IS~漆黒の雨と白き太陽~   作:鈴ー風

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いやー……参ったね。
久しぶりに書かなきゃと思って開いたら、もう二年も経ってたよ。いるか分からないけど、この作品を待っててくれた方々、本当にすみませんでした。

とはいえ、再開します。千冬さんにお持ち帰り(物理)されたラウラは一体どんな話を繰り広げるのか。お楽しみください。

では、どうぞ( ゚д゚)ノ


記憶『紆』余曲折

 

「まあ、とにかく入れ」

 

 あれから暫く経って、私はアパートの一室に通された。どうやら、織斑千冬と名乗るこの女性の部屋らしい。

 

「お前は話そうとしないが、何か事情があるのは察した。戻りたくないのならここに居ればいい」

 

 そう言って、織斑千冬は部屋へと入っていく。

 とは言っても、さほど広くもない部屋が幾つもの段ボールで圧迫されていて、家具も殆ど無い。生活感は皆無に等しい。少なくとも、二人で暮らせる余裕など無いだろう。

 

「む、どうした?確かに散らかってはいるが、座る場所くらいは……」

 

 入り口で立ちつくす私の目の前で、織斑千冬ががさがさと物をどかし始めた。が、狭い部屋で荷物をただどかしても、別の場所が圧迫されて結局どこかが埋まる。ただの(いたち)ごっこだ。

 ……はぁ。

 

「お?」

 

 織斑千冬の眼前の物を拾い、そのまま近くの段ボールの封を切る。

 

「ここにいろと言われても、この有り様じゃいるに耐えない。まずは片付けろ」

「ぐ、言ってくれるな……越してきたばかりでは仕方無いだろう」

 

 そう言われて、部屋をぐるりと見回してみた。

 

「いつ越してきた」

「……一昨日だ」

「では、なぜ片付けもせずに酒ばかり飲んでいる?」

 

 部屋の隅に、無造作に袋に纏められているビールらしき空の容器があることは見逃さない。故に、一瞬で確信した。

 

「……な、なんだ。人の顔をじろじろと」

「家事が苦手なんだろう?お前」

「ぐふっ!?」

 

 どうやら図星のようだ。

 

「…に、苦手なものは苦手なんだ。ここに来る前は、家事は全て弟がやっていて、私はさせてももらえなかったんだからな」

 

 何気なく。本当に何気なく言ったのであろう言葉。だが、今の私には、その言葉がとても遠く、とても眩しく……

 

 とても、憎らしい。

 

 

「………そうか」

「待て、どこに行く?」

 

 踵を返し、部屋を出ようとする私の肩を、織斑千冬が掴む。その力は存外強く、振り払えそうにはない。

 

「出ていく。別にここに留まる理由も、義理もない」

「待て、留まるために片付けようとしたのではないのか?」

「単に見るに耐えなかっただけだ。片付ける義務などない」

 

 肩を掴まれたまま、心に渦巻いている不快なもやもやを吐き出す。言葉を、感情を吐き出す度、私自身困惑を隠せない。

 

「片付けなら、その弟とやらにやってもらえばいいだろう」

 

 私は何故、こんなことを言っている?

 

「お前には家族がいるのだから」

 

 何故、こんなにも苛立っている?

 

「私とお前は、何の関係もない、ただの他人同士なのだから」

 

 何故、こんなにも胸が痛い?

