インフィニット・ストラトス~人形遣いは夢見るか?~ 作:ラグ0109
人形遣いと不穏な影
一面に広がる緑の草原。
空には雲一つなく、輝く太陽が草原を照らし続ける。
地平線まで続くこの草原に、俺は一人で座り込んでいる。
何も考えず、何もせず…ただ、そこに居るだけだ。
何かを欲すれば、何かを手放す。
生きていれば総取りだって夢見るものだが、そんな事…許される訳がない。
持つものは、自分の持つ者以上の物を持つことを許されない。
もし、それが許されるなら…今頃この草原は物で溢れかえっている筈だから。
ゆっくりと背中から倒れて寝転び、空に浮かぶ太陽に手を伸ばす。
『いつか』望んで喰らったもの…。
その望みが間違いだと思わずに、俺は望むままに奪って奪って奪って…。
そして、奪われた。
何もかもを失くして、無くして、亡くして…俺には何も残らなかった。
この世界は、俺の心そのものだ。
この世界が、アイツと契約した時に出来たのは…きっと俺の心の中身が反映されていたからなんだろう。
そう思うと…あの、小麦畑は――――
「――き…――」
ゆさゆさと体が揺すられる感覚がする。
まるで、船に乗って波に揺られているかのようだ。
眠い…期末試験の採点の後に、アプリストスの整備とBTドールのメンテを整備室で行っていたのは覚えてるんだが…。
どうも、俺はぐっすりと寝てしまってたらしい。
悪い、傾向だな…こりゃ…。
ゆっくりと眼を開けると、視界が薄暗くぼんやりとしている。
今、何時だ…?
うつらうつらとしながら、時計を見ようとした瞬間に顔面が掴まれてそのまま持ち上げられる。
「ぅぉおおお!?」
「起きんか、馬鹿者!」
ミシミシと頭蓋が悲鳴を上げる中、俺はなんとかもがいてアイアンクローから逃れようとするが、がっちりと頭を掴まれているお蔭で抜け出すことが出来ない。
人間の握力じゃない…流石、IS用近接ブレードを振り回しているだけの事は…。
『ま、マスター疲れてるから、ね?ね?だから離してあげてよぅ!!』
「あだだだだ!もっと!もっと優しく!!」
「帰ってこないから探してみれば、こんな所で呑気に居眠りとはな…!」
詩沙が必死に千冬に抗議してくれたお蔭かどうかは分からないが、漸く千冬は俺から手を離す。
俺は強かに尻もちをついて更に痛い思いをする事になるが、それよりも米神に走る痛みがヤバい。
怒らせない様にしないと、その内頭握りつぶされるな…。
「ワリ…疲れてたみたいだな…」
「まったく、日付も変わってしまっている…早く、帰るぞ」
「応…ありがとよ、迎えに来てくれて」
素直に千冬に礼を言うと、千冬は優し気な微笑を浮かべて俺に手を差しだす。
その手を取ろうとして、オイル塗れのままなのを思い出して躊躇すると、千冬は構わずに俺の手を掴んで引き寄せる様に立ち上がらせる。
「…お前の手がどんなに汚れていようと、それで嫌な顔をすると思うか?」
「一応、気を使ったつもりなんだけどな?」
「寂しそうな顏をしておいて良く言う…あんな顔が見れるとは思わなかったがな」
「マジかよ…」
不覚だな…ったく、あんな夢を見るから…。
正直に言って、俺はビビった。
俺には何もない…あるのは手作りした人形くらいだ。
それが、この世界に来てから弟分が出来て、弟子が出来て、そして…愛する女が出来た。
いつの日からか手には物が溢れている。
悪い事じゃない、喜ばしい事だ…だが、何時か手放してしまう時が来るんじゃないかと思ってしまっている。
実際、今まで生きてきてそう言ったことが繰り返されてきたからな。
それが今日なのか明日なのか…それとも…。
千冬は俺の頬を優しく撫でながら、不敵な笑みを浮かべて見つめてくる。
「だから、そんな顔をするな…お前が私の傍に居る様に、私もお前の傍に居る。お前は私を夢中にさせたんだ…嫌だと言っても離れないからな?」
「…あ~あ、らしくねぇ、らしくねぇ…。良い女にそんな事言わせるってぇのは、、男が廃るってもんだ」
頭をガシガシと掻きながら、自嘲するように溜息を吐く。
いつもだったら考えない事を考えちまって、阿呆臭くなっちまう。
だが、そう言う事を考えるって事は、それだけ目の前の女が俺にとってかけがえのない存在になっている事の証なのかもしれない。
「人間らしくて良いとは思うがな。いつもお前は迷いが無いからな」
「迷ってる暇があるんなら行動した方が良いって考えだからな。時間が勿体ねぇからな」
軽く肩を竦めれば、俺の顏の目の前に詩沙がムスーッとした顔で現れる。
ったく、こっちはこっちで話の輪に入れなくて気に入らないって顏してんな…。
『マスター、痛がってたから抗議したのに、感謝の言葉ない!』
「お、おう…ありがとうよ」
