インフィニット・ストラトス~人形遣いは夢見るか?~ 作:ラグ0109
恐れと勇気と
シュヴァルツェア・レーゲン暴走事故から二日…俺は整備室で、レーゲンの予備パーツからラウラの機体の組み上げ作業を行っている。
VTSの概要はドイツから開示されたものの、どのような形で起動するように組み込まれていたのかまでは現在調査中との事だ。
フランスお家騒動に、ドイツ軍用機の暴走事故…この二つの事件が起きてしまった欧州連合は国際社会での地位が低下しちまったと言っても過言じゃねぇ。
前者は政府の腐敗っぷりが全世界に拡散し、後者は誰しもが忌み嫌う人体実験…それも本人があずかり知らぬ形でやらされていたと言う内容だからな。
ラウラの今後の軍内部での立場と言うものがかなり危うくなりそうなもんだが、其処はブリュンヒルデ…ツテを使って牽制は入れていたって事だ。
シャルロットの性別変更手続きは無事に済んだそうだ…だが、一つ問題としてすぐに制服を用意出来ねぇって問題が浮き上がっちまった。
暫し、男装で過ごしてもらう形になるが…まぁ、此方も何故か俺が受け持つことになった。
理由は昨日偶々起動させていたフランマが、千冬と会話していたことに寄る。
『私達の衣装は全部マスターのお手製なんだニャ』
業者に発注して納入されるまで約半月。
だが、何という事でしょう…俺が作ると最長二日で出来ちゃうんだな…これが。
もちろん俺一人でチクチク縫製しているわけじゃねぇ。
専用のソーイングドール部隊を工房でフル稼働させているからだ。
まぁ、そういう経緯もあって、シャルロットから制服の改造案待ちとなっている。
普通の学校じゃ考えられねぇよな…制服の改造て…。
「しっかし、チビが使うにゃ重装甲な機体だな…この世界じゃチビに重装甲機体使わせるのが流行ってんのかねぇ?」
「ニャハ、ギャップ萌えって大事だと思うニャ、マスター」
「それより手を動かしましょう?」
今、リボルバー・レールカノンの部品をフランマとスカーレットの三人がかりで取り掛かってる。
スティーリアには、相変わらず簪の補佐をやらせている。
構造自体は単純で、弾倉もリボルバー式と堅実…単純さゆえの頑丈さを地で言ってるレーゲン最大の火器だ。
いやあ、今思えば鋼線で良く逸らせたもんだ…。
「マスター、いっその事弄ってしまいますか?」
「…ドイツに其処までしてやる義理はねぇなぁ」
「こう、改善できるものを見ると弄りたくなってしまいまして…出過ぎた真似でした」
スカーレットは恭しく頭を下げて、パーツの組み付け作業に戻る。
現状、俺たちが知っている化学技術ってのは、恐らくこの世界において数世代は先の技術ばかりだろう。
先にデュノア社に渡した容量圧縮技術なんかは序の口…。
他所の世界では光の粒子を変換して物質化するなんて、馬鹿げたものまである始末だからなぁ。
「過度な文明の促進は避けるべきニャ。目をつけられたら堪ったものでは無いからニャ~」
「言いたいのに言い出せねぇってもどかしさはあるけどな…。まぁ、そう言うのは別の所で発散すりゃ良いだろうさ」
フランマはフフーリと鼻で笑い、シタリ顏でスパナをクルクルと手の中で回す。
人の欲望は際限なく、止めるものの言葉を聞かずに罪を重ねていく。
待っているのは破滅の二文字だろう。
ISの存在なんかは、今の文明に対してオーバーテクノロジーと言っても過言じゃねぇ。
そういった、ヤバい物体がもたらしてるのが女尊男卑の歪んだ社会構造だ。
「とりあえず、今日中に形に…っと、お客さんか」
「ラウラちゃんニャ~」
「な、何か手伝えることは無いだろうか…?」
ラウラは、若干白い肌を蒼ざめさせて此方へと歩いてくる。
全身打撲に筋肉疲労…更にはあばらに皹が入ってるっつーのに。
俺はスカーレットとフランマの手を止めさせて、ラウラへと向き直る。
「怪我人がうろつくなよ…ったく、不安にでもなったか?」
「ぅ…あばらは固定しようがないし、筋肉疲労も言ってしまえば極度の運動をした後の筋肉痛なんだ…それに、不安なんて」
「さよけ…良いからこっち来い」
ラウラは視線を彷徨わせながら、しどろもどろと言い訳をしている。
どういう心境の変化なのかは分からねぇが、どうもラウラは歩み寄りと言うものを学んだらしい。
喜ばしい事なんだが、今までツッケンドンな対応を取っていた所為でどうやってクラスメイトと接すればいいか分からねぇ…とまぁそんな所かね?
