インフィニット・ストラトス~人形遣いは夢見るか?~ 作:ラグ0109
草木も眠る丑三つ時…医者に一日いなきゃ駄目だなんて言われた俺は、口寂しい想いをしながらベッドに体を預けている。
夜は基本的に『良い匂いのする抱き枕』が居たからなぁ…寝ようと思えば寝れるが、なんだか物足りねぇ。
とは言え、何かする訳にも行かずにこうしてベッドに横たわってる訳だが…。
「…散歩行くか」
ボソリと呟き、ベッドから起き上ると何時から控えていたのかスカーレットが着替えの一張羅を用意して立っていた。
俺が気付かない内に控えていたのが嬉しいのか、若干ドヤ顔だ。
「マスター、お着替えを…。力をセーブしていると苦戦しますね」
「まったくだよ。魔法を自在に操る訳にゃ行かねぇからな…そんなことしたら追い出されちまう」
「左様で…」
スカーレットから衣服を受け取り、久々に袖を通す。
此処の所スーツばっかだったからなぁ…やっぱりしっくりくる。
黒のタンクトップにカーゴパンツを履き、コートは羽織らずに煙草とオイルライターだけ失敬する。
「ちっと煙草吸ってくら…お前はそろそろ休んでおけ」
「イエスマスター。お気をつけて」
「はいよー」
仕切りのカーテンを開けて辺りを見渡す。
鈴とセシリアはぐっすり寝てるみたいだな…。
抜き足差し足で歩いていくと、隣の病室から話声が聞こえてくる。
…こんな時間にか…?
不審に思った俺は、煙草をポケットに仕舞いつつ隣の病室へと入っていく。
「っ誰だ!?」
「…なんでぇ、千冬じゃねぇか…」
「アモン・ミュラー…」
隣の病室に居たのは、千冬とラウラ…ラウラは眼帯を外した状態で金色の左目が露わになっている。
千冬は驚いたように立ち上がりながら此方に振り返り、ラウラは落ち込んだような表情で俺を見てくる。
「もう、起きても平気なのか?」
「今すぐ仕事したって良いんだぜ?」
「…腹に穴が開いていた筈だが…いや、詮索するだけ無駄か」
俺はあえてタンクトップをめくって、綺麗さっぱり傷跡の無い腹筋を見せつける。
あの程度でどうこうする様な体じゃねぇからな…首を切り落とすか、頭を潰すかでもしねぇ限り俺と言う存在が死ぬことはねぇ。
人の姿をした化け物ってやつだな。
「俺よりもチビっ子の方はどうなんだよ?」
「チビ…そうだ…私は…」
「んだよ…何落ち込んでるんだか…?」
俺はラウラの横たわるベッドに腰掛けて、ラウラの顏を見る。
取り込まれた時に何か嫌なモンでも見せつけられたかね?
「機体一つ制御できなかった…半端ものだ…私は…」
「…それは気にすんなよ。外部ハッキングされてたんだろうからな」
「…確実か?」
ラウラの頭を撫でながら慰めてやると、千冬が怪訝な顔で此方を見つめてくる。
基本的にISの攻性防壁ってのは優秀だ。
外部遠隔装置開発されながらも、それが受け付けられていねぇのがその良い証拠だな。
外側からの攻撃に対してめっぽう強い…もし、アクセスするんなら俺みてぇに魔法を使った荒業でもしなきゃ無理だ。
よって、外部ハッキングはありえねぇと言う結論に至る訳だ。
たった一人の例外から目を逸らしておいてな。
「間違いねぇよ…本来張られる筈の絶対防御が無くなってたからな」
「…そう、か」
たった一人の例外…言うまでもなく開発者である篠ノ之 束の事だ。
生みの親にしか使えねぇバックドアが、恐らく全てのISコアに仕込まれている筈。
コアネットワーク経由での指令の可能性もあるけどな。
機体の暴走原因はVTSによる異常に依って引き起こされた、と結論付けられるだろうが…。
「俺とラウラの共倒れを狙ったんだろうさ…悪いな、とばっちり食わせちまって」
「え、あ…いや…あ、アモン・ミュラー、一つ聞かせてくれないか?」
「応よ…答えられる事ならな」
いきなり話を振られたラウラは、きょとんとした顔の後に首を横に振り真っ直ぐに此方を見つめてくる。
その目には初めて会った時の様な敵意は完全に消えている。
「何故…私を助けようとしたんだ?私はお前を憎み…敵意をあからさまに向けていたと言うのに」
「あのな、そんなもんは些事だ些事。お前、生徒、俺、教師。少なくともこの学園にいる間はどんなに嫌われていても面倒は見る。困っていたら手を差し伸ばし、道から足を踏み外そうとするならそれを正す…そんだけだ」
