天狗の長となるものよ   作:ミートソーサー

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嗚呼、旅立ちの日よ

 命知らずの阿呆。彼を言い表すならば、そう言うのが一番しっくりきた。

 

 数多の妖怪が住む山。そんな山に住むカラス天狗の男。漸次(ぜんじ)は毎日に飽き飽きしていた。

 天狗は規律を重んじる妖怪で、この山の中ではトップの権力を握っていた。カラス天狗は数いる天狗の中でも、大天狗、鼻高天狗に次ぐ、三番目に強い力を持つ天狗だ。漸次はそのカラス天狗の中で最強。天狗全体で見ても五指に入ると言われるほどには強い天狗だった。かといって、漸次は別に強い権力を持っているわけではなかった。

 主な理由は二つ。漸次が生まれてから五十年もたっていない若い妖怪であること。カラス天狗であることだ。

 天狗社会では自身の生まれというものは、そのまま社会の地位へと直結する。カラス天狗である漸次はどうあがこうとも、上の二種族の部下であることしかできないのだ。

 しかし、漸次はそんなことに納得できるような奴ではない。いつだって彼は、生まれだけで威張り散らす上司たちと衝突しては、長である大天狗から処罰を受けていた。

 規律が大事なのは理解できる。しかし、彼は進化を拒んだ閉鎖的なこの山の社会が、どうしようもなく嫌いだった。

 

「はっはっは!また何かしでかしたのかい漸次ぃ!!」

「まりさん!」

 

 今日もまた上司とけんかして、大天狗さまから罰として縛られてほっぽり出されていた漸次のもとに、河童のまりがやってきた。彼女は山の中では珍しく、立場を気にせずに漸次に話しかけてくれる存在だった。

 

「で、今度は何をしたんだい?」

「あんまりにもくそ長野郎(漸次の上司の鼻高天狗)がむかつくもんで、落とし穴にはめてやっただけですよ」

「天狗が落とし穴に落ちるか。傑作だねそりゃ!」

「落ちる瞬間に慌てふためいたあいつの顔。まりさんにも見せてあげたかったですよ。……そうだ!今度やるときはまりさんの見てる時にします」

「そいつは…楽しみにしてるよ」

「…ところでまりさんこれほどけます?」

「大天狗が直々に呪術をかけた縄だろう?あたしには無理だね」

「……ですよねー」

 

 もぞもぞと動いて縄の拘束から抜け出そうとする漸次だったが、結局あきらめてぐでっと体から力を抜く。

 

「あのじじい……いつかぜってーぎゃふんと言わせてやる」

「やめときなー。あのひと、ここ山のながーーい歴史の中で最強の天狗らしいから」

「ふん!最強は俺ですよまりさん」

「まあ確かにあと三百年ぐらいしたら勝てるかもね」

「ふふん。そうでしょうそうでしょう」

「ま、頑張りな」まりは立ち上がった。「じゃ、私は河童会があるから」

 

 びしっと指でさらばのサインをして、まりは歩き出した。

 

「え、ちょ、ちょっまって下さいよ!俺このままですか!?」

「修行と思ってその縄引きちぎることだね」

 

 はっはっは、と豪快に笑いながらまりは去って行った。後に残された漸次は、「マジかよ…」とだけ呟いた。

 

 まりが立ち去ってから十五分ほどして、何とか縄を引きちぎってやろうとする漸次に、ふと声がかかる。

 

「ふん!!おら!!!くそ!!!」

「あのー、漸次様?大丈夫ですか?」

「ん?」

 

 声のした方に顔を向けると、そこには漸次の部下である白狼天狗の楓が立っていた。白狼天狗は天狗の中では立場の低い方であるうえ、楓は気が弱く若かったので、取り分けて立場が低かった。それでも彼女の気遣いができるところや、無能な上司たちよりよっぽど思慮深いところが漸次は気に入っていた。

 

「おお!楓!いいところに!!これ!これほどいてくれ!!!」

「ええ…でも……それ大天狗さまの罰ですし…勝手にほどいちゃいけないと思います」

「頼むよ~後生だからさ~」

「ええー……」

 

 びくびくとした様子で、楓は漸次を縛る縄にふれた。すると目に見えて縄にかかっている呪術の力が弱まり、何とか漸次でも引きちぎることができた。

 

「いや~ありがとう楓。正直さすがにしんどくなってきてたんだ」

「漸次様。私がほどいたってことは……」

「わかってる。誰にも言わん」

 

