インフィニット・ストラトス~人形遣いは夢見るか?~ 作:ラグ0109
フランスの空の玄関口、シャルル・ド・ゴール空港。
ヨーロッパ一忙しいと言われるこの空港は、様々な人間が忙しなく通路を行きかっている。
俺は静かにカフェで紅茶を楽しみながら、空港を行きかう人々を観察する。
大半の人間がビジネスマン…欧州連合内を行きかうのに飛行機は便利だからな…。
まぁ、今フランス国内は『とんでもない』事になってるんで、今まで以上に忙しい状態が続くことだろうさ…。
まぁ、それもフランス政府の自業自得に依る部分が大きい。
現政権の約半数が汚職問題に引っかかってるってどういうこった?
俺は何だか呆れちまって深くため息を吐くと、対面に待ち合わせていた人物がやってくる。
「お、お、遅れて、申し訳…」
「あぁ、いいよ別に…話が終わったら俺も出立するつもりだしな…フランスIS委員会のオーバン・フランクリンさんよ」
禿げ上がった頭に冴えない顔の男…オーバンは、緊張した面持ちで俺の向かい側の席に座る。
これから何をやられるのか、恐くて仕方ねぇって話だな。
この男は、フランス内における人材の育成や専用機持ちの機材搬入を担当している部署の人間だ。
つまり、シャルロットを男装で送り出した人間の一人って訳だな…。
「単刀直入に言う…っつーか、分かってんだろ…シャルル・デュノアの事だ」
「はっはい…か、彼に何か問題が…?」
「しらばっくれてると、残った髪の毛ひとつ残らず毟り取るぞ」
分かりきった事だと言うのに謝罪も無く、あくまで男として扱おうとしてやがるのが気に喰わねぇ。
俺は怖気が走るような冷たい声でオーバンに話しかけ、一口紅茶を飲む。
安物とは言え、良い香りが鼻を抜けていく。
俺はふぅ、と一息ついて書類を一枚差し出す。
「これ、テメェのやったことで間違いねぇよな?」
「ッ…お、脅すつもり、で…?」
「人聞きが悪いな…俺はお前にチャンスを与えに来たんだぜ?」
俺は悪魔の様な笑みを浮かべてニヤニヤとオーバンを見つめる。
今回のイザコザで、此奴の小汚い話だけ表には出さなかった。
シャルロット用の手頃な駒が必要だったからな…やるだけやってもらったら捨てるつもりだが。
シャルロットの性別変更手続きや、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡのパッケージの手続きとかもあるからな。
馬車馬の如く働いてもらう…それも無償で。
「年端のいかねぇガキを良いようにしといて、逃げようなんて思うなよ?アンタにはきっちり、働いてもらわなきゃならねぇからな」
「っ…で、では…なにから…」
「一つ、シャルルの性別変更手続きを即日行う事。一つ、今後学園卒業までの費用及び寄付を政府で負担すること。一つ、デュノア社のIS開発権の三年間延長。三つ目に関しちゃ、最終的にあんたらのプラスになる事は保証してやる」
このタイミングでデュノア社に倒れられるのは困る…せっかくトゥーの奴が用意した技術が無駄になっからな。
それに、重力制御システムはISだけしか使えない技術じゃねぇ…将来的には宇宙を目指したものになるだろうさ。
だからこそ、あの親父の冥途の土産代わりに渡したんだ。
実現できりゃ、娘に自慢できる親父になれるだろうよ。
「そ、それ、は…」
「別に、今すぐ情報流したって構わねぇんだぜ?」
「っ…わ、わかり、ました…すぐに手続きを始め、費用に関しては掛け合ってみます」
「通せよ…でなきゃ…まぁ、言うまでもねぇよな?」
俺は再びニヤニヤと笑みを浮かべてオーバンを見つめる。
オーバンは、止まらねぇ冷や汗をハンカチで拭きながら挙動不審気味に此方を見てくる。
怯えたネズミって感じだな…物事の選択の末の結果は、誰もが受け止めなくちゃならねぇ。
逃げられるなんざ思わねぇこったな。
「俺からのお話は以上だ…有意義な時間だったぜ。…逃げたら死ぬよりも恐ろしい目に合わせてやるからな」
「あ、は、はい…しつ、失礼、します…」
オーバンは今にも卒倒しそうな蒼褪めた顔で席から立ち上がり、フラフラと喫茶店を出ていく。
さて、ちと時間が余ったがお土産買って帰るかねぇ…。
残りの紅茶を飲み干したタイミングで、頭部に柔らか重い物体が二つ乗っかる。
「あっくん恐いんだ~」
「出てきやがったなアナグラウサギ…」
背後から抱き付いてきたのは、自分を中心に世界が動いていると思っていて、それが過言でもねぇ人物。
天災、篠ノ之 束博士だ。
俺をIS学園に放り込んだ張本人だ。
