インフィニット・ストラトス~人形遣いは夢見るか?~ 作:ラグ0109
何時もの様に眠り、何時もの様に夢を見ず、何時もの様に目を覚ました。
まぁ、目を覚ましたのは良いんだが…空には太陽が昇っておらず、未だに真っ暗。
俺の腕の中には、何時もの様に穏やかな寝顔の千冬がしがみ付く様にして眠っている。
期末テストの採点に、一学期の評価、更には臨海学校の準備と…一年の各担任は様々な仕事に追われ続けている。
それに付け加え、千冬はこの学園の警備部門の統括責任者もやっている。
イベントが起こる度に警備の配置やら何やらで大忙しだ。
今回の臨海学校で行われる催し物…って言っちゃなんだが、訓練内容としてはISの新型装備…所謂
整備課の教師としちゃついて行ってやりたいところなんだが、今は学園内に引き籠ってなきゃいけない身…残念ながら、ガキのお守りをしてやることができないってわけだ。
一夏達の面倒を見てやりたいんだがな…特に今回はキナ臭すぎる。
箒の専用機…それもクソウサの作る特別機。
どう考えても既存のISを遥かに凌駕する性能になるであろうソレは、いくらあの箒でも慢心しちまうものになるだろう。
そりゃ、箒だって毎日一夏達と一緒に訓練機の第二世代とは言え、操縦技術を磨くために頑張っている。
だが…高々二か月ちょいの期間じゃ、余程の天才でもない限り熟練の域に達する訳がない。
「ったく…どうすりゃ良いんだか…」
何かを求める様に、俺の腕の中で眠る千冬を強く抱きしめる。
まるでガキそのもの…だが、俺はこうして貪る様に千冬の温もりを求めていたかった。
ソレなりに余裕のある大人の態度を取ってきたつもりだし、今更弱気な姿なんぞ見せられるわけもない。
カッコつけだからなぁ…特に、愛してる女には。
男は何時まで経っても子供なんだって、あの真っ白な女が言ってたがまさしくその通りだと思う。
表も裏も負い目なく曝せるってのは、中々出来るものじゃないからな。
「…っん…」
千冬は軽く身じろぎして目を薄く開ければ、嬉しそうに微笑みを浮かべて此方に体を寄せてくる。
結構強い力で体を抱きしめてたみたいで、起こしちまったみたいだ。
俺は優しく千冬の頭を撫でて、額に口づける。
「悪い、起こしたな…まだ早いから寝てろ」
「…構わない。お前にこうして抱かれていると言うのは気分が良い」
千冬はフッと笑みを浮かべて此方を見つめ、俺のシャツを強く握りしめる。
まるで、子供の様に…。
夏なのにも関わらずクーラーもつけずに夜風だけで涼をとっていると言うのに、俺と千冬はそんな事もお構いなしに互いの足を絡ませ合い体を密着させる。
「暑くないのか?」
「寒いからこうしているんだ」
「さよけ…」
僅かばかり汗ばんでいるにも関わらず、千冬は強がるように言えば俺の首筋にキスをする。
少しばかりの痛みを感じる…ご丁寧にキスマークまで付けやがった。
一応、服で隠せるから良いんだろうけどな…。
「恋なんてしないと思ってたんだがな…」
「人間何かしらに恋するもんだろ…対象が人かどうかは兎も角よ」
「悪魔に恋した私は、異端か?」
「世が世なら魔女狩りの対象だわな」
茶化すように言うと、千冬は可笑しそうに笑った後にじぃっと真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
恋する乙女なその顔は、年齢不相応な感じもする。
いつも厳しそうな顔をしているから、そういう風に感じるのかもしれない。
「仮に、火炙りにでもされそうになったら…お前は助けてくれるのか?」
「ならねぇし、させねぇよ。お前は俺の物だ…俺だけの物だ。他人が何を言おうが知った事じゃねぇ」
…だが、だからこそ俺は道化を演じていなければならない。
人じゃないって事が公になれば、確実に千冬の立場が悪くなるからな。
そんなのは俺の望む事じゃない…自分のヘマで失くすのはっもうコリゴリだからな。
千冬は安心したように目を閉じる。
「そうか…あぁ、そうだな…私はお前の物だ。お前だけが、私を満足させられる」
「男冥利に尽きるこって…」
千冬の顎に触れ、優しくキスをする。
幾度かキスを繰り返し、次第に舌を絡ませ合いながら手を繋ぐ。
決して離れない様に。
決して離さない様に。
未だ、昇らない太陽を尻目に俺たちは深く繋がっていった。
陽が昇り始めた頃に、寝汗をシャワーでさっぱりと流して着替えを済ませる。
今日も今日とてお仕事はあるわけで…特に今は山田が居ないので千冬は大忙しだ。
山田は今、臨海学校での予定訓練地の最終視察を行っている。
人が立ち入りやすそうな場所に警備を配置して、一般人の立ち入りを禁じる為だ。
ISに使用される装備品は機密扱いの物もあるからな…一般人を装ってのスパイなんかも排除しなきゃならない。
流石に軍事衛星なんかで上空から盗み見られたらどうしようもないが、ああいうのは得てして解像度が低い…大きな物を映すには最適なんだろうが。
千冬の話じゃ、各地の観光協会から次の臨海学校は是非ウチに、と言う依頼が引っ切り無しにかかってきて非常に鬱陶しいって事だ。
IS学園の生徒の中には、グラビアアイドルとかで活動していて有名人扱いの奴らが多いからな。
そう言った生徒を呼び水代わりに、観光の収益上げちまおうってハラの奴らが居る訳だ。
だが訓練の内容が内容なんで、臨海学校を行う場所ってのは毎年同じ場所だそうだ。
「さて、と…」
一足先に寮を出た俺は、寮の裏庭…それも人目が付かない場所へ向かう。
ヒュンッと言う風切り音が裏庭に響いてくる…綺麗な太刀筋をしているお蔭だろう。
ある一角に足を踏み入れると、道着姿の箒が真剣を持って素振りを繰り返している。
真剣な表情で振っているお蔭か、此方にはまだ気付いていないみたいだな。
俺は壁に背中を預ける様にして立ち、箒の稽古風景を眺めている。
今日俺が此処に来たのは、箒に専用機の話をするためだ。
…仮に銀の福音が暴走しても止めるだけの自信はある。
だが、万が一って事もあるからなぁ…。
[マスター、弱気…?]
