日中は普通授業に上がって来たベスナを先頭とするマトリョーシカ姉妹に、教室の仲間達は何時もどおりの挨拶をしていた。

教室の中、窓際に設置された蛇腹のパイプ。

授業のない時間も付けっぱなしにされるオイルヒーターのおかげで20℃前後の温度はいつもたもたれており学業の時を寒さに凍える事はない。

手をこすり合わせて入ってきたベスナは、悪口に顔をしかめながらもいそいそとパイプに手を付ける。

触れても火傷をする事はない程度の熱に、シベリアから這い上がってきた姉妹の固まった筋が緩む。

 

「あーーー、やっぱり教室暖かいよー」

 

 手串で髪の間に入った寒気を逃がすリエタ。

四姉妹の中でリエタとオセニは長い黒髪を持っている。

末っ子のジマーはショートカットで、長女ベスナは延ばしかけの少々みっともない頭のため現在はコーギーの尻尾のような引っ詰めをしていた。

 

「そろそろ慣れたでしょ、シベリ屋」

「慣れねぇよ、むしろおめーも一緒に入れや」

「姉ちゃん方言!!」

 

 人ごとなので笑い話。

相変わらず抜けない方言のベスナの前で笑う短髪は試合の時フラッグ車に乗っていたカッペだ。

秋田県大舘から来た色白、口の悪さとは別の愛嬌の良い笑みにベスナは頬を膨らましていた。

 

「おめーが、もそっときちっと道教えとけば、こんな目にあわずにすんだのよ」

「隊長がちゃちゃと逃げて回ってたらいいって、命令どおりやったべー、ごしゃぐでねーよ」

 

 釣られる方言。

一人が口に出してしまえば普通にお国言葉が出てしまう緩い空間。

座っていた者達も笑う中でベスナは凍った指先をあぶる。

 

「ねえ、同志の修理は終わったの?」

「うぁん? KV-2は後々、T-34が修理待ちなんだからさー」

 

 背中を向けて手を温める姉ベスナの後ろから、鞄を机に引っかけたオセニが並んでオイルヒーターに張り付く戦車道の仲間に同志の現状を心配して聞くが、芳しくない答えが当然のように返された。

ある意味特殊車両であるKV-2が頭から修理に並ぶとは思っていなかったが、案の定自分達姉妹以外はKV-2を大切とは思っていない様子に眉を下げながら。

 

「そっか、じゃあ私らが戻って来てから治すからいいやね」

「ていうか、KV-2はもう治さずに売り払うかスクラップにするんじゃね?」

 

 緩い言葉と仄かな暖かさに溢れた部屋で、マトリョーシカ姉妹達に冷たい言葉の釘が刺さった。

固まってしまった妹三人の前で長女ベスナは目を剥いて相手を捕まえていた。

 

「あっあっあんただなんてことぬかすのさ!!!」

「えー、だってそういう噂だよー。持ち出し15両の中にKV-2は出す予定なかったらしいし、それを無理して出しちゃったから生徒会が予算のわりくったとかで……カザリンは超おかんむりだそうだべ」

「だっだっだけどさ、それだって大会のために」

「大会のためだったら余計にだよ、KV-2じゃなくてIS-2がいればさー……」

「そったらこと!!! 同志も活躍したでねーかよ」

「そうかな……」

 

「なしてそったら酷い事ぬかすよ!!! 同志だって……」

 

 捕まえた相手の前で顔を真っ赤にしたベスナより、着座で話しを聞いていたリエタが立ち上がっていた。

思わず方言で叫んでしまう勢い、唇を噛んだ涙をいっぱいに浮かべた目で。

 今日だけじゃない、負けた時からずっと陰に日向に小さく大きくみんなが言っていた事を自分の耳で直接聞いてしまうのは辛かった。

 

「うんな事いっでも……KV-2みたいに一発が大きくでも、空振りしたら次のねぇ車両で何が守れたんよ」

 

 ベスナに肩を掴まれた短髪は、悪いと思いつつもここで全てを吐き出すつもりで続けて本心を事を口にした。

 

「わっ……わたしらが……わたしらが悪いってか……」

「そしたなことは……」

 

