インフィニット・ストラトス~人形遣いは夢見るか?~ 作:ラグ0109
楽しい組体操を終え、結局一睡もせずに迎えた朝…俺はいつもよりも気合を入れてスーツの袖を通し、髪の毛も丁寧に束ねる。
理由は、これから理事長の御小言を聞きに行くためだ。
独断専行でやっちまったからなぁ…最悪クビか?
大して痛くねぇし、クビになったら織斑宅のハウスキーパーやってりゃ良いからな…。
此処で放浪生活に戻らねぇ選択肢選んでる辺り、大分千冬に毒されてる気がするな…。
眠気覚ましにエスプレッソを一気に飲み干し、苦味に顔を顰める。
どうにも珈琲ってのは…苦味が強すぎて味が良く分かんねぇんだよなぁ…。
味覚がガキかもしれねぇとか思うと、ちと虚しくなるな…。
ジメジメとした気候の所為で、弁当は作らねぇ…食中毒は甘く見ちゃ駄目だ…。
大昔に、食うに困って適当な処理をした生肉食ったら中った事があってな…。
「だから、そんな顔するんじゃねぇよ…」
「いや、別に楽しみにしていたわけではないんだが…?」
今日の朝食は、シンプルにフレンチトーストとスクランブルエッグ、ミネストローネにレタスサラダのお手軽な内容だ。
予めフレンチトースト用の液体を作ってあるから浸して焼くだけで良いからなぁ…此処のキッチン三口コンロだから料理が手際よく出来て良い。
千冬に食中毒恐いから暫く食堂で昼飯を食う様に言うと、まるでお菓子を買ってもらえなかった子供の様にがっかりした顔をされた。
勿論魔法を使えば、滅菌処理も問題なくこなせるだろうが…フランス行くときに無駄遣いしたからな。
ここはグッと我慢して魔力の貯蔵に専念する事にする。
「ま、まぁ…アモンの手料理は私好みの味付けで気に入っていたから…」
「そう言ってくれるのは嬉しいもんだ」
千冬は顔を背けながらぼそぼそと喋って、頬をやや赤らめている。
子供の様な自分が少し恥ずかしいってところか…。
作ったものを美味いと言ってくれるってのは、どれだけ歳喰っても嬉しいもんだな…本当に。
食器をまとめて台所に運んで置いておく。
時間がねぇから、洗うのは帰ってきたらだな…。
「悪いが、職員室にこれ配っておいてくれ」
「…せめて、フランスらしいものは選べなかったのか?」
「クソウサの所為で選ぶ時間がなかったんだよ…」
俺はベッド脇に置いてあった紙袋の中から、東京銘菓のひ○この包みを三つ千冬に渡す。
そう腹から食うか、頭から食うかで好みが分かれるアレだ。
できりゃ、フランスで調達したかったが…ほら、デュノア社とか政府の皆さんとかの根回しで忙しかったからよ…。
がっくりと肩を落として軽く溜息をつく。
紅茶代くらいじゃ、俺の溜飲は下がらねぇぞ束ぇ…。
「まぁ、配っておくが…文句はお前に言わせるからな?」
「そうしてくれ…じゃ、先行ってるわ…」
一先ず気を取り直して必要な書類と荷物を持って出入り口の扉に向かうと、不意に千冬に肩を掴まれて振り向かされる。
何事かと思って千冬の顏を視ようとした瞬間に、唇が重ねられる。
「っ…偶には、こう言うサービスも良いだろう?」
「…お前な…今日が休みだったら押し倒してるからな?」
「馬鹿を言うな、とっとと行け!」
自分で引き留めて置きながら、とっとと出て行けとは是如何に…でもま、確かに悪くないサービスではあったな。
千冬に追い出される様にして寮の部屋を出たところで、一夏とシャルロットの二人に出くわす。
ビビってんのか、二人とも俺と目があった瞬間ビクリと体を強張らせる。
「おはよーさん。なんでぇ、早いじゃねぇか?」」
「お、おはよう、アモン兄…」
「おはよう、ございます…」
二人ともおどおどとした態度で会釈し、此方の反応を伺っている。
…ガチでビビってんじゃねぇか…。
「あのな、いくら俺でも可愛がってるやつにそう言う反応されると傷つくっつーの」
「い、いや、そんなつもりは無いんだ!ただ、あまりにも仕事が早いって言うか…」
「今朝、本国から連絡があって…ニュースも凄い事になってるし、一体何を…」
フランスとデュノア社の御家騒動ってのは、この日本でも大騒ぎになっている。
政府官僚の汚い部分が白日の下に晒されたと思いきや、デュノア社社長夫人の爛れた私生活。
その夫人から本当の子供を守るために『泣く泣く男装させざるを得なかった現社長苦渋の決断』…等など。
いや、フランスIS委員会と更識の情報操作もあるだろうが、お涙頂戴なお話も盛り込まれててかなり愉快な事になってやがる。
これだから面白いんだ…世界ってのは。
「いつも言ってるだろ…悪魔だからなんでもやれんのさ」
「…信じてなかったけど、今なら信じられる気がする」
「僕もだよ…こんなフットワーク軽い人間いないと思う…」
契約は無事に満了したわけで…多少の騒動はあるだろうが、少なくともシャルロットの身柄は三年間保証できる状態にはなってる。
明確なスパイ行為もなかった訳だしな。
バレるのが早いのも問題だが、今回に関しては結果オーライと言えるだろう。
シャルロットの身の潔白も証明しやすくなったしな。
「じゃ、俺ぁ怒られてくるからよ」
「あ、あの!ありがとうございました!」
二人の前から立ち去ろうとすると、シャルロットは深々と頭を下げる。
律儀っつーかなんつーか…根っこの部分が良い子ちゃんなんだろう。
親の教育の賜物、か?