 安心したように楓は表情を緩めた。

 これこそが楓が有する能力『あらゆるものを弱める程度の能力』である。

 妖怪は生まれつき種族ごとに特殊な能力を持っている。たとえばカラス天狗ならば『空を飛ぶ程度の能力』や『妖術を扱う程度の能力』がそれだ。

 しかし、中には種族としての能力のほかにも違う能力を持って生まれてくるものがいる。それが楓なのだ。

 今回彼女は自らの能力を使い、縄の呪術を弱めたのだった。

 種族として以外の能力を持たず、大きな妖力と圧倒的な戦闘センスで天狗の実力者となった漸次にとって、楓の力は羨ましいものだった。

 

「なあ楓」

「はい?」

「お前は今の立場に不満とかないのか?」

「ええ!不満なんて…そんなのないですよ…」

 

 困ったように言った楓に、漸次はさらに質問を続ける。

 

「なんでだ?実力……いや有用性かな。それで言ったら楓は俺の知ってる中でも上から十番以内に入るぜ。それなのに満足なのかずっとこれからも哨戒で」

「ええっと、褒められるのはうれしいですけど……買い被りです。私は弱いですし、能力だって私のほかに持ってる人もいっぱいいます。それに……」

「それに?」

「私は白狼天狗ですから」

 

 白狼天狗だから仕方ない。つまり彼女はそう言っていた。

 なんだかその言葉がひどく悔しくて、漸次は俯く。

 確かに、天狗社会の格付けは根拠なしにされているものではない。実際に権力を持つ種族ほど高い妖力を持っていたし、特殊な能力を持つ者の割合も高かった。大天狗に至ってはこの山に住んでいる者の全員が能力持ちだ。

 確かに漸次の上司にあたる種族は強い。だがすべてのものが漸次を上回ってはいない。

 ――強いものが支配する。

 妖怪たちの絶対的な法則が乱されているような気がした。

 

「……俺の命は…俺のものだ…」

「え?」

「ありがとな、楓」

 

 楓が聞き返す間も与えずに、漸次は立ち上がってその場を後にした。

 

 事件が起こったのは、その次の日であった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 やけに静かだ。まるでそこに誰一人として存在などしていないかのようだった。

 だが、確かにいる。その広い部屋には二人。部屋の外には気絶しているが五人。

 広い部屋の中にいる二人。一人はこの山最強のカラス天狗である漸次。もう一人はこの山で最強である大天狗、山王 蓋隆天(さんのう がいりゅうてん)その人である。見た目は老いているが、三メートルに届くかというその体からは恐ろしいほどまでに洗練された妖気が発せられていた。

 山王はその手に持った杯の酒を一気に飲み干すと、口を開いた。

 

「で、漸次よ。外にいる者たちをのしてまでわしに会いに来た理由とはなんじゃ?」

「……じじい…俺はこの山を出るぜ」

「ほう……それはこの山の掟を知ってのことか?」

「ああ、もちろんだ」

 

 この山で生まれたものはこの山で死ぬ。漸次が生まれる前からあるこの山の掟だ。

 

「なぜ、じゃ?」

「……この山を変えるため…だ」

「この山を変える?…まさか漸次お主、自分がいなくなればこの山が少しでも変わるなどと、思いあがっておるのか?」

 

 山王の纏う妖気が数段増しに強くなる。その妖気にあてられ、冷や汗を流しながらも全く臆することなく漸次は言った。

 

「違う。俺はこの山を捨てて、何処かへ行くつもりなんてない」

「では帰ってくると申すか?一度山を出たものなどわしが許すと思うのか?」

「もちろん思わねえさ。だから俺は……この山を乗っ取り、天狗の長になるつもりだ」

 

 山王が目を見開く、構わず漸次は続ける。

 

「この山の成長は止まってる。このままじゃどう考えたって危険だよ。理由は明白。この山のバカみたいな種族至上主義だ。俺はそれをぶっ壊す。そのために外の世界に修行に行くんだよ」

「・・・」

「わかってんだろじじい!この状況は妖怪としては異常だ!今までは良かったかもしれねえが、これからはそうはいかねえぞ!この山以外の妖怪や人間たちも進化してきてる!このままじゃ後、千年もたねぇぞ!!」

「・・・」

 

 山王はしばらく目を細め考えた後、言った。

 

