インフィニット・ストラトス~人形遣いは夢見るか?~ 作:ラグ0109
カタカタと暗闇が支配するクーラーの効いた職員室に、キーボードをタイピングしていく音が響いていく。
言うまでも無く発生源は俺。
二日徹夜をし、三日目の夜…機体整備を終えての報告書を作成している。
この報告書を学園の整備課に提出することで、初めて訓練で再び使用することができる。
合わせて、今回の整備にかかった部品代なんかも合わせて明記しておく。
これが非常に面倒くさい。
最終的な合計金額が合っていないと、書類作成が最初からやり直しになっちまう。
な、もんだから俺はいつも以上に慎重に…そして、朝までに作り終える為に迅速に書類作成を行っている。
時々目薬を差し、眠気が来れば嫌いな珈琲を無理矢理飲み、口寂しく思えば煙草を咥える。
煙草を咥えても火が点けられないんで、意味はないけどな。
ともあれ、もうすぐ日付が変わろうとしている…冷房が効いてるお蔭で仕事の能率が落ちる事は無かった。
長く苦しい戦いの果てに、俺は漸く最後のキーを押してエンターキーを押し込む。
「だぁぁぁぁ!!終わった!終わりっ!もうやらねぇ!絶対ぇやるかこんなもん!!」
座っていた椅子の背もたれに思い切り寄りかかり、背筋を伸ばすと骨が折れるような音が響き渡る。
音が鳴り響くたびに、体が解されるような心地よい感覚が全身を支配していく。
修学旅行候補地の下見に行くのが明日…いや、日付が変わった今日の昼なんで、提出してチェックしてもらえるだろう。
全ての報告書をファイル化してUSBメモリー内に格納すれば、PCの電源を落とす。
キチンとUSBメモリーを引き抜いて懐に仕舞えば、俺は意気揚々と職員室から出ていく。
夜の学園って言うのはいつも以上に静かだ…それも夏休み中ともあれば、人が少ないと言う事もあって余計に静まり返っている。
[あ、マスター、お疲れさまー]
「マジで、それな…悪いけどあんまお話できねぇぞ…寝たい…」
[むー、構ってほしいな~]
「いや、マジで勘弁しろよ…」
仕事仕事仕事でこの三日間、詩沙とはマトモに会話をしてないし、なにより千冬の顏も見ていない。
アイツもアイツで俺に気を使ったのか、整備室で寝泊まりしていた俺に会いに来ることは無かった。
きっと、邪魔して作業が遅れる事を嫌ったんだろうがな。
ともあれ、学園での作業は終了…並行して行っていたスティーリア達も万全の状態に戻り、今日の朝には目を覚ますことになるだろう。
目覚めて早々に悪いが、俺と千冬が出張の間の学園の警備を頼む形になるけどな…。
職員室の扉の鍵を閉めて、最後に校舎内の見回りをしていく。
もちろん、校舎内には警備員が常駐しているし見回りもキチンと行ってくれている。
とは言え、人の目で耳で知覚できる事には限界がある…で、あればそれ以外のアプローチで学園を守るのが人外の役目ってもんだろうさ。
「詩沙、部分展開手首限定」
[はーい、いつもの?]
「いつものだ…ったく、この世界の締め付け厳しくなってマトモに魔法使えないってのはどうなんだ…?」
[マスター、偶に変な事言うよね?]
「気にすんな、疲れてる所為だからよ…」
第二次形態移行を境に…もっと言ってしまえば、束と明確な敵対関係になったその時からこの世界のルールがキツク締め上げられている。
まず、生身状態での魔法の使用を禁止…使用するには俺が本来の姿に戻るか、アプリストスの単一仕様能力を使用する必要がある。
一度、生身で魔法を行使しようとしたら何も起きなかった。
魔力がすっからかんでもないにも関わらずにだ…。
お蔭で水の上に立つ事すらもままならない、人間とほぼ変わらない体質になってしまっている。
ただ、俺の工房と繋がっているトランク…あれだけはルール適用外らしく、普通に機能している。
まぁ、おかげでスティーリア達の整備ができたんで何も文句はないんだけどな…。
そして、二つ目…雇い主への連絡がこちら側から出来なくなっている。
これに関しては工房経由で桜花達に連絡を取れば良いだけなんで、大したデメリットには感じてはいないんだが…。
「あぁ~、はやく寝たいんじゃ~」
[マスター、疲れすぎて壊れてるよ…?]
「大丈夫、大丈夫だ…まだ、俺は、戦える…!」
校舎内の各教室を回りながら、害意に対する結界の基点のチェックを行っていく。
俺にとっての悪意…例えば、生徒に危害を加える、混乱を生じさせようとする等の意思を持った存在に対して効果を発揮するこの結界は、よくゲームとか漫画みたいな障壁を発生させるものではない。
意図的に意識を逸らさせる程度の物だ…こう、どちらを通っても同じ時間同じ場所に行けるのに、同じ道を選び続けてたりするだろ?