 

「だから、もう……」

 

 ああ、そうか。これか。

 

「他人の私に、関わるな」

 

 ―――私は嫉妬しているんだ。織斑千冬の、彼女のいる「家族」に。

 

「………」

 

 織斑千冬は答えない。代わりに、ゆっくりと肩に込められた力が抜けていく。

 ああ、これで一人だ。

 また、一人だ。

 本当に、一人だ。

 心の中で、渇いた笑みが浮かんでくる。そうさ、私は嫉妬しているんだ。私にはない「家族」というものに。私は羨ましいんだ。私にはない、「家族」というものが。

 いくら望んでも、人でない私が到底得られるはずもないもの。そんなものを欲しがって、改めて、私はなんて弱かったんだと思う。生まれた一つの根幹が崩れ落ちただけでこの体たらくだ。

 私は―――

 

「ふんっ!」

「っだっ!?」

 

 私の頭に、渾身の拳が降り下ろされた。

 

「どうだ?少しは効いたか」

 

 両手で頭を抑え、うずくまる私の頭上からやけに得意気な声が聞こえる。…直接脳が揺さぶられる感覚など初めてだ。とにかく痛い。

 

「なっ…なにをするぅ……」

 

 理不尽な一撃に、涙を浮かべながら抗議の意を示す。が、当の本人はどこ吹く風。清々しい表情を浮かべていた。

 

「何、目の前でガキが一丁前に生意気を言っていたんでな。お仕置きしたまでだ」

 

 そう言って、握った右拳を左右に振った。

 

「…さっきも言ったが、私はお前の事情なぞ知らん。ついでに言えば、赤の他人がどうなろうと知ったことでは無い。……だがな、私はどうでもいい人間に世話を焼くほど(・・・・・・・・・・・・・・・・)聖人じみていない(・・・・・・・・)

「え…」

「自分でもよく分からんがな、あの時のお前はどこか似てたんだよ。私の愚弟にな。それで気になったんだよ」

 

 私が、似ている?お前の弟とやらに?

 

「…ラウラ、といったか。お前自身がどう思おうが、お前はまだまだガキだ。そして、私は仮にも大人だ。ガキは何も考えず、迷惑でもかけていろ。それを受け止めてやるのが、大人としての責任だ」

 

 こいつは、違う。今までの奴らとは違う。こいつは、この織斑千冬という人間は、「私」を見ようとしている。軍人としてでなく、紛い物の出来損ないでもない、何もない「私自身(ラウラ・ボーデヴィッヒ)」を見ようとしてくれている。

 射抜かれるような鋭い視線の中に、私が諦めた光を見た気がした。

 だから。

 

「わ…」

 

 手を、伸ばしてみたくなった。

 

「私、は……」

 

 手に入らないと思っていた。

 

「私は……」

 

 その、「光」へと。

 

「私は…私が、欲しい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ……言えたじゃないか」

「あ……」

 

 いつの間にか伸ばしていた右手は、しっかりと織斑千冬に掴まれていた。それはさっきのような力はなく、ただ手を添えるだけのような掴み方だった。

 

「苦しいなら、全部吐き出せ。私でよければ聞いてやる」

 

 暖かさすら感じるその言葉が胸に染み渡っていく。そうして、私は話した。私のこと、軍のこと、変色した金色の目のこと、私の、出自のことを。胸のつっかえを吐き出すかのように。

 

「……」

 

 織斑千冬は何も言わない。両目を閉じたまま、何かを考えているように黙ったままだ。

 

「……」

 

 そして、黙っていたかと思うと、おもむろに立ち上がり、部屋の隅に置かれている段ボールを漁り始めた。

 

「確かこの辺に…ああ、あった」

「何を…」

 

 続きを口にする前に、織斑千冬が本のようなものを持ってきた。これは…

 

「これは何だ?」

「アルバムというものだ。これを見ろ」

 

 そう言われ、アルバムとやらに貼られている一枚の紙切れを見せられる。そこには、今より少し若く見える織斑千冬本人と、織斑千冬によく似た少年が写っていた。

 

「この少年が……」

「そうだ。弟の一夏だ」

 

 弟だというその少年のことを語る織斑千冬は楽しそうで。余計に心が痛くなる。

 しかし、当の本人は気にも止めずにアルバムとやらをめくっていく。すると、幾枚もの紙切れの中に、ある共通点を見つけた。

 

「おい、もしかしてお前……」

「気づいたか」

 

