【休載】艦隊これくしょん―水無月に舞う龍―   作:帝都造営

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自分の文に不安しかない今日この頃。


大宮之章  一隻と一人

「解散?!」

 

 語尾にいつもの「ぴょん」をつけ忘れた卯月。夕月も信じられない様子で、菊月に至っては先程まで手入れしていた単装砲を危うく落としかける。

 

「違う違う、解散じゃない」

 

 予想と全く異なる方向への反応に流石の片桐も慌てたようで、両手を振って卯月の言葉を否定する。補足するようにすかさず飛龍が口を開いた。

 

「計画中の次作戦で、534航空戦隊所属の駆逐艦には別任務を任せることとなったの、だから臨時に5341駆逐隊を編成する。それだけだよ」

 

「そ、そうか・・・それは良かった」

 

 単装砲を抱えた菊月がホッと安堵の息を漏らし、僅かに目を閉じた。しかし次開かれるとき、その眼はすでに艦艇の眼に変わっている。

 

「で・・・私たちは何をすれば良いのだ?」

 

 片桐は一枚の書類を取り出しながら言う。

 

 

「AV-AT01・・・水上機母艦『秋津洲』の護衛だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は十時間ほど前に遡る。

 

「私はあくまで、AV-AT01『秋津洲』の単艦運用を進言します」

 

 そう言ったのは中嶋中佐。グアムを根拠地とする533戦隊の司令官であり、今回の作戦を本気でMI作戦の雪辱戦と意気込んでいるであろう急進派。

 

 彼の提案は単純明快であり、AV-AT01という一基の水上用自律駆動兵装を本来の任務に使用しつつも、その任を全うさせた後に「囮」とせよ、というものだ。

 

「しかし、彼女の管制システムにより二式大艇は動かされているんだぞ? もし523と534(われわれ)の陽動作戦中に二式が使えなくなったらどうするつもりだ」

 

「その心配はありません・・・もともと大型飛行艇型の航空装備には自動操縦用の内部プログラムが用意されています。予定の飛行ルートを飛ぶだけなら余裕です」

 

 

 なら二式を展開したあとに潜水艦で収容してしまえばいいじゃないか。

 

 ・・・そう言えたら、どんなに楽だろうか。

 

 

 確かに二式大艇は自動操縦用のプログラムが仕込まれている。しかしそれはあくまで母艦の沈没と同時に大艇としての機能がダウンすることを防ぐための措置であり、その場の空域にとどまる、もしくは基地方向へ帰還するなど単純なタスクしか組み込まれていないのだ。

 

 それはつまり、作戦空域に大艇が到着するまでは、秋津洲自身で大艇を操作しなければならないということ。もちろん中島の言うように全てを自動操縦に任せることも可能ではあったが、柔軟性が求められるこの作戦で大艇が決まったルートしか通れないのはあまりに不便だ。

 

 また、潜水艦にとっては、『発見されているかもしれない』対象を回収するというリスクを負わねばならない。

 

 

 誰も反論する材料がなく押し黙る中、中嶋はもう一度口を開いた。どうやらここまでが回答時間(シンキングタイム)だったようで、彼は教え子に物を教えるような――――先程も言ったとおり、中嶋中佐がこの中では最下級である――――口調で言う。

 

「お分かりいただけたでしょうか、秋津洲はある程度戦闘海域に留まる必要がある。敵が秋津洲の戦略的価値を理解できるかはともかく、戦闘海域に展開していれば襲われる可能性もあるでしょう」

 

 そして、そんな危険な場所から秋津洲を回収することに、割くべきコストも、機材も人員もいない。

 蒼龍型は開戦前に建造された潜水艦だ。最新技術が用いられている上に――――情けない話だが――――今の日本国では再びこのクラスの艦を建造することは叶わない。蒼龍型は船殻に特殊な鋼材を用いており、これらを現在の日本の溶接技術で接合することは難しいからだ。

 

 技術の喪失・・・深海棲艦で多くの国家と呼べるものが崩れ落ちたが、日本もまた、その傾いた国の一つ、その証拠の一つと言えるだろう。

 

