比企谷八幡は猫である
名前は八にゃんと言う
ここ最近、奉仕部の部室には人が増えていた。
「まったく、八幡は」
そんな呆れたような台詞を口にする留美だったが、その表情はどこか嬉しそうであった。
鶴見教諭の依頼を解決、と言うよりは解決の手伝いを行った後、娘である鶴見留美がたまに奉仕部へやってくることが多くなっている。
最初の頃の留美は、雪ノ下に学校の宿題を教わりながら窓際で八にゃんが寝ている光景であったが、今では……
「本当ね、これは警戒心が無いと言えばいいのかしら。それとも、野生を忘れたと言うべきかしら」
雪ノ下はそんな事を言いながら、一眼レフカメラのレンズを八にゃんと留美に向け、次々とシャッターをきっていく。もちろん、八にゃんを起こさないようにシャッター音を、もにょもにょするのも忘れていない。
レンズを向ける先には、寝ている八幡の膝に留美が座っており、その留美の頭に八にゃんの顎が乗せられていた。その八にゃんの頭の上にも一匹の子猫が乗っており、その子猫もすやすやと眠っている。
「雪乃お姉ちゃん、後でコピーしてよ」
「ええ、分かっているわ」
すでに慣れたもので、留美は八にゃんの頭が落ちないような絶妙なバランスを取りながら、手元の本に目を落として読書をしている。そして、雪ノ下もカメラマンとしての腕がメキメキと上がっていた。
最初はピントの合し方や構図がまだまだ素人くさかったが、今やプロ顔負けの撮影技術と見る者をうならせる構図の写真が撮れるようになっていた。
それより、なによりも、音をたてず静かに動いて撮影するスキルが、非常に異常に上達していた。もう、アサシンレベルである。いや、まぁ、アサシンがどのくらいのレベルでどんなスキルを持っているか知らないけど。
一通り写真を撮り終えたのか、カメラの画面で撮影した画像を確認した後、椅子の横に置いてある自分の鞄の中から新しいメモリを取り出し、手際良くカメラのメモリと交換を終えていた。
さて、再び撮影をしようとカメラを向けると、八にゃんの二本の尻尾がいつの間にか後ろから前に移動し、留美のほっぺを両側からムニムニとつついていた。
そんな尻尾のちょっかいを留美は少々鬱陶しそうにしながら、その肌触りは格別である故にされるがままになっていた。
雪ノ下もそんな光景を逃すわけも無く、音速を越えるほどの早さでシャッターをきり始めた。
この、雪ノ下雪乃と言う少女は子供が苦手であり、子供の方も雪ノ下雪乃の事が苦手である。まぁ、クールな彼女は怖くて近寄りがたい雰囲気を醸し出しているので当然と言えば当然だ。
しかし、この鶴見留美と言う小学生はどこか雪ノ下雪乃に似ており物おじしない性格なのか、あの一件以来雪ノ下雪乃に懐いていた。
雪ノ下は初めて子供に懐かれた事に最初の頃は戸惑っていたが、今では本当の妹のように可愛がっている。そんな留美と八にゃんがこんな格好になっているのだ、雪ノ下が写真を撮らないはずが無い!! そりゃ、音速も越えますよ。
さて、八にゃんの尻尾もいつまでも同じことをしておらず、ほっぺをつつき飽きたら今度はほっぺを撫で始めた。左右から交互に、左右一緒にと緩急つけながら留美と雪ノ下を楽しませる尻尾はプロ意識が湧いていると言っても過言ではないだろう。そして、尻尾は八にゃんが無意識で動かしており、八にゃん本人は自分の正体がバレていないと思っている。
つつくのを止めた尻尾に今度は撫でられている留美は、鬱陶しそうな表情から少々くすぐったそうにしながらたまに尻尾を軽く片手で掴んで自分から頬ずりしていた。そして、雪ノ下の表情が輝いていた。
