《
菊月が自身の電探で観測した接近してくる航空機の数を報告する。34機・・・多くも少なくもない、そんな数だろうか。どうやら敵さんも慌てているようで2隻の空母から放たれたにしては少ない数だった。
「到達予想時刻!」
しかし蒼龍の着艦はまだ三分の二ほどしか完了していない。常軌を逸している発艦と違い、着艦は昔ながらの方法を採るのが空母艦娘だ。装備品である飛行甲板に航空機を着陸させ、甲板上の機体の数が任意の数に達したところで甲板の上で出撃前の弓矢へと変換する・・・さらっと恐ろしい事を言ってしまったような気もするが、『妖精技術』とはそういう謎を数多くふくむのだ。こればかりは勘弁してもらいたい。
まだ敵機の姿は目視できない・・・が、目標は小さいのだ。見えないのも仕方がない。奇襲を受けないだけでも十分マシなのだから。
《到達まであと五分ほどだ・・・蒼龍、着艦は間に合いそうか?》
「うーん・・・間に合いそうもないね・・・」
着艦時、蒼龍たち空母艦娘は航空機が落っこちないように飛行甲板を水平にし続ける必要がある。水平にしているということはつまり動きづらいということで、必然的に回避能力は落ちることとなる。
着艦中に襲われる事態だけは、避けねばならない。
《敵さん思ったよりも早いな・・・蒼龍は着艦作業を中止、直ちに直掩隊を発艦させよ。草鹿、空中で着艦待ちの戦闘機は何機いる?》
片桐司令の確認する声が聞こえる。着艦待ちの戦闘機がいれば回したいところだが・・・。あれだけ激しい制空戦のあとだ、どの機も傷つき、無理な戦闘は出来ないだろう。
《15機です。内弾薬切れが6機、制空戦闘が長引きすぎました》
《補給を急ぐために零戦の収容を急いだのが仇になったな・・・上がっているのは半分が99艦爆か・・・そいつらの稼働時間はあとどのくらいだ?》
《ざっと三、四十分ですかね・・・99だけでも戦闘範囲外に逃しますか?》
《そうしてくれ・・・蒼龍、上空に残った戦闘機の指揮は草鹿に任せろ、直掩隊の発艦に全力を尽くしてくれ》
「了解です」
そう返事をして飛び去る零戦たちを見送り、航空管制システムを開いて弾薬・燃料補給の進捗状況を確認する蒼龍。内心ではやや焦っていた。
空中待機の機を向かわせても役には立たないだろう。弾薬が残っている零戦もいるとは言え、確認したところ20mmは品切れ、豆鉄砲と馬鹿にされてきた7.7mm弾しか残っていない。7.7は確かに弾詰まりも少なく安定して運用できる。そのため20mmの照準や、深海棲艦への威嚇いう運用においては役に立つのだが・・・この状況では敵の装甲を抜けなければ意味がない。そして深海棲艦の艦載機を7.7
蒼龍は歯噛みした。せめて、上空直掩を一小隊でも上げておけば、ここまで慌てずに済んだだろうに! 今回の作戦目標は制空権の確保であって、計画上はCV比叡の航空隊が敵を殲滅できるとされていた。とはいえ計画に無理があるのは分かっていたのだから、多少の無理をしてでも戦闘機を余分に持ってくるべきだったと今更後悔。
ううん、後悔している暇なんてないよね・・・!
