山口少将の空母攻撃命令は司令部機能喪失の隙を突いたもので、実は軍法会議ものの越権行為だったそうです。
「択捉511戦隊の西園だ・・・今日は中部太平洋艦隊第一作戦群、その基地施設集約のための会議に参加してくれてありがたく思う・・・さて、建前はこの辺にしておこう」
第53中部太平洋艦隊司令部の庁舎、その一角にある会議室で一人の将官が口を開いた。ここがグアムであることを考えるなら第53中部太平洋艦隊の総司令が話を進めてゆくのが筋なのだろうが、ここの司令はニューギニア島攻略のために531戦隊を連れて遠征中だった。まるで主人の居ぬ間に盗みを働くかのような、周到なタイミングでこの会議は開かれているのだ。
それを指揮する将官の名は西園少将。今回のミッドウェー島奪還作戦の立案者であり、哨戒線防衛構想を推し進める急進派の一部、そのリーダー格と言える存在だった。
「今回集まってもらったのは言うまでもなく、『ミッドウェー島奪還作戦』の最終作戦会議のためである。まずは危険を冒してまで国連海軍の防衛計画にない作戦に志願してくれた勇敢なる諸君らにお礼を言いたい」
と告げ、頭を下げた西園少将。早い話、これは国連海軍、すなわち人類の意志としての作戦ではない。極東方面隊、それもその中のごく一部が勝手に立案し、有志のみで水面下で話を進めてしまったものだ。ほとんどの将校は――――急進、穏健関係なく――――この計画自体を知らない。
「いきなり話を進めるのもアレだ・・・まずは自己紹介から行こう。では・・・木村くんから始め給え」
そう唐突に指名された男が跳ね上がるように立ち上がった。
「はっ、北方艦隊第一作戦群516水雷戦隊、木村少佐であります!」
「(随分と若い子ですね)」
椅子に座っている片桐に横から話しかけてくる飛龍。現在では女性士官も決して少なくないわけではないため辛うじて溶け込めているが、やはり飛龍の雰囲気からして軍服は微妙だな。などと全く関係ない感想を抱きつつ、問に答える。大勢の士官が詰めている会議室だからこそできる小声の会話だ。
「(国連海軍大学校からのやつだ・・・西園閣下の一番弟子と聞いている)」
「(国連大学出かぁ・・・)」
不安そうに漏らす飛龍。水上用自律駆動兵装を指揮する軍人を教育する国連海軍大学校。ここ出身の軍人は、実は結構艦娘たちに嫌われる傾向がある。その最大の原因は、ここ出身の軍人が艦娘をこととん兵器扱いする傾向があるせいだと思われるが・・・そんな事情を無視して自己紹介は各隊構成の確認とともに進んでゆく。
「(ところで、提督は今回の参加部隊に不安を持っている様子でしたけど・・・何かあるんですか?)」
「(あぁ・・・戦力が足りないというのもあるんだが・・・急進派と言えど一枚岩でない話はしたよな?)」
「(うん、前にも言ってたね)」
聞き入るように頷く飛龍。
「(西園閣下は哨戒線の拡大により深海棲艦の脅威を排除しようと考える『哨戒線防衛構想派』の人間だ・・・哨戒線防衛構想は今の国連軍の基本戦略だし、それに則った考え方だと俺も思う)」
そう言いながら片桐は会議室の一角を睨みつける。そこには、どっかりと構えた佐官が座っていた。
「(問題なのはあそこに座っている内嶋中佐・・・533戦隊司令だ)」
「(そう言えば、この前着任したばかりの・・・)」
533と片桐たち534は指揮系統でも配置位置でも深い関係を持つが、そう言えば三週間前に着任したばかりの新任533司令の内嶋中佐とは話したことがなかった。
「(ありゃ・・・『ホンモノの』急進派だよ・・・今回の作戦と80年以上前の海戦を重ねている)」
水上用自律駆動兵装は過去の艦艇を模したものだ・・・それは妖精技術が『そういったもの』としてしか働いてくれなかったせいなのだが、使う兵器の名は大戦時の艦艇。戦地は大戦時の太平洋とほぼ同じ・・・これが過去へのリベンジマッチと勘違いしない方が無理な話かもしれない。
