人が集まればどんな場所にでも街は興る。街が興れば人が集まる。そうして街は都市へと変貌する。
日本国、東京。広大な関東平野、その中心に広がる『かつての』千万人都市。
かつては華の帝都と呼ばれたこの街も、関東大震災以来歴史を刻んできたこの街も、今ではその面影を僅かに放置された残骸として残すのみだ。悲しいかと聞かれれば悲しいだろう、しかし街が破壊されるのは、この国においては別段珍しいことではない。
この街は今、大々的な復興を遂げようとしている。かつては皇居を中心として複数の副都心が連携する街であったが、今度はどんな姿に生まれ変わるのやら。
「世の中は戦争中というのに、復興計画とはさすがだと思いますよ、ねえ?」
人が多ければ多いほど復興速度は早くなる。災害で多くの街を喪ってきた日本ならそれは尚更のことだ。しかし今回は微妙に事情が違う・・・深海棲艦により海沿いの街は――――カスピ海沿いでもない限り――――大きな損害を被った。東京湾という海を持つこの街もまた然り。他の街に復興の援助をしてもらうことは出来ない。
しかし、だからこそ、この街は一刻も早く復興しようとしていた。
「惨禍を今すぐにでも忘れたいという想いはわかる・・・私もそうだ」
軽口のような国連軍佐官の言葉に、彼はそうゆっくりと答える。一体ここはどこの建物だろうか。窓から見えるのは復興に励む東京の街、そのあちらこちらに元気よく生えた建設用クレーンを眺めつつ、彼は紅茶を口に含んだ。最低限の海上交通が再開されたおかげで、紅茶のような外国の嗜好品も、こうやって手に入れることができる・・・実際紅茶なんて茶葉を発酵させただけのものは日本でも作れるのだが、彼は銘柄に極端にこだわっていた。銘柄にまでこだわるなんて、随分と贅沢なものだ。
「しっかし・・・今度はミッドウェーねぇ・・・気持ちは分からなくもないですが、どうしてこうも過去に囚われるのやら」
国連軍佐官はいつもと変わらぬ、僅かにおどけた調子でそう言う。
「別に過去に囚われているわけではないだろう・・・純粋な戦略目標として、『あの島』が欲しかった、それだけのことだ」
プロパガンダ程度に使われるのは許してやれ。と付け足してティーカップをソーサーへ戻す彼。座っていた椅子にもう一度深く腰掛けなおす。
彼がティーカップをソーサーに戻せば、それが僅かなティータイムの終わりを告げる合図となる。国連軍佐官は東京までやってきた理由である書類を取り出し、彼の手元へと置いた。
それを手に取り、何度目かのため息をつく彼、改訂前の資料にも目は通してあるので概略は把握しているが・・・だからこそため息をつくのかもしれない。
「
北太平洋にぽっかりと空いた空白地帯・・・ここへ深海棲艦が侵入し、日本本土を『再び』攻撃する事態を防ぐべく構築されようとしている国連軍の長期作戦計画にない哨戒線。
普通に考えれば、維持の難しい太平洋の小島を奪還する意味はない。ただでさえ南方が激戦地だというのに、ハワイに近いミッドウェーの占領は新しい激戦地を生み出すだけだ。
「穏健派の意見は筋が通っていて、正しい現状分析でしょう。しかし今の世論なら急進派が正しくなる」
「・・・そして、今の極東方面隊にはそれを為すだけの余裕がある、そうだな?」
確認するようにもう一度口に出す彼。攻勢に移らねば勝利はない。彼としても、これ以上戦争が長引かせるわけにはいかないと考えていた。
「そうなります・・・向こうは523さえ動かせるなら、もう事を運ぶ気でいますよ」
TF523・・・横須賀に配備されている水上用自律駆動兵装の部隊のことだ。所属するのはCV-AG01『赤城』、CV-KG01『加賀』とその護衛艦。
「523の赤城加賀に、534の飛龍蒼龍・・・どうしてこうも縁起の悪い艦を使うのかね」
「実際それしかいなかったんだから仕方ないでしょう・・・アリューシャンは占領済みですし、歴史の焼き直しにはなりゃしませんって」
「提督、赤レンガから通信があるみたい」
赤レンガ。東京、霞ヶ関にある海軍省庁舎・・・今は国連海軍極東方面隊の総司令部も併設されている。その別名が示していた赤煉瓦造りの庁舎は消え去ってしまったが、未だに赤レンガといえば海軍省のことを指す。
「総司令部から? 一体何の用だろうか・・・」
「また何かやらかしたんじゃないですか?」
相手は上官だというのに、からかう様に笑う女性。軍服も来ていないのに軍事施設内にいる女性ほど場違いなものもないが、彼女らはこの姿のまま海に『立つ』というのだから恐ろしいものがある。
