天狗の長となるものよ   作:ミートソーサー

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錯綜する竹林よ

「そこだああああああああ!!!」

「ぷきーッ!!」

 

 美しさすら感じるような太刀筋で、漸次は獲物の息の根を止めた。ゆっくりと獲物は地に倒れる。その衝撃で周りの地面が少し揺れた。

 

「ふはははっ!どーだコノヤロー!」

 

 漸次は獲物に目を向ける。見れば見るほどに恐ろしくでかい猪だ。これで妖怪ではないのだから、生き物とは不思議なものである。

 漸次の周囲からワッと歓声が上がる。声の主は妖怪ではなく人間。

 漸次は今、人間に化け、人間の依頼で猪を討伐したのだ。

 大喜びで抱き合っている人間の中から一人、漸次の方に向かってくる者がいる。漸次が討伐した猪の被害を受けていた村の村長であり、この依頼の依頼人だ。

 村長は嬉しそうな、ありがたそうな、そんな表情で漸次の手を握る。

 

「本当にありがとうございます漸次様。感謝してもしきれません」

「いいよ報酬はもらってるし」

「……本当にあれだけでよろしかったのですか?私どもの村は貧しいですが、それでももっと」

「大丈夫大丈夫。俺も修行ついでだから」

「しかし……」

 

 村長はまだあきらめがつかない様子で、何か言おうと考えている。それもそうだろう。討伐された猪は村人を何人も殺した凶暴な奴だ。今回も村に人を食いにやってきたのだろう。村長の娘もこの猪に殺されている。そんな猪の討伐の報酬が、せいぜい一週間持つかどうかの路銀なのだ。村長としては申し訳ないことこの上ない。

 村長が何とかして村の救世主にお礼を受け取ってもらおうと、言葉を探している時。一つの小さな人影が、二人の間に割って入った。

 

「さち!?」

「おお、お嬢ちゃん。……ほら言ったろ?お母さんの敵とってやるってよ。無理じゃなかっただろ?」

「あ、う……」

 

 漸次は声をうまく出せないさちと呼ばれた少女の頭をガシガシ撫でる。不思議そうに見つめるさちに、漸次はただ笑顔だけを向けた。

 天狗という種族は総じて人間の子供が大好きである。子供をさらい自分の技や術をすべて教えて、修行をつけてしまうようなものまでいる始末だ。漸次もまた例外ではなく人間の子供が好きであった。この依頼も、さちの為と言ってもいいだろう。

 

「あ、そうだあの肉ちょっともらってっていい?」

 

 漸次は猪の肉を切り落とすと、村を後にした。その時のさちの感謝の言葉が、一番のうれしい報酬であったと思う。

 

 故郷である山を飛び出してから早三か月。漸次はこの旅にいくつかのルールを設けていた。

 ――一つ、旅はできるだけ徒歩で行うこと。一つ、面倒事には首を突っ込むこと。以上の二つだ。

 初めのルールは飛んでいるだけだったら、日本などすぐに回りつくしてしまうから。次のは修行のためであった。

 この旅はあくまで山を変えるための力、および知識を手に入れるための、いわば武者修行なのだ。できるだけいろんな経験をすることが大切だと漸次はそう考えていた。

 しかし、この三か月特に漸次を強くしてくれそうな経験はなかった。せいぜい人に化けるのがうまくなったくらいだ。あと、前よりも人間に対する好感度が上がった。

 さてどうしたものかと、物思いにふける漸次がその足をまた一歩踏み出す。

 ――地面が唐突になくなる。

 

「……あまい」

 

 漸次の足元は瞬く間になくなった。しかし漸次は落ちることなく、空中に浮いていた。この手のいたずらを得意とする彼に落とし穴は通用しない。

 

「そこかぁ!!」

「うわ!!」

 

 草の陰に隠れていた何者かに向かって、妖力で作った小さな球を投げつける。何者かは悲鳴を上げるが、当たりはしなかったようで、一目散に逃げていった。その何者かの頭に、ウサギの耳がついていたことを、漸次は見逃さない。

 

(妖怪だ!しかもたぶん話ができるくらいには頭がいい!)

 

 そう考えた時、漸次の体は自然と何者かを追いかけるために走り出していた。思えばこの三か月、話ができる妖怪にあったことは一度もなかった。出会った妖怪と言えば、皆が皆見つけた者をただ襲いまくるような奴らだけであった。さすがにそろそろ妖怪であることを隠さないで話をしたいと思っていたのだ。とどのつまり、妖怪の知り合いが欲しかったのだ。欲を言えば友達になってほしい。

 漸次は妖怪を追って、竹林の中へと入っていった。

 

(もう!なんで追ってくるのさ!)