ラウラが此方に来れば、スカーレットにテーブルと椅子を用意させて座らせる。
怪我人を立たせておくのもアレだかんな…。
「…アモン・ミュラー…私はどうしたら良いのだろうか?」
「もっと詳しく話せよ…俺は一を聞いて十を知れるほど物分かり良くねぇからよ」
俺はラウラの体面に座り、足を組んでスカーレットが紅茶を用意するのを待つ。
フランマはトランクの中を漁って、お茶菓子を探してるな…トゥーの奴を引っ張り出すんじゃねぇぞ…。
「その…私は教官の様にあろうとし続けるあまり、剣呑な対応をしてきた…今更、どう取り繕えば良いものかと…」
「…中二病から回復した患者みてぇになってるな…」
「中二病?」
「あ、いや、こっちの話だ」
うっかり心の中の言葉を漏らしちまった俺は、ポーカーフェイス気取ってキリッとしたあ顔でいるものの、内心冷や汗が出ている。
ラウラがサブカルに明るくなくて良かったぜ…。
スカーレットはラウラにジャムを溶かしたロシアン・ティーを淹れて差し出す。
紅茶の香りとジャムの甘味が心地良い一品だ。
俺にはいつも通りのストレートティーを淹れて差し出してくる。
一先ず紅茶の香りを楽しんでから、一口飲む。
「関係の改善なんか、適当にやってりゃ何とかなるもんだ。例えば、飯を一緒に食うとか、一緒に勉強するとか…学校生活を送るうえで絶対にやる事があるんだから、便乗っして誰かと一緒にやってみたらどうだ?」
「それは、そうなのだが…気まずい…」
「まぁ、そうなんだろうけどよ…」
自身を省みて、やらかしちまった事に気付いちまったからこその相談なんだろうが…。
ラウラ自身が勇気出さなきゃならねぇ問題だからなぁ。
一日二日でそれがすぐできれば苦労はしねぇってやつだな。
さって、どうしたものかと考え込んでいると、テーブルにバウムクーヘンが切られて置かれている。
ドイツのお菓子だが、国民は祝い事でもなければすすんで食べねぇらしいな…これ。
「甘いものを、食べれば、いいニャ!」
「…あぁ、うってつけなのが一人いるな…」
フランマがドヤ顔でバウムクーヘンをフォークで切り分けて、ラウラの口元に運ぶ。
ラウラは戸惑ったような顔で、フランマとバウムクーヘンを見比べて小さく口を開ける。
「ニャ、美味しい?」
「あ、あぁ…何だか甘ったるい気もするが…国のと違ってしっとりとしているな」
「バウムクーヘンは好評みたいニャ…お姉ちゃん、箱に包んで欲しいニャ!」
「おね…まぁ、強ち間違いではないですから良いでしょう」
スカーレットはフランマにお姉ちゃん呼ばわりされて、少しだけ戸惑うもののすぐに気を取り直し、トランクの中に入っていく。
…甘ったるいとか言ってたから、これトゥー製か…。
毎日甘い物食ってて血糖値凄い事になってそうだな…アイツ。
暫くすると、スカーレットがバウムクーヘンの入った箱を持ってトランクの中から戻ってくる。
「引き籠りも偶には役に立つニャ」
「作ってもらっておいて、その言い草は感心できません」
「ニャハハ、事実は事実だし…ともあれ!ラウラちゃんはこれを持って本音ちゃんの所にGoニャ!」
フランマはラウラに箱を押し付ける様に渡し、にんまりと笑みを浮かべている。
要は皆でお菓子を分け合って、今みたいにお茶会すればいいじゃんと…そう言う事か。
「持ってくなら、まず本音にしとけ…あいつは何かと人間関係の構築上手いからな」
「布仏…だったか…大丈夫、だろうか?」
「人見知りの奥手とか止めろよ…人間関係、当たって砕けろだ。砕けたら骨くらいは拾ってやる」
「っ…分かった、さっそく行ってみる」
ラウラは意を決したように頷き、少しだけ冷めたロシアン・ティーを一気に飲んで立ち上がる。
俺は提案した責任もあるので、フランマに目配せしてラウラに付き添う様にする。
本音にフランマ…どちらも人当たりの良い性格の二人が居れば…まぁ、何とかなるはずだ。
「すまなかった、アモン・ミュラー。作戦の成否に関わらず、後で報告する」
「態々フルネームで呼ぶなよ…アモン先生って呼べ」
「了解した。では、行ってくる!」
ラウラは最初の自信なさげな表情から一変して、キリッとした顔になって敬礼した後、そそくさと整備室を出ていく。
あいつ、本音の居場所分かってんのかねぇ…?