それは朧げながらも確実に『大戦時の記憶』を持つ飛龍には説得力のある言葉だったようで、彼女は深く頷いた。ミッドウェーの雪辱を晴らす。これは彼女にとって、どれくらいに重い言葉なのだろうか。片桐には分からない。
一通りの参加部隊の紹介が終わった。片桐も東雲も自分の隊の紹介を終え、士官たちの視線は、再び西園少将へ移る。
「・・・さて、それでは作戦の説明に移ろう」
その言葉とともに室内の照明が一段階暗くなる。音を立てずにゆっくりとスクリーンが降りてきて、どこに設置してあったのかプロジェクターが起動。中部太平洋の海図を映し出した。
「作戦目標はハワイ諸島ミッドウェー島。ここを占領し、哨戒線基地を構築することが本作戦の目的だ」
そう言いながら西園少将は手元のタブレットを操作する・・・画面に幾つかのアイコンが表示される。511、516、523・・・参加各隊を示すものだ。
「知っての通り、ミッドウェー島はサンゴでできた環礁だ。浅瀬が多く、どういう理屈かは知らないが深海棲艦が多く屯している・・・まずはこれを引き剥がし、殲滅する必要がある」
深海棲艦は光の届かぬ深海でも活動が可能である。加えて生命維持に動物が必要とするような栄養を摂取する様子もない。そんなのがどうして浅瀬でのんびりしているのかは実は全くわからないのだが、そういう風にして多くの島、もしくは大陸が彼らに犯されているだけは事実だった。
「作戦は幾つかの段階に分けて遂行される・・・第一段階として、ミッドウェー島周辺を遊弋する敵勢力の排除。第二段階としてミッドウェー島への固着が確認されている『飛行場』の破壊・・・最後に、ミッドウェー島への国連陸軍地上部隊及び航空隊の進出」
西園の言葉に合わせて簡略化された敵や味方を示す戦略マーカーが動いてゆく。作戦は陽動に始まり、敵主力の撃滅、飛行場の破壊、そして・・・友軍の上陸を支援するところまでやらねばならない。
「さて、実際の作戦だが・・・参加予定だった呉の
呉の隊が回せれば二倍の戦力差であるが、いなければ三倍の戦力差。流石に覆すのは難しい。
「・・・そのため、もともとの作戦案であった『プランA』は破棄・・・ミッドウェー島奪還作戦は『プランB』にて遂行される」
西園少将の言葉に合わせ、海図が僅かに移動する・・・先程までは全ての隊が一箇所に集められていたが、今度は3箇所に分散された。523と534・・・すなわち空母部隊が敵地のド真ん中、残りは日本近海に配置されたのだ。
「『プランB』・・・空母部隊は敵中へ進出、適当な敵集結地を立て続けに空爆し、敵を各集結地に釘付けにしてもらう」
「あら、飛龍じゃない、お久しぶりね」
「あれ? 511の代表は陸奥さんなんですか?」
全体としての会議は終わった。しかし今回は普段なら連携しあわないような部隊が数百キロの距離を隔てての合同作戦を実施するのだ。指揮官は勿論のこと、実際に動くことになる艦娘同士でも連携をとることが大切だ。
その為に飛龍は片桐についてわざわざグアムに来たのであるし、511の西園少将に従ってやってきた陸奥もまたそうである。
「ええ、511の根拠地である択捉には
赤軍への牽制という意味でも、ね。付け足して微笑んだ陸奥。なるほど、島民のほとんどが深海棲艦の犠牲となり、僅かに生き残った島民もほとんどが避難してしまっているサイパンやグアムとは違い、択捉は今でも多くの住民が生活している。こういった配慮が必要なのだろう。
「そうよ、それにしても・・・よく
そう言う加賀。言われてみれば加賀の所属する523航空戦隊の旗艦はCV-AK01『赤城』。自分のように旗艦が出てくるのは珍しいどころか、ここにおいては
「サイパンは人がほとんど住んでないから・・・考えたこともありませんでした」
先輩方と会うたびに、いつもこうして自分の知識の薄さを思い知ってしまう。一応自分なりには鍛錬してきているつもりなんだけどなぁ・・・。
と、そこで表情を変える陸奥。
「相変わらず『お気に入り』なのね、あなたは」
「へ?」
お気に入り?
