「ふっ、また強くなってしまった・・・」
「菊月はいつもそればっかりぴょん」
「む・・・いいではないか、哨戒装備と
地下に作られた水上用自律駆動兵装を運用するための施設。敵航空機からの攻撃に備えて隠されたそこで、菊月たち534航空戦隊のメンバーは出撃準備をしていた。
菊月が嬉しげに装着していくのは妖精技術と最新鋭科学の結晶といっていい装備品の数々。睦月型ロットは初期型の水上用自律駆動兵装ということもあり、浮揚ユニットの出力が特型シリーズやその後に続く新型たちと比べるとどうしても劣る。だからこそ、最低限の装備しか積まない哨戒装備で船団護衛等に従事することが多いのであるが・・・今回のような殴り合いを想定しているなら話が別だ。
「って、菊月何載せてるぴょん!」
どんどん重装備になってゆく菊月を見ていた卯月が唐突に驚きの声を上げる。
「何と言われても、ただ対空砲を増設しているだけだが?」
「しすぎぴょん!」
卯月の言うとおり、菊月はあちこちに対空砲を設置していた。肩や腰に展開された補助ジョイントを用いるだけでは飽き足らず、シールドにも取り付けている。
「司令官も言っていただろう・・・今回は対空戦だ」
「だからって、そんなに積んだら補助電算装置のキャパを超えちゃうぴょん!」
いくら拡張神経を使うことで脳から直接艤装に指示を送ることができる艦娘でも、測距から弾道計算などの全ての複雑な行程を全て処理することは不可能だ。そんな彼女らを助けるのが補助電算装置。なかなか高性能なコンピューターではあるが、もちろん演算能力の限界はある。確かに対空砲を増設しすぎれば処理は重くなり、結果として戦闘能力の低下を招くだろう。
「卯月・・・」
「はは・・・卯月ちゃん、やっぱり聞いてなかったんだね・・・」
しかし呆れた様子でため息をつく菊月。準備が終わったのか蒼龍もひょっこり顔を出している。
「??」
卯月はただ頭上にはてなマークを浮かべるのみ、蒼龍が説明する。
「この前、対空機銃の自動一括制御ソフトがようやく完成した・・・っていう説明をしたはずなんだけど、忘れちゃった?」
彼女たちが使用する25mm対空機銃、命中精度に難があり、砲身の加熱も早く使用の際はかなり細かい調整が必要だった。よって一基使用するだけでも電算装置の領域を割と多めに割かねばならず、コスパに合わないと使われない傾向があったのだ。
それを解決したのが最近完成した制御ソフト、もともと25mm自体は軽量で搭載しやすかったため数が積めるし、一括で制御してくれるおかげで防空戦闘が一段と楽になった。
前線ではそのソフト、開発陣への敬意を込めて『集中配備型』と呼んでいる。
「ぴょん!」
とだけ言って走っていってしまった卯月。十中八九ソフトの更新に行ったのだろう。
残されたのは菊月と蒼龍のみ。菊月が仕上げと言わんばかりに単装砲を持ち上げ、即応弾が込められているドラムマガジンを装着した。第二次世界大戦頃の軍艦を模したのが水上用自律駆動兵装のはずなのだが、変なところで現代装備の要素が混じってくる。
「ところで蒼龍、此度の戦、貴艦はどう思う?」
「うーん、正直・・・打撃を通常艦艇であるCV比叡に任せるのはちょっと不安かな・・・しかも敵攻撃隊もこちらに惹きつける作戦となれば尚更ね・・・」
蒼龍は自身の戦闘能力そのものとも言える和弓を見つめつつ呟くように答える。声のトーンも僅かに落ちているように聞こえた。気のせいだといいのだが。
「なに、敵攻撃隊に対しては心配いらぬ・・・と言いたいところだが、私たち睦月型はそこまで対空戦が上手くないからな・・・」
それだけ言うと菊月は浮揚ユニットの最終確認をするべく別の区画へ向かって行った。蒼龍は何か思うところがあるようで、装備品の弓矢を見つめていた。
「草鹿」
艦娘たちの去ったブリーティングルーム。片桐司令は部下の名を呼んだ。
「なんでしょう」
答えた草鹿大尉。彼が艦娘にかける声よりは僅かに重い。
「ここ最近、ハワイ諸島から日本へ向かう深海棲艦が増えすぎていると思わないか」
「それは間違いない事実ですが・・・」
なぜそんな事を今更、と言いたげな草鹿大尉。片桐司令は鞄よりある書類を取り出した。
「それは?」
「
「・・・」
無言で受け取る草鹿大尉。内容をざっと見てからゆっくり息を吐いた。
「南方作戦は続行中ですよ」
「上もニューギニア島開放までは待つつもりだったそうだが・・・先日の東京空襲で事情が変わった。国民は列島の神域化を望んでいる」
