読み辛くないかどうか、不安ですが・・・抜錨!
《では行こうか・・・リンク開始時刻0357、リンク用意》
蒼龍の網膜にリンク待機の表示と幾つかの警告文が現れる。リンクというのは・・・妖精技術が多分に用いられているのではっきりとした説明はできないのだが、ざっくり言ってしまえば艦娘と運用担当官の精神を一つの身体に入れてしまう、というものだ。誤解がないように表現するなら、運用担当官が艦娘に『乗り込む』ようなものだと思ってもらえれば良い。
ちなみに対外向けには艦娘・・・すなわち水上用自律駆動兵装は自我を持たないものとされているため、常にリンクが行われているということになるのだが・・・メリットあるがデメリットも大きいリンクを常にやっている運用担当官はごく少数だろう。
蒼龍は網膜に投影されている時刻表示に注意を払いつつ、姿勢を整える。リンクという複雑な行程を踏む際は何が起こるかわからない。なるべく安全には配慮するべきなのだ。
「CV-SR01、準備完了です! いつでもどうぞ」
《10秒前・・・カウント、5、4、3》
3より先は聞こえなくなる草鹿大尉の声、今頃彼はリンクに備えて固定器具に体を委ねていることだろう。リンク後には草鹿大尉の神経は艤装という中継器を介して蒼龍の身体に繋がれ、ある程度リンク率を高めると大尉自身の身体が動かせなくなるわけだから当然だ。
一瞬走るノイズ。それと同時に各武装の表示が変更される。草鹿大尉はリンクすると、必ずリンクの調子を確認するために対空火器を『借りる』のである。それゆえに高角砲や機銃群のコントロールが草鹿大尉の手に渡り、それぞれが調子を確かめるように勝手に動く。
《システムオールグリーン、対空火器の管制もバッチリだ》
蒼龍の側でもリンクの状態を確認。窓を開くとそこは正常を示す緑で埋まっており、問題ないことを主張していた。
「リンク率17.5%、こちらもオールグリーン。異常ありません」
リンクに問題がないことを確認し、水平線の彼方に寝転んでいるであろう草鹿大尉のいるサイパン島の方角を見る蒼龍。リンクというのは衛星通信で視覚情報などを共有しているだけのはずなのだが・・・不思議なことでまるで
《さてと・・・それではそろそろ作戦開始時刻だ。艦載機展開用意》
「展開用意!」
蒼龍がそう叫べば、航空管制システムが
《司令、ご命令を》
草鹿大尉の声、蒼龍ではなく534航空戦隊司令に向けられたものだ。
一瞬の間を置いてから、草鹿大尉でない声が響く。534航空戦隊司令、片桐大佐のものだ。普段の彼は蒼龍の妹分であり、また534航空戦隊の旗艦である飛龍にリンクしている。しかし彼女が内地に出向いている今、彼は菊月にリンクしていた・・・ちなみに先程リンクすることを艦娘に『乗り込む』という例え方をしたが、実際にはリンク先は適宜切り替えが可能であるので、指揮官が駆逐艦にリンクするという変則的な行動も取れる。
・・・水上用自律駆動兵装の運用に関して変則的でない部分を探すほうが大変だ、とか言ってはいけない。
《TF534、作戦ナンバー20281705CA01-01を開始する。一斉発艦用意!》
彼の掛け声とともに蒼龍は風上に舵を切る。後に続く2隻の護衛艦。艤装から展開された吹流しで自艦が風上へ向かっていることを確認。缶がボイラー式なら良かったのだが、そうでない以上水蒸気なんてエネルギーを無駄食いするものは用意できない。
「合成風力35ノット、発艦用意よし!」
報告と同時に蒼龍は航空管制システムを通じて艦載機を起動。矢という仮の姿を纏った戦闘機たちから発動機の息吹が聞こえてくるような心地よい錯覚を感じつつ、号令を待つ。
《蒼龍航空隊、発艦を許可する》
《発艦はじめ!》
司令の号令を受けてから草鹿大尉が発艦を命じる。戦隊司令と運用担当官の上下関係がこういった
「第一次攻撃隊、発艦はじめ!」
そう言い放った蒼龍は自身の相棒を空へ掲げ、自慢の艦載機を文字通り矢継ぎ早に繰り出してゆく。空へ舞い上がった矢は空気との摩擦で燃え上がるかのように炎を吹き出し、それから分裂する。蒼龍の視界に次々と追加される艦載機の運用状態を示すモニタ。どれも正常を示す。
脚を収容し、洗練された姿の航空機は遥か彼方の暁へと次々飛んでゆく。整備もバッチリなわけで、一糸乱れぬその姿に母艦としては誇らしい限りだ。まあ・・・全ての機体が既に脚を収容してしまっている状態からの発艦に文句をいう輩はいるかもしれないが、弓矢という形式で放つ以上、そういうものだと考えるしかない。