 リエタは泣きながら走っていた。

自分のイスを蹴倒す勢いで堪えられない気持ちを抱えて。

負けたという真実の前では、最後の砦としてお役に立てなかった事実を覆す言葉がなかった。

姉の後を追ってすぐにオセニが走り、トボトボと歩いて末っ子のジマーが出て行った。

ベスナは掴んでいた肩から手を解くと、黙ったまま席に着いた。

妹達を追おうとはせず、微かに顰めた眉頭で白い息を細く吐くと俯いた。

さすがにそこまで四姉妹を責めるつもりはなかった、短髪の彼女は小さく左右に首を振ると、申し訳なさそうに小声で言った。

 

「ごめん……そしたらつもりはなかったよ……ただ」

「ええよ、負けたらだめさ、そうさわたしらが悪い……負けたらダメなんよ」

 

 敗者には語る言葉がない、何を言ってもいいわけにしかならない。

姉妹の中長女のベスタにはそれが突きつけられている事だけは理解していた。

泣いても泣いても、その事実は覆らない。

そしてもっとも大切な事、自分達姉妹だけが負けたのではないというのを良く知っていた。

敗因に自分達が大きく噛んでいたからシベリア送りになったのは理解しつつも、去年優勝校としての栄誉を逃したのは戦車道を履行する全ての生徒であり、全てが負けに辛苦を持っているという事を知っていた。

だから自分達だけが悲しいなど決して言わなかった。

下唇を前歯で噛んで頬を膨らませて一生懸命に後悔を心に落とし込んでいた。

四姉妹と戦車道履行の生徒達が言い合った場に流れる辛い空気。

強豪と仰がれようが、プラウダ高校だって負けたくなかった全国大会。

逸したチャンスに参加した生徒全てが辛みを心に閉じ込めていた。

 

 

 

 

 

「できたわ」

 

 カチューシャは実習室のミシンの前でコートを広げていた。

ハーフコートは灰鉄色のシンプルなもので、襟口に赤の返しとプラウダの校章が刺繍で縫い込まれ女らしさを見せる小技Aラインの仕立て。

トルソーに着せた新作を小さなカチューシャはクルクルと見回し袖口を治す。

忙しく調整のために動くカチューシャの後ろ、バックドアを開けたノンナは湯気の立つポットとジャムの乗ったティーセットを用意していた。

何時ものように静かな黒髪は姿勢正しくテーブルに仕度を済ませると、小さな服飾科委員長を呼んだ。

 

「お茶にしましょう」

「うん、ちょうど良かったわ」

 

 プラウダ高校文化服飾科の部屋は個別の教室よりもずっと広い。

部屋の作り事態は大差ないのだが、使用するミシンの大きさや用具立て不足のない作業場として、ここほど優れた被服室はどの学校にもないものだった。

下手すればどこかのブランドメーカーが持つファッション工房よりも大きなスタジオとも言える規模だ。

その中、各専用室に付く準備室の一つを個人の作業場としてカチューシャは占有していた。

 

「完璧だわ、後は実用レポートを上げるだけ」

「ではさっそくモニターに渡してきましょう」

「……シベリアに送ってちょうだい、あそこが一番良くわかるでしょ」

「はい」

 

 ノンナの目は優しくティーを注ぎながらも見ていた。

大きな作業テーブルに広げられた四着のコート、四姉妹のためにたった二日で作り上げたお手製の贈り物を。

敗軍の司令官の責を、今日も変わって受けている四人の事をカチューシャは忘れていなかった。

生徒会との衝突でなかなか罰直を解くことが出来ない事に心を痛めて、表向きは決して弱いところを見せないし口に出しての助け船は苦手という顔が頬を赤く染めている。

 

「いい、あそこが寒いからよ。この学校艦で一番寒い所だからこそのモニターに選んだのよ。このカチューシャお手製のコートなんだから光栄に思いなさいと……言っておいて」

「わかってます」

「そう」

 

 素っ気ないそぶり、作業場とはいえクッション多めのイスにどっかりと埋まるように座ったカチューシャはジャムを片手にティーを味わう。

口元の縁を甘味の赤で汚しながら。

 