 最も、技術力の低下は深海棲艦に蹂躙された国ならばどこの国でも同じ話ではあるのだが・・・ともかく今ある戦力はなるべく温存したい。それを「たかだか」水上用自律駆動兵装のために無用な危険に晒す理由はないだろう。

 

 

「護衛を出すことは今作戦で使用可能な戦力を考えれば難しい・・・ならば、どうしようもなく発生する状況を、少しでも有効に活用するだけのこと、違いますか」

 

 中嶋は自分の理論が間違っているとは考えていない。無人機を囮にすることは決して珍しいことではない。

 

「死ぬ可能性のある任務と、死ぬと分かっている囮。結果こそ同じことかもしれないが、そこへ至る過程の違いは囮自体の士気・・・ひいては参加部隊全体の士気に大きく影響するぞ」

 

 しかし中嶋は表情を変えない。

 

「士気がどこに存在するというのです?」

 

 その言葉に東雲が顔をしかめ、先程まで静観してきた西園少将に口を開かせた。

 

「中佐・・・机上の空論はやめよう。現実の問題として、彼女らには士気が存在する」

 

「西園閣下までそれを申されますか・・・いずれにせよ、主力から護衛駆逐艦を引き抜くのは困ります」

 

 もしどうしても引き抜くのなら、自分の隊(533)は作戦から降ります。

 

 もはや感情論の域である。中嶋中佐の意見は公式としての水上用自律駆動兵装運用思想に沿ったものなのかもしれないが、現実としてその理論は成り立たないだろう。

 しかし、そんな話をしてどうなるというのだ。全くもって非生産的だ。

 

 その上自分の理論が通じないとわかれば今度は戦力を提供しないと脅しをかける。実際この作戦は公式のものでなく、戦力を提供しないと言われればそれまでの話だ。下手に一部派閥の独断専行に手を貸し、キャリアを汚すリスクを負うよりかマシだろう。

 だが、その判断は自分の意見を押し通すための交渉材料ではないはずだった。もはやここから議論が進展することは望めない。

 

 とはいえ、貴重な水上用自律駆動兵装を端から囮扱いするわけにもいかない。何度も言うが、これは公式の作戦ではない。公式の作戦で囮役を決めるならまだしも、独断で囮を決め、それを喪失した時のリスクは大きすぎる。喪失艦艇なしでミッドウェーを奪還してこそ、急進派の正義を示すことができる。そのはずだ。

 

「・・・分かりました。秋津洲護衛は534から出しましょう」

 

 だから片桐は口を開いたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋津州の護衛・・・」

 

 片桐の言葉を噛み締めるように繰り返した菊月。

 

「なんだ、不満か」

 

「いや・・・どんな命令であろうと全力を尽くすさ・・・だが、飛龍と蒼龍はどうする?」

 

 そう言いながら二人の空母を見やる菊月。不安げ、というよりかは、代わりの護衛役は誰かを聞きたがっているような感じだ。

 

「飛龍蒼龍の534主力の護衛は、523の方から回してもらうことにした。あそこの護衛艦は新型で航続も長い」

 

「そうか・・・なら、いい」

 

 と言いつつも肩を落とす菊月。仕方がない。裏事情を除けば飛龍蒼龍の護衛を睦月型から新型に変えただけ。睦月型は大戦初期のほうから活躍する水上用自律駆動兵装であるゆえに航続が短いし、新型と比べればどうしても劣る。スペックとしての性能差として理解はしているのだろうが・・・このようにあからさまに外されると悪い思いもするだろう。

 

「念のため言っておくが菊月、秋津洲護衛の方がよっぽど重要だぞ?」

 

「どうしてぴょん?」

 

 今度は卯月が声を上げた。

 

「それは、秋津洲は今作戦・・・すなわち『プランB』の作戦第一段階において、もっとも重要な役目を果たすからだ」

 

 

 534メンバーは、そのまま作戦会議へと突入する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隣、いい?」

 