そんな撮影中、さっきまで二人を楽しませていた二本の尻尾たちの動きが止まり、ゆっくりと八にゃんの背後に戻っていった。撮影していた雪ノ下も八にゃんの耳と、乗っかっている子猫の耳が何かの音を拾ってぴくぴくと動いている事に気が付き、急いで一眼レフカメラを鞄にしまっていた。
「ふぁ~」
「ふにゃ~」
八にゃんと子猫が一緒に欠伸をして起きる姿を撮影することができない事に内心悔しがる雪ノ下であったが、さすがに口に出すことはできず冷めている紅茶と一緒に飲み下した。
どうにか八にゃんが起きる前に取り繕うことができた雪ノ下は、さっきまで読書をしていました感を纏って本に目を落としていた。留美も留美で素知らぬ顔をしているが、まだまだ雪ノ下に及ばずちょっとにやけていた。
「おはよう、比企谷君」
「ん、ああ、おはよう」
頭の上で伸びをしている子猫が落ちないように雪ノ下に顔を向けて返した。雪ノ下は八にゃんがちゃんと起きたのを確認し、本を閉じて紅茶が入っていたカップを持って立ち上がった。
「俺が寝ている間に、誰か依頼はきたのか?」
「いいえ、来ていたらさすがにあなたを起こすわ」
「私が八幡に頭突きをすれば一発で起きるよね」
そう八にゃんに返答しながら、紅茶を四人分と空のコップを一つ準備していた。八にゃんはそんな留美の言葉で、反射的に顎に手を伸ばしていた。
紅茶の準備が終わると同時に、部室にノック音が響いた。
「どうぞ」
雪ノ下が声をかけるとドアが開いた。
「えっと、ここが奉仕部であっているかな?」
部室のドアが開くと、不安そうな顔をした少女が立っていた。
「えっと、ここが奉仕部であっているかな?」
「ええ、ここが奉仕部よ。あなた、平塚先生に言われてきたのでしょ」
「あ、うん」
雪ノ下が声をかけると少女は一度頷いて、部室の中に入ってきた。
「えっと、あなたは」
「ん、戸塚か」
「え、あ、八幡」
雪ノ下が少女の名前を聞こうとしたところ、八にゃんがさえぎって声をかけた。少女の方も留美に隠れて分からなかったが、そこに八にゃんが居たことに気がついて不安そうな顔から安心した表情になった。
「比企谷君、彼女と知り合いなのかしら?」
少々睨みつけるように視線を向けながら、八にゃんに説明を求めた。同じような視線を留美も八にゃんに向けていた。
「クラスメイトだよ。あと、戸塚は男だ」
「うん、僕、男の子なんだけど」
八にゃんの言葉を肯定するように少女改め、美少年戸塚が言葉を繋いだ。その二人の言葉に、雪ノ下も留美も八にゃんに向いていた視線を勢いよく戸塚に向け、信じられない物を見るように凝視していた。
「えっと、あはは」
「疑うのも分かるが、本当だぞ」
二人に凝視されて困っている戸塚を援護する為に、再び肯定をかさねて二人の視線を自分に戻させた。
「そんな疑いの目をしても本当のことだ」
しぶしぶと言った風に二人は疑いつつ、それでも八にゃんが言うならそうなんだろうなとここは一旦落ち着く事にした。
そして、再び顔に暗い影を落としている戸塚に八にゃんは気がついていた。
場を改めて、八にゃんは戸塚に椅子を出して机を挟んで、八にゃん、留美、雪ノ下と並び、向かい側に戸塚と言う配置で座り、それぞれの前には先ほど入れた紅茶が置かれていた。子猫は八にゃんの頭の上が定位置だ。
「それで、依頼と言うのは」
「うん、さっきも僕って女の子に間違われるんだけど、その、ストーカーが……」
戸塚の話を要約すると、最近戸塚のことを女の子と間違えてスト―キングする変質者が現れたらしく、できるなら止めさせてほしいとのことだった。
「それは、警察に言った方が早いのではないのかしら」
「ん~、でも女の子と間違えているみたいだから、そこまではしたくないかな」