「それにしても、今日は来ないわね……マリーニャのヤツ」

「生徒会は新規の制服作成とコンペで忙しいようですよ」

「はっ、新規。今のあのみっともないお姫様趣向の制服をさらにみっとなくするつもりなの」

「ああいうのが好きという子も多いですからね」

「機能的でないし、子供ぽいわ」

 

 この学校で高校生と呼ぶには幼すぎる容姿のカチューシャから子供ぽいと言われる制服。

ノンナは口元を少しだけ緩め笑みで答えた。

 

「建築工学科では好まれるのですよ、製図を書くにも現場にでるにも硬い作業が多いから……反動というやつですね」

 

 真逆の二つの教科。

建築工学科と文化服飾科。

本来ならば文化服飾科の方が帝政ロシアを模した制服を好みそうなものだが、実際そういう事はなかった。

作り手として存在する文化服飾科の生徒にとって機能美の欠片もない制服は魅力がなかったのだ。

新入学、戦車道の履行を目的としてプラウダに入ったカチューシャにとって一番邪魔な物として映ったのがその古めかしい伝統の制服だった。

 

「ふん、あんなのしがみついてるのはカザリンだけよ。だいたいあいつは趣味が悪い!! 何かというと人形に服着せるみたいな事考えて。ダージリンの所ぐらいにしておけばいいのに、やれリボンだのフリルだの、あいつレースの意味はき違えてない?」

「間違ってますね、でも今は薄手にそういうものを入れるのをレースとも言うみたいですよ」

「素人が見栄えばかりで物を考えるから余計にみっともないわ、私が作ったやつの方が断然良いに決まってる」

「ええとても」

 

 カチューシャが入学式に着ていった制服。

それが今現在文化服飾科の標準となり、戦車道ではそのままユニホームにもなる機能美において満点な服。

 

「呼び出しは選考会の事も兼ねているのでしょう。服飾科の第一人者である貴女にもコンペに加わって貰いたい、それで例の予算の件を帳消しにして下さるのならば安いものなのでは」

「冗談!! カザリンは私にあのヒラヒラを着せたがってるのよ」

「着て差し上げれば良いじゃないですか、そんな程度のこと」

「いやよ!! あんなの着たら生き恥も良い所よ」

 

 赤星をちりばめたクッションに足を上げて不機嫌を全体で現して見せるカチューシャ。

ノンナは手帳に書き物をしながら静かにしている。

沈黙の間で流れる冷気の風音

 

「ふん、くだらないわ。今日の昼ご飯は何?」

「今日はウハーですよ、料理科が実習ついでにたくさん作ってました」

「そう、……少しは晴れたらいいのに」

 

 窓を叩く風に、恨めしい尖り目。

ここではまだ雪が止むこともない気配にカチューシャはコートを指差した。

 

「おうちに帰る前に持っていって」

 

 昼なのに白い闇の中にあるプラウダ高校。

ノンナは作りたてのコートを綺麗に畳むと、昼食のためにドアを出て行くカチューシャの後を追った。

 

 

 

 

 

 結局、洋上にいる学校艦の天気は好転しなかった。

粉雪に混ざる針の風は、少しの隙間も逃さない勢いで学校艦の上にある建物の間を走り、ここ戦車を納める倉庫の中にも遠慮なく入り込んでいた。

倉庫の端、奥まった停車場にKV-2は試合跡の傷を残したまま座っていた。

その前にリエタの肩を抱いてオセニが共に座っている。

授業に出られる程に心の平安を取り戻す事の出来なかった二人の妹は、目の前に誰にも修理される事なく座っていたKV-2を先ほどまで一生懸命に磨き昼過ぎの時を過ごしていた。

工具の持ち出しが許可制なので被弾箇所に手を入れる事はできなかったが、焼け焦げていた首根っこのあたりは破壊された箇所が不自然に見える程綺麗に周りを磨き込んだ。

 

「……また姉ちゃんに迷惑かけちゃったね」

「うん、でもさ、こうやって少しでもさ……」

 