 夜の帳が降りたサイパン。片桐の耳に届いたのはいつもの軽い声だった。基地から海岸(ここ)まではそこそこ距離がある。周囲に民家はないし、聞き間違えるはずがなかった。

 

「ああ、構わないよ」

 

「じゃあお邪魔しますっと」

 

 海岸に放置された一つのコンクリート――――人工物であることは明らかだが、もともと何に使われていたのかは分からない――――にそう言いながら座ろうとする534所属のCV-HR01『飛龍』。片桐は答えながら『彼女』が座るスペースを与え、彼女はそこへ座る。注意を払えば、座った衝撃で盛られた茶髪が僅かに揺れるのが見えた。

 

「またお酒ですか?」

 

 僅かに屈み、こちらを覗き込むようにいう飛龍。別に心配していたり、酒を飲むことを否定する口調ではない。片桐よりか彼女の方が飲む――――所属水上用自律駆動兵装の購買記録は参照できるので間違いない――――からだ。

 

 

「まさか、アルコールという名の潤滑油を差しているだけだよ」

 

 軍人も水上用自律駆動兵装も、所詮は盤上の駒、整備は大切だからな。そう冗談めかして言う彼には、普段の534司令とは別の顔が伺えた。酔っているのだろうか。

 

「ものはいいようですね」

 

 そんな彼に飛龍は僅かに頬を緩ませる。ちょこっと盛った髪がふわりと揺れる。

 

「そういうお前こそ、そこにぶら下げてるのはなんだ?」

 

 そういう片桐に、中途半端な笑みを返す飛龍。空には星が無作為にばらまかれ、その数は文字通り天文学的な数。不定期に波が砂浜を洗い、海辺特有の音を奏でていた。

 

「私も、油を差しに来ただけ・・・ですよ」

 

 そう言いながら彼女も持ってきた容器を取り出した。すでに陽は落ちているが星あかりなら前述の通り数がある。小さなライトたちに照らされて、戦時にしては質が良い方に分類されるであろうその容器と中身。何か思いついたようで、急にいたずらっぽい笑みを浮かべてきた。

 

「どう? 油の差し合いっこでもする?」

 

 急に飛龍のセリフから敬語の概念が消える。手でカップを作りながら片桐を見据える彼女。

 

「いや、流石に今はやめておこう」

 

「なーんだ、釣れないなぁ・・・」

 

 とはいえその返答は飛龍も分かっていたようで、口では不満げに言いつつも口元は笑ったままだ。

 そのまま二人はそれぞれの酒に手をつける。乾杯はしなかった。これはそれぞれの時間だからだ。二人は無言でそれぞれの時間を共有する。

 

 ふと、切り出したのは片桐の方だった。

 

 

「・・・飛龍にとっての、ミッドウェーはなんだ?」

 

 

「墓標って答え、期待してます?」

 

 

 怯えた羊のようにおずおずと出された片桐の問に反し、飛龍の返事は鋭く、すぐ帰ってきた。

 

「いや・・・そういう話じゃない」

 

 まさか墓標と返されるとは思わなかった。素早く返してきたあたり、次作戦(ミッドウェー)の事を考えてきたことだけは同じようだが・・・。

 

「昼の話、覚えてるな?」

 

「過去の海戦と今回の作戦を重ねているって話?」

 

 片桐のその言葉だけで飛龍は彼の言わんとしていることを察する。すぐに結びついたということは彼女もやはり次作戦(ミッドウェー)社会科資料集に乗るくらいには有名な作戦(ミッドウェー海戦)を重ねているということ。

 

「・・・じゃあ質問、片桐司令(あなた)は縁起を担いだりしたことある?」

 

「そりゃあるだろう」

 

 その言葉を聞いた飛龍は視線を波打ち際の先、すなわち遥か水平線へと投げる。片桐が見ると飛龍の表情は・・・いや、表情というよりか全身に纏う雰囲気、それ自体が変わっていた。片桐が息を飲む間を経て、飛龍は吐き出すように次の言葉を紡ぐ。

 

「・・・なら、それと一緒」

 