二週間ほど前。水上用自律駆動兵装のおかげで平和が戻っていた日本列島が再び戦火に見舞われた。ウェーク島哨戒ラインをすり抜けての奇襲攻撃。横須賀の隊が素早く対応したおかげで被害自体は大きくなかったそうだが・・・再び祖国が蹂躙されるのではという恐怖に日本国民は怯え、早急な脅威の排除を求めている。
「一応我々は国連海軍です、日本の事情だけで動くのはいかがなものかと」
その通りである。現状、哨戒ラインは機能しているし、東京空襲だって被害が出たのは数機の航空機を逃したからであり、迎撃自体は成功といっていい戦闘結果だった。
「じゃあその略綬はなんだ」
片桐司令が指差したのは草鹿大尉の略綬・・・敵対的危険生物対処章。『日本国自衛軍の人間として』敵対的危険生物・・・すなわち深海棲艦と戦ったことがある軍人たちに送られる勲章、それを受章したことを示す略綬。
「・・・」
言葉を返せなくなった草鹿大尉。そんな草鹿大尉を尻目に片桐司令は続ける。片桐司令の胸にもまた、敵対的危険生物対処章の略綬が付けられていた。
「海図を広げてみれば分かることだが、太平洋には数多くの島が浮かんでいる。しかしどうしたことか、北マリアナ諸島、ウェーク島より北の海域はポッカリ大きな穴が空いている」
太平洋北部に生まれた地理的空白。
これが、国連軍極東方面隊にとっての一つの懸案事項となっていることは言うまでもない。深海棲艦は神出鬼没、どこから現れるかはおおまかな予想しかできない。となるとできる限り広く索敵網を広げておく必要があるが、もちろん索敵網を築くためには補給を行うための基地・・・つまり島が必要だ。もちろん島がなくとも哨戒機は飛ばせるし、衛星による監視も可能。とはいえ限界はある。
「
ハワイ諸島の最西端、ミッドウェー島。片桐司令が草鹿大尉に渡した紙は、そんな状況を打開するための占領計画書であった。
「ここを押さえれば、西太平洋は我が軍の
君はどう思う? と問う片桐司令。決定事項として伝えることもできただろうに。
「・・・今は、彼女たちの戦闘に集中させてください」
と草鹿大尉。結論の先延ばしに過ぎないことは分かっていたが、今は目の前の戦いに挑もうとしている蒼龍たちを全力で支援したかったのだ。言い訳なのは分かっている。
蒼龍の網膜に先程までとは比べ物にならない量の光が突き刺さる。洞窟に偽装されているトンネルを抜けたのだ。太陽は随分と傾いてきている。もうすぐ日が落ちるといったところか。南国の夕焼けが蒼龍たち534航空戦隊の面々を照らす。
とここで、蒼龍の視界にメッセージが飛び込んだ。発信元は艤装管制システム。通信回線を開くことへの許可を求めるものだ。こちらに許可を求めるということは上官からの通信回線でないことは明らか。一体誰だろうか、そう思いながら通信先の名前を見ると、それはCV比叡からであった。
「こちら極東方面隊中部太平洋艦隊第一作戦群、534戦隊のCV-SR01です」
蒼龍は回線を開き、声を出す。その声は集音マイクにより電子情報へ組み替えられ、音声情報として通信先へ送られる。艤装管制システムに繋がれている拡張神経を使えば思念を艤装管制システムで変換し、向こうに送ることも可能だ、しかし蒼龍は基本的に通信する際は『声』として口から出すようにしている。
思念通信は下手すると自分の考えていることまで相手に伝わってしまうし――――蒼龍にしてみれば、その制御は艦載機を操るよりは簡単だったが――――それに言葉は口に出したほうがいい、そう蒼龍は考えていた。
そんな蒼龍の事情は知らずに、開いた回線から返事が帰ってくる。
《こちらは日本国自衛海軍第三機動艦隊、司令長官の岩倉中将である》
回線の相手は日本海軍の中将であった。蒼龍にとってしてみれば雲の上の存在である。
「岩倉中将。今回の支援に感謝します」
《いや、我が軍としても貴軍に協力できて嬉しい限りだ・・・》
やや感慨深げに岩倉中将は言い。それから続ける。
《今回は我が航空隊の命を貴艦隊に預けることとなる。くれぐれもよろしく頼むよ》
「お任せ下さい」
《うむ》
それだけ残して回線は切られてしまった。今のは岩倉中将による挨拶のようなものと考えればよい・・・のだろう。深海棲艦との戦いではどうしても活躍しづらい通常部隊だが、指揮官があの様子なら、下手に手を出したりはしないだろうし、的確な援護をしてくれるはずだ。高圧的でないのもありがたかった。
「・・・ああいう丁寧な人ばっかりだといいのに・・・」