既に空での戦端は開かれている。もちろん戦局はこちらに不利、燃料も心もとなく、攻撃力もない艦載機たちの黒い華が空へと咲いてゆく。時間などない。
「直掩隊発艦します!」
一斉発艦とは違い、蒼龍は風上に舵を向けない、取り出した弓矢を弦にかけ、限界まで引き絞る。天然素材で作られた弦が特有の音を立て、弓矢に力学的エネルギーが溜め込まれている事を訴えかけてくる。
《発艦を許可する》
《発艦せよ!》
片桐司令と草鹿大尉の指示が飛び、蒼龍は願いを込めて矢を放つ。限界まで溜め込まれた弾性エネルギーに猛スピードではじき出された矢はたちまち一個小隊の戦闘機へ姿を変え、遂に目視可能となった敵機めがけて飛んでゆく・・・弾薬の補給など発艦の準備に手間を取られすぎた。だけどせめて、もう一小隊だけでも・・・。
《DD-MT09菊月、安全装置解除・・・対空戦闘開始》
《トラックNo.2628、主砲、うちーかたー始めー、ぴょん!》
しかし蒼龍の脇に控える僚艦たちが遂に発砲を開始する。ちなみに彼女らは砲こそ現代艦艇に積まれた砲のようなドラムマガジン方式を採用しているが、イージスシステムなんて処理の重いシステムは積んでいない。卯月のは言葉遊びのようなものなので悪しからず。
ともかく蒼龍もそれに続く、放ちかけていた弓矢を格納筒へ戻し、飛行甲板を構える。火器管制装置をスタンバイから叩き起せば艦載機の保護のために固定されていた甲板脇の対空火器群が鋭い駆動音を立てながら動き始め、蒼龍の視界は照準器と装填状況、機銃の状態など各種メーターにより埋め尽くされる。
敵の航空機群はゆるゆると二手に別れ始めたところだった。緩降下してゆくのが雷撃隊、高度そのままで突っ込んでくるのが急降下爆撃隊、といったところだろうか。
こちらの対空砲火を分散させるつもりに違いないが、そうはいくものか。
「対空砲火を緩降下する雷撃隊に集中! 雷撃を放つ前に全機撃ち落して!」
それと同時に蒼龍は草鹿大尉へと回線を開く。やらねばならないことが多い戦闘時においては、なにより重要なのが味方との連携だ。
《草鹿大尉、直掩隊一小隊しか発艦できませんでした・・・爆撃隊をお願いします》
《一個とは言え20mmがありゃ状況は変えられる、任せとけ》
そう草鹿大尉の返答。護衛の戦闘機を蹴散らしつつ爆撃隊を妨害するのは至難の技だろうが・・・カラ元気でもなんでもいい、聞き取りつつ蒼龍は対空砲を打ち続ける。それと同時に警告が表示される。早くも機銃の射程に入ったのだ。まだ三機しか堕としていないというのに。
《くうっ・・・》
思わず漏らしたのだろう。回線に菊月のうめき声が乗る。既に護衛艦二人も各所に増設した対空機銃を撃ち始めており、弾幕は先ほどと比べると相当濃くなっている。光を放つ曳光弾をいくつも受けた敵雷撃機が炎に包まれ、ポトリと海へダイブ。敵の雷撃機はこちらの97艦攻と比べればずっと堅牢な作りだが、曳光弾の後には数発の弾丸が続いて着弾するのだ。目算十数発の機銃を受けた飛行機が耐えられるはずがなかった。
しかし、機銃を撃つということ、航空戦においては既にこちらの敗北を示している。
《雷跡7!》
報告したのは卯月か菊月か、七機の雷撃機に雷撃を許したのだ。実はこれ自体を避けることはそこまで難しくない。艦だった頃はともかく人型となった今は簡単だ。
しかし忘れないで欲しいのは、雷撃隊が魚雷を放ちそれが到達する頃、ちょうど攻撃隊が蒼龍たちの上空に到達する、ということである。魚雷を避けるため下手に散開すれば、効率的な対空砲火を放てなくなる。
ならば、散開せずに避けるだけのこと。
「右90度回頭用意! カウント! 3、2、1・・・今!」
蒼龍の素早い号令、僚艦もそれに従い、カウントと同時に片足を水面から離し、そして押し付けるように進行方向と直角に下ろす。唐突に横方向への推力が加わった彼女たち、瞬時に90度回頭を成し遂げてしまう。非常に密な防空陣は保たれたまま。
水上用自律駆動兵装・・・艦娘にだけ許された高機動だった。
このまま直進すれば雷撃は余裕で避けることが出来るだろう・・・もちろん、そうは問屋が卸さないのだが。
《すまん蒼龍! こちらは二機落とされた!》
まず割り込んだのは悔しげな草鹿大尉の声。どうやら爆撃隊の足止めに失敗したようだ・・・敵戦闘機は全て爆撃隊の援護に付いていた、そう簡単に破れるはずもない。
問題は、敵がすぐ向かってくる。それだけだ。
《敵機直上!》