詩沙は空気を読んだのか、コアネットワーク経由で此方に話しかけてくる。
間近で面倒見てやれるわけじゃないからな…そら、不安にもなるってもんだろうさ。
暫く待っていると、漸く気付いたのか箒は稽古の手を止めて刀を鞘に納めて此方に近づいてくる。
「おはようございます。なにか、ありましたか?」
「おう、おはようさん。今度の臨海学校の事でちょっとな」
軽く手を振って箒に応えれば、背中を壁から離して箒に歩み寄る。
箒は何の事か分からないようで首を傾げている。
「…まだ、箒には話が行ってないのか?」
「何の話ですか?」
「お前の姉ちゃんが、専用機持ってお前に会いに来るぞ」
俺の言葉を聞いた瞬間、箒はあからさまなまでに嫌そうな顔をする。
…意外だな、なんだか。
「なんだ、嬉しくねぇのか?」
「…まだ、分不相応とは思ってます」
「本音で話せよ、今は教師モードじゃねぇからな」
じっと箒を見つめると、箒は視線を彷徨わせて唇を噛み締め考え込む。
本当に腹の中をぶちまけても良いのか悩んでるって顏だな。
箒の経歴には目を通してある…重要人保護プログラムの一環で、情報を仕入れるのは大変だったけどな。
箒は大人に対して不信感を持っている…特に、俺みたいな大人の男には。
近しい存在だった千冬辺りは信頼されてるんだろうが、俺なんかは一夏づてでしか知らないだろうからなぁ…。
箒は俺を信頼する一夏を信頼したのか、重い口をゆっくりと開く。
「…専用機が欲しくない訳じゃないです。あれば、一夏の隣に立つことができる。一夏はセシリアやシャルロット達と一緒に強くなっているのに、私は訓練機で足を引っ張ってしまっている…そう、思うと…」
「専用機貰ったって同じだろうよ…そもそも、そいつ等とは操縦時間に天地の差がある。セシリアもシャルロットも、血反吐を吐く思いで技術を磨いていたからな。勿論、箒が訓練で手を抜いてる訳じゃねぇのは理解していっからな?」
セシリアは国家代表を目指すために英才教育で小さいころからISに触れ、シャルロットはデュノア社のテストパイロットをしていた関係で、休む間もなくISに乗り続けていた。
だが、箒は同じように必死に努力していたが…時間が二人に追いつかせない。
セシリアは第三世代に乗っているからと言い訳が立つかもしれない。
だが、シャルロットは第二世代…しかも、一年でトップの成績を収めている。
言い訳なんてできる筈がない。
「私が…手っ取り早く同じ立ち位置に立つには、専用機が必要だと思っています。でも、それだけでは駄目なんです。それでは憂さ晴らしの様に竹刀を振り回して大会で優勝したのと何ら変わりがない。私は一夏が誇れる女でありたいんです」
箒は真剣な面持ちで俺を見つめ、自身の胸に手を当てながら宣言するように言葉を発する。
まるで、昔の様に在りたくないと言わんばかりに。
芯の通った強固な決意の様に感じさせられる…少なくとも俺はそう思った。
「…箒、姉ちゃんに思うところあるのは分かるが、専用機受け取っておけ」
「で、ですが…!」
「高々道具だからな…貰えるもんは貰っておいた方が良いぜ?」
最初、専用機を箒に預けたら慢心しちまうんじゃないか…なんて思ってたんだが、箒の真剣な表情を見ていたらそんな考えはどっかに吹き飛んじまった。
この分ならば、箒は浮かれることなくISと向き合えるとは思う。
乗りこなせるかどうかは別問題だ。
未だに箒は未熟…専用機を持ったところでセシリア達とガチ勝負したら手も足も出ないだろう。
だが、それは直向きに努力を続ければどうにかなる問題だろうから、今は意識しなくても良いだろうさ。
「…先生がそう言うのであれば…」
「おう、姉ちゃんとの関係は…まぁ、改善する方が無理だろ…話聞かねぇし」
「…折り合いは付けるべきだとは思ってます」
束は基本的に箒を溺愛している。
だからこそ専用機を組み立てて持ってくるなんてこともするんだろう。
箒が歩み寄りを見せるだけで、束は手放しで悦ぶ筈だ。
問題は、なんで嫌われてたのかを理解してない所なんだろうが。
「話は以上だ…早くシャワー浴びて登校しろよ~」
