空母は艦載機を運用するもの、しかし空母は
しかしその一方で、航空機の大型化、それに伴う重量化は恐ろしいスピードで進んだ。かつて信頼性のない偵察結果をもたらす事しか出来なかったはずの航空機は、気づけば戦場から多くの兵器を駆逐し、戦場に勝利をもたらす神となった。
「四番機、着艦コースへ」
事務的に、心を落ち着けるようにそう言いながら彼女は腕に取り付けられた飛行甲板を水平にする。彼女らの操る艦載機は拡張神経によって細かい調整が可能である。よって口頭でわざわざ指示を出す必要はないのだが・・・言ってみれば指さし確認のようなものだ。口に出せば、自分のやろうとしていることを客観的に監視することができる。ちょっとしたミスを失くすのにはこれが一番のやり方だ。
四番機はそのまま飛行甲板――――厳密には飛行甲板を模した航空機運用ユニット――――へ『着艦』。チャームポイントと言って差し支えない固定脚を持つD3A 99式艦上爆撃機。手のひらからはみ出すぐらいが精々のそれは、大きさの割に随分と精巧に作られている。これが見かけだけでなく本当に飛んでいるのだから恐ろしい。
着艦ワイヤーに機体を引っ掛け停止した99式艦上爆撃機は、プロペラの回転数をたちまち落とし、そしてエンジンを停止させる。収納の都合からこの機体には翼端に折りたたみ機構がついていたはずだがそこは再現されず、代わりに既に着艦済みの三機の艦爆とまるで共鳴しあうかのように不思議な光――――おそらく人類には再現不可能であろう――――を放ちながら一本の弓矢へと変貌する。手にとって矢筒に戻せば、カコン、といつもの心地よい音を立てた。
「う~、うーちゃんもトンボ釣りしたいぴょん~!」
「そんなこと言われても・・・」
「退屈ぴょん~」
後ろから聞こえる護衛役の声。ちなみにトンボ釣りというのは航空母艦への着艦に失敗した不名誉なパイロットを救出する係の俗称である。人間が載っていない水上用自律駆動兵装の運用においては純粋に着艦できなかった航空機の回収を行うだけの係だが・・・まあ、母艦も航空機も同時に操作している以上、着艦ミスはなかなか起きない。よって仕事は少なく、暇になってしまうのも仕方がない。作戦行動中であれば周囲の警戒をお願いするところだが・・・。いや、勢力圏の海域だからといって慢心はダメ絶対! 妹分の口癖を忘れるところだった。
「じゃあ、周囲の警戒をお願いしてもいいかな?」
「わかったぴょん!」
それだけ返して素早く加速し始める護衛の駆逐艦。艦艇のそれとは全く異なる機動ですいすいと海上を文字通り「滑ってゆく」。今日の訓練ではずっと護衛として張り付いてもらっていただけだったから、退屈だっただろう。燃料を無駄にするような急加速と機動であったが、まあ見逃してあげることにする。それにしたって単装砲と爆雷だけしか持たない哨戒仕様の睦月型駆逐艦の足は速いものだ。戦闘仕様の装備を着ければ他の駆逐艦にどうしても劣るが・・・近海警備レベルの護衛であれば十分すぎるスペックを持つ。なにせ備える主砲は通常艦艇と同等までとはいかないがかなりの威力を誇るのだ。
「さて・・・これで全部かな」
網膜に投影された航空管制システムの制御窓に映る飛行中の所属機はゼロ。念のため片手で矢筒の中に収められた矢の本数を数え、持ってきていた全ての搭載機が帰投したことを確認。それから通信回線を開いた。初めこそ手動でスイッチを弄っていたが、少し慣れれば通信しようと意識するだけで回線を開けるようになるのだから、拡張神経の汎用性には驚くべきものがある。
「サイパンコントロール。こちらCV-SR01、応答願います」
サイパン基地の管制に連絡を入れれば即座に返答が聞こえる。彼女は耳にイヤホンを装着していないが、彼女の頭の中で直接その返答は聞こえた。通信を艤装で受信したあと、人間向けの電子情報へ変換してから脳に直接入力しているのである。
《こちらコントロール、感度良好》
蒼龍は素早く時刻を確認。
「チャモロ時間1245。予定通り演習を終了、只今より帰投します」
《了解》