八にゃんは思った、それは男の子と分かればより興奮する類いの変質者には逆効果だと。てか、どっちにしろ変質者だし、その前に男の娘だと知っていてスト―キングしている変質者の可能性もあると。そんな、世界の代弁をした。
「それで、平塚先生に相談したらここに来ればいいって」
なんにしろ、戸塚は本気で悩んでいる事が分かる。これで、戸塚の力にならなければ人じゃないだろう。まぁ、猫なんですけどね。
そんな戸塚の話を聞いていた留美は、くいくいっと八にゃんの制服を引っ張った。
「ねぇ、私の時みたいにどうにかできないの?」
顔を向ける八にゃんに本当に心配そうな顔で訊ねる。
「助けてあげて」
そう、今回は自分でどうにかするレベルを越えている。これは助けるべき事案であり、助けたいと言う留美の言葉は正しい。
「そうだな」
留美に言われたからではなく、クラスメイトがそんな目にあっているのだから、
「雪ノ下、これは受けるべき案件だ」
「ええ、そうね」
まぁ、始めから見捨てる気は無い。
「戸塚君、その依頼を引き受けます」
「ほんと! ありがとう!」
ようやく、本当の笑顔が戸塚に戻った気がした。
まず、説得するにしろ捕縛するにしろ相手の事を調べなければならない。まず四人は部室を閉めた後、八にゃんを先頭に八にゃんのベストプレイスに移動した。
大きく三回手を鳴らし、八にゃんは猫たちを呼び出しそのうちの一匹の猫に話しかけ始めた。
「戸塚にストーカーが現れたらしくてな、そいつの正体が知りたいんだ。今日もおそらく出現するだろうから、それらしい人間が近づいたら教えてくれ」
たまに八にゃんは戸塚とここで昼食をとることがあり、ここにいる猫たちと顔見知りらしくすんなりと話が進んだようだ。
猫たちは理解したのか、にゃー、と一声鳴いてバラバラに動き始めた。それぞれ校門に隠れて、護衛の準備はバッチリなのだろう。話しかけた猫はそのまま戸塚の足元に移動し、自分が必ず守ると言わんばかりに凛々しく鳴いた。
「猫とお話ができるなんて、八幡ってすごいね」
「まぁ、昔から何となくできるんだよ」
褒められて少々照れている八にゃんであった。そして、そんな八にゃんにふくれっ面の留美がにらみ、雪ノ下は戸塚の足元にいる猫に目線を向けていた。
「ねこ……ねこさん……にゃー」
「んじゃ、行くか」
頭の上の子猫を下ろして全ての準備が終わり、八にゃんが号令をかけた。
戸塚と八にゃんが一緒に下校している姿を、雪ノ下と留美と雪ノ下が抱えている猫が見守っていた。
さすがにこんな状況で戸塚を一人でいさせるわけにはいかず、かといって大人数では現れない可能性だってある。できるなら今日のうちに解決してあげたい、と言うことで戸塚には八にゃんがつく事となった。
本来であれば、合気道が得意な雪ノ下の方が適役なのだろうが、それでも雪ノ下は女の子であり危険な事はさせられないと言うことになった。そしてできるなら、留美と一緒に帰ってもらいたかったが、二人とも一度乗った船を降りる気は無かったようだ。
だから、雪ノ下と留美は比較的安全だろうと言うことで少し離れて二人の後を追って、ストーカーを探す役目を仰せつかっている。
その際、八にゃんから、
「いいか、その猫が切羽詰まったように鳴いていたらすぐに逃げろよ。それを守らなきゃ強制的に帰す」
と、忠告を受け取っていた。
「雪乃お姉ちゃん、あやしい人居た?」
「いいえ、居ないわ」
いつもストーカーの気配がする所まできたようだが、二人はそれらしい人物を見つけられていなかった。戸塚が一人じゃなく、二人で下校している事で逃げてしまったのではないか、と言う考えが雪ノ下の頭に浮かんできた。
そんな、早計な判断をした瞬間に、
「ニ゛ァ゛ァ゛ァ゛ーーーーーーーー!!」