 私だってね、馬鹿な話だとは思うよ。そう彼女は続ける。馬鹿な話・・・確かに過去に拘わるのは馬鹿な話なのかもしれない。

 

「乗り越えるなんて言わない。雪辱を晴らすとも言えない。(飛龍)は飛龍でありながら飛龍ではないわけだし・・・でも、今の私はその多くを『記憶』に依存している。それは事実」

 

 過去は今に繋がる。過去の外交が今の経済を作り、人は昨日作った家に住む。今はここにしかないのかもしれないが、どうやったって過去と今、そして未来を切り離して考えることは不可能だろう。

 

「でも・・・ううん。だから、だからこそ乗り越えてみたい、そう思ってる」

 

 

 飛龍は酒を注いでいた杯を一旦置き、懐から何かを取り出した。古い――――というか、今ではその存在自体が古い――――懐中時計。

 

「変われるかも、なんて希望的観測を抱いてね」

 

 それだけ言って飛龍は口を閉じた。閉じられた口は決意を示すというよりコメントを避けるかのように固く閉じられ、僅かに引き締まった表情筋に形作られた肌と唇が星に照らされる。彼女は今、どこで得たとも知れない記憶の中にいるのだ。

 

 引き戻すことはできないだろう。なら、自分も続くしかない。

 

「そんな無駄なことは考えずに作戦に集中して欲しい・・・と、言うつもりだったが」

 

「言うつもりって、今言っちゃったじゃないですか」

 

 無理して笑うように言う彼女。纏う雰囲気は変わらない。それを確認して、告げる。

 

「言葉を変えることにした・・・飛龍」

 

 

 

 ――――ともに行こう。

 

 

 

「菊月ちゃんじゃあないんですから・・・」

 

 何を言えば良いのかわからず、とりあえず片桐の用意した逃げ道に従い、言葉を返す飛龍。視線はいつの間にか海に向けられていた。

 

「・・・それ以外に丁度いい言葉がなかった」

 

 片桐も飛龍から目を逸らす。言いたいことはあるのかもしれない。しかし自分と異なるモノ――――彼女は他人どころか兵器なのだ――――の心など分かるはずがなく、自分の放った言葉が正しく響いたか不安になり・・・それ以前の矛盾――――すなわち、兵器が心を持つという矛盾――――に押しつぶされそうになる。

 

 にわかに、片方の手にひやりとした感覚が浮かんできた。そちらを見れば、手が添えられていた。飛龍の手が。

 

「共に往こう・・・なんて言われたら、ミッドウェーに墓標が建てられませんよ、司令」

 

 茶化すように、そう、茶化すようにいう彼女。本気で死ぬ気もないだろうに。

 

 

 ――――でも、ありがとう。

 

 

「・・・」

 

 聴こえた。風も、海の囁きも小さすぎて、彼女から漏らされた声を隠してはくれなかった。

 

 戦いが始まる前のありがとう。どんな意味なのだろうか。

 

 

「・・・今更ですけど、乾杯、します?」

 

「乾杯・・・ああ、そうだな」

 

 同意の意を示した片桐、飛龍も杯を取るために握っていた懐中時計を仕舞おうとし、そして一旦動きを止めた。思い出した、いや思いついたように言う。

 

「そうだ・・・作戦が終わったらまたここで、一杯やりましょうね」

 

 いつもの、からかう調子、思えば彼女はこういった思わせぶりな事をいうのが好きだった。それを思いだし、いつの間にか自分たちが普段の調子に戻ってきていることに気づく。

 だから、普段の調子で応じるのだ。

 

「自らフラグを建てていくのか・・・」

 

「いつも言ってるじゃないですか、フラグは立ててなんぼですよって」

 

「まあいい・・・『次こそ』MI作戦だ」

 

 片桐もいつもの調子で、飛龍にからかいの応酬を浴びせ――――

 

 

 

 そして二人は自分たちの潤滑油を手にとった。

 

 

 

 

 

 海は、変わらず浜に打ち寄せてきている。

 














今日は・・・いや、何も言うまい。
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