「だ、だが…!」
ラウラは俺の言葉が信じられないのか、目を丸くして首を横に振る。
今まで、そうやってきたのが千冬だけだったんだろう。
今、別の人間から与えられるものが恐いのかもなぁ…。
「ラウラ…アモンはこう言う男だ…。お前が言う様に人を平気で殺すだろう…だが、それとはまた別に人を大事にする。恐らく、誰よりも」
「大事にしてるんじゃねぇよ…俺はただ、自分の納得できるようにしてやってるだけだ」
「そして、時々こうやって天邪鬼になる…思いの外面倒な男だろう?」
「おう、ちっと屋上行こうか?」
千冬は俺にニヤニヤと笑みを浮かべながら、優しい声色でラウラに話しかけていく。
天邪鬼とか面倒くせぇのと一緒にすんなよな…ったく。
ラウラはバツの悪そうな顔をしている俺を見て、少しだけ笑みを浮かべる。
「アモン・ミュラー…私は…只管に孤高であれば良いと思っていた。そうすれば敬愛する織斑 千冬と言う存在に近づけると…それは間違いだったのだろうか?」
「俺からすりゃ、大間違いだな。人は誰かになる事はできねぇ…なれるのは自分が思い描いた自分だけだ。ラウラがどんなに千冬に近づこうとしても、それは
『ラウラ・ボーデヴィッヒ』の在り方であって、『織斑 千冬』と言う存在じゃねぇ」
自分の事も分からねぇ人間が、別の誰かになるなんてのは絶対にできねぇ。
たとえ、顔も性格も癖も同じだとしてもだ。
せいぜい、自分自身にしかなれねぇ…。
「喜べよ、ラウラ…間違える事は良い事だ」
「間違える事は悪い事ではないのか?皆、正しい選択ばかりを追い求めるはずだ」
「学生ってのは間違えて良いんだよ…。たくさん間違えて、たくさん選択肢がある事を知って、子供から大人になる為の場所が此処だし、ラウラは学生だろうが」
「…そういうものなのか」
ラウラはぽつりと呟き、考え込むように俯く。
悩んで、悩んで、それで答えを出して…俺ら教師がそれを見てやりゃ良い。
それで最善の道筋を示してやれたのなら、教師っつー仕事にハリが出るってもんだろうさ。
「あんま、難しく考えんなよ…?」
「アモン・ミュラー…お前は変な奴だ」
「そうだな、此奴は変な奴だ。すぐに自分の事を悪魔だと宣う変人だ」
「ひでぇ…」
千冬は俺をからかう様に言って笑みを浮かべている。
ラウラ…正確にはIS相手に大立ち回りやって、心配させた事に対する仕返しか何かか?
軽く肩を竦めて、ベッドから立ち上がる。
このまま此処にいると千冬にボコボコにされそうだからな。
「あ、アモン・ミュラー!」
「あん…?」
「すまなかった…」
部屋を出ていこうとすると呼び止められたので、足を止めて振り向くとラウラは深々と頭を下げて謝罪の言葉を吐きだす。
…一体何のことやらなぁ?
「ラウラ、こういう場合はな…ありがとうって言うもんだぜ?」
「…VTSの暴走にしろ、そうでないにしろ…私はお前を殺しかけた…だから!」
「ったく、そう言う頑固な所は千冬そっくりじゃねぇか…」
再び背を向けて軽く手を振ってから部屋を出ていく。
…これから、どういう風に選択してくかね、あのチビッ子は…。
IS学園の病院は学園内の校舎に併設される形で建設されている。
校舎とは連絡通路で繋がっていて、校舎内の出入りも簡単にできる。
俺はラウラの病室から出た後に、校舎の屋上へと移動した。
IS学園の屋上ってのは、一般的な学校の屋上と比べて設備が整えられてやたらと豪華だ。
…屋上に小さいとは言え、噴水があるってのもすげぇと思うんだが…。
噴水の近くに設置された木製のベンチに腰掛け、足を組んで煙草を口に咥える。
何だか久々に咥えたような気分になるな…。
しばらく火を点けずにぼんやりとしていると、屋上に人影が現れる。
「おや…アモンさん、起きていて平気なのですかな?」
「…理事長さんがこんな時間に屋上かい?」
現れた人物はこの学園の真の理事長である、轡木 十蔵だ。
用務員らしい作業服ではなく、スーツ姿である所を見るとどうやらドイツとOHANASHIしてきたみてぇだな…まぁ、同情の余地がねぇんだが。
轡木は俺の隣に腰掛け、手を差しだす。
「一本、いただけますか?」
「味は保証しねぇからな…」
轡木に煙草を一本渡して火を点けてやる。
堂の入った所作で煙草を吸って煙を吐きだす…やたら美味そうに。