そういう風に無意識的にこの場所を忌避する場所として認識させて遠ざける。
あんまり派手にやると、またルールの締め付けが厳しくなりそうだしな…。
[魔法って、なんでもできるよね?]
「何でもってわけでもねぇよ…魔法に限った話じゃねぇが、物事には対価が生じるもんだ。お菓子が欲しければ、お金を払って買うとか自分の労力を割いて作ったりするだろ?魔法も同じだ」
[魔力はお金?]
「お金になってる世界もあったなぁ…。まぁ、対価の一つだと思っておけ。例外の一つとして、人を蘇生する魔法…なんてなると魔力だけじゃ対価に合わなくなる」
具体的には、自分の命…とかな。
世の理に逆らおうとするならば、それ相応の
悪魔にゃぁ関係ないがな。
ともあれ、アプリストスの単一仕様能力じゃ行使できない魔法ではある…どこまで技術が進んでも蘇りだけはできないらしい。
「生まれて、育って、死んで…それを繰り返すのが人の世ならば、それに逆らっちゃぁ不味いわな」
[…マスター、死んだらやだよ?]
「はっ!俺を殺したきゃ神様百柱くらい連れてくるこったな」
それでも逆に返り討ちにしてやる自信くらいはあるけどな!
最後の基点を見回った後に警備室へと移動して、軽く挨拶を済ませて校舎を後にする。
あとは久々に
一年寮への道を、段々とゾンビの様な歩みになる中突如懐に入っていたスマホから着信音が鳴り響く。
…デビ○マンじゃねぇよ?
早く寝たい俺は暫く無視して歩き続けたんだが、あまりにもしつこくかけてくるん仕方無く電話を取る。
「もしもし…!?」
『ご、ごめんなさい、山田 真耶です…。その、ちょっとお願いがありまして…』
「…徹夜明けだから、手短に、まじで、お願いします、なんでもするから…」
『な、なんでも…!?じゃ、じゃなくてですね、実は――』
千冬に遠慮してかなんなのか、あまり俺に電話をかけることがない山田からのお願いを聞いて電話を切った後、俺は静かに溜息をつきつつ寮長室へ急いで戻り荷物を纏める。
どうやら、この世界…とことん俺を追い詰めるつもりらしい…。
千冬の荷物込みでトランクにぶっこみ、急いで山田が指定した店へと急ぐ。
珍しく千冬が酔いつぶれてしまい、身動きが取れなくなったから助けてくれ…というのが山田からのお願いの内容だった。
千冬が酔いつぶれるなんて言うのはかなり珍しい…。
アイツの肝臓は俺なみに頑丈で、ちょっとやそっとじゃ酩酊する事なんて無い。
過去に一緒に飲んできても、多少ふら付くくらいで意識もはっきりとしてたしな。
ここのところの激務続きで体調を崩しちまったのかねぇ…?
「すみません、ミュラー先生…」
「学園の外まで先生つけなくて良いって…悪いな、此奴の面倒見てもらって」
「い、いえ!大切な先輩ですしこれくらい!」
店に着くなり千冬が突っ伏して寝ているテーブル席へと向かい、山田と合流する。
相当飲み食いしてたみたいで、ジョッキやらタンブラーやらが散乱してる…荒れてんなぁ…。
山田は節度を守って飲んでいたのか、多少顔が赤いくらいで大して酔っぱらってはいないみたいだが…。
「なんつーか…山田さ…それで彼氏いないっての嘘みたいだよな…」
「な、なんですかいきなり!?」
山田はノースリーブのシャツにタイトスカートに黒ストと夏だから当たり前なんだが、非常に軽装だ。
そして胸に実るたわわな果実…酔っているのもあって非常に色っぽい。
そこらの男の獣欲を掻き立てるには十分な美人だ…なまじっか、普段の山田を知ってる分夜道を歩かせるのは心もとないな。
「山田、明日整備課にこのUSBメモリ提出しておいてもらって構わねぇか?タクシー代出すからよ」
「出すのは構いませんけど…タクシー代なんて良いですよ!歩いて帰ります!」
「や、なんつーか…おっさんとしては小娘が心配なのさ。いいから、タクシーで帰れよ」
小娘と言われて山田はムッとした顔をする。
代表候補生で二つ名持ち…それ相応の実力はあるだろうが、それでも念には念を押しておくべきだろうしな。
同僚が酷い目に合うのは寝覚め悪いし。
「こいつの面倒見てくれてたんだからよ、それくらいはさせろって」
「むぅ…分かりました…ありがとうございます」
「さてっと、帰るかねぇ…俺は千冬と一緒に此奴の家に戻るからよ」
少しでも睡眠時間を稼ぎたいが為に外泊である。
ビジネスホテルで一晩…ってのも構わないんだがな…近くに織斑宅があるなら、そっちで一晩過ごした方が良い。
なんつーか、第二のマイホームって気がするんだよなぁ…一夏にゃ悪いけど。
千冬を背中におぶさり、店員にタクシーを呼んでもらいつつ少しばかり多めにお金を山田に渡しておく。
「じゃ、悪いけど後頼むわ」
「はい、それではおやすみなさい」
「応、おやすみさん」
店の前で山田と別れて、夜の街を歩いていく。
深夜と言う事もあって住宅街に差し掛かるころには、非常に静まり返っている。
草木も眠る丑三つ時…俺たちを照らすのは街灯と空に浮かぶ満月くらいだ。
[チフユが酔いつぶれるのってすごいの?]