「それは一夏にするこった…頭を下げる相手は俺じゃねぇよ」
「それでも、ミュラー先生のおかげです、から…!」
「生真面目だねぇ…」
シャルロットの頭を掴んでワシワシと撫でてやる。
ガキはガキらしく大人にケツ拭かれてりゃ良いんだがねぇ…。
「ったく、次面倒かけたら承知しねぇからな?」
「アモン兄…ありがとう」
俺は軽く肩を竦めて二人の前から立ち去り、小走りで理事長室へと向かう。
途中で何名か生徒に絡まれたものの、時間までに理事長室へと辿り着い息を整える。
…人の気配があるが、理事長じゃねぇな…。
とはいえ、約束は約束なんで、扉をノックして返事を待つ。
『どうぞ、お入りください』
「失礼します」
扉を開いて部屋に入って理事長のデスクに目を向けると、よく学園で見かける好々爺じみた雰囲気の作業服姿の男性が椅子に腰かけて此方を見つめている。
確か…轡木 十蔵…だったか?
割と生徒からも好かれている、学園のおじいちゃんポジの男性だ。
「お待ちしてましたよアモンさん…はて、不思議そうな顔をしていますね…?」
「いや、用務員のおっさんが中に居れば誰だって不思議に思うっつーの」
轡木は柔和な笑みを崩さずに不思議そうな顔をしてくるんで、俺は思わず素になってツッコミを入れちまう。
このおっさん鉄面皮だな…感情を絶対に表情には出さねぇ…まるで能面のような顔で得心言ったように手をポンと叩く。
「そういえば、アモンさんには説明してませんでしたね。いつも、アモンさんとお話ししていたのは私の妻でしてね…学園における表面上の運営を担ってもらっているんです」
「と、言う事は…」
「はい、私が理事長です」
何処か既視感を覚えるその笑みを浮かべながら、轡木は静かに頷く。
ISは基本的には女性にしか動かせねぇ…つまり、そんな学園のトップが男性だった場合理解者としては受け入れられねぇかもしれねぇ。
だから、カミさんにそう言った対外的な部分を任せて、目の前のおっさんが様々な調整役をしていると…そう言う訳か。
腹ん中ドス黒いんじゃねぇか…?
「では、理解していただいたところで報告をお願いします」
「わかりました」
「あ、敬語は結構ですよ」
…こいつ、あれだ…身内にそっくりな奴がいる。
外見がじゃなくて、中身が。
何を考えてるのか分からねぇ、吸血鬼モドキ…悪いやつじゃねぇんだけど、苦手なんだよな…。
咳ばらいをして、フランスに渡った直後から起こした行動の顛末を詳細に報告しつつ書類を提出する。
中身はシャルロットが学園に来た後の行動の報告書。
ただ、無駄にフランマ達を自律モードで起動させてた訳じゃねぇ…念の為の監視の意味合いもあった。
何か変な行動をすれば、即拘束するつもりでいさせたが…結果として、何も行動を起こさなかった。
おかげで、学園内におけるシャルロットの評価ってのが悪くなることもないはずだ。
「ふむ…しかし、よく寄付を引き出させましたね」
「まぁ、そこら辺は相手の保身に付け込んでってところか…絞るだけ絞ったら即ポイするけどな」
「おぉ、恐い恐い…ともあれ、学園の財政が潤うのは非常によろしい…ですが」
轡木は手に持った書類を机の上に置いて言葉を区切れば、此方をジッと見つめてくる。
まるで見透かしてるみてぇで嫌な視線だな…居心地悪いったらねぇな。
俺は身じろぎ一つせずに、轡木の次の言葉を待つ。
「次からは、私に一言相談するように。知っての通りこの学園は権謀術数渦巻く中にあります。ちょっとしたことでバランスが崩れては困るのですよ」
「了解…まぁ、それも暫くは静かになるんじゃねぇかな…?」
「えぇ、本当に丸裸にしてしまいましたからね…国はともかく、企業の干渉を遠ざける事ができたのは大きい。貴方や更識の手の物にかかれば服を着てないのと同義かもしれませんねぇ…?」
…妙なプレッシャーをかけてきやがるな。
恐らく、今後似たような傾向の厄介事が来た時に俺に差し向ける気満々って感じだな。
体の良い優秀なエージェント…しかも、高度な技術を保有してるともなれば交渉のカードとしても優秀ときたもんだ。