回線が切れた後の表情に暗さが残る蒼龍。CV-SR01蒼龍は、書類上サイパン基地の拡張兵装に過ぎない。こうして戦場のパートナーとして見てくれる軍人の方が少ないのだ。
・・・個人的な愚痴だが、最近着任する国連海軍大学で教育を受けた水上用自律駆動兵装運用担当官は、蒼龍たち艦娘を『兵器』として見る傾向が強くなっているように思われる。多方、教育時に『兵器』として扱うことを叩き込まれているのだろうが・・・。
そんな蒼龍の思考は、唐突に頭に響いた通信により遮られる。
《おいこら蒼龍、勝手に通信回線開くなつってるだろうに》
唐突に飛び込む通信、上官の片桐司令だ。
《大丈夫っぴょん! おーぷんでうーちゃん達に挨拶してきただけぴょん》
そして割り込んでくる僚艦。
《司令、まあ私らが配置につくのが遅かったんです。こちらにも落ち度はあるでしょう》
草鹿大尉の支援射撃も入り、そもそも通信がただの挨拶だったために司令の注意は弱まってしまう。
《まあ確かにそれはそうだ・・・岩倉閣下は恐らく534が戦術ネットワークに乗った瞬間に通信してきたのだろうし・・・まあいい、534はそのまま北上、明日0400時に戦闘機部隊発艦だ》
接敵まではなかなか時間が掛かる。こうして夕方に出発して朝方から戦闘を開始するのも、航空戦をなるべく短い距離で行うため。敵も空母機動部隊であれば、多少近づいても近接戦闘はしなくて済むはずだ。
《加えて今回はCV比叡の航空隊頼みだ・・・今夜は船旅を楽しんでくれ》
そんな片桐司令の言葉を最後に通信は途切れる。
「ふぅ・・・みんな聞いたね、航法モードを自動に変更、今後は20分ごとに変針しつつ北上します、よろしくね!」
そして蒼龍は声を上げる。
「「了解」ぴょん!」
僚艦たちの元気な返事を聞き、蒼龍は沈みゆく大きな太陽を眺めた。
0345時。蒼龍は何度目かの仮眠から覚めた。実は水上用自律駆動兵装に睡眠は必要ない。当たり前だ、兵器なのだから。しかし彼女らの持つ約1500ccの生体電算装置・・・すなわち脳みそは休養を必要とする。だからこうして仮眠を取るのは正しいのである。
・・・とかいう御託はともかく。
蒼龍はあたりを見回した。そろそろ日の出だろう。既に空は紫だち、冷えてしまった空気は太陽に温められるのを待っている。大きく息を吸い込めば、肺に満たされる潮を含んだ空気。
「総員起床・・・は、必要なさそうね」
「無論だ・・・」
「ぴょん!」
自分を護衛してくれている僚艦たちに声をかければそう返される。
「朝食は取った?」
自分が仮眠をとっていた間の航海レポートをチェックしつつ蒼龍は自身の飛行甲板の裏に隠してある携帯食料を取り出した。栄養補給に重点を置きつつも味に配慮した、質のいい携帯食料。世界がひっくり返ってしまう前はお金を出せば買えたものだが、今では軍部にしか流れてこない貴重品。
菊月と卯月から既に摂ったとの報告が上がる。蒼龍は周りに聞こえぬよう小さな声で「いただきます」と言ってから口に含んだ。ほんのりフルーツの味。ちょっと圧力を加えるだけでポロポロと崩れる固形食が、口の中の水分を吸って溶ける。
作戦行動中・・・つまり艤装に身を委ねている間の艦娘に『食事』という概念は存在しない。しかし栄養摂取は必要だ。もちろん栄養の供給は身体と接合している艤装管理システムの方で可能なのだが、こんな時代となれば食事も立派な『娯楽』なのだ。戦闘中にも好んで食物を口にする艦娘は多い。もちろんそれを止める者もいない。
携帯食料を飲み込んだ蒼龍は水分を補給すべく水を飲んだ。それからもう一本食べたいなぁ・・・という欲求と戦いつつ、通信回線を開く。
「こちらCV-SR01、サイパン534司令部応答願います」
《こちら534司令部、おはよう蒼龍、よく眠れたかい?》
返事を返したのは草鹿大尉だった。
「おはようございます、草鹿大尉」
草鹿大尉はその様子ならよく眠れたようだなといつもの調子で笑う。そして彼の声は急に挑戦的な口調に変わる。
《さてさて・・・これから1対3の航空戦が始まるわけだが・・・どうだい、今日の調子は?》
蒼龍は自信に満ちた笑みで答える。通信先には見えない表情ではあるが、きっと伝わるだろう。
彼女は紫を裂いてにわかにオレンジの輝きを放ち始めた暁の水平線へと宣言した。
「艦載機の練度もバッチリです、戦果を期待してくださいね!」
まさかの片桐司令急進派。
なお、設定をお借りしているオーバードライブ先生の作品に登場する急進派とは関係ありませんのでご了承ください。