ところが、その中に『脚を収容していない』機体が数機。
菊月にリンクしていた片桐司令が気づいたのだろう。ん? と声が聞こえた。
《蒼龍、いくつか戦闘機の様子がおかしいぞ》
その片桐司令の疑問に僅かに心拍数を上げた蒼龍。もちろんそれはデータとして送られているわけで、片桐司令は疑念を確信に変えたことだろう。
周りの僚艦たちも気づく。
《ホントぴょん!》
《脚を仕舞わない・・・いや仕舞えない・・・99式か》
菊月のつぶやき通り、蒼龍から勢いよく発艦した航空機群は全てが戦闘機というわけではない。丸みを帯びた車輪の補強機構が特徴的なD3Aこと99式艦上爆撃機。
《蒼龍、どういうことだ》
「えっと・・・それはですね」
《いやーそれは見間違いってやつですよ、司令、はい》
言葉を濁す蒼龍。そこへ草鹿大尉が割り込んできた。しかしどうにも勢いがない。当たり前だ。草鹿大尉こそ、蒼龍が不安視した『打撃力不足』を攻撃機の過剰搭載で解消してしまおうと勝手に決定した共犯sy・・・いや張本人。
《・・・CV-SR01、未報告の事項があるのではないか?》
と片桐司令。蒼龍はあはは・・・と、どのようにでも解釈できる苦笑いを浮かべるが、まあ誤魔化せるわけもない。
「実はですね・・・99艦爆、10機ほど積んでます・・・」
片桐司令の露骨なため息が聞こえた。
《弁明は?》
「えーと、偵察任務・・・でしょうか?」
どうでもいいが、偵察任務は複座の99艦爆ではなく三座の97艦攻にやらせるのが一般的だったそうだ。もちろんこれは彼女らが艦だった頃の常識だし、そもそも艦載機に三座も複座もない――――というか誰も乗っていない――――から気にする必要はないのかもしれないが。
《なぜ疑問形なのか・・・まあいい、草鹿大尉、トイレ掃除一週間な》
《え》
《・・・どうせ許可はお前が出したんだろう?》
《いやでも、ちゃんと司令の仰った戦闘機の頭数は揃えましたよ? 余ったスペースに爆撃機を積んだってだけで・・・》
いやちょっと待ってくださいと、抗議の声を上げる草鹿。作戦が開始されたばかりだというのに、534の面々は随分と軽い調子で朝焼けへと向かってゆく第一次攻撃隊を見送った。
「いつの間に蒼龍と話をつけたんだ・・・? と、言いたいところだが」
ところ変わってサイパン島、水上用自律駆動兵装運用室と名付けられた司令部の一部。そこで片桐司令は大きな溜息を漏らした。
「お前だって知っているだろう・・・妖精技術を用いた艦載機に理論上の搭載限界数は存在しない・・・あるのは彼女らそれぞれの
海の上にいる蒼龍たちに聞こえぬよう通信ではなく口から発せられた言葉は、大量に並べられた電子演算機を冷やすファンの音にうもれて消える・・・と思われたが、草鹿大尉は返事をした。口を動かして返事ができるあたり、深く潜ってはいないようだ。
「分かっています、蒼龍航空隊99艦爆3個小隊12機の操作は自分の管轄から離しません」
「離しませんと言ったって、絶対というものはないだろう・・・不用意にリスクを、それも彼女らに背負わせるものじゃない」
何だかんだで責任感の強い蒼龍のことだ、いざとなれば自分で99艦爆も操ろうとするだろう・・・それぞれの艦娘に設けられている搭載限界数は確かにある程度の余地を残して設定されているとは言え、負担が12機も増えるのは大きい。何が起こるか分からない。
「お言葉ですが司令、司令はCV比叡航空隊の『お守』をしつつ勝てるとお考えですか?」
返す言葉はなかった。
正直言って、通常兵器は奴らに『効きづらい』。奴らのサイズは巨大な『駆逐級』ですら精々数メートル。精密爆撃が求められるレベルの小ささだ。今回相手にする空母級や重巡級は人型であるせいでもっと小さい。爆撃機で飛んでいって、適当に爆撃しただけじゃ意味がないのだ。本気で戦果を求めるなら、飽和攻撃で命中の低さ――――というよりかは奴らの回避能力の高さ――――を補うしかない。
「・・・確かにCV比叡は三万五千トンの中型空母・・・搭載機数は決して多くなく、また損耗を恐れる故に航空機を全力出撃させてくるはずはないだろう」
CV比叡が戦闘に参加するということは、残念ながら534の護らねばならない対象が増えるということを意味する。では何故534が彼らの支援を受け入れたのか。