 

 ウサギの妖怪因幡てゐは、必死に追跡者から逃げていた。

 いつものように、人間に軽いいたずらを仕掛けてやろうと、落とし穴を掘って身をひそめていた。そこに通りかかった旅人らしき人間が、落とし穴を作動させ、真っ逆さまに落ちる!……と思ったのに。なんとその人間は宙に浮き、落とし穴を回避したのだ。それどころか人間は自分が隠れているところをはっきりと見抜き、攻撃までしてきた。何とか避けたが、あれを食らっていれば死ぬことはないとしても、気絶し捕まることは必至であっただろう。まったく、我ながら幸運だ。しかし、問題はその後、なんと人間は逃げ出した自分を見失うことなく、追っかけてきているのだ。

 まあ、自業自得であった。

 

(なんであの人間はこんなにもしつこく……はっ!まさか…)

 

 妖怪退治人。そんな言葉がてゐの頭をよぎった。なるほど、それならばこれだけしつこいのも納得がいく。優秀な退治人は術で飛行が可能ならしいし。

 てゐの顔に一線、冷や汗が流れた。

 ――これはやばい状況だ。

 この竹林の奥には、てゐと同種であるウサギの妖怪の村がある。てゐは一応そこの長だ。

 竹林に隠され、そう簡単には発見できるものではないが、あの退治人は隠れていた自分をいとも簡単に見つけた。万が一があるかもしれない。

 ――ならば、守らなければ。か弱い仲間を守らなければ。

 てゐの頭が高速で回転を始めた。幸運なことに竹林の深いところには結構危険な罠が仕掛けてある。これを使って奴を撃退する。そのための方法が彼女の頭に組み立てられていった。

 

 今ここで勘違いによって、戦いの幕が上がろうとしていた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「…いない……」

 

 漸次は深い竹林の中で、完全に妖怪の姿を見失っていた。想像していたよりも相手の動きが素早かった。さらに悪いことに、この竹林から出るための道もわからない。踏んだり蹴ったりである。

 もうあきらめて飛んでしまおうかと思った漸次の足元が、また再び抜ける。しかし今度は、先ほどよりも巧妙に隠されていたせいで、回避することができない。

 漸次は予想外だった。それは落とし穴に気づかずに嵌ってしまったことではない。落とし穴が片足分だけの大きさしかなかったことがだ。

 

「うわ!」

 

 さすがの漸次も体勢を崩し、前のめりになった。

 そこに追い打ちをかけるように飛んできたのは、一本の矢。

 こんな体勢では防御することも、叩き落すこともかなわない。漸次は渾身の力で体をひねり、何とかそれを回避した。

 ブチッ!いやな音が漸次の耳にいやに大きく響く。

 しかし、漸次の意識が向いていたのは、体をひねったことによって上空に開けた視界の中だった。

 ――槍だ。竹を尖らせ作った槍がいくつも見える。

 おそらく先ほどの音は、避けた矢があれらを固定していた紐か何かを切断した音だったのだろう。槍は一直線にこちらに落ちてくる。

 

(術!いや間に合わない!!)

 

 妖術を使うことが大の得意という訳ではない漸次では、落ちてくる槍を結界で防ぐことも、風を起こして飛ばすこともかなわない。

 よって漸次がとった行動は実に単純なものであった。

 踏ん張っている足の裏から、妖力を噴出し、体を後ろに跳ばす。ただそれだけ。しかし、漸次ほどの妖力があるものが行えば、高速の回避行動となる。

 漸次の体はぶつかった竹をなぎ倒しながら飛んだ。それにより多少のダメージは受けたが、先ほどまでいた場所に何本もの槍が刺さっているのを見れば、どう考えてもマシであった。

 

「いてて……」

 

 漸次は立ち上がり、槍の方に歩み寄った。

 やはりだ。何かしら力が込められている。これに突き刺さったら漸次といえど無傷では済まないだろう。だからこそあれだけ必死に避けたのだ。

 漸次にふとある考えが浮かんだ。

 ――この罠は先ほどのと比べるとあまりにも違う。仕掛けた者の力量も、その意図も。……もしかしたらこれはあの妖怪が仕掛けた者ではないのでは?