そこで無線は途切れた。今回の演習内容は航空機の管制を全て捌ききるための訓練。まだまだ鍛錬が必要そうだが、少なくとも
その時、唐突に回線が開かれる。
《どうだい蒼龍、寂しかったか?》
「もぉ、子供じゃあないんですから、大丈夫に決まってますよ!」
そう笑いながら返すと、向こうからも聞こえる笑い声。
《単艦による航空機制御もなかなか様になってきてるじゃないか・・・硫黄島の頃とは大違いだ》
「そうやってすぐ着任当初と比べないでください!」
《わりぃわりぃ》
反省する様子もなく通信機の先で笑う声、彼の名前は
水上用自律駆動兵装・・・『艦娘』は、直属の運用担当官を持たない。必要としない。母艦の支援なしで外洋航海を行うことを想定する水上用自律駆動並走は単独運用が前提――――公式では、常に『運用担当官が操作』していることになっているが――――とされているからだ。
しかし、特殊な艦船である航空母艦となると話は変わってくる。
航空母艦、空母を運用するうえではとにかく艦載機が重要だ。艦載機の練度がすなわち空母の練度。どれほど上物のパイロットを配備できるかで空母同士の航空戦は決する。
しかし、艦娘の運用する航空機は無人だ。艤装に搭載された航空管制システムを使ってこの艦載機を操る必要がある。艦載機の役割は多種多様、偵察、制空戦、爆撃、雷撃。加えて艦隊直掩。もちろん同時に自分の
そこで採用されたのが「空母直属の」水上用自律駆動兵装運用担当官。空戦の際に艦娘が制御しきれないであろう航空機の操作を担当する。水上用自律駆動兵装運用担当官の人材教育がようやく体系化され、人材に余裕が出来てきたからこそできる新しい試みであった。
《片桐司令も待ってる、早く戻ってこいよ》
「了解ですっ!」
サイパン島。
北マリアナ諸島を構成する島の一つであり、第一次世界大戦でドイツより獲得して以来、日本国が委任自治領として支配し続けてきた。大東亜戦争の際に米軍に占領されるが、1947年に北マリアナ共和国として独立。
しかし2022年以降の深海棲艦による侵攻により、北マリアナ共和国は崩壊。現在では国連軍の軍政下に置かれている。
そして、CV-SR01蒼龍が所属する534航空戦隊は、そのサイパン島に司令部を置く。
「卯月ちゃん、火器管制システムオフ、航法システムをオートに」
「わかってるぴょん!」
水上用自律駆動兵装を運用するために作られた専用の施設。それは偽装されているトンネルを通った先にある。途中から操艦をオートに切り替え、そのまま専用の装置に収容される。先程まで自分を支えてくれていた浮揚ユニットの駆動が収まるのを感じつつ、手元に艤装操作用の小型キーボードを展開、指で弾きながら異常がないかどうかを確認する。
「各種システムの終了を確認・・・補助電算装置・・・終了。艤装との接続を解除」
それと同時に身体がスッと軽くなる。空母型艦娘の艤装は大振りではない。それでも先程まででは身体の一部だったのだ。それが外されてしまえば、もちろん感じるのは違和感だった。艤装を外した蒼龍はさっさとコンクリートを踏む。艦娘といえど艤装を外した今、水上に浮く術は持ち合わせていないからだ。
「おお蒼龍、帰ったな」
蒼龍に投げかけられる声、先程も聞いた声だったが、やはり脳内に直接響く声と、実際に空気の振動を鼓膜で感じるのとはわけが違う。蒼龍の頬は自然と緩んだ。それから海軍式の敬礼。
「蒼龍、只今帰還しました!」
「ああ、お疲れさん」
蒼龍が敬礼を向けた相手、草鹿大尉もそれに返礼する。草鹿大尉はいつもこうして迎えに来てくれる。常識的には艦娘と運用担当官は積極的にかかわり合うべきでないと考えられているが、直属の運用担当官という立場が、こうしたイレギュラーな行動を黙認する言い訳となる。
「うーちゃんもいるっ、ぴょん!」
「おうおう、相変わらず卯月は元気だなぁ」
兎のような素早さで草鹿大尉の胸に飛び込んでいった卯月。艤装をつけていなくともその俊敏さは健在のようだ。草鹿大尉は笑顔で卯月に応じつつ、蒼龍に報告するように目で促した。
「CV-SR01蒼龍、爆撃訓練の結果を報告します。投下20に対して命中12、至近弾5」