とは言え、恐ろしい存在とは裏を返せば頼もしい存在。現に彼女は一般人が見ようものなら逮捕――――どのような罪状かは国により変わるだろうが――――されるような機密扱いの書類を扱う事ができる。それが信頼かどうかはともかく、有用と判断されていることは間違いない。
「やらかしたって・・・別に蒼龍の艦爆の件は適当に報告書で説明しておいたし、別に批判を受けるようなことはしていないだろう」
そう言いながら片桐は通信を受け取る。サイパン基地の暗号機で変換されたばかりの文書は、再生紙100%の薄っぺらい紙にプリントされていた。
それを一瞥してから、片桐は彼女を見遣った。先程までとは目つきが変わっていた。
「飛龍、今すぐ軍服に着替えろ」
グアムに日帰り出張だ。
グアム島。北マリアナ諸島を構成する一つの島。しかしこの島だけは北マリアナ共和国に属さない。
「・・・だからこそ、534航空戦隊はサイパン島を根拠地とする。極東方面軍の租借地をあまり増やしたくなかったのと、グアムは復興が進んでいる関係から水上用自律駆動兵装が人の目につきやすいのが理由とされてきたが・・・」
「私たちへの理解が以前よりかは深まったことで、逆に攻勢部隊たる第一作戦群の隊が分散している不都合の方が目立ってきている・・・ということですね」
「それ故に基地機能の集約計画が持ち上がり、こうして各部隊の指揮官がグアムに集められたというわけだ・・・なかなかいい『言い訳』だと思うよ」
そう言いながら片桐は小型機の窓から外を見た。既に機体は地上に舞い降り、窓の外を流れるのはグアム国際空港の無残な残骸――――いくら復興が進んでいるといえど、やはり復興途上であることには変わりないのだ――――であった。
「観光だったら、良かったんだがなぁ・・・」
横から向けられる視線を気にせず、片桐は呟いた。
「加賀先輩! お久しぶりです!」
「久しいわね、飛龍・・・貴女方534の活躍は常々こちらでも耳にしているわ・・・同じ空母型自律駆動兵装として、誇らしい限りね」
小型機が半分ほどしか復旧していない――――残り半分は『駆逐級』が走り回ったせいでめちゃくちゃにされたままだ――――エプロンの一角にて停止、エンジン出力を落とした時、出迎えたのは一人(一隻だろうか?)の艦娘であった。片桐の部下たる飛龍はタラップを降りる時こそ彼に続いていたが、一人ずつしか降りれないタラップを通過した途端、小走りで彼女のもとへ駆けていき、やや興奮した様子で語りかける。
空母型水上用自律駆動兵装CV-KG01『加賀』。極東方面隊所属としては最大の『許容量』を誇る、実質的に最強の空母。立ち振る舞いも軍人らしく、恐らく水上用自律駆動兵装で最も
片桐が近づいてきたのを確認した加賀は、こちらへ素早く敬礼する。
「お久しぶりです、片桐大佐」
「出迎えご苦労・・・加賀くん」
返礼しつつそう言う片桐、しかし加賀は『加賀』という言葉に機嫌を損ねたようで、
「ここにいる間はCV-KG01とお呼びください・・・敵を作ることになります」
と返した。なるほど確かに、こういった大勢の人間が集まる場で「艦娘扱い」するのは良くないのかもしれない。しかし・・・ここまで体裁にこだわる必要もないだろうに。
「よお片桐、サイパンは一番近いだろうに、お前がここまで遅れるとはな」
堅いことをいう加賀に一言言おうか言うまいか考えていたその矢先、片桐の耳に見知った声が届く。今度は飛龍が敬礼をする番であった。
「
東雲と呼ばれた彼は大佐の階級章を揺らしながら笑った。階級章に刻まれた『桜』は彼が国連海軍からの士官でなく、自衛海軍上がりだと言うことを主張する。
「お前こそ、ちょっとばかし焼けたんじゃないのか? サイパンはいつからリゾートになった?」
横須賀暮らしの俺としちゃあ、羨ましい限りだよ。そう冗談交じりに笑う彼は、523航空戦隊・・・すなわち『赤城』『加賀』という空母型水上用自律駆動兵装を基幹とした航空戦隊の指揮官であった。航空戦隊の指揮官という点では、片桐と同じポストとなる。
「バカ言え、昨日まで書類仕事に追われてたんだぞ?」
昨日の昨日まで先日の戦闘の報告書作りに追われていた片桐である。蒼龍が多くの傷を負ったほか、飛龍を緊急空輸したことに対する理由と、それに割いた資源は目論見通りの結果を出せたのかどうかなどの面倒な報告書も作成しなければならなかったのだ。
「まあ、そんなことは置いといてだな・・・とりあえず状況を説明しよう」
水面下だから分かりづらいが、ここ一週間で大きく情勢は動いたぞ。そう言いながら東雲は待機していた『UN』マークのついた公用車へと片桐、そして二基の水上用自律駆動兵装を招き入れた。