「じゃ、ラウラちゃんの付き添い任務始めるニャ」
「あいよ、ちゃんと面倒見ろよ?」
「イエスマスター!ラウラちゃん待ってニャ~」
フランマもラウラを真似て敬礼をすれば、まるで作業から逃げるようにラウラを追いかけていく。
…なんつーか、平和だな…平々凡々の穏やかな日常だわ…。
俺はスカーレットからお代わりの紅茶を注いでもらい、静かに一口飲む。
仕事に戻りたくねぇなぁ…でも、ラウラのISは組み立てなきゃだしなぁ…
「なんだ、サボリか?」
「学年主任がウロウロしていて良いのかよ?」
「良いんだ…どうせ、今日の授業は終わっているからな」
うだうだと紅茶を飲みながら堂々とサボっていると、千冬が整備室にやってくる。
辺りをキョロキョロと見渡した後に、此方へとやってくる。
「ラウラを見なかったか?病室で安静にしていなくてはならんのだが…」
「ほっとけほっとけ…その内戻る」
「…なるほど、此処にいたか」
千冬はニヤリと笑みを浮かべて、ラウラの座っていた向かい側の椅子に座って此方を見つめてくる。
俺とラウラの関係改善は、千冬にとって喜ばしい事だろう。
嘗て愛情を注いで育てた教え子と、現在恋仲になっている男…反目し合っていては居心地も悪くなると言うものだろうさ。
「あんなに嫌っていたのに、アモンの所に来るとは思わなかったぞ?」
「思うところあったんだろ…俺としても無用な敵意を受けなくて助かるっちゃ助かる」
スカーレットに目配せをして、千冬にも紅茶を淹れさせる。
紅茶の注がれたティーカップを普段ガサツそうな千冬が、気品のある所作で持っているのを見ると、少し違和感を覚えるな…。
「束に連絡を取ったんだが…今回の襲撃に関しては、はぐらかされてしまったよ。襲撃するメリットが無いの一点張りでな」
「事実そうなんだがな…ある一点を除いて」
過去に束の奴に何があったのかは分からねぇが、兎に角千冬に執着している気がする。
依存なんて言葉が生ぬるい気がするくらいだしな。
あいつも…愛情に餓えているんだろうか?
「お前の存在か…私が誰を好きになろうと勝手だろうに」
「あいつにとっちゃ違うんだろうさ…まあ、その内直接的な手段で排除しにくるだろ」
「何を呑気な…」
千冬は唇を尖らせて不満げな顔で俺の事を見つめてくる。
千冬としては、やはり友人であろうとも俺たちの仲を邪魔されたくねぇってところなんだろう。
具体的な対策を立てる訳でもなく、俺は呑気に構えている。
実際、対策を立てようと思えば立てられるんだが…。
「神出鬼没なやつの首根っこ捕まえろってのが無理だろ…」
「それは…そうだが…私としては癪なものでな」
千冬は顔を背けながら腕を組む。
厄介な友人に振り回されてるもんだよな…。
ただ、あれでもまだ挨拶をする分昔よりマシになってるってのが驚きだが。
昔の束はどれだけ偏屈だったのか気になるっちゃ気になる…。
「なぁ、アモン…仮に、お前と束で殺し合う事になったとして…束を見逃す事はできるか?」
「そりゃ、何とも言えねぇな。アイツの地力がどれだけあるのかは分からねぇが、少なくとも俺の事は殺せねぇ」
「それは、悪魔だからか?」
「応ともよ」
俺はニヤリと笑みを浮かべて席から立ち上がり、ラウラのISへと歩み寄る。
黒の重装甲は整備室の照明で鈍く光っている。
ゆっくりと装甲に手を這わせながら口を開く。
「生かしたいから生かし、殺したいから殺す…俺の行動理念なんてそんなもんだ。だからな…束を殺されたくなきゃ、全力で俺を止めろよ…なぁ、千冬?」
「本当に、悪魔の様な男だな。優しいかと思えば利己的で…どこまでも理不尽になると言うのか」
「何せ、『魔王』らしいからな」
束は…恐らく俺とはソリが合わねぇだろう。
ましてや、千冬を抱いてる存在だ…目障りにしか思ってねぇかもしれねぇ。
なら、俺は…アイツの悉くを暴君の様に叩き潰すだけだ。
「…暴君の様に振舞ってばかり居るのがお前ではないだろうが」
「そういう風に言ってくれるのは嬉しいがな。俺は恐いやつなんだぜ?」
千冬を茶化す様に言うと、いつの間にか近寄ってきていた千冬が背中から俺の事を抱きしめてくる。
暖かい千冬の体温が、ささくれ立つ心を鎮めていく。
「それと同じようにお前は優しい…それは私が保証するよ、アモン…」
「ちっとばかし、むず痒いな…」
軽く溜息を吐きだし、俺はそっと胸の前にきている千冬の腕を優しく撫でる。
少しだけ…少しだけ、此奴と死ぬまで傍に居る夢を見たいと…そう思っちまう。
それが叶わねぇと分かっているのにも関わらずに…。