 少しでも綺麗にしておけば、捨てられたりしない。

姉妹のつたない願いだった。

それでもリエタの涙は止まらなかった。

四つ子の姉妹、誰が上でも下でも一緒。同じ年の同じ顔、自分の妹に当たるオセニに長い髪の下で泣くリエタは顔を肩に押しつけて言った。

 

「もし……もしさ、本当にダメだったらお父ちゃんに頼もう、お願いしよう、同志を買って貰おうよ。オセニも一緒に頼んで……」

「うん、うん、そうしよう。そうすれば心配無くなるもんね」

 

「そんな事は許可されませんよ」

 

 その声は倉庫の柱に軽くノックの音を響かせて二人の前に姿を見せた。

生徒会副会長マリーニャは、白と水色のステッチラインを入れたハーフコートを羽織って立っていた。

リエタもオセニも良く知っている存在は、眼鏡の袖を抑え糸目のままKV-2をチラリと見ると。

 

「これは学校のものですし、スクラップにするに事もそうですが、戦車道を履行する学校への譲渡は十分にあるわけです。一個人になど販売する事は決してありません」

 

 小さくとも尖った物言い。

意地の悪そうな薄い唇は片口を斜めに上げて笑って見せる。

 

「副会長……でも、こんな特殊な車両だし……」

 

 あまりの横やりに言葉を無くしてしまったリエタにかわりオセニは怖々口を開いた。

相手は文化服飾科と相対する形で組織を持つ建築工学科の生徒会。

予算の問題でもめている側の要職に、いきなり怒鳴ったりはしたくない。

 

「ええ特殊な車両なんでしょうね。ですから学校としてはキチンとした形で管理をしたいものですわ」

「管理……じゃあ捨てたりはしないって事ですか?」

「捨てる? そんな話しは出てませんよ」

 

 思わぬ希望だった。

生徒会側から持ち出し車両を目一杯使ったのに敗退した事を責められているという話。

その中でもKV-2は特に役に立つ事なく最後の砦として機能もしなかった事で、廃車または売り払いの危機にあると、今朝聞かされた二人は顔を見合わせた。

 

「副会長、じゃあ売ったりとかはしないんですか」

「しませんよ。戦車道は国家推奨の女子の嗜み。世界大会も近ずく中、これからもっと激励される道科です。それなのに戦車を売り払ってしまうなんて……そんな非常識な事を生徒会がするわけないじゃないですか」

 

 四方からの響く静かな責め立てに心を痛めていたリエタの顔は和らいだ。

同志はいなくならない、そんな事はないという生徒会副会長の言葉に嬉しくて涙がまたこぼれた。

 

「ありがとうございます。わたすぅ、心配で」

「良かったねリエタ」

 

 手をつなぎ喜ぶ二人、さっきまで吹き込む風に任せて心も体も凍り付かせていた二人は互いに肩を叩き飛んで喜んだ。

マリーニャの細い眼はそれを静かに見つめていたが、小さな咳払いをして歓喜を止めた。

手を平に少し静かに話をしたいというゼスチャーを見せると、二人に息の届く所まで近づいた。

 

「まあ、私達生徒会は自治権限者でもありますから全ての生徒に良い学校生活を送って頂きたいといつも願っています。戦車道もそうです……ですが、そう思っていない人もいるようでいささか困っています」

 

 息が届く事で曇るマリーニャの眼鏡、その奥に光る策士の瞳に二人は気が付く事はなかった。

悲しみの縁から喜びに舞い上がった心、そこから先が不安の空であって欲しくないという気持ちはマリーニャの懸念になんとか応じたいと思ってしまう程になっていた。

 

「こんな事は言いたくないのですが、生徒会を、いいえプラウダ高校を円滑に運営するためにも必要な事なので協力して頂きたいのです。今回の試合について勝ち負けは時の運というものもありますから仕方のない事ですが……その事についての明瞭な責任者報告が生徒会に届いていないのです。この先戦車道が対外試合や交流戦、各大会に参加するためにもこういう事ははっきりとしておき、今後に備えるのならば備えるべき点などを忌憚なく話し合いたいと思っているのですが、最高責任者であるカチューシャ隊長が生徒会長カザリンとの会話に来てくれないのです。これでは生徒会は、ひいてはプラウダ高校自治会はどうやって戦車道の予算を提出したらいいのかと、大変悩んでいるのです」