「…昔、同じようなことを言った奴がおったよ」

「…誰だよ。じじいか?」

「いや、わしの息子だ。……お前のように若くして才覚あふれるものであった。このわしさえも超えるほどにな。…だがそんな奴も結局は山を出た後、死におった」

「・・・」

「風の噂じゃあ、とんでもなく強い妖怪に挑み、殺されたらしい。馬鹿な奴じゃ……それからわしは掟をつくり、山から出ることを禁じた。……千年も持たん?結構じゃないか。この山にこもり、攻め込まれたのなら逃げればいい。逃げて逃げてまた違う山に住み着けばよい。重要なのは場所ではない」

 

 二人の間に沈黙が流れた。

 漸次は何かを考えるように、また山王はそんな彼を待つようにそれぞれ押し黙る。

 

「…ちげえよ」

 

 沈黙を破ったのは漸次のそんな言葉だった。

 

「ちげえよじじい。…やっぱりここも重要なんだ。ここでこそなんだ。俺はここを……この山を、こんな雁字搦めな場所にしておきたくねえんだよ。…俺は行くぜ外に」

「…自惚れだな。お前が一人で変えられるような場所ではない」

「それでも、だ。……何もしないで閉じこもってるより数段マシだぜ」

「……死ぬぞ」

「ふん!俺を誰だと思ってやがる!山王 蓋隆天あんたを超える稀代の天才。漸次様だぜ」

「……わかったいいだろう」

 

 山王はそう言って、もう一度酒を盃に入れ、飲んだ。

 ――許可は得られた。これで堂々と旅にゆけると漸次が思った瞬間。今までで一番強力な妖気が部屋全体に広がっていった。

 もちろん妖気の発生源は山王だ。

 

「……ただし」

「ただし?」

「……この山から出られればな」

 

 山王のその言葉を合図に、部屋の中になだれ込むように天狗たちが入ってきた。その数はゆうに二十を超えている。その中にはちらほらと能力持ちのものがおり、さすがに漸次一人ではどうにもなりそうにない。

 ほぼ四方を囲まれる形となった漸次が逃走に選んだ経路は五つ目の方向。

 上だ。

 全速力で屋根を突き破り、外に避難する。上空にも何人か追手がいるが大した数ではない。

 

(くっそ!じじいの妖気がでかすぎて、囲まれてるなんて全然気が付かなかった!)

 

 ここで、漸次に幸運が訪れる。

 上空にいた追手の中に知り合いがいたのだ。

 その知り合い、もとい楓に向かって全力で突撃し、その体をがっとつかんだ。

 

「うははははははは!!楓、とったり!!」

「うえええええええええええええ!!??」

 

 楓は漸次の唐突過ぎる行動になすすべなく、捕まれたまま高速で森の中に消える。周りの天狗たちもあっけにとられて二人を見失ってしまった。

 

「あ、お、追えええええええ!!」

 

 その場を指揮していた鼻高天狗の声が、少し遅れてむなしく響いた。

 

 山の端っこで、漸次と楓の二人は飛ぶのをやめ、地面に降りた。低空飛行で木の間をぬってきたので、しばらくは見つかることはないだろう。

 

「漸次様!!どんだけ危険な飛び方するんですか!?わたし十回は死ぬかと思いましたよ!!!」

「悪い悪い」

「反省してないでしょう!!もう!!」

 

 白狼天狗特有の白い尻尾を逆立てながら、楓は漸次に抗議した。

 それを適当にあしらいながら、少し歩いたところで、漸次は立ち止まる。

 

「……やっぱりな」

「どうしたんですか、漸次様?」

「結界だ」

 

 二人の前には強力な結界が張られている。おそらくはこの山全体を包み込むように、この結界は張られているのだろう。これだけ広範囲かつ強力な結界を張れるのはこの山ではただ一人、山王だ。

 

「楓」

「いやです」

「頼む」

「いやです」

「後生だ」

「いやです!!」

 

 楓はつらそうに奥歯を噛み、顔をそむける。申し訳なさそうな漸次の顔をこれ以上みたくなかったからだ。

 一瞬のためらいを見せた後、楓は言った。

 

「……何でですか漸次様?」

「・・・」

「なんでこの山を出ていかれるのですか?」

「・・・」

「昨日私との会話で何かいけないところがありましたか?」

「・・・」

「何とか言ってください!!!」

 