「いや、参りましたよ…VTSなんて、我が国は使用していないの一点張りでして」
「そら、認めたら世間体が悪いってもんじゃねぇからな…。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンのOSは…」
「ご丁寧な事に削除済みでした…綺麗さっぱりに」
恐らく、IS内に存在するシステムの痕跡を消すための措置だろう…。
ドイツはお国柄、人体実験とかにアレルギーを持ってるもんだと思ってたんだが…。
ラウラはもしかすると、軍隊内で人として扱われてなかったのかもしんねぇな…。
確証はねぇがデザインベビーであるラウラは、言ってしまえばISを操縦するためのパーツとか…そんな風に思われてたのかもなぁ…。
「手の込んだ嫌がらせだな…ったく…」
「えぇ、まったく…」
二人そろってため息を吐くように煙草の煙を吐きだし、灰をほぼ同じタイミングで落とす。
束がここまで考えて嫌がらせしてきてたのだとしたら、相当なもんだな…天災の二つ名に偽り無しって感じだ。
「…ここだけの話、アモンさんは誰かに命を…?」
「…まぁ、ちっとな。おかげで犯人が誰かは理解しているつもりだ」
「そうですか…名前は…」
「…どこで聞き耳立てられてるか分からねぇし…まだ伏せさせてくれ」
IS学園が篠ノ之 束に攻撃された…もしそんな話が広まってしまったら面倒な事になるのは間違いねぇ。
学園が束の逆鱗に触れるような事をしているんじゃねぇか?なんて言われたら、下手をすれば存続にも関わる重大な問題になる。
ISって盾で束が好き勝手できる現状をどうにかしねぇと…。
俺は思わずがっくりと項垂れてしまう。
「大体察しは付きました…織斑さん絡みですかな?」
「どうだかねぇ…単純に俺の存在が目障りって可能性もあるけどな」
世界で唯一の完全自律思考型システムを作り上げられる…って事になってるからな、俺は。
九割方、千冬に手を出したことに対する恨みだろうがな。
他人がどうでも良い癖に、その他人がどうでも良くねぇ事は上手く突いてくる辺りいやらしいったらねぇな。
ガキ人質になんかとりやがってよ…。
「今年の一年生は、良くも悪くもアクが強いですねぇ」
「いや、もう…お腹いっぱいになっちまうよ…」
若干遠い目になりつつ、新しい煙草に火を点けて吸っていく。
束の妹に貴族のご当主…中国の猪娘にフランスの男装の麗人…そしてドイツの冷氷。
そこに男性操縦者が入ってきてるからな…色々な事で調整をしていかなきゃならねぇし、女尊男卑の根強い社会だ…俺も含めて学園から追い出せって声も少数ながら存在してるって話だ。
「教師はお腹一杯でも詰めなければなりませんからね…頑張ってくださいな」
「契約した以上やる事はやる…手心欲しいとか思っちまうけどな」
轡木は可笑しそうに忍び笑いを漏らし、吸殻を灰皿に捨てて立ち上がる。
俺はガックリと項垂れて深く溜息を吐くだけだ。
「魔王等と呼ばれていても、根は優しい方で私としては嬉しい限りですよ」
「山田と同じで不本意な二つ名だっての…第一、ちっと派手に暴れたからって魔王呼ばわりはどうなんだ…?」
本音のやつは俺を揶揄うつもりで魔王呼ばわりしてくるが、大半の生徒は若干壁を作ってるのが現状だ。
俺の授業の時、やたらと静かなのが良い例だな…。
真面目に授業を受けてくれているってんならそれはそれで良いんだけどよ…。
「いずれ慣れますよ…渾名なんてそんなものです」
「いや、そうだろうけどよ…生徒達と壁を感じる中であの渾名はねぇよ…」
「人柄自体は良いと思いますし、それも時間が解決してくれると思いますよ」
轡木は他人事の様に言って、頭を軽く下げる。
「それでは、私はこの辺でお暇するとしましょう。アモンさんは念のために今日も休んでおいてください」
「了解…おやすみ理事長」
「はい、おやすみなさい」
念のため、か…恐らく、今平気な顔で出歩かれるのは困るって所だろう。
実際、即死でも可笑しくねぇ大怪我しているからな。
人間の肉体じゃなくて良かったと思うべきか悪かったと思うべきか…判別に困るな。
俺は遠ざかっていく轡木の背を見送りながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。