ラブライブ!~Miracle and Track~ 作:K-Matsu
「あかん!!遅刻するー!!!」
最近穂乃果たちは神田明神での朝練ではなく、学校の屋上でのダンス練習をやっているため、いつもより比較的ゆっくりできる。
でも、ゆっくりしすぎて遅刻しそうになっていて現在オレは愛車であるロードバイクを全力で漕いでいた。
時々ロードで車道を走ってる乗用車を越していくので運転手さんはビックリした表情をしたりしているが、そんなのにかまけてる余裕なんて無い。
そうして何とか学校に辿り着き、ロードバイクを駐輪場に置こうとした所でスマートフォンが鳴った。
ディスプレイに表示されていたのは見覚えのない番号だった。
最初は何かの間違い電話かと思ったが、一向に切れ無かったので警戒心を高めて電話に応対する。
「はい、もしもし?」
『もしもし?壮大くん?うちや、東條 希や』
何と電話の主は東條さんだった。
「東條さん?何かあったんですか?」
『落ち着いて聞いてな?えりちが学校から脱走したんや』
「へ?」
今オレの顔を鏡で見たら、鳩が豆鉄砲喰らった顔になっているはずだ。
絢瀬さんが学校から脱走した?
何で?忘れ物を取りにとかじゃなくて?
「あのー…、話が全っ然掴めないんですけど…」
オレがそう言うと東條さんは事のあらましを教えてくれた。
絢瀬さんが臨時でμ'sのダンスコーチになったこと。
諦めさせようとしていた絢瀬さんだったが、メンバーが絢瀬さんの練習メニューに着いていったこと。
そして始業前、絢瀬さんと東條さんは口論になってしまったこと。
それが原因で絢瀬さんは、走って何処かへ行ってしまったこと。
オレは、その間黙って聞いていた。
何かチャイムが鳴ったような気がしたけど、今は話を中断するべきではないと悟ったオレはずっと東條さんの話を聞き続けた。
『……と、いう訳なんや』
「……東條さん?」
『ん?』
「オレもまどろっこしい話は好きじゃないんで、単刀直入にお聞きします。
『っ!!』
電話越しに息を飲む音が聞こえてきた。
東條さんには悪いが、我ながら意地の悪い質問だと思う。
μ'sのお手伝い役だの何だのと言っているが、それはあくまでオレが時間が取れる時の話だ。
オレだって学校に通って、部活もやる。
やることをやった上で手伝いも行ってる。
つまり、自分優先になったらμ'sの事だって平気で後回しにだってする。
それがたとえどんな状況であっても、だ。
さぁ、東條さん……。
「もう一度聞きます。あなたはオレにどうして欲しいんですか?」
『えりちを、うちの一番の親友を
東條さんは躊躇いもなく助けて欲しいと言い切った。
「分かりました」
『え?』
「東條さんのお願いとなら、聞かないわけにはいきませんね。というわけで今から絢瀬さんを助けに行ってきます」
そう言ってオレはまた、ロードバイクにまたがった。
『ちょっ、今から!?学校はどうするん!?』
電話からは慌てふためく東條さんの声が聞こえる。
「学校ですか?大会や代表合宿とかで常に誰かいませんから大丈夫ですよ。それに……、」
『それに?』
つい最近テレビのCMでやってたけど、これって今言うべきタイミングじゃないかなーって思ったから東條さんに言い放った。
えっと確か…、
「誰かを助けるのに、理由がいるかい?」
だったかな?