切羽詰まった鳴き声を響かせた。
その事に驚いた雪ノ下は抱えていた猫を離し、離された猫は綺麗に着地し二人を守るかのように雪ノ下と留美の背後に移動して尻尾を逆立てて威嚇を始めた。
「あれ~彩加君にストーカーしているのってあなたたちなのねぇ~」
そんな事を口にする、長身の女が二人の後ろにあらわれた。その女は、ゆらゆらと不規則に体を揺らしながら二人に近づいてくる。その口元は不気味に笑い、人間と言うよりはお化けや、都市伝説に出てくる怪人と言った方がいいだろう。
「そんな娘たちにはお仕置きしないとねぇ~」
本当に、どこから聞こえてくるのか分からない、不気味で不快感を感じさせる声が二人の脚をすくめさせている。一刻も早く逃げなければならないのに、肝心の脚が動かずその場にへたり込んでしまいそうだった。
女は持っている鞄の中から、大きな大きな鋏を取り出した。童話でオオカミの腹を割くために使った鋏を思い浮かべてもらえればいいだろう。後は、某殺人鬼一族の針金みたいな長兄の武器を思い浮かべてほしい。てか、知っているならそっちでお願いします。
その異常に気がついた八にゃんは急いで二人の元に駆け寄ってきているが、どうにも最初の位置が悪く女の方が先に二人の元についてしまいそうだった。
だから、
「頼むぞ!!」
大勢いる仲間に頼る。
八にゃんが叫ぶと、四方八方から猫の大群が女に体当たりを仕掛けていた。鋏を避けての不意打ちの体当たりだったので、一匹もケガをする事無く女を囲むように猫たちは着地した。その時間稼ぎのおかげで、八にゃんは二人の元に間にあった。
「大丈夫か」
「え、ええ。これくらいは」
そんな事言っている雪ノ下だったが脚が震えており、かなりの恐怖だっただろう。
「…………」
留美に到っては、無言で八にゃんに抱き付いて今にも泣き出しそうなほど怖かったみたいだ。
「もう大丈夫だ。後は、俺がやる」
留美の頭を撫でて背中を優しくたたき、雪ノ下の頭にポンッと手を乗せて追いついた戸塚に二人を任せた。
「あ、彩加君。なんでそんな娘たちを庇うのかなぁ~。その娘たちが彩加君のストーカーなんだよぉ~」
女は狂ったようにケタケタと嗤い始めた。そんな女の姿に、戸塚は顔を真っ青にして何も言葉が出なかった。
「戸塚、俺に任せろ」
そんな戸塚の様子を背中で感じ、安心させるような声をかけた。
「……うん、信じてるよ八幡」
八にゃんの邪魔にならないように二人を連れて距離を取った。距離を取るのと同時に猫たちの一部が三人の護衛としてついていき、残ったのは八にゃんと、女を囲んでいる猫たちだった。
「ねぇ、なんでいっちゃうのぉ~」
女は八にゃんも猫たちも眼中にないのか、戸塚に向かって一歩足を出す。
「行かせねぇよ」
手の動作で猫たちを避けさせ、八にゃんは女の脚めがけて鋭い蹴りを繰り出した。相手の機動力を削ぐのは定石である。
「もう、なんで邪魔するのぉ~」
そんな、八にゃんの蹴りをバックステップで華麗にかわした。普通の人間じゃかわせるような蹴りではなかったのに、だ。
「ちっ、やっぱり『マジリモノ』か」
この世界には別に、猫又だけがいるわけじゃない。
人間の世界に表と裏があるように、世界の闇に住むモノたちがいる。猫又のような妖怪しかり、この女のような『マジリモノ』しかりだ。
その『マジリモノ』とは純粋な妖怪とは違い、都市伝説の元となった一族と人間との混血児のことである。
だが、闇に住むモノは基本人間の世界では問題を起こそうとはしない。それは人の世界で生きるためであり、人間がいなければ自身の存在を固定しきれないからだ。観測者が居なければ、それは存在しないモノになってしまう。