その余裕のない言葉と同時に視界の端に単装砲を振り上げる卯月の姿が映る。敵爆撃機だ。蒼龍の直進方向と同じ方向へ突っ込んでくる・・・つまり、背後を取られた。自分の項に照準器を合わせられるような錯覚――――いや、錯覚などではあるまい――――に背筋が冷えるが、背筋を冷やす暇があるなら身体を動かしたほうがいいに決まっている。
今から振り返って対空砲火を放つべきか? それとも振り返らずに回避行動へ入るべきか? 答えは決まっている。自分は航空母艦、この534、ひいては祖国を守る盾。蒼龍は自身の視覚情報と電探からもたらされる頼りないデータを見つつ、回避運動の用意をした。爆弾が投下されるのと同時に動けば被弾の可能性はかなり低くなる。対空攻撃は僚艦に任せよう。
しかし、次の瞬間、僚艦から驚きの声がもたらされる。
《なっ? 投下してこない・・・敵機そのまま離脱してゆく・・・》
菊月の言葉に蒼龍が返事を返そうとすると、割り込むように聞こえる声、先程まで沈黙を保っていた片桐司令が口を開いたのだ。
《敵さんこちらが手強い事実に気づいたようだな・・・遅延作戦をとってくるぞ》
その言葉に振り返れば、攻撃をせずに離脱した爆撃機たちが思い思いの方向へ飛び去ってゆく、その一見連携を欠いた動きを見たとき、蒼龍にも片桐司令の言葉が理解できた。
蒼龍たちは背後から攻撃を受けようとしていた。しかし背後から攻撃を受けるということは敵がこちらへ追いすがってくる状況なので相対速度は小さい。つまり爆弾がゆっくり飛んでくるということ。回避が少しとはいえ容易くなる。加えて敵爆撃機は常に目標を修正しながら飛ぶ必要があるため、背後から迫る状況では必然的に緩降下爆撃に似た爆撃姿勢になってしまうのだ。命中率も下がってしまう。
どちらかといえば爆撃する方に不利。しかも雷撃隊の身を挺した攻撃に動じなかった蒼龍たちだ。敵もゆっくり攻めるか、もしくは援軍を待つかを選択したのだろう。
いずれにせよ、戦闘の長期化は蒼龍たちにただ不利である。
《蒼龍、直ちに直掩隊を発艦》
ほんの一瞬の判断だった。現在蒼龍たちの上空を守るのは実質僅か二機――――航空隊の小隊は四機編成、二機が堕とされたから残りは二機。着艦出来なかった零戦は全て弾切れだ――――の零戦、相手はまだ二十機以上・・・少しでも数が欲しいところではある。
だが、敵機は蒼龍たちの真横を飛んでいるのだ。とにかく発艦作業中の空母は打たれ弱い。ある意味では賭けである。
しかし、それを疑っている時間こそ無駄なわけで。
「了解、発艦させます!」
《僚艦は蒼龍を援護、蒼龍から離れるな》
《無論だ・・・!》
《ぴょん!》
僚艦が横数メートルへ横付けしてくる。通常船舶なら激突待ったなしの距離であるが、水上用自律駆動兵装にとっては無理のない距離――――勿論互いに数十キロの高速を出しているため、ぶつかった日には大惨事だが――――だった。
それにすら目をくれず蒼龍は格納筒より弓矢を取り出す。高速で移動している上に回避運動直後で体勢は整っているとはお世辞にも言えない。しかし時間はない。既に散った爆撃機群は旋回を終え、こちらへその刃を向けているのである。
「航空隊、発艦!」
弓矢はたちまち四機の零戦へと変換、射出時の速度が足りなかったため一度は海面へと高度を下げていったが、塩味のキスをする前に速度をつけて空へと舞い上がる。しかし舞い上がったと思った瞬間、唐突に動きを変える零戦たち。自動操縦から運用担当官に操作が切り替わったのだ。
《大尉、航空隊をこっちへ回せ、お前は蒼龍の対空砲火》
《了解》
それに関して蒼龍がなにか反応を返す間もなく、火器管制システムから機銃の操作権限が無効化されたとエラーが入り、それと同時に上位権限を干渉しているとの警告が表示される。すぐに機銃群の管制を止め、自身を預かる運用担当官に託す。リンクの最大の強みはここ、艦娘と運用担当官で分担して作業を行える所にある。権限さえあれば誰でも動かせる艦載機と違って『本人』の操作は本人もしくはリンク中の運用担当官しかできないため、草鹿大尉は航空隊を片桐司令に預け、蒼龍の補助に回ってきたのだ。
《機銃はこっちでやる、そっちは高角砲を頼むぞ》
返事がわりに飛行甲板を持ち上げ、接近する航空機へ向けて12.7cm高角砲を放つ。534航空戦隊としては最大威力を持つ砲熕兵器が唸りを上げるが、分散して接近してくる航空機群に対して有効な戦果は挙げられない。
《装填するっ!》