 

「退治人か…」

 

 だとしたら狙いはたまたま通りかかった自分ではない。十中八九、あのいたずら妖怪が狙いだろう。

 漸次は大きく息を吐いた。そして、周囲を慎重に見まわした。

 

「あった」

 

 漸次は5メートルほど先に罠と思わしき糸があるのを見つける。剣を抜きながらそこに近づき、思いっきり罠を作動させた。

 飛んでくる矢。それを漸次は難なく叩き落す。そして走り出した。

 物体に妖力であれ霊力であれ力を込めるのは意外と難しい。それこそ、手から離れた物体に力をとどめるなんて芸当は、よほどの手練れでなければ長時間保たせることはできないだろう。つまり、退治人はまだ近くにいる。ならば走り回って罠を壊し続ける。運が良ければ退治人かあの妖怪と出くわすだろうし、悪くても出くわさなくても罠を減らすことができる。

 深すぎる竹林故、上空から退治人を探すこともかなわないだろうし、とりあえずこれが最善であると思えた。

 

(…なるほどね……)

 

 いくつもの罠を作動させ、そのすべてを打ち破る漸次は、あることに気が付いた。

 明らかに、ある一定の場所に罠が集中しているのだ。おそらく、罠が密集する中心に退治人は身をひそめているのだろう。そこが最も安全な場所だ。

 そこに向かってさらに歩を進める。またも罠が作動するが、全く問題としない。先ほどとは違い、今は撃ち落とすつもりで作動させているのだ。漸次が対応出来ぬわけがなかった。

 

(問題ない!この罠なら!)

 

 ――計画通りだ。

 てゐは完璧に気配を殺しながら、恐ろしいほど強い退治人の行動を見て、そう思った。その表情にはいささかの油断も見られない。

 この罠はてゐの最終防衛線。しかし、焦りはない。今までの打ち破られた罠たちがこれを成功させてくれる。

 今までの罠は、そのすべてが退治人が直接、もしくは発動した罠が連鎖する形で発動している。ゆえに先ほどから退治人は罠の行先にも警戒を怠らない。全く笑ってしまうほどに優秀だ。

 だが、この罠は違う。この罠だけはてゐがその手で発動させる罠だ。

 優秀であったがゆえにたどり着いた罠の弱点は、優秀な男に弱点をつくらせる。自らおよび罠の行方にだけ気を張るだけで、この状況は切り抜けられる。そして、ひきこもった小賢しい妖怪を討伐できる。そんな考えという弱点を。

 伏線は張られている。今が回収の時だ。

 

 最後の罠が発動された。

 

(なっ!!)

 

 警戒を怠ってはいなかった。すべての罠の動きには気を配ってた。しかし、それは唐突に訪れる。

 十本もの槍が同時に漸次に襲いかかった。

 ――一瞬。いや、それ以下の刹那の中。漸次の生まれ持った圧倒的戦闘センスが行動を決定した。

 

 剣を振りぬく。文字に起こせばただそれだけの一挙動であった。その一刀で半分の槍が叩き落される。残り半分もまた、すべてがまるで槍自身が意志を持ってよけているかのように、漸次をとらえることはなかった。

 振り抜かれた右腕の横を、あげられた左腕の下を、傾けられた首のそばを、ひねられた体の脇を、踏み込まれた足の間を、それぞれむなしく槍が通り抜ける。わずかなブレさえ許されない神業であった。

 

 漸次は確かに油断した。こんな攻撃が来るなどとはつゆほども予想しなかった。それはてゐの策の成功を意味した。

 しかし目の前の光景は、てゐの策が、最後の罠が漸次のセンスに敗れたことを物語っていた。

 

 敗北。そして死。

 そんな不吉な考えが、てゐの頭をよぎる。

 

(いや、まだだ!まだ!)

 

 てゐが頭を振って、不安を払おうとしたその時、不意に男の視線がてゐを射抜いた。

 不安が確信に変わる。

 てゐの腕がしがみついていた竹から離れたのは、とっさの判断でも、直感でもない。ただ、死を確信した体が、彼女の意思とは関係なく、体の力を抜いたのだ。

 結果として、てゐは攻撃の直撃を避けることができた。しかし、余波にあおられ受け身もとれずに、てゐは地面に激突する。

 頭を強く打ったらしい。どんどん世界がぼやけていく。そんなてゐを見下ろすように、覗き込む人影。

 その人影は、先ほどとは打って変わり、とぼけたような顔をしていたように思えた。……なぜだかそんな気がした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「…………ん?」

 

 目を覚ます。ここは地獄だろうか?……それにしては竹だらけだ。

 

「あ、起きた」

 

 声のする方を見ると、そこにいたのは黒い大きな羽をはやした男の妖怪だった。こいつもなんだかとぼけた顔をいている。

 

「えーと、確認だけど。この竹林に退治人とか来てたりする?」

 

 そうだ!!退治人!!奴を野放しに、し………ん?