するとそれを聞いた東條さんが笑っていた。
『あっはっはっは!!!なんや、松宮くんって面白いなー!』
「なぁっ!?だからって笑うことないじゃないですか!!」
『だって……!いつものキミらしくないんやもん!』
むー…。言わなきゃよかった。
だんだんこっ恥ずかしくなってきたので叫ぶ。
「あー!!もう!」
このままだと一向に話が進まないからオレは強引に話を戻した。
「東條さん」
『うん?』
オレは真面目なトーンで東條さんを呼ぶと、その声に反応した東條さんは返事を返してきた。
「あとは、任せてください。必ず絢瀬さんを救ってきます」
『……うん。えりちを、よろしくね』
オレはスマートフォンの電源を切って、ロードバイクのペダルを踏み込んだ。
~Side 絢瀬 絵里~
「はぁっ……!はぁっ……!!」
音ノ木坂から随分遠いところまで走ってきてしまった。
今から帰ろうにもすでに授業が始まっている頃だろう。
私はすぐ近くの公園に入り、ベンチに腰掛けた。
公園の遊具は随分と塗装が剥げたり、錆び付いていたりしている。
幼かった頃は遊んで笑って、ケンカして泣いて、仲直りしてまた笑って…。
そんな単純な毎日だった筈なのに、何もかもが楽しくてしょうがなかった。
だけど…。
何時からだろう…、誰かのために頑張らなきゃと思うようになったのは…。
何時からだろう…、単純だけど楽しかった毎日が代わり映えのしない日常に感じてしまうようになったのは…。
何時からだろう…、責任感に押し潰されそうになり、やりたいことをやりたいと言えなくなってしまったのは…。
「はぁ……」
思わず溜め息をついてしまった。
「私、どうしたらいいのかしら……」
「あなたが抱えるその思いを、そっくりそのまま言葉に乗せればいいんじゃないですか?」
一人言のつもりで言ったのに聞いている人がいるなんて思っても見なかったから、つい声が聞こえた方向を振り向いた。
「おはようございます、絢瀬さん。調子はどうですか?」
「松宮くん……!?どうしてここに!?それにあなた、学校はどうしたのよ…!!」
立華高校の制服姿で、汗だくになったのか上着のボタンを全開にして自転車を押してくる松宮くんの姿があった。
「それ、今のあなたが聞きますか?」
と、呆れるように答えた。
そう言えば私も松宮くんと同じ状況で、人のことを言えるような立場ではなかった。
「どうしてここに?と聞かれましたが、東條さんが『うちの一番の親友を助けて欲しい』と一報を頂きましてここに来ました。いやー、探すのに苦労しましたよ」
と言いながら私から少し距離を置いて座り、勢いよくボトルの中身を飲み始めた。
もう、希ったら…。
でも、少し引っ掛かるところもある。
「どうしてここだと分かったのかしら……?それに学校はどうしたのよ?」
すると、松宮くんは持っていたボトルを口から離した。
「直感……、ですかね?」
「直感?」
予想もしなかった答えにオウム返ししてしまった。
「制服を着ている状態だと、人目につくところにはまず行かないだろうと思いましたのでゲームセンターやファーストフード店から除外されます。そこで人目に憚らず落ち着ける場所となると人がいない公園、さらに学校の近くだと見つかるかもしれないという理由で除外。以上の要素を元に音ノ木坂学院から離れていて人気が少ない公園を順に回ったという訳です。あと学校には『登校途中でパンクして修理に出しているので遅れます』って言っておいてます」
全く、呆れた…。
そんな方法で、しかも私を探すために分かりやすい嘘をつくなんて損にも程があるじゃない…。
希も松宮くんもお人好しにも程がありすぎるわ。私なんて放っておいてもよかったじゃない…。
そんなお人好し『だからこそ』、なのかもしれないわね。
「……ごめんなさい」
そう思っていた私は、気付けば彼に謝っていた。
「……いきなりどうしたんですか?オレ、何か謝られるようなことしました?」
「一杯あるじゃない。ファーストライブの時やこの前の理事長室で見かけた時…、それに今この場面もそうじゃない。キミには迷惑かけてばっかりで……」
すると彼は、申し訳なさそうな顔つきになっていった。
「いやぁ…、ファーストライブの時はこっちも大人げなかったっす。今だって反省してるんですからね?」
「あら?そうなの?てっきり私の事嫌いだからあんなことを言ったのかと思ったわ」
「まっさか!絢瀬さん程の美人さんを毛嫌いするなんて事あり得ないですよ!むしろ結構好みですし、ストライクゾーンに余裕で入ってますよ?」
彼が言ったことを聞いて、私の顔はどんどん熱くなっていく。
まさか私みたいな人が好みだなんて…。
すると、自分で何を言ったのか理解した松宮くんもドンドン顔が赤くなっていった。
「あぁぁぁあ!!何を言ってんだオレはぁぁあ!!?」
頭を抱えて地団駄を踏む少し間抜けな彼を見ていて、何だか笑えてきた。
「フフッ…、あなたって意外と面白い人なのね?」
「うぅ…。オレもうお婿に行けない……」
赤くなって涙目になっていた彼が、いきなり真面目な顔になった。
「絢瀬さん。何でオレが陸上を始めたのか知りたいですか?」
そういえばこの人は、こう見えて東京都内ではそこそこ名の知れた短距離選手だ。
実際のレースは見たことはないが、新聞やインターネットの特集記事にもなるくらいの選手だということを最近知った。
そんな人が何故陸上を始めたのか、少し興味が出てきた。
「一応参考までに聞かせて貰おうかしら?」
「小さい頃に見た『最速』っていう単語が純粋にカッコいいと思ったからです」
いかにも男の子らしい理由だった。
でもなんでこんな話題を持ちかけてきたのかしら?