「なんだ、娘にはお前も弱いのか…?」
千冬は意地の悪い笑みを浮かべて、此方を見つめてくる。
親バカって程でもないんだが、手塩にかけた存在ってのは愛しいもんだからな…。
どうにも弱腰になっちまうのは、悪徳かもしれないな。
『ふふん、わかればいーのです。では、私は寝るのでおやすみなさい!』
「…コアは眠るのか…?」
「…単純に気ぃ使っただけだろ…多分」
人間の様な睡眠と言うのは必要無い筈だからな…恐らく、俺と千冬に気を使って引っ込んだんだろ。
詩沙が外に出る様になってから時間が経ったが、どうも待機状態でも周りの事は観察できるらしい。
こう…千冬とイチャついてんのもバッチリ見られていたらしく、質問を誤魔化すのに苦労したもんだ。
「…それより、帰るぞ」
「んだな…風呂に入って、とっとと寝ねぇと…」
俺は軽く欠伸を噛み殺し、千冬と指を絡ませるように手を繋いで歩き始める。
寮に帰るまで、然程言葉は交わさなかった。
交わす必要が無かったって感じでもあるが…ただ、俺は静かに思う。
決して、千冬だけはこの手から離さない様にする、と。
翌日、何故か俺は朝っぱらから轡木のおっさんに呼び出されて、これまた何故か理事長室ではなく屋上の庭園に呼び出された。
これが美人の姉ちゃんなら、愛の告白なんじゃないかと思ってそれはそれで気が重くなるもんだが、相手はあの狸。
間違いなく良くない報せってやつだろう。
階段を上って屋上への扉を乱暴に開けると、轡木のおっさんはベンチに座って手をひらひらと振っている。
スーツ姿でないところを見ると、お忍びって感じだな。
「すみませんね、朝早くにこんな所に呼び出して」
「構わねぇよ。それで、話ってのは?」
轡木のおっさんに近づいて隣に座ると、横から煙草を差し出される。
この間のお返しってところなんかね…?
俺は素直に受け取って、懐から出したオイルライターで煙草に火を点けて吸い始める。
いつも吸ってるのと違う銘柄なんで、随分とお上品な味の気がする。
「恐らく織斑先生には伝わっていると思うのですが…内密なお話でしてね」
「厄介事か…いいぜ、学園とは契約してっからな」
「フフ、そういう風に言ってくれるのは嬉しいですね…実は…」
轡木のおっさんは話を切り出そうとして、軽く溜息を吐く。
狸でも相当な難題が吹っ掛けられたみたいだな…。
轡木のおっさんが煙草を咥えたので、俺はオイルライターで火を点けてやり、話の続きを待つ。
「篠ノ之 束博士から一方的な通達がありましてね…。篠ノ之 箒に専用機を受領させる、と」
「…469個目か」
「現在周知されているコアの数で考えれば、ですが」
実際は、襲撃事件で襲ってきた分のコアがあるんで数はもっと増える。
束の野郎ももっと生産している筈だからな。
箒の国籍を考えれば、恐らくその所属は日本ってことになるだろうが…日本は束の存在の所為で何かとやっかみが多い。
なんせ、国のパワーバランスを容易くコントロールできる人物を野放しにしちまってるからな。
そんな国に新たにコアが提供されるって事になれば、国際的な批判ってのが色々と理由が盛られて噴出するだろうよ。
俺にゃ関係無い…とも言い切れないか。
「まぁ、そんな問題はどうでも良いんですよ。恐らく、織斑君と同じ扱いになるでしょうし、彼女の事だ…次世代機を持ってきてくれる事になるでしょう。ですが…」
轡木のおっさんはそこで話を区切り、ゆっくりと煙草を吸う。
まるで気を落ち着けるかのようだ。
「アメリカ、イスラエルの二国間で共同開発されているISはご存知ですか?」
「あぁ、確か
二国間共同開発って点は世界的なニュースになってたんで有名な話なんだが、肝心の機体内容は軍機に関わるってんで完全に秘匿されてる。
まぁ、この辺は他世界っつーか、ロボの居る世界から来たと思しきユニットからトゥーが得た情報なんだけどな。
広域殲滅を目的とした射撃特化の機体だったか…。
「…まぁ、良いでしょう。蛇の道はなんとやらですし…話を戻しまして…篠ノ之博士が専用機を持ってくる日と、その銀の福音の野外演習日が一致するんですよ。束博士と関わっている貴方なら、どういう目論見か…分かりますよね?」
「マジか…いやいや、え~…」
俺は手で火の点いた煙草を握りつぶしながら、頭を抱える。
轡木のおっさんの言う事がガチだって言うんなら、導き出される答えは…。
「箒と軍用機をぶつけようとか考えてんじゃねぇだろうな…そりゃ、アイツだって努力は怠ってねぇけど…」
そう、アイツも積極的に訓練に参加して必死にISの操縦技術を磨いている。
だが訓練は所詮訓練だし、ISバトルだってルールに縛られている以上実戦とは言えないものだ。
いきなり実戦に叩き込むには酷すぎやしないか…?