 アルバムとやらにところ狭しと並べられたその紙切れには、様々な年代や表情の織斑千冬やその弟が写っている。

 しかし、どの紙切れにもその二人しか写っていない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 他の誰かが写っているものは、一枚たりともない。

 

「何故、お前らしか写っていない?」

「簡単なことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達にはいないんだよ、親というものがな」

 

 さらりと、息を吐くかのように紡がれた言葉に、織斑千冬の表情は笑っているようで……乾いているようにも見えた。

 

「私が中学の頃に事故で、な。二人とも忙しく世界を飛び回っていた身でな、まともに旅行に行った記憶すらない。だから、写真など残っていない有り様でな」

 

 吹っ切れた、といった様子で話す織斑千冬だが、その言葉を聞いている間、私はずっと心に激しい痛みを感じていた。心臓に直接杭を打ち込まれているかのような、がんがんと鳴り響くような痛み。道具としての、嘗ての私なら、この痛みが何なのか知るよしは無かったのだろう。しかし、曲がりなりにほんの少しとはいえ人の心を持った今の私には分かる。

 

 この痛みは、後悔だ。

 

 私は、織斑千冬の心に土足で踏み込んでしまった。誰しも辛い記憶はあるはずなのに。知られたくないことが、話したくないことがあるはずなのに。私が、身をもって知ったばかりのはずだったのに。

 思い至ると、後は溢れてくるだけだ。

 

「…お、おい」

「……すまん」

 

 私の両の目からは、止めどなく涙というものが溢れてきた。後悔で潰れそうな程苦しいのに、弁解したいのに、口が言うことを聞かない。私はただ、せめて謝罪することしか出来なかった。

 

「……顔をあげろ」

 

 そう言われ、涙にまみれた顔をあげると、困り顔の織斑千冬が頬を掻いていた。

 

「…そんなことを言わせるために見せたわけでもないんだがな。まあ、何だ」

「………?」

「あー……つまりだな、私が言いたかったのは、今の私はお前と似た境遇だということだ」

「私とお前が…似た境遇……」

「そうだ。試験管がどうのということは良く分からんが、『親』がいないということは同じだ。そして、一つだけ違うことがある。『家族がいる』ということだ」

「……」

 

 そうだ。私には家族がいない。そして、織斑千冬には弟という家族がいる。それだけは、何があっても―――

 

「―――だが、それさえも同じにしてしまえるとしたら?」

「は……?」

 

 訳の分からない発言に呆けていたら、妙にしたり顔の織斑千冬がその先を話す。

 

「簡単なことだよ……ラウラ」

 

 そう言って、織斑千冬は手を差し出す。

 

 

「私と共に住む気はないか?ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

 

 その声は、とても優しいものだった。

 

「お前と…一緒に……?」

「そうだ。血の繋がりもない、赤の他人同士だが……お前が望めば、『家族の真似事』くらいはしてやれる。仮初めとはいえ、お前に『家族』を作ってやれる。……どうだ?」

 

 織斑千冬は問い掛ける。しかし、私は、その言葉を聞くよりも先に、織斑千冬の手をとっていた。それは無意識のもので。

 

「……どうやら聞くまでも無かったようだな」

 

 それでも、繋いだ手は暖かくて。

 

「歓迎しよう。我が()ラウラ(・・・)ボーデヴィッヒ(・・・・・・・)

 

 歪む視界の中で聞いた姉の声(・・・)は、とても、暖かいものだった。

 

「よろしく、お願いします……姉、さん」

「うむ。こちらこそ、ラウラ」

 

 戦うために生み出され、全てを無くして捨てられて。

 その先で、大切なものを手に入れました。偽物だけど、とても大切で、忘れられないものを。

 

 今日。私に、『家族』が出来ました。

 

 




と、いうわけで本編とは少し違ったラウラと千冬さんの関係、どうでしょうか?少しでも気に入って貰えたら、そして続きが気になって貰えたら幸いです。

次回、記憶『羅』刹

ではまた、次回で!

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