 

「んんん?」

 

 ぼやけていた視界がもとに戻ってきたすると妖怪の顔が、だんだんはっきりと見えてきた。なんだか見覚えが……というよりも、どっからどう見たってさっきの退治人と同じ顔をしている。

 たっぷり十秒、てゐの動きが停止した。

 

「ぷっ」

 

 こみあげてきたのは怒りとか、疲労とかではなく、安心と笑いだった。

 たまらなくなって笑い出す。

 

「あはははははははははっ!!!」

「うははっ」

 

 釣られて漸次も笑い出す。

 

「あははははははははははははははははははっ!!!!!」

「うははははははははははははははははははっ!!!!!」

 

 二人の笑い声が竹林にこだました。

 

「あはははは、はーはー。なんてこったい悪かったね全く」

「うははははっ。…いやこっちこそ、てっきり退治人かなんかがやってるのかと思ってな」

「あはは、ふたりして勘違いとはね…」

 

 てゐは立ち上がって、竹林の奥を指差した。

 

「勘違いのお詫びだ。わたしの村で酒でも出そう」

「……それはありがたい」

 

 二人が竹林を進むと、この大きな竹林に隠されるようにしてあるウサギの妖怪たちの村へとたどり着いた。村にいるウサギの妖怪はみな小さい。中には人型ではなく獣の形をとっている者もいた。

 

「てゐだー」「おかえりー」「だれー?」

「お客さんだよ」

「はねー」「くろーい」「おっきーい」

「…すまないねぇうるさくて。頭がいいのは少ないんだ」

「いや、いい。和む」

「わー」「とりだー」

 

 小さなイナバ達に囲まれながら、二人はてゐの家へと到着する。てゐは約束通り酒を持ってきた。

 

「……いや、ホントにすまなかったね。……言い訳がましいけど、わたしもあの子らを守らなきゃならないんだ。…わたしは因幡てゐ。ウサギの妖怪で一応ここの長をしてるよ」

「いや、いいんだ。それより長か。……俺は漸次。カラス天狗で、天狗の長になる予定の男だ」

「ははは、そりゃたいそうなことだ。天狗ってのは強い妖怪だからね」

 

 酒を飲みながら、二人は自己紹介を済ませる。

 しばらく二人は無言で外を眺める。口を開いたのは漸次だった。

 

「俺はなてゐ。天狗の長になるために旅をしてるんだが、何か面白いことはあるか?」

「おもしろいことねぇ~。最近大きな戦争が終わって新しい王が立ったって聞くし、それでも見に行ってみたらどうだい?」

「王か……そういうところには強い妖怪もいたりするのかね」

「わからんが、昔から権力があるところにはたちの悪い奴らが集まるもんだよ」

「そういうもんか……よし、行ってみよう!てゐ、何処に王がいるか知ってるか?」

「正確な位置は知らないけど、邪馬台国って国にいるらしい。方角的には西だね」

「西か!ありがとよてゐ」

 

 てゐは「いいってことさ」と言って、酒をあおった。その後、何か思い出したように言う。

 

「そういえば漸次、何で人間になんて化けてたのさ?」

「ああ、森でばったり会うのが多いのは人間だしな、余計な争いがないように人間の姿でいるようにしてるんだよ。……今回はそれで余計な争いになったけどな」

「ふ~ん。じゃあ、なんでわたしを追っかけてきたのさ」

「えーっとほら、旅に出て以来、ずっと人間しか話し相手がいなかったから、久しぶりに妖怪として誰かと接したかったっていうか。…友達になろうとしたというか」

「へ~」

 

 てゐは明らかににやにやしだした。

 

「あ、てゐバカにしてんだろ!」

「してないしてない。さ、飲もう飲もう!今日は宴だよ!!」

 

 その日は結局、村中巻き込んで夜まで飲み続けた。

 漸次は初めて故郷以外の場所に妖怪の友達ができた。

 

 




さあ、卑弥呼に会いに行こう。
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