この女のように襲ってくるモノは稀なのだ。
「見るからに口裂け女系のマジリモノくせぇな」
女は見た感じと身体能力から、口裂け女系の一族の血を引いていると推測できた。
「めんどくせぇ」
「ちょっきん、ちょっきん、ちょっきんなぁ~」
持っている鋏を開閉させながら、八にゃんに向かってゆっくりと近づく。三日月のような口から楽しそうに声が聞こえる。
「…………はぁ」
そんな中、八にゃんは構えを解いてだらんと両手を下ろした。
「まったく、遅いですよ」
片手を腰に当て、ため息をついたから、
「先生」
「衝撃のっ! ファーストブリットおおぉぉぉぉ!!!」
唐突に現れた静にゃんの拳は吸い込まれるかのように女のわき腹に突き刺さり、女はブロック塀にぶつかって完全にノック・アウトされていた。
「ふむ、すまなかったな。教頭の話が長かったのだ、許せ」
「ま、来てくれてよかったですよ」
実はこんな状況を想定し、頭に乗っていた子猫にメッセンジャーとして静にゃんに伝言を頼んでいた。
「さて、こいつは私が連れて行こう。なに、安心しろ、ちゃんと教育しておく。これでも私は教師なのでな」
豪快に笑う静にゃんは、気絶している女から鋏を取り上げ、片手で担ぎあげたかと思うと何でも無いかのように歩き出した。
「ああ、そうだ。お前も少し鍛えておいた方がいいな」
「まぁ、考えておきますよ」
深く息を吐くと、
「さて、迎えにいかないとな」
八にゃんはその場にいた全ての猫を引き連れ、ちょっと離れた場所にある路地に曲がると、ギョッとして目を向ける三人がいた。
「よ、よかった八幡だ」
「八幡ケガない!」
「無事だったのね比企谷君。よかったわ」
雪ノ下と戸塚は安堵し、留美は駆け寄ってきた。
「ああ、平塚先生がやっと来てくれてな」
「いつの間に連絡していたのよ、あなたは」
飽きれてはいるが、それよりも八にゃんが無事な事が大切で優しく笑っていた。
「それで、女の人は」
その戸塚の言葉で二人の表情もこわばっていた。
「先生が連れていった」
「じゃあ、もう大丈夫なんだね!」
「ああ、安心して良いぞ」
それを聞いて、戸塚だけじゃなく二人も憑きものが落ちたように体の力が抜け、安堵の表情を浮かべていた。
「んじゃ、いつまでもここにいても仕方がないから帰るぞ」
そう言うと雪ノ下が八にゃんに手を差し出した。
「比企谷君、手を貸してくれるかしら。安心したら立てなくなってしまったわ」
まぁ、そうなっても仕方ない。
「……分かったよ、ほら」
「ありがとう」
雪ノ下が八にゃんの手を借り立ち上がると、少し顔を赤らめていたのが見え、留美はそんな雪ノ下の制服を引っ張った。
「雪乃お姉ちゃん、抜け駆け」
「あら、何のことかしら」
「むぅ……」
むくれた留美は、今度は八にゃんの制服を引っ張り、
「疲れちゃったから、おんぶして」
「……分かったよ、ほら」
しゃがんだ八幡の背中におぶさった。そんな留美の表情は、ちょっと勝ち誇っていた。
猫たちは翌日の餌を約束してそれぞれ自分の場所に帰っていった。
戸塚と留美を送り届けた八にゃんは今、雪ノ下が住んでいるマンションの前まで来ていた。
「すげぇとこに住んでんだな」
「親が決めた所よ。私が決めたわけじゃないわ」
「それでもだ」
「そう」
そんなやり取りでも雪ノ下は楽しそうに話す。
「んじゃ、俺も帰るわ」
「ええ、お疲れ様」
「ああ、お疲れ」
雪ノ下は八にゃんが見えなくなるまでマンションの前で見送っていた。完全に見えなくなるとマンションの中に入っていった。
「ふ~ん、雪乃ちゃんがあんなに楽しそうに笑うなんてねぇ」
「どういたしましょうか」
「別に何もしなくていいわよ。ふふふ、面白くなりそう」