快晴だった。気象庁発表によれば雲量1。風は北北西風量2。気温は平年より低いらしいが、『北』と名前の上に付いているとはいえ、この諸島が寒いなんてことはないわけで・・・むしろこの季節はちょうど良いぐらいの気候と言えるだろう。極端に暑いわけでもなく、天気は概ね晴れで安定。これが8月とかになってしまうと天気が不安定になってしまうので、ここがまだ海とサトウキビの島、なんて呼ばれていた頃には夏休みより
「・・・まあ、昔話なのだが」
一体誰に向けてだったのだろうか。そう呟いた男はゆっくりと空を仰いだ。水平線から入道雲が立ち上がり、何もない空に少しでも装飾を加えようと航空機が編隊飛行してゆく。小さな豆粒のようにしか見えないそれ。耳をすませば、僅かに
しかしどうしてだろう、空を駆けてゆくのは旧式の中の旧式であるはずのレシプロ戦闘機。現在のそれと比べるととてつもなく細い胴体と弱々しいエンジン音。レトロだから、などと趣味丸出しで所有するもの好き金持ちは
見てみたいものだが、もはや見ることは叶わないだろう。
「また何か考え事か?」
唐突に声をかけられる。放たれた台詞にしては随分と幼げな声、ちょっと無理して高圧的に聞こえるような発音にしているのが伺える。振り返れば男が予想した通りの姿がそこにはあった。よく熱を吸収しそうな黒い制服に三日月マークのバッチ。透き通ったような白の髪が身に纏った黒と対比されより際立つ。
「菊月か・・・報告に来たのか?」
そう問えば、うむと頷き、それから双眼に力を込めてこちらを視線で射抜く彼女、橙色の眼は少なくとも日本民族のそれではなく、見た目不相応な口調はそう、まるで厨二病だ。鳶色の眼もきっとそのせい。学生時代に見たアニメでやってたように、きっとカラーコンタクトでも埋め込んでいるに違いない。
――――そんな予想は、彼女がDD-MT09『菊月』で
さて、どう返したものか。
返答に男がいつもの通り困惑していると、唐突に菊月は睨むのを止め、やれやれと言わんばかりに溜息を吐いた・・・にらめっこをしていたわけではないのだ。そんな顔されても困る。
「で? 何か?」
向こうから来たのにこちらに用事を求めてくる菊月、慣れてしまった今ではもはや何も感じないが、他の部隊の指揮官にも同じ接し方をするのだから、もう少し立場をわきまえて欲しいと思わなくもない。
「報告に来たのだろう?」
「まぁ、そういうことになるな」
「ならしたまえ」
そこまで促すとようやく口を開く菊月。
「うむ・・・534航空戦隊所属DD-MT09並びにDD-MT12、1130時をもって
淡々と報告をしてゆく菊月。普段の話し口調だけ聞いていると面倒に感じてしまうかもしれないが、職務には忠実な彼女。ブリーフィングすらかき乱してくるどこぞの卯月とは違う。
「DD-MT12の件は聞いている。既に回収に向かったヘリから無事彼女を収容したと報告が入っている。だが海水が中枢まで入り込んでいるらしく、浮揚ユニットの総取っ替えが必要かもしれん」
「・・・やはりやせ我慢だったか」
納得した様子で数十キロ先のアギガン島を見つめる菊月、もちろんアギガン島自体は水平線に隠れて見えない・・・と、その水平線から小さな豆粒が飛び出した。きっと夕月を回収したヘリに違いない。
「なに、無事ならそれでよかったじゃないか」
「それで済めばいいのだがな・・・」
何か物憂げな彼女、そしてパッと男の方を見やる。腰にも届きそうな白髪が彼女の動きにあわせて揺れた。
「夕月は抱え込む性格だ、私のような未熟者ではどうにもできん・・・なにか、声をかけてやってくれないだろうか」
なるほど、DD-MT09菊月にとってのDD-MT12夕月は数少ない妹ということになる。その妹というのはあくまで
とはいえ、彼女たちに男が何をできるというのだろうか。
確かに目の前の菊月よりは男の方が年齢は上に違いない。しかし五歳の人間と五才のライオンを比べてはならないように、男と『彼女ら』を同じ尺度で測るのは間違っているし、危険すぎる。
なにせ彼女らの分類はヒト科でもなければ霊長類でもない。そもそも動物界にも属していない。
『水上用自律駆動兵装』
出処不明の技術――――いわゆる『妖精技術』を用いて誕生した画期的な新機軸兵器。海上を通常艦艇並みの速さで駆け抜け、文字通り一騎当千の働きをする。
人サイズの小型さを誇るゆえに隠密性にも優れ、運搬も楽に行える。
なによりおトクなのは、水上用自律駆動兵装に乗組員は必要ないということ。だからこそ名称は『兵装』となる。基地の、母艦の、拡張装備として作戦域に展開し、遠方に待機する指揮官の遠隔操作で稼働する。
こうすることで兵士をリスクある戦地に置かずに済むのである。
また水上用自律駆動兵装最大の特徴は、何らかの原因で遠隔操作が行えなくなった際のバックアップ用に『自律思考』を可能とすることである。