ドアが閉まると同時に車は滑るように動き出す。予想外にもこの車は電気自動車だったようで、音もなくスルスルとエプロンを走ってゆく。東雲は車窓の外に視線を投げつつ、ゆっくりと話し始めた。
「二週間・・・そろそろ三週間か・・・ともかく、『本土空襲』がこの作戦計画を加速させたことは知っているな?」
「ああ、哨戒線の隙を突かれ、深海棲艦に日本周辺海域への侵入を許し、加えて市街への投弾を許してしまったあれだな」
「・・・それで遂に『穏健派』の一部が動いた」
もっとも、急進派寄りのいわゆる『中立派』だけだがな。
国連海軍極東方面隊、担当はハワイより西側の――――最も、ハワイ諸島は敵の手に落ちているのだが――――太平洋と東シナ海、南シナ海も担当するこの部隊。当然規模は大きい。規模が大きければ大きいほど、そこに所属する人間も多くなり、考え方の違いも表面に出てくる。
現在の極東方面隊の派閥は、大きく分けて二つに分かれている。
一方が『急進派』・・・その名の通り戦線拡大と早期の脅威排除を求める派閥で、現在進行中のニューギニア攻略を進めているのがこの派閥。もう一方は『穏健派』・・・穏健、というよりかは、今は深海棲艦からのより効率的な防御と、この大戦を根本的に終わらせるための研究に力を注ごうという考えを持つ、戦力温存を訴える派閥である。
「今回の空襲は、マリアナ哨戒線で深海棲艦の侵攻を全て防ぐことは難しいということを証明してくれた。戦力を使わないのが穏健派だが・・・流石に自分の頭に爆弾が降ると聞けば慌てる、と」
飛行場の施設を出た車は、舗装された道を進んでゆく。メインストリートにはチラホラと民間車の姿が見受けられたが、やはり往時ほどは多くない。多車線のアメリカ型道路、そのガランとした大通りを車は駆ける。
「なるほど、それで風向きが変わったわけか・・・で、結局どれほどの戦力が使えるんだ」
その一番聞いておきたい質問を口に出す片桐。東雲はどういうわけか、肩をすぼめた。
「困ったことに、これっぽっちだ」
渡される
「511戦隊、516水雷戦隊、523航空戦隊、526水雷戦隊、533戦隊、534航空戦隊、571水雷戦隊・・・冗談じゃない、何が悲しくて二線級の571が入ってるんだ?」
「護衛の水雷戦隊を揃えられなかったんだよ・・・しかしこれでも足りん。『プランB』の採用は、決まったも同然だ」
東雲は『お手上げ』のポーズを作りながらシートに寄りかかった。片桐も同じポーズをとりたい気分だったが、お手上げなんてのんきなこと言っていられない。
「まあ、戦略待機で524が使える・・・んだが、これは恐らく投入されないだろう」
「なz・・・ああ、そういうことか」
「せめて指揮官が小河原中佐でなければなぁ・・・」
残念そうに漏らす東雲、重巡を擁する水上打撃群である524の指揮官、小河原中佐は穏健派よりとされる中立派の将校だ。急進派から見れば中立派とはいえ穏健派。恩売りにも見えるだろう。だからミッドウェー島奪還には参加して欲しくないと考える人間がいる。派閥争いなんてそんなものだ。
「ま、その代わりと言っちゃあなんだが、通常兵器は使い放題だぜ? これを見てみろよ」
そう言いながら部下に合図を送る東雲、東雲の部下である加賀が書類を取り出し、片桐に手渡した。片桐は先程渡された編成表を飛龍に手渡し、加賀から書類を受け取る。目を通せば、なるほど豪華な部隊だった。
「空母一隻に巡洋艦三隻、駆逐艦は十隻。加えて『プランB』用の潜水艦が数隻、こりゃあ随分と豪華なことで」
もともと戦力不足を訴える穏健派に対して急進派が口を酸っぱくして行ってきた言葉が『水上用自律駆動兵装に頼りきらず現行兵器と組み合わせれば、戦線を支えることは可能である』というもの。
急進派は言ってみれば「通常兵器積極投入派」であり、一個機動艦隊を揃えることができるぐらいに日本国自衛海軍へ影響力を持っているのは当然の事だった。
「・・・で? どうするんだ、534司令官殿?」
投入可能な通常部隊の資料に目を通し、もう一度ため息をついた片桐に東雲は問いかける。
「どうするも何も、選択肢などないだろうが」
「それもそうだ」
その言葉を待っていたかのように車が減速、停止。
目の前には国連海軍極東方面隊、第53中部太平洋艦隊司令部の庁舎が建っていた。
現代艦艇の艦級区分に関しては、こんごう型ミサイル護衛艦→金剛型防空巡洋艦、あきづき型汎用護衛艦→秋月型駆逐艦といった感じで曖昧なものです。そこまで描写はしないのでお気になさらず。
ところで、自分はグアム・サイパン両島に行ったことがありますが、インフラの差をすごい感じました。距離的には離れていないはずですが・・・直轄領か自治領かでここまで変わるものなんですね・・・。