「少なくとも俺は初めて見たな…結構苦労かけちまってるし、明日は一緒に出張だし…体調管理はしっかり見てやらねぇと…」
[マスター、言ってることが…]
「…まぁ、言わんでも分からぁな…」
こう、人を我が子の様に見てしまうのは性なんだろうな…堕ちても根っこは変わらないって事か…?
とは言え、千冬は愛さずにはいられない伴侶だ…そうでなくてもしっかり世話焼いてやらないと…こいつ何時か体をぶっ壊しそうでな…。
背中で静かに寝息を立てていた千冬が軽く身動ぎする。
「あ、も…ん…?」
「お目覚めか?随分飲んだみたいだなぁ」
「…ん…あも、ん…」
千冬は俺の首に両腕を回し、しがみ付く様に身体を密着させて来る。
吐息は非常に酒臭く、ロマンの欠片もありはしない。
うわごとの様に俺の名前を繰り返し呼び、その度に俺ははい、はいと返事を繰り返す。
そのやり取りは父親と遊び疲れた子供と言った感じで、すこしばかり微笑ましい。
随分とデカい娘だが。
「…こわい、な…アモン…。わたしでは…」
「恐かねぇよ…俺が居るだろう?」
「こわいん、だ…遠ざけて、いれば…」
千冬は体を身震いさせ、温もりを求める様に俺にしがみ付いている。
…千冬は泣き言を殆ど漏らさない。
まぁ、俺に関わる様になってからは大分鉄の女からは遠のいたが、それでも泣き言弱音の類は殆ど吐きださなかった。
酒で酔っぱらってるのが原因かもしれないな…俺は静かに相槌を打ちつつ千冬の言葉に耳を傾ける。
「…わたし、は…いつまで…あいつを守れるか…わからない。にげて、にげて、にげて…漸く…だと思ったのに…」
「…俺じゃ、力不足かい?」
「ちがう、それだけは違うんだ…ただ…あの頃に、戻りたくない…だけなんだ…」
俺の首に回された千冬の両腕が、縋る様に締め付けてくる。
多少の息苦しさを物ともせずに俺は平然と歩き続け、考える。
俺が知っている千冬の過去は、世間で明かされている範囲だけだ。
当人のプライベートに土足でズカズカ上がり込んで、根掘り葉掘り勝手に調べる訳にもな…。
桜花なら把握強いているんだろうが、言って来ない辺り大したものではないと踏んでいるのか…興味が無いか、だ。
俺が情報を求めればキチンと把握している事は伝えてくる。
気にはなるが、俺は桜花の口よりも千冬の口から過去を聞きだしたく思っている。
愛しているならばこそ…そう、思うんだ。
「今が、幸せで…ただ、一夏には、思い出してもらいたくは…。私は、もうどうなっても…いい…ただ、一夏だけは…」
「馬鹿言うなよ…お前をどうにかするのは、たとえ千冬が死んでも俺だけだ…俺だけがお前を弄ぶ。誰一人として好きにさせやしねぇ…」
「あぁ…そうだな…あもん…」
例え千冬を殺さなくてはならなくなったとしても、一夏を敵に回そうとも、千冬を誰か手に委ねさせるつもりは断じて無い。
千冬を愛するのも、苦しめるのも、俺一人だけだ。
そこに他人が介入するのは我慢ならない。
エゴだろうさ…だが、愛するってことはそういう事だろう?
「フッ…骨の髄まで、だな…アモン…」
「魂の一欠片であっても俺の物だよ、千冬」
千冬は徐々に腕の力を緩め、再び静かに眠り始める。
まるで安心したかのように、千冬の体からは力が抜けきっていて人特有の重さが俺にのしかかる。
俺は少しばかり笑みを浮かべ、そして眠りたいと言う欲求を満たすために織斑宅へと急いだ。
お待たせしてしまって申し訳ない…orz
暫く一週間に一本ペースで地道に頑張っていきます…