「はい、それでは失礼します」
箒は一礼をすると、小走りで裏庭から寮の玄関へと向かっていく。
それを見送った後に懐から煙草を取りだして、ゆっくりと口に咥える。
ライターはどこだったか…と懐をまさぐっていると、詩沙が不満そうな声を上げる。
『詩沙、道具じゃない!』
「分かってらぁよ…道具つったのは機械の方だ。詩沙が道具なんて一言も言ってねぇだろうが」
詩沙は頬をぷくーっと膨らませて俺を睨んでいる。
兵器に宿る心…こうして対話が出来る以上、詩沙を道具として扱う事には気が引ける。
ましてやガキだからな…や、ロリコンとかそんなんじゃなくってだな…。
「道具だなんだって思ってたら、こうして会話できるようにしてねぇよ」
『それは、そうだろうけど…でも、つらかったもん…道具何て思われてたらヤだ…』
「俺はお前も造ったドールも…そんな風には思わねぇよ。だから、機嫌直せって、な?」
こうして、感情を見せて喋れる奴を兵器で踏みにじれるのは悪魔ですらない…ただの畜生だろう。
俺は、自分の手で生み出した物を愛している。
詩沙の心が俺を学んだ結果として生まれたものだと言うならば、間違いなく俺が海ッ出したのと同義だろう。
そんなやつを愛せない訳がない。
立体映像の頬をなぞる様に詩沙を撫でて宥める。
触れられるようにする訳にはいかない…此奴が誘拐でもされたら、ISが動かなくなっちまうからな。
其処だけ少しばかり心苦しく感じる。
『…ごめん、マスター。信じてるから、ね?』
「おう、信じてろよ。期待を裏切りはしねぇさ」
一先ず納得したのか、詩沙は立体映像を切ってコア内に引き籠る。
後で、キチンと構ってやらなくちゃな…なんて思ってると、横からライターの火が差し出される。
ありがたくその火を貰って咥えていた煙草に火を点ければ、煙をゆっくりと吐きだす。
「お父さんは苦労しているようですねぇ」
「おっさん盗み聞きかよ…タチ悪ぃなぁ…」
ライターを差し出してきた人物…轡木 十蔵は柔和な笑みを浮かべて俺の隣に立ち、煙草を吸い始める。
なんだかんだで職員会議の時間だが、千冬には出ない旨を伝えてある為俺は堂々とこうしてサボれる訳だ。
「…職員会議をサボって煙草…生徒に顔向けできませんねぇ?」
「根っからのワルなんでねぇ…なんで、こんな所で教師なんかやってるんだか…?」
「分かりやすい授業をしてるって評判良いですよ」
馬鹿でも分かる様に教えておかないと、後々重大な事故を起こしそうだからな。
特に整備ってのは重要な項目だ…人間だって体調管理をしなきゃ風邪を引いちまう。
人間なら良いが、機械はそうもいかない。
もし、整備不良で事故を起こしたら?
もし、その事故で人が死んだら?
機械を大切にするってのは、同時に人の命を守る事にも繋がっている。
だから、俺は真剣に取り組む…泣かせたくないからな。
「教師冥利に尽きるって言った方が良いかねぇ…ところで、銀の福音に関連する情報は?」
「アメリカ・イスラエル両国ともダンマリですね…手の内明かすつもりは無いようです」
「まぁ、普通に考えればそうだな」
俺は溜息をつきながら、一枚のSDカードを懐から取り出して轡木のおっさんに渡す。
「これは…?」
「…出所は秘密。中身は今俺たちが欲しがってる情報ってやつさ」
トゥーが拾ったっていうAIユニット…その中に銀の福音に関するデータが残ってたらしい。
どう考えてもこの世界の物ではないんで、情報の真偽ってのは疑わなくちゃならないが…それでも、どの程度の戦力になるかは予測が出来る筈。
万が一に備える為だったら八方手を尽くしてやる…ガキ共に尻拭いさせるつもりはないけどな。
「信憑性って点じゃ疑問を持たざるを得ねぇ…あくまでも予測程度に留めた方が良いだろうよ」
「君と言う人間はつくづく…ですが、ありがたく頂戴しましょう。織斑先生には…?」
「不安にさせるだろうから伝えてねぇ…裏方は裏方らしくしてるのが華ってもんよ」
俺はニヤリと笑みを浮かべれば、煙草を携帯灰皿に捨ててアリーナに向かう。
さて、どうなるかねぇ…?