「そうね・・・」
加賀もそれに同調する。飛龍はあまりに唐突に変わった話の流れに一旦遅れを取るが、すぐに彼女らの言わんとすることを察する。
「やっ、やめてくださいよ」
「あら、随分と慌てるのね・・・やっぱり何かあるのかしら?」
「そんなんじゃないですって・・・」
「あら? 『そんなの』って、飛龍はどんなことを想像したのかしら? ねぇ、加賀?」
「・・・」
何か言ってくださいよ、加賀先輩。しかし加賀は後輩の願いに耳を貸さず、ただ見守るばかりである。
黙秘権を行使しようとだんまりを決め込むが、徐々に顔が熱くなってきた。抑えようとすればするほど熱くなってくる。
「あら、そんなに顔を赤くしちゃって・・・」
既に対空砲火も沈黙、戦艦相手に制空権を取られるとは何事か。と片桐司令の声が・・・じゃない、今は追い払って、平常心、平常心・・・。
「・・・その辺にしておきましょう、私たちは作戦遂行のためにここにいるのです」
ようやく助け舟(?)を出してくれた加賀先輩。遅いにしたって程がある。
「そそ、そうですよ、作戦、作戦の話をしましょう!」
「あら、あらあら・・・」
慌てた様子の飛龍に向けてどのようにでも解釈が可能な微笑みを浮かべる陸奥。どう解釈するかはこちらの心の持ちようによって変わってくるわけで、今の飛龍じゃ顔をますます赤くするだけだった。
はっ! まさか、司令に見られたりなんてしてないよね?
その可能性にようやく気付いた飛龍、周りを見回すが、片桐司令の姿はなかった。
「あれ・・・?」
「何を言っているのか分かっているのか」
そう言ったのは東雲だった。
先ほどの会議室とは別室。今この部屋には、西園少将の他には片桐と東雲、それと中嶋中佐がいるのみだった。プランBの最も重要な部分を担うのは囮となる空母部隊である。そう考えれば航空戦隊である
加えて言えば、東雲の言葉は、その中嶋に向けられたものである。彼はこの中では最下級の将校だというのに。
そんな中嶋は東雲の言葉へ言い返す。何のためらいもなく。
「今回の作戦は結局のところ水上打撃群が主力を担います。当然の判断でしょう」
中嶋中佐が見下ろすのは作戦盤。中部太平洋をくりぬいた海図には幾つかの島が表示され、今作戦に参加する予定である全艦艇が駒として置かれていた。
片桐はその一つを取る。不機嫌そうな様子を隠さない中嶋。片桐が手にとったその駒は、中嶋率いる533戦隊所属の駆逐艦であった。
「中嶋中佐、勘違いしておられるようだが・・・今では護衛の対空砲火もよく当たる。駆逐艦が一隻いるだけでも状況は変わるのだ・・・どうだろう、そちらから回してもらえないか」
片桐は駆逐艦の駒を『秋津洲』と書かれた駒の横に置いた。片桐の手から離れた駒へ素早く中嶋の手が伸びる。
「お断りします、どうして我が戦隊の所属艦をそんな危険な任務に就かすことを承諾しろと言うのでしょうか」
それを看過するようでは、指揮官失格です。と中嶋中佐。その言葉に東雲が顔を僅かに赤くし、それに気づいた片桐は僅かに体の位置をずらす。東雲を牽制するように。
「私としても敵艦隊を漸減するために水雷戦を担当する水雷戦隊からはなるべく艦を引き抜きたくない・・・どうだろうか、533所属駆逐艦を『秋津洲』の護衛に回してやってはくれないだろうか」