 楓はこぼれそうな涙を必死にこらえていた。自分と漸次様は年も近くて、関係も良好だとそう思っていた。しかし、漸次様は自分に何一つ考えを明かしてはくれない。いや、当然だ。普通、カラス天狗が白狼天狗に自分の考えを明かすことなどない。彼らは私たちを使うだけだ。しかし、しかし、漸次様はどこかちがうと、そう期待していたのかもしれない。

 

「……この山を変えるため。種族至上主義をぶっ壊すため外に行く。……そう言ったんだ、ついさっき。……でも、本当はただみんなと仲良くしたかったのかもしれない……」

「へ……?」

「い、いやほら!たとえば…例えばさ!大天狗とか鼻高天狗は苗字があるけど俺らにはないじゃん?カラス天狗で苗字あんのは姫海棠さんだけだし……そういう差別を全部なくせばみんなかしこまらずに接してくれるかなーって…」

「え?え?」

「だってさー。俺ってカラス天狗からは疎まれてるし、友達って楓とまりさんぐらいしかいないんだよ。だったらいっそ革命しちゃえー……みたいな?」

 

 楓は訳が分からなかった。漸次様がなぜ焦ってるのかもわからないし、なぜ言い訳をしているのかもわからない。そして何より……

 

「とも…だち…?」

「そこ否定!?…それは……こう…心に来るぜ…」

 

 いつもみたいにふざけた調子で落ち込む漸次を見つめながら楓はさっきの言葉を反芻していた。

 友達。友達。友達。

 ――ずっと我慢していた涙がこぼれだす。

 

「う……う……」

「泣くほど!?」

 

 うれしい。なんてうれしいんだろう。

 同じ白狼天狗にも気が弱く、人見知りな自分に構う者など、面倒な仕事押しつけようとする輩ぐらいだった。そんな中、唯一誠意をもって接してくれたのが漸次だった。そんな人が、ずっと自分より偉い人が、友達と、そう呼んでくれた。

 

「なぁに、女泣かせてんだい漸次ぃ!!」

「がびだばっ!!!」

 

 おろおろしていた漸次に向かって猛烈な勢いで、何処からともなく現れたまりが突撃した。

 その衝撃で漸次は鮮やかに吹き飛ぶ。

 

「まりさん!!なんでここが!?」

 

 起き上がった漸次は驚愕を顔に浮かべる。

 

「あーそれはあれだえっと」

 

 まりは漸次の体からとても小さい何かを取り外す。

 

「これをつけると対象がどこにいるか常にわかるんだ」

「え?ちょ、まりさんそれいつから……」

「漸次、今日は餞別を渡しに来た」

「無視?無視ですかまりさん?」

「受け取れ」

 

 回答が得られないことにぶつぶつ言いながら、布に包まれた餞別を受け取り、言われるがままに開いた。

 

「剣……ですか」

 

 それは日本刀と同じぐらいの長さだったが太さは二倍ほどある剣だった。今まで使ったどんな剣よりも力強いような気がした。

 

「……いつかこんな日が来るんじゃないかと思ってな。本業じゃないが作ってたんだ。お前のバカみたいな妖力にも耐えられるように、バカみたいに丈夫だぞ」

「まりさん…なんで」

「昔、お前にそっくりだった友達が、お前と同じことをしたのさ。……そん時はなんも渡してやれなかったからな」

「ありがとうございます!」

 

 漸次は思いっきり頭を下げる。まりは「やめろよ……」と照れ臭そうだったが、満更でもないといった様子で笑った。

 

「さて、楓もう平気かい?」

「はい。大丈夫です」

 

 いつの間にか泣き止んだ楓が赤い目でそう言った。

 漸次が彼女に何か言うよりも早く、楓は漸次に向かって無理やり作った笑顔を向ける。

 

「帰ってきてくださいよ?」

「……おう!それまでに苗字考えとけ!まりさんも!」

 

 楓が結界にふれるさすがに大きすぎるそれは、一部だけが弱まる。それでも漸次が通るには十分だ。

 漸次は今しがた渡された剣にありったけの妖力を込め、結界の弱まった部分を切り裂いた。

 

「すげぇ……」

 

 剣は膨大な妖力を受けてなお、全く壊れる様子はなかった。

 漸次は故郷を背にして立つ。二人の友人に向き直った。

 

「じゃあ、行ってきます。…また」

「ああ、また」「はい、また」

 

 漸次は勢いよく飛び立つ。山が見えなくなるまで、ひたすら前だけ向いて飛んだ。

 

 ただ前だけを見つめていた。




さて、だれと絡ませようか。
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