 

 長い説明だった。

リエタは冷静にそれを聞く準備がなかったため、思わず自分が理解した形で聞き返していた。

 

「つまり、生徒会長とカチューシャ隊長の話し合いが出来ていないから……この先の予算が割り振れないという事なんですか?」

「そう、簡単に言えばそういう事ですね。これは学校運営にも関係する事です。この戦車を治す費用がそんな簡単に出ていると思いますか?」

「いいえ、それは……」

 

 いざ考えると確かに途方もない金額が戦車維持にはかかっていると思い知らされる。

ましてや他に並ぶ車両に比べれば、少々特殊な戦車であるKV-2の修理費用など、今まではカチューシャ主導の元自由にやってきたから思い浮かばなかったが本当は万単位の費用がかかっている事など簡単に理解できた。

二人はめまぐるしくも悪い結果の方に頭を回転させていた。

 

「このままでは治せない戦車が出てしまう可能性も有るのです」

 

 二人の姿に叩き込むように言葉を送るマリーニャ。

深く考えさせてはならず、明確に意識させてもいけない、混乱の中で確実を思わせる言葉は、五里霧中にある先の見えないロープのようでなくてはならない。

確実に掴む事はできるが行き先はまったく見えないという愚者の導きを、マリーニャは巧みに使いこなしていた。

 

「正直な話しカチューシャ隊長が、きちんと負けを認め生徒会に報告さえしてくだされば、戦車道履行者である貴女達にこんな心配をさせる事はなかったのにと思います。本当にそういう意味でカチューシャさんは我が儘、その責を負わされている生徒を見るのは辛いですわ。この先これ以上にカチューシャさんが生徒会長カザリンとの会見を拒むようですと……修理が出来ないままで朽ちる車両もあるかもしれませんね」

 

 冷えた糸目の目線は二人に悪知恵をしっかりと植え込んでいた。

 

「生徒会はいつでも、どの科の生徒の来訪も待っています。どうか貴女達でカチューシャ隊長の後押しをしてあげてください」

 

 柔らかい微笑みの下に、冷徹な牙を持ってマリーニャは倉庫を後にした。

その姿を見送る二人と、迎えるノンナが立っていた。

 

 

 

 

 

 「立ち聞きしていらっしゃったので? 同志ノンナ」

 

 片手に手提げ、カチューシャから預かったコートを持ったノンナは自分より背の低いマリーニャと背中合わせで立っていた。

倉庫を出た校舎と繋がる渡り廊下の端で。

 

「いいえ、あの子達に新しいユニホームのモニターを頼もうと、学科の部屋からは教室よりこちらが近かったので」

 

 自分を立て帝政側にいるマリーニャが同志と呼ぶ事に笑みを漏らす。

余裕のある言葉には、威しも震えもない。淡々とした返事にマリーニャは、はっきりと本当の事を伝えた。

 

「何度も言っていますが、生徒会長カザリンはカチューシャさんとの直接会話を望んでいます。必要な事です。しかしこられないのならば戦車道を生徒会の旗下に置くことを検討しています。そんな事になるよりはカザリンの都合にお付き合いをした方がよろしいとおもいますが、そう少々の人形遊びに、敗北した責任がそれで済むのならば安い物でしょう」

「私もそうおもいますよ、マリーニャ。カチューシャはカザリンとのお付き合いをするべきだと。そう、望む衣装を着て差し上げれば良いと思いますよ」

 

 強く出た言葉に、ノンナの返しは柳のようだった。

スルリと抜けるように足を前に、会話は承ったという背中を見せていた。

 

「そう思うのならば早く説得してください。でないと大変な事になるかもしれませんよ」

 

 詰めを誤らぬ打ち手として歪んだ笑みを見せるマリーニャ。

モデルのように美しく、凹凸のくっきりとした影は少しだけ振り向くと静かに笑っていた。

 

「私にはそんな事どちらでも……どちらでもいいのですよ」と。

 




まるで説明回……そして陰謀は炸裂する。
ノンナさんとカチューシャ日記の友達になりたい。
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