「よくいるじゃないですか。友達がやっていたから野球を始めたプロ野球選手や小さい頃両親に連れられて見に行ったサッカーの試合で感動して『僕もあんな選手になりたい』と思って始めたサッカー選手とか…、何か物事を始めるのってそんなシンプルな理由なんですよ?」
シンプルだけど、的確に私の心を優しく包み込むような言葉。
とても暖かくて、柔らかくて…。
そんな彼の言葉が真っ直ぐに届いた。
「私、生徒会長なのよ?学校の責任は……」
「理事長にあると思いますよー?生徒会長はあくまで生徒の代表です。だから絢瀬さんまで責任を感じることはないと思います」
「生徒会と部活動、両立できるかしら……?」
「出来ます、絢瀬さんなら。もし骨だけになったら拾ってあげますよ」
「今さらアイドルやりたい、仲間に入れてくださいってあの子たちに言ったら怒るかしら……?」
「もしそうなったらオレも一緒に頭下げますし、穂乃果たちはそんなことで怒るような奴らじゃないですよ?」
私が抱えている不安を、彼はズバズバと切り捨てていく。
その過程で、私が悩んでいたのはほんの些細な事なんだと実感させられた。
「……はぁ、何だか悩んでたのがバカらしくなってきたわ」
「それならよかったです」
「じゃあ、私は学校に戻るわ。松宮くんは?」
「オレも戻りますよ。関東大会も近いですし、練習しないといけませんからね」
彼はちょっと嫌そうにだけど、学校に戻ろうとして自転車に跨がった。
「松宮くん……、いや、
公園から立ち去る際、彼を名前で呼んだ。
私に背を向けていた彼は、上半身だけを捻って私の方向を向いていた。
「ありがとう!」
「いい報告、期待してますよ!
彼は拳を私の方に向けて、満面の笑みで笑っていた。
Side out
オレは絵里さんが見えなくなったのを確認してから、電話をかけた。
『はーい、もしもーし?』
「東條さん?オレです、松宮です」
電話の相手は東條さんだ。
『どう?上手くいった?』
「えぇ、ミッションコンプリートってやつです。たった今絵里さんが音ノ木坂に向かいました。というか東條さん、今授業中じゃ……?」
『ええやん、別に。こんな晴れた日に教室に閉じ籠って勉強なんてやってられないやん?』
どうやら音ノ木坂学院の生徒会ツートップ揃って授業をサボったようだ。
何もあなたまでサボる必要ないじゃないですか……。
「それで、どうするんです?いっそ『名付け親』の東條さんもメンバーに入ります?」
『……いつから知ってたん?』
「最初からですよ。穂乃果たちの回りで一番神話に詳しそうなのはあなたしかいないですから」
なんたってスピリチュアルな人だし…、それとは関係ないか。
『ほんならえりちが帰ってきたら、うちも穂乃果ちゃんたちに頼んでみようかな?』
「それがいいと思います。穂乃果たちならきっと歓迎すると思いますよ?」
『それと、今えりちの事名前で呼ばんかった?』
「いいじゃないですか。なんなら東條さんも名前でお呼びしましょうか?の・ぞ・み・さ・ん?」
『なーっ!!』
どうやら希さんはからかうのはいいけど、からかわれるのは慣れていないようだ。
「希さーん、オレもう学校に戻りますねー。絵里さんの事はよろしくお願いしまーす」
『ちょい待ち!話はまだ……!!』
オレは通話を終了させ、余計な追撃がやって来る前にスマートフォンの電源を切った。
そしてロードバイクのペダルを再び踏み込み、学校へと戻っていった。
その途中で、何気無く空を見上げた。
それはμ'sの新たな出発をささやかに祝福するように、どこまでもどこまでも蒼く澄み渡っていた。
これにて第2章『集まり出す女神たち』の本編は終わりです。
次回は第2章の後日談をお届けします!