本当に打撃力の不足はあった。しかし一言で説明するなら『政治的判断』であろう。とは言えそれを受け入れねばならないのが片桐たち軍人なわけで、流石にそこにコメントするようなことはない。草鹿はそんな片桐に対して言う。自らを正当化するような言い訳ではなく、進言として。
「・・・それに蒼龍の搭載を戦闘機だけに絞れば連中は必ずこちらの意図に気づきます・・・こちらに刃がないと知れば・・・食われかねません」
正常な判断ではある。攻撃機のいない航空隊の動きは目的が違う故に全く機動が変わってしまう。もし蒼龍航空隊に決定的な攻撃力がないと知られれば、対空防御をせずに突撃するという選択肢を敵に与えてしまうことになる。
もし突撃されれば・・・駆逐艦2隻――――それも分類としては旧式の――――しか持たない534に勝ち目はない。
「しかし・・・相談しなかったのは評価し難いな、ただでさえ運用担当官の『独断専行』が目立ってきているこの頃なんだ・・・『海軍出身なら』もう少し上下関係を意識して欲しいものだな」
「間違いなく反対されると思ったので」
その言葉を聞いた片桐司令は、どうしてだか『笑った』。
「反対しただろうな。爆撃機を出せば
それにな、と付け加える片桐。
「私だって隊を預かる司令官だ。攻撃の手段を用意していないとでも思ったのか?」
《すまん、半数以上外した!》
蒼龍の頭に草鹿大尉の声とそれに続いて悪態が聞こえた。蒼龍航空隊は結果として奇襲に成功。彼が指揮する艦爆隊が果敢に攻撃を敢行したが、空母を一隻も戦闘不能に出来ずに終わった。護衛の駆逐級を数隻落とすことに成功したとは言え、それでは意味がない。
「大丈夫ですよ大尉、作戦は順調に推移してるはずですから!」
そう言った蒼龍は戦局を確認すべく、戦場を俯瞰する位置にいる一機の零戦に意識を集中。視界に写っているはずの水面と僚艦たちの姿がボヤけ、遥か空の上から見下ろした風景が見える。空に咲くのは白い煙ばかり、対空砲火のそれと、敵艦載機が火を吹いた証拠だ。それらで彩られる白い花園に異端児のように僅かに咲くのは黒い煙。あれらは零戦や99艦爆の最後の命が燃え尽きた証拠であり、すなわち落とされた味方艦載機を意味している。
同じく撃墜されたはずなのに煙の色が違うのは、敵航空機が防炎装置を備えており、爆発四散しないことが理由らしい。搭乗員の消耗を考えなくても良い艦娘搭載機は生存性を重視しないが、敵さんは生存性を重視しているということだろうか?
それはともかく・・・こちらの被撃墜数は少ない、どちらが有利かは目に見えていた。
(制空権は確保・・・予定通りならそろそろCV比叡の部隊が到着するはず・・・)
蒼龍がそう思ったとき、丁度回線が開かれる。
《司令部より534航空隊へ、ようやく『
そう片桐司令の声が飛び込むと同時に、データリンクによりもたらされた各艦の位置を示している海図に爆撃範囲、そして爆撃予想時刻が表示される。蒼龍は時期を見計らって艦載機を一斉退避。
唐突な撤退に敵方は一度は追撃の姿勢をとる。しかしその直後に水平線の向こうから迫る脅威に気づくこととなった。
しかし、もう遅い。
日本国自衛海軍の誇る最新鋭艦上攻撃機。亜音速で534航空戦隊が作り上げた『ステージ』へ突入。無駄に数の多い『駆逐級』で構成された輪形陣を一瞬で突破、さらには空母級の控える中心部の上空も一瞬で通り過ぎる。
次に降ってくるのは、無数の爆弾だ。ポトリと落とされたコンテナが空中で爆ぜ、一瞬で空に小さな物体がばら蒔かれる。
零戦ごしに眺める蒼龍の視界、そこに映る敵が棒立ちしている海面が一気に泡立った。十数機の攻撃機から放たれたクラスター爆弾。それら数千の子爆弾が一斉に爆裂したのである。大量の水しぶきが吹き上げられ、空母級の姿は水のヴェールに隠されてしまう。
「CV比叡航空隊の爆撃を確認!」
「やったか・・・?」
「菊月! それは『ふらぐ』ぴょん!」
果たして水のヴェールが海に還る。その時点で海の上に立っているのは空母が2。重巡は変わらず健在だったが、空母を一隻落とした。この戦果は大きい。
しかし蒼龍航空隊の攻撃も止み、さらには味方を一隻落とされた敵艦隊。これから残った二隻は復讐のために艦載機を飛ばしてくることだろう。
《蒼龍、今すぐ艦載機を引き上げさせろ・・・計画通り、こちらに引き付けるぞ》
「了解です・・・みんな、対空戦闘用意!」
応じる僚艦の声が聴こえた。
いよいよ日付が変われば水無月です。
サイパン編もいよいよ佳境へ!