お目覚めは湖にて
頭を打ったのか。後頭部に痛みを感じる。体全体に日が当たっているのかとても暑い。今日は何曜日だったか・・・。しかも体に違和感を感じる。
そう思いながら起き上がってみた。目の前には巨大な湖があって、その中央付近だろうか、ここから離れた向こう側には霧がかかっている。そして後ろには左右まで視界から外れるほどに巨大な森が広がっている。ここはどこだろうか。
それよりも感じたことだ。体がやっぱりおかしい。
自分の足からお腹まで手で触りまわした。人の黒い髪の毛にプニプニと弾力のある肌、指についた硬い爪、人間の体・・・やっぱり私は人になっている。確か私は・・・楽器で自身で動くことができなかったモノのハズ・・・。なぜこんなことに・・・。
それよりも今は自分の状況を理解しなければ・・・というか・・・私は主人様の家にいたはず・・・おかしい、主人様と家族の記憶しかない。どうしたものか。
私が頭を抱えて悩んでいると、後ろから突然声が聞こえて来た。
「あら、見ない顔ね。どなたかしら」
後ろから聞こえてきた声は、一般的な女性の声で、後ろにいるはずなのに顔をみたらしい。そんなことを言ってきた。とりあえずここがどこか聞ける。
振り返るとメイドの格好をした銀髪の女性がいる。肩にかかる程度の髪に顔の左右で三つ編みかな?をして緑色のリボンで結んでいる。しかも私の目で見る限り普通に美人だ。そんな女性は腕組みをして冷徹に私を見ている。
「あの、ここはどこですか」
「ここは幻想郷の霧の湖よ。あなた名前は?」
は?幻想郷?そんな地名聞いたことない。とりあえず質問に答えてもう少し詳しく聞いてみよう。
「コルノです。幻想郷って日本のどこらへんですか?」
そう、一応日本語が通じている以上日本の中のはずだ。それさえ分かれば帰れる。大丈夫、日本の地図と方角はしっかり頭の中にある。
「は?日本?幻想郷は幻想郷でしかないけど、あ、もしかして外の世界のことかな。あなた迷い込んだのね。いや・・・でもあなた強い妖力を感じるし・・・」
そう言ってメイドさんは一人で考え始めてしまった。外の世界って・・・いや、外国にしてはこの単語は合わないし・・・どう言う意味だろうか。
「あの、メイドさん・・・外の世界ってどう言う意味ですか」
メイドさんは私の声に反応してか視線だけ向けてきた。
「ああ、幻想郷は結界の中にあって、その結界の外側の世界のことを外の世界って言うの。それよりあなた、ここに来る前に記憶とかないの?迷い込んだ原因がわからないわ」
もうわけわからん。とりあえずここは幻想郷という結界の中の世界で、何かが原因でその中に迷い込むことがあるらしい。私の知識の結界というのは、目に見えない幽霊やなんやらを遠ざけるための壁だと覚えている。人間や物にまで効果があるのか・・・。
「主人様が泣いている時の記憶しかないです」
主人様という単語に反応したのか、パッと私を見る目が一瞬で変わった気がする。
「あなたメイドだったの?そうならご主人様泣かしてる絵面はなんともシュールだわ」
「え、あ、いやメイドではなくて・・・私は・・・そう、私は楽器で、私を使ってくださった人のことです」
何かに気がついたか、手をポンと打ち合わせて納得が行った顔をしてくれた。
「わかったわ!あなた忘れられたのね。幻想郷は迷い込む以外に外の世界で忘れ去られたモノが行き着く先でもあるのよ」
楽器が人間になったことのほうがビックリな気がするが、私は忘れられたモノらしい。主人様に忘れられたのか・・・ショックだ。
「帰れないんですか?私もう忘れられたまま生き続けるんですか?」
なんとか帰る余地を聞いてみる。
「帰ってもあなたを知る人はいないし、帰ってもあなたのご主人様にまた会えるかもわからないわよ?それならこの幻想郷で、新しい生活をしたら?意外と楽しいものよ?退屈はしないし面白い人ばっかりだから」
主人様に会えるなら帰りたい。というか気になった今の日付だ。
「帰れるなら帰りたいです。今何日ですか?」
メイドさんはキョトンとして返してきた。
「日付なんて気にしないわ。桜が咲けば花見をして暑くなれば薄着をして、山が赤くなれば冬の準備をして、雪か寒くなれば厚着をするまで、きのみきのままに過ごしてるわ」
どうやら私の生きた世界とはちょっとズレてるらしい。普通が普通じゃないみたいだ。
「そうなんですか・・・どうやれば帰れますか」
「知らないわ。巫女のところに行けばなにかわかるかもしれないけど・・・あなた妖力を感じるから、見つけ次第攻撃されるかもしれないわね。とりあえず屋敷に来る?運が良かったら巫女と親しい中の魔法使いに会えるわ」
とりあえず、巫女は危険人物らしい。人間なら怖がる必要がない気がするが、とりあえずメイドさんの言葉に甘えて屋敷にお邪魔しよう。それに危険な巫女さんの親しい人に会えるなら一石二鳥だ。交渉もできるはずだ。でも気になるな。魔法使い?こっちのほうが私の中の知識上恐ろしいものだ。
「あ、じゃあお邪魔させていただきます。お願いします」
メイドさんは険しかった表情を崩して微笑みかけながら、腕組みも解いて言った。
「そう、分かったわ。私は十六夜咲夜よろしくね。そういえばあなた外の世界から来たのなら、空は飛べる?意識するだけで飛べると思うんだけど、あなたの妖力的に」
さっきから妖力、妖力って言われてるけど私は人じゃないのか?私自身が怖いわ。しかも空飛ぶって・・・このメイドさんも人じゃないのか!?もう本当にわけわからん。
とりあえず努力だけはしてみよう。少し意識してみた。
「飛べないです」
まぁ、結果はこうだ。
咲夜さんは「そう」と言って、私の後ろに回って腰らへんを掴んできた。どうするつもりだろうか。
「さぁ行くわよー」
「おわ!?」
体が浮き上がった。とても不思議な感覚だ。通常空から吊るされる感じって体重が下に行って怖い感覚なのだが、全然そんな感覚がないし、むしろ私の重力が消えた感じがする。鳥ってこんな感覚を受けているのだろうか。
そんなことを考えてる間に前進しだして、湖の上を飛び始めた。
湖の上を横断する感じはとっても不思議、楽器だった頃は動かせなかった体が動かせる。ところで私の元の体はどこにあるのかちょっと考えようだ。意識だけがこの体にあるのか、楽器という体自体がこの人間の体なのか。主人様のように楽器を吹いてみたいっと思うものだ。
少し下を向いて考えていると霧の中に入るらしい。視界の端から白い煙が入ってきた。もう真っ白だ。前は見えない。屋敷ってどんな場所だろうか。これを抜けたら見えるのだろうか。
そんなことを考えながら、霧の中を行くのだった。