「静止目標を狙ったにしてはまだまだ改善の余地がある命中率だな・・・」
命中率60%。目標が静止物だった上に今回はその爆撃に集中できたことを考えると、実戦での命中率はもっと落ちることになるだろう。
「・・・そうですよね・・・もっと頑張らなきゃ」
ションボリと肩を落とす蒼龍。彼女の名誉のために言っておくが、静止目標とはいえ命中率60%は非常に高い。ただでさえ複数の航空機を操るのは難しいというのに、爆弾を当てるなんてのは至難の業だ。しかも目標は敵空母級を想定した人サイズの的。彼女の練度は間違いなく上がっている。人の集まりにより運用される通常艦艇では成し得ないほどの練度へと。
しかし、その異常な練度を以てしても勝てないのがこの深海大戦なのである。
「ま、気にするな。そのための運用担当官だ。くれぐれも俺の仕事を奪ってくれるなよ?」
そう言いながら草鹿大尉は蒼龍の肩をポンと叩いた。肩に乗せられた手の重さと柔らかさ、彼女はそれをどう感じたのだろうか。僅かに目を伏せてから、しっかりと返事を返した。
哨戒任務中に夕月が機関を痛めたらしい。その様子を見てくると草鹿大尉に言われ、道の途中で別れる。同型艦の卯月はもちろん蒼龍も夕月のことが心配であったが、報告が先だと言われてしまえば司令部に向かうしかない。二人で司令部へと向かう。
サイパン島に設置されている534航空戦隊の司令部は、サイパン島に配備された航空隊――――人が乗り込んで操縦を行う、通常兵器によって構成された部隊だ――――の司令部に併設されている事情から飛行場近くの防空壕内に設置されている。
街から程よく離れた元サイパン国際飛行場。かつてはスキップしたくなるような気持ちを胸に満載した観光客たちが溢れていたに違いない飛行場の施設。今では破壊の限りを尽くされ、必要最小限の補修を受けた飛行場施設。こういったところを歩くと、やはり戦時中であるということを強く意識してしまう。窓枠ごと破壊されて以来修理されていない窓から見える飛行場のエプロンには、数機の輸送機と戦闘機、
それを眺めていたのだから、当然前方不注意となる。
目の前に気配を感じ、そちらを見遣ってから慌てて直立不動、慌てたものだから少し態勢を崩してしまう。
「お疲れ様ですっ! 片桐司令!」
まさかこんなところを歩いているとは思わなかった、目の前に佇むのはYシャツ姿。錨マークが散りばめられたネクタイは緩められ、肩に上着を提げた彼。外でも歩いていたのだろうか、頭には国連海軍の軍帽が乗せられ、国連憲章に錨を載せた国連海軍の紋章が光っている。
「お疲れ様、近くの販売所でサトウキビジュースを買ってきたんだ、良かったら飲んでくれ」
彼こそが、蒼龍たち534航空戦隊の指揮官。片桐大佐である。大佐は上着を持っていない方の手に持ったコップ――――器用なことに、一つの手で二つのコップを持っていた――――を掲げ、蒼龍たちに労いの言葉をかけた。
「ジュース?! やったぁ!」
さっきまで後ろにいたはずの卯月がさっと大佐の前に躍り出る。彼はやれやれといった様子で卯月にコップを渡し、それから蒼龍にも手渡した。コップには飾り付なのだろうサトウキビの茎がそのまま差されている。そしてこのコップの中身は、これらサトウキビの茎を絞って抽出されたものなのだ。搾りたてのサトウキビジュース。そういえば
蒼龍たち水上用自律駆動兵装――――すなわち兵器――――には不要なはずの舌に、じわりと広がる甘味と青ぐささ。
「おいおい、茎から食べるのか」
「ふえ? はへへぇふか(ダメですか)?」
何も気にする様子なくポリポリと茎を食べてしまう蒼龍。茎は結構噛み切りにくいはずなのだが・・・。それに習って卯月も茎に噛み付いた。
「う‘‘~苦いびょん~」
当たり前だ。
「ははは・・・」
他人事のように力なく笑う片桐司令。今日も534航空戦隊は平和である。
・・・平和なら、
サトウキビジュースに挿さっていたサトウキビの茎をストローと勘違いした作者はここです。苦さに甘さが下手に混じって変な感じでした。