それに、アイツが作る特別機だと言っても、乗る奴が機体に不慣れじゃ宝の持ち腐れだ。
「恐らく、学園に専用機持ち達で迎撃しろと言う通達が委員会から来るでしょう。我々はそれを拒みたくても拒めないんです…あの組織は、ISを統括していることになっていますから」
「学園の規定もへったくれもねぇな…。つまりはアレか…もし仮に、万が一、億が一、銀の福音が暴走する様な事があれば…」
轡木のおっさんは静かに頷き、此方を真っ直ぐに見つめる。
もしももクソも無い、間違いなく銀の福音は暴走するだろうな…。
それがどう言った形でなるかは分からないが、それだけは確実…ラウラ辺りは軍人って事で任せても何も言われないだろうが、他の連中は違う。
専用機を持ってるとは言え、命のやり取りの経験が浅い連中ばかりだ。
なら俺がやることは、日本の領海に侵入してきた瞬間を狙っての迎撃戦。
これしかない。
「今月の臨海学校に合わせて持ってくると言う形になっているのが、唯一の救いでしょうか…。今、貴方は外に出せないことになってますし」
「この間のモノレールの『事故』の所為でな」
テロに巻き込まれての誘拐なり殺害なりを恐れたIS委員会は、俺を学園内に留めて置く様に命令を下してきた。
本来なら、外部組織扱いであるIS委員会による命令ってのは受け付けなくても良いんだが、IS委員会ってのはIS絡みの事業には必ず絡んでくる。
下手すれば、弾薬や装備の補充、整備…更には機材に関する事まで委員会の手が伸びている。
ご機嫌取りをしておかなきゃ、そう言った備品を止められちまう可能性があるわけだ。
そうなったら学園も立ち行かなくなる…世知辛いねぇ…。
「そういう訳でアモン先生には臨海学校の随伴はご遠慮してもらう形になってしまって申し訳なく思ってます」
「まぁ、仕方無いわな…ガキ共巻き込む訳にはいかねぇし」
「夏休みまでには交渉で有利な方向に進めておきますので、辛抱していただければ…」
轡木のおっさんは申し訳なさそうに眉根を寄せ、ため息を吐く。
苦労してんなぁ…。
恐らくは、暗部の更識と共同で学園を様々な害意から守ってるんだろう。
ISを扱う人間ってのはそれだけで価値が生まれる。
アイドル的な価値も出るしな…企業としてはそう言った価値ある人間を抱えて利益を生み出したくなる。
スカウト合戦ってのはなにかと眼を曇らせる…莫大な金が動くからな。
「辛抱もクソもねぇよ…ったく、ここまで事件続きなんだからそろそろ休ませろってんだよ」
「いやはや、本当にそう思います。まぁ、それも織斑君とアモン先生の存在があるからとは思いますが」
「女しか乗れねぇってのが通説だからな…」
…本当だったら、此処で種明かししても良いんだろうが、種明かしをしたところでどうにもならない。
コアが男でも使えるかどうかって言うのは、全て束が決めている事だからな。
コアの根本的な部分ってのは、束が握っている…だから、俺は少しばかり詩沙が心配になっちまう。
もしかしたら、俺の施した対処法じゃ束の悪意を防げないかもしれないからな。
「さて、そろそろSHRも終わりますし、張り切って頑張りましょうか」
「あんな話した後じゃ、張り切れねぇよ…ったく…」
二人同時に立ち上がり、屋上を後にする。
…何も起こらないことを、クソの様な神に祈りながら。
なんだかんだで五十話目…いつも読んでいただきありがとうございます