「アナグラにばっかり引き籠ってると、おっぱい置く台が欲しくなるんだよねぇ~」
「意味わかんねぇし、俺の頭は台じゃねぇよ」
「え~、役得じゃ~ん。この束さんのおっぱい独り占めだよ?」
束はブ~ブ~と文句を言いながら、俺から離れて隣の席に座る。
厄介な女に捕まったな…相変わらず気配が読めねぇ。
もしかしたら人間じゃねぇかも…なんつー思いが俺の脳裏を過る。
「ね~ね~、あっく~ん。いっくんのお世話お願いしたのに、どうしてこんな国にいるの~?」
「その一夏との契約で出張しに来てるんだよ…文句あんのか?」
「だって~、いっくんのお願いってあのアバズレのためじゃ~ん。別に面倒見なくて良いよね~」
こいつ、あの時の会話を盗み聞きしてたみてぇだな…帰ったら盗聴器探しておくか…。
俺は紅茶の追加注文をしつつ、束を横目に見る。
「一夏のダチ公なんだとよ。そんな風に言われたら、助けてやんなきゃ男が廃るってな」
「…いらないよ、そいつもあの出来損ないのチビもね。いっくんに必要なのは~、ちーちゃんと~束さんと~箒ちゃんだけなのだ~」
「それを決めるのはアンタじゃねぇよ…」
他人に対する拒絶っつーよりも、完全に斬り捨ててやがる。
絶対に必要ないくらいには感じてるかもしれねぇな…。
此奴は自分だけで帰結しちまってるから、孤独でも問題はねぇんだろう。
だが、普通の人間じゃキツイ生き方だ。
「え~、いつだって束さんが一番正しいのさ!」
「正しいやつなんざ、いねぇよ。いるのは間違ってるやつか、偶々正しかったやつかのどちらかだ。束、絶対なんざ神話の時代からねぇんだぜ?」
絶対が存在してるなら、俺は堕ちてねぇしこの世は唯一神の天下だっつの。
絶対はねぇ…必ず、そいつが正しい事なんて言うのはあり得ねぇ。
偶々正しかった奴がいるだけだ…皆間違えてて皆正しい。
「束さんは天才だからね?誰よりも束さんは規格外なのだ!」
「あ~、うん…そうだねぇ…」
「適当に流さないでくれるかな!?」
俺は紅茶を飲んで、心をゆっくりと落ち着かせていく。
マトモにやりあってると頭痛がしてくるからな…。
「ところでさぁ…ちーちゃんとは何時別れてくれるのかな?」
「は?」
「ちーちゃんはね~、私と愛を育むんだよ?」
束は目つきを鋭くさせ、口元だけ笑みを貼り付かせている。
いわゆる笑っていない笑いってやつだな…。
束は表情を変える事なく、言葉を続けていく。
「いっくんの面倒を見てとは言ったけど、ちーちゃんに手を出して良いなんて一言もいってないよ?」
「誰が誰を好きになるなんざ勝手だろうが…テメェは千冬の親か?」
束は俺の言葉に目を細めて、殺気を隠そうともしなくなる。
千冬を物にした以上は避けて通る事ができねぇ地雷原ってとこか…。
「…あんまり調子に乗ってると、殺すよ?」
「はっ、殺せるもんならやってみな」
認識している人間だけの世界しか、束は知らねぇ…。
だからこそ、その世界に他人が土足で上がり込んで、あまつさえ自身の大切なものを奪っていくのが許せねぇ。
此奴は、根っからの強欲で傲慢な人間なんだろう。
能力がある分、悪魔よりも質が悪いな。
「ふぅん…言ったね?そ・れ・じゃ…宣戦布告として受け取ってあげる。この束さんを敵に回したこと後悔させてやんよ!」
「敵が増えたくらいで諦められんなら、とうの昔にフられてるっつーの。あ、会計よろしくな~」
「おっけ~――あれ!?」
俺はそそくさと立ち上がって、束に会計を押し付けてカフェを出ていく。
後ろから何やら騒ぐ声が聞こえるが、無視だ無視。
時間を見ると、搭乗時間までもう間がねぇ…土産は日本で買うか…。
「って言う事がありまして、はい」
「ほう…それで、貴様は束と乳繰りあってきたと…そう言う訳だな?」
皆さん、こんばんは…アモン・ミュラーです。
時刻は深夜一時にさしかかる頃合いだ。
学園に漸く帰ってきた俺は、千冬の前でかれこれ二時間正座させられてフランスでの報告をやらされている。
最初の方こそ、まぁ、それなら仕方がないか…と言う雰囲気だったのだが、束が出てきた辺りで一気に雰囲気が変わった。
背後からどす黒いオーラすら見えるぜ…。
俺は、オーバンの様に冷や汗を流しながら、千冬の様子をチラチラと見る。
「言いたいことがあるなら、言ってみたらどうだ?」
「いや、何を怒っているのかってな…俺は束に殺す宣言食らったんだが…」
「安心しろ、彼奴は私が責任をもって、埋めるからな」
千冬は爽やかな笑みを浮かべながら、組んでいた足を組み直して俺を見下ろす。
…何で、俺、こんなことになってんだ…?