ドラムマガジンの弾を撃ち尽くした菊月が装填作業に入る。それをカバーすべく鋭く波を立てる卯月。同時に弾切れになるという事態にはならないが、一門とはいえ手数が減るのは惜しい。
菊月の争点作業が丁度終わるか終わらぬか、遂に敵爆撃機は蒼龍たちを追い詰めた。全周に敵敵敵、零戦とのドックファイトに飽きた戦闘機が曳光弾の筋を走らせながら水面を飛び去り、蒼龍の頬に赤い線を刻み込む。衣服にも数発が突き刺さり、痛覚を遮断されているとは言え蒼龍は顔を歪めた。草鹿大尉の機銃弾は全て爆撃機へ向けられているが、結局二、三機を撃ち落とすに終わる。
禍々しい表面をした敵爆撃機の搭載爆弾。そのひとつが遂に放たれた。特有の風きり音を響かせながら引力に牽かれて落ちてくる爆弾。
ほんの一瞬、脳裏に『何か』が浮かんだ。
それが最大の命取りとなる。一瞬とは言え艤装から流れ込んだ『記憶』。それが彼女の足を止めさせてしまったのだ。
気づいたときにはもう遅い、爆弾は蒼龍の目の前に迫っており、今から回避するのは不可能に思われた、咄嗟に防御反応が働き、肩の飛行甲板を盾のように突き出してしまいそうになる。たとえ被弾したとしても、一撃で沈む事態だけは避けたかったのだ。
《馬鹿野郎! なにボサっとしてんだ!》
しかしそこで響いた声、それと同時に身体が
《ご、ごめんなさい、私・・・》
《謝るだけの通信に領域割けるなら演算してろ! 敵弾投下!》
しかしまだ一機を避けただけ、次々と襲い来る爆弾と機銃弾。火薬により砕け散った破片が大きな水柱を作り、水面に飛び込む弾丸が小さな水柱を作る。レーダーは
とにかく避け、避け続ける。
そして、遂に爆撃は止んだ――――。
全ての攻撃手段を失くし、戦闘機に守られつつ帰ってゆく敵攻撃隊。追い払うように後を追う零戦。敵攻撃隊の第2陣はまだ来ていないようだが・・・そこへ聞こえる平坦な片桐司令の声。
《CV-SR01、損害を報告せよ》
水しぶきで見えなかった僅か十メートル先に僚艦の姿。数は・・・2隻。短距離データリンクで表示される僚艦は共に大きな損害は表示されず、自分の艤装管制システムにも重大なアラートは上がっていない・・・損害は小破といったレベルか。どうやら全艦健在のようだ。だが、それはあくまで艤装の話。
「二人共、大丈夫?」
「うーちゃんは無敵っぴょん!」
「蒼龍こそ大事ないか?」
二人共いつもの調子だった。
「全艦健在です」
その言葉を聞いて、片桐司令は息をついた。
《よし・・・よくここまで耐えたな》
随分と落ち着いた・・・というよりもやりきったような片桐司令の声、変な話だ。蒼龍たち534航空戦隊にはやらねばならないことがまだまだ残っているというのに。
その疑問を感じたのだろう。音声情報だけのはずなのに、片桐司令の笑が見えた。
《さあ、反撃に移るぞ・・・534の『旗艦様』のご到着だ》
「え、それってもしかして・・・」
今534の旗艦は蒼龍が担当している。だがそうでない艦が到着したということは・・・。
戦術データリンクの端にいつの間にか表示されていた友軍輸送機。そこに追加される新たな認識。534の所属タグ付きでデータリンクに表示される。
諸用により内地へ戻っていた534所属水上用自律駆動兵装。用事が終わると同時に片桐司令が輸送機を手配し、今作戦の攻撃要員として呼び戻した空母型艦娘。
《CV-HR01『飛龍』。只今到着しました・・・蒼龍、みんな、待たせたわね》
これで空母の数は2対2。数で均衡なら錬度で勝る534が負けるはずもなく、その後一時間半ほどで作戦ナンバー20281705CA01-01の分類は『完遂済み』に変更された。
どうも、帝都造営です。
艦これ小説なのに平然と通常兵器を出すな!と思っている方ごめんなさい。しかも空母をさらっと一隻落としてゆくっていう。
ひとまずここまでが導入部分となりますが・・・艤装管制システムとか航空管制システムとか・・・そしてCV比叡(榛名型3万tクラス航空母艦)とか、めちゃくちゃな要素てんこ盛りです。何これ?
CV比叡とか、北マリアナ共和国とかの設定は拙作『模倣の決号作戦』の設定からですね。実はこの話はあの作品と同じ時系列、つまり未来のお話なんですが・・・まあそんなことは置いといて。
正直導入に時間かけすぎました。初期の計画より既に文字数は大幅に伸び、5/27~6/6の短期集中連載にするつもりがまだ最終話まで書き上がってないっていう。仕方ないので六月中の完結を目指して頑張ります。
ここから先はいよいよミッドウェー島奪還作戦が動き始めます。お楽しみに。