その運用、そして存在の特殊性ゆえに水上用自律兵装の運用には細心の注意が必要であり、運用担当官は厳しい選抜を受けたごく一部の軍人が行う。また紛争目的に利用されるのを避けるため、配備される部隊は国連海軍に限られている。国連海軍が設立される以前はそれぞれの地域で運用法が異なっていたが、今では全ての水上用自律駆動兵装が国連海軍の指揮の下、運用されている。
・・・と、以上が、水上用自律駆動兵装に関する『公式見解』である。詭弁にも程があるとはまさにこのこと。自律思考が『可能である』とされる彼女たちは常にこの世界の景色を見ている。そしてそれを彼女たちなりの世界観で解釈し、日々成長してゆく。成長というのは生きている証拠。どんなに老衰した人間だって精神面では日々成長するのだ。
彼女たちは、疑いようもなく生きているのだ。
――――だが、人間とはやはり、明らかに違う。
しかしそんな彼女らを、世界は生み出し、そして容認している。
――――正確には、容認せざるを得ない状況に人類が置かれている。
2020年初頭、人類史上最も多くの地域が戦火に晒された。
なんせ人類が領土とする沿岸、もしくは島嶼のほぼ全てが戦場となったのだ。世界大戦と呼ばれるような戦争は確かにあったが、あれは中立国が存在する『外交の一手段としての』戦争だった。だからこそ、口で「大東亜解放」を叫びつつも常に日本は講和の道を――――結局ソビエト連邦の対米宣戦布告まではなされなかったが――――探り続けていた。
しかし『奴ら』は講話など望みもしなかった。要求もない。戦うことが要求と言わんばかりの激しい侵攻を行い、人類に原子爆弾、核をも使わせた。しかし『奴ら』の勢いは収まらない。
各文明の築いてきた多くの建物が、奴らの艦砲射撃、艦載機に壊され、炎の色に塗り替えられた。崩壊した政府の数は、両手の指とかそういう例えに収まらない。
――――深海棲艦。
かつては「敵対的危険生物」などという訳の分からない上に長ったらしい名前で呼ばれていた『害獣』は、今や深海棲艦と呼ばれる『人類の敵』となった。
奴らの攻撃方法は人類のそれを遥かに上回る効率性と破壊力を備えており、上位個体ほど俊敏になってゆくので通常の戦術はそこまで効果的ではなかった・・・いや、中途半端な見栄を張るのはやめよう。どんなに人類が屍の山を築こうと、最後に笑うのは――――そもそも感情を持ち合わせているのか知らないが――――深海棲艦であった。
そこに登場したのが水上用自律駆動兵装。それらの働きにより人類は最低限の制海権を確保し、最低限の物流を回復させることに成功した。
人類からすれば勝利の女神であることには違いなく、またそのほとんどの個体が発達期にある少女の姿をしていることから「艦娘」などという愛称で呼ばれるようになった。
だが客観的な視点に立てば、人類が深海棲艦と同じ威力を誇る怪物を手に入れただけのこと。彼女らが一度艤装を着ければ、誰も止めることはできない。公式見解ではあたかも全ての自律兵装が人間のコントロールを受け、そのコントロール下で活動しているようだが、それは大きな間違い。実際にはほとんどの艦娘が自分で判断し、与えられた任務をこなす為に最善の努力をする。後方の椅子に座ってできる事など精々サポートだ。叛乱という事態は想定したくないが、起これば止められない。
そんな水上用自律駆動兵装を、どうして人扱いできるのだろうか。
――――理屈では、そう分かっている。
しかし目の前で妹の心配をする菊月を見ていると、いや全ての艦娘をどんな状況下で見ていても、やはり人間と同じようにしか見えないのだ。
だからついつい人間型のアプローチをしようとしてしまう。
「そうだ、それだったらサトウキビジュースでも買って行ってやろう」
菊月が目を丸くした。いつも重そうな雰囲気を醸し出している彼女であるが、驚いたりするとこうやって年相応の顔になる。それから自分の表情が崩れたことに気づいたようで、一度咳払い。いつもの口調で言う。
「・・・そんなので、いいのだろうか・・・」
自信なさげな様子の菊月にそんなんでいいんだよと返す男、二人の間に流れる空気は先程までのような上司と部下のそれではなくなっていた。
「残念だが俺は夕月にかける言葉を持ち合わせていない。俺はあくまでお前らの上官、運用する立場だからな。そして夕月も俺の言葉を上官からの言葉として受け取るだろう。お前が欲しがっているのは『声をかけるキッカケ』だろう?」
俺がサトウキビジュースを買ってやるから、それを夕月と飲めばいい。それだけ言い放ってから歩調を早める。
北マリアナ諸島。サイパン島。かつて海とサトウキビの島と呼ばれ、多くの観光客で賑わいを見せていた自然は、今日も往時のまま、美しい景色を彼、彼女らに見せてくれている。
『水上用自律駆動兵装』という名称と艦娘の登録ナンバーの設定は、オーバードライブ先生よりお借りしているものです。改めて深い感謝を。