この嫌な空気を打破すべく、俺は重い口を開く。
「千冬…明日早いんだし、そろそろ寝ないか?」
「おかしなことを言うな…アモン、夜はこれからだ」
「いやいや、時間見ろって!」
千冬はやれやれと肩を竦めながら立ち上がり、俺の襟首を掴んで引き寄せる。
その顔は不満だと言わんばかりの仏頂面だ。
「あの夜から四日だぞ…四日も連絡が無ければ、たとえお前でも心配すると言うものなんだが?」
「いや、それに関しちゃ悪いって思ってるけどよ…更識伝いで安否は確認できてただろ?」
「お前の声が聞きたかったと言っている!」
千冬は声を荒げた瞬間、自分が何を口走ったのかに気付いて思わず手を離して頭を抱える。
…なんつーか、大分丸くなったもんだな…本当に。
千冬は顔を真っ赤にして、大きくため息を吐く。
「わ、私は一体何を…これではまるで小娘どもと変わらんではないか…」
「小娘みたいに恋がしてぇとか言ってたじゃねぇかよ…ほら」
俺が千冬の前で両腕を広げると、千冬は先ほどとは打って変わっておずおずと俺の体にしがみつくようにして抱き付いてくる。
優しく腕を背中に回して、頭を撫でていく。
「ちゃんと帰ってきただろうが…これだけは絶対に破らねぇ約束だ」
「あぁ…この四日間…寮長室が静かで仕方が無かった。いつも、お前が居たからな…」
千冬は、らしくもないか細い声で呟くようにこの四日間の出来事を俺に話してくる。
シャルロットは状況が好転するまでは、授業中は千冬と山田がフォローに入り、寮生活では一夏がサポートする事になったらしい。
そのサポートもあと少しもすれば直ぐに要らなくなるだろう…今、フランスIS委員会で言い訳を必死に考えているだろうからな。
もし、ここで下手な言い訳をしようものなら、汚職事件と合わせて鼻つまみ者の烙印は免れないからな…自業自得だ。
ラウラは…あまり変わらなかったらしい。
強いて言えば、俺が居なかったことで若干機嫌が良さそうに見えたってくらいらしい。
どんだけ嫌われてんだよ…ったく…。
話を一通り聞き終えたところで、千冬の腰を抱くようにして寄り添ってベッドに向かう。
風呂は…朝に入るか…。
「とりあえず、明日は理事長に報告して怒られてくらぁ…」
「出張手続きの改ざんの礼は楯無に言えよ…?」
「あいつは…まぁ、美味しい汁吸えたから良いだろうよ…」
夏が近い事もあってか夜は寝苦しくなる。
俺は上半身だけ裸の姿になってベッドに潜り込むと、本来なら自分のベッドに入るはずの千冬が俺のベッドに潜り込んでくる。
「千冬、ベッド間違えているぞ」
「…これからは、一つだけでも問題ないだろう?」
「いや、見られることはねぇだろうが、問題だろう…」
主に風紀面…って言っても、割とそんな事言えねぇ事ばっかしているせいで俺はあまり強く言えねぇ。
千冬は、俺の背中にぴったりとしがみついて離れねぇ…。
柔らかい感触と、千冬の吐息が…。
「…暑くねぇの?」
「問題ない…暑ければクーラーを使うしな」
「節電で使えねぇだろうが…」
俺は、軽く溜息を吐いてから寝返りを打って千冬へと向き直り、腕を千冬の頭の下に通す。
所謂、腕枕ってやつだな。
千冬は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「これは、硬いが中々心地いいものだな…お前を逃がさないで済みそうだ」
「あのなぁ…俺は千冬から逃げねぇよ」
「ほう…なら、どうやって証明してくれるんだ?」
千冬は挑発的な笑みを浮かべて、唇が振れるか触れないかの距離まで顔を近付けてくる。
何かを期待するかの様な熱の籠った瞳は、暗がりの中でも俺を映している。
「…お前な…徹夜になんぞ?」
「望むとこ…っ」
俺は千冬の体を逃れない様に強く抱きしめ、貪るようなキスをする。
物足りなかったのは俺も同じだからな…。
千冬は俺を受け入れ、そして――互いが満足したのは、太陽が水平線に顔を出し始めた時だった。
そろそろ、あれやこれやのお話の準備をすべきなんだろうなぁ(遠い目)