君の重巡はこちらの随伴で護衛できるだろうから、と西園少将も言う。しかしどうしてか、中嶋中佐は首を縦に振ろうとしなかった。
秋津洲・・・分類上は水上機母艦とされるが、これまで偵察・遊撃の任をになってきた千歳型とはまた異なった性質を持つ水上機母艦である。
・・・そしてまた、今回の作戦にはこれが『不可欠』なのであった。今はそれの護衛を供出する部隊についての調整を行っているの訳だが・・・どうにも533の中嶋中佐は快諾しようとしない。
「それ以前の話をしましょう」
中嶋は切り出した。それ以前とはどういう意味だろうか。
「今回の作戦はただでさえ戦力を分散するものです。だからこそ、集中できるところには限りなく集中しなくてはならない」
敵の戦力を分散させつつ、こちらの戦力は結集、敵を各個撃破してゆく。国連海軍が最良とする戦術であり、今回の作戦もそれを理想として組まれている。
「それがどうした」
「使い道の少ない艦艇には、ここでより多く働いてもらいたい。そう考えています」
「あれでも秋津洲は最新の装備だ。戦闘兵器として役に立たずとも、支援兵器という面ではまだまだ出番があるはずだが?」
中嶋は微動だにしない。
「最新なのは二式大艇のみです・・・秋津洲ではありません」
「だが、二式大艇の管制システムを実装できたのはまだ秋津洲だけだ。喪失前提の作戦は組めない」
中嶋は、その片桐の言葉に小さく笑った。
「喪失前提? それを言うなら、先日の図版演習でCV-KG01を『復活』させたのは誰でしたかねぇ?」
事実に基づいて反撃しているつもりなのだろう。絶好の機会と言わんばかりに勝ち誇ったような顔を見せつける中嶋中佐。それが国連海軍大学に入れたおかげで佐官に飛び込むことが出来た人間の顔だった。
しかし、先日の行われた図版演習でCV-KG01の大破判定を取り消したのは紛れもない事実だそうで、東雲は堪えるような表情をしていた。
「六隻の正規空母が揃った前提で行われた『プランA』の結果が、ミッドウェー島占領なるも空母1喪失、3中破。『プランB』では空母喪失なしとされてはいますが、それは前段階の『陽動』が完全に成功している場合のみです・・・ましてや、その図版演習で敵を担当した檜山中佐は戦艦部隊へ一切の空襲を仕掛けていない」
主力艦喪失を避けるためにも、護衛艦艇は多く必要です。
正論に違いはないだろう。『秋津洲』が求められるのはあくまで『陽動』の段階のみ。
「私はあくまで、AV-AT01『秋津洲』の単艦運用を進言します」
中嶋中佐はそれだけが正しいという顔でそれを主張する。
連携は、既に崩れ始めていた。
ところで・・・
限定ボイスなどでは、飛龍さんの自分に対する(←こいつ『自分』って言いやがったよ・・・)呼び名は「提督」です。
・・・でもこれってすごい意味のある言葉だと思うんですよね。いや、勿論山口中将閣下にも『提督』の称号は当てはまるんですけども、彼が最期に指揮をとった部隊は「戦隊」であって、艦隊ではないんですよ(当時の二航戦の上位にあたる一航艦を指揮していたのは南雲さんでした)。
だから飛龍さんが多聞丸に向ける呼び名はむしろ「司令」であって(MVPボイスでは『多聞丸』と語りかけるような様子ですが・・・)、「提督」とは違うものとして捉えてくれているのかもしれません。
・・・都合が良いように解釈してるだけ。と言われればそれまでの話ではあるのですが。