厄介な身の上になっちまったが…まぁ、代価みてぇなもんだし仕方ねぇと諦めるしかねぇわな…。
束の事に関しては結局伏せた…話したところでどうしようもねぇ問題だしな。
あいつが現れると何をやっても災害が防げねぇ…そういう認識で良いだろ。
「単純に更識が有能なだけだろ…俺は、それに乗っかっただけだしな」
「フフフ、ではそう言う事にしておきましょう。報告、ご苦労様でした…今後ともよろしく頼みますね」
「了解、では失礼します」
理事長室を出て、扉が閉まったタイミングで盛大な溜息をつく。
あのおっさん、大したプレッシャーをかけてくるもんだ…。
まぁ、そうでなきゃ学園運営なんて無理なんだろうな。
権謀術数渦巻く…ってのは本当にその通りだ。
学園はIS委員会本部の下部組織として存在している。
学園独自に運営できるように、枠組みの中に居ても干渉が出来ない様にはされているものの、予算や機材の整備なんかは委員会を通して行われるので、その際に何かと干渉したがってくるらしい。
責任を取りたくねぇ責任者の分際で、よくもまぁ…と思わんでもないが、それもまた人間の本質の一つだろう。
首をコキコキと鳴らして解し、一先ず授業の準備をするために整備課の準備室に向かおうとした時、俺に向かって殺気が放たれる。
犯人は…
「貴様…戻ってきたのか…」
「そら、戻って来るだろ…教師だぞ?」
ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐殿だ。
ラウラは不機嫌そうに腕を組み、俺の事を見上げてくる。
どうも、俺の存在が疎ましくて仕方がねぇってのは解消してねぇようだな。
シャルロットの問題が解決した今、ラウラの面倒をキチンと見れる状況になってるのは助かる。
二兎追うものは一兎も得ず…シュヴァルツェア・ハーゼ的に我ながら上手い事言ったな。
「そのまま辞めてしまえば良かったものを…」
「これでも面倒見は良い方なんでね…途中で投げ出す事なんざやらねぇよ。例え殺したいほど嫌われててもな」
「チッ…何故教官はこんなやつに…」
「…俺も知りてぇもんだ」
ボソリと呟き、軽く視線を逸らす。
恐らく、自分よりも強くて弟の面倒も見てくれる…って所が加点された結果なんだろうがな。
俺は目つき悪いんで、美男子って言うには無理があっからなぁ…。
「人を四人も無残に殺しておいてヘラヘラしてる奴が…」
「そりゃ、一夏を助けるためだったしな…」
「そうだ…織斑 一夏…奴が誘拐されたせいで教官は、二連覇を逃した。あまつさえ、経歴に泥を…!」
…千冬をどういう風に見ているのか、改めて分かった気がするな。
織斑 千冬を絶対的な神として見ている。
だから、ラウラはこう考えているんだろう…『織斑 千冬に汚点があってはならない』ってな。
こいつぁ…面倒な匂いがプンプンしやがるな。
「なら、千冬には一夏を見捨ててもらいたかったのか?」
「あぁ、そうだ!そうすれば教官は輝かしい栄光を…!」
「そりゃ、泥まみれの栄光だ…何でもかんでもコラテラル・ダメージで済むと思うんじゃねぇぞ、クソガキ」
俺は、ラウラの額を人差し指で軽くつついて見下ろす。
此奴の副官にゃ、同情せざるを得ねぇな…完全に考えが凝り固まってやがる。
まずは、その固定観念を突き崩すことから始めなきゃならねぇな…。
ラウラは忌々しげに俺を睨みつけてくる。
「私は、軍人だ!此処にいる学生の誰よりも優秀なな!」
「精神年齢がお子ちゃまだって言ってんのさ…まぁ、学園は間違えてもある程度は許されるからなぁ…ちったぁ経験積んでくるこった」
「くっ…馬鹿にして…!」
ラウラは俺に背中を向けて、怒気を露わにしながら立ち去っていく。
俺は指を鳴らして、柱の影に潜んでいたスカーレットに目配せをする。
「ちっと、見張っておけ。強硬策に出られたら堪ったもんじゃねぇよ…タッグ・マッチ近いってぇのに」
「イエス・マスター。では、私はこれにて失礼します」
スカーレットは気取られない様にラウラの後を追い、歩いていく。
次の予防策も考えておかなきゃならねぇか…ったく、教師ってのは忙しくて敵わねぇな…。