゛死とは逃げきれない追跡者だ゛それを幼い獣人の少女システムが理解したのは、6歳の時だ。
システムが、死は世界に遍在し万物に宿っていると気づいたのは、己のツルギの真の能力を発動した瞬間だった。死とは生の裏面、生きているモノから死を視ることは普通では不可能だ。しかし、システムの瞳には死が黒い線として視界全てのモノに映っていた。眼に映るモノ全てに死が充満した世界、一歩踏み出せば崩れ落ちそうな脆い世界でシステムは一人で生きてきた。彼女が発狂しなかったのは、死を視る能力のオン、オフが切り替えられたおかげだろう。
システムのツルギは視野を広げる能力であり、その広がった視野は概念的なモノであろうと見極められる。物理的には存在しない゛死゛であろうと゛時間゛であろうと。そして、逆説的に考えれば、視えるということはそれに干渉することが可能であるという証明でもあるのだ。システムは己のツルギに宿る真の能力を使うことに恐怖を抱いていた。そして、彼女はこの能力を恐れると同じくらい嫌悪しているのだ。
本来は視えないはずの、それ(死)が彼女の瞳にはそれが視えていた。そう゛死゛とは何も特別なモノではない。そこら中で溢れんばかりに潜み隠れた姿なき存在。システムは死をそう定義している。生まれて十数年の少女が、独自の死生観を構築しているという事ははっきり言って異質としか言えないだろう。
システムは獣人の王族の家系に生を受けた、王族といっても宮殿や後宮で誕生したという訳ではなく、極々普通の家屋でシステムは産まれた。かつての獣人たちは大山脈を駆けぬける誇り高く強靭な戦士と、周辺国家から恐れられてきた。しかし、獣人の国が大国とされたのは今や昔。ブレイドの被害、他種族との抗争、部族ごとの内紛、などの影響で獣人の数は着々と減って、現在では国としての体裁を保つのが精一杯。獣人の王族といってもシステムが産まれた頃には、獣人たちを纏める長のような役目になっていて王族と名乗るには微妙としか言い様がない。まぁ、そのおかげでシステムは幼い頃から市井にまざり、一般家庭にいる普通の子供のような生活をしていた。システム自身も王族としての義務に縛られない自由奔放な暮らしが出来ていたので不満はなかったようだ。
彼女は3歳の時、ツルギを発現した。ツルギの能力は視点の強化、初めは誰もがこのツルギを無価値だと判断した。攻撃性は皆無、視点の強化など獣人の身体能力、鋭敏な五感の前では有って無いも同然。この世界で王族と呼ばれる者は強い騎士が多い。その子孫も強い騎士が生まれる確率が高い。だが、システムは数少ない例外だった。
システムは己のツルギの本当の使い方に気づいたのは、彼女の6歳の誕生日。その日、仲のよい友人たちと登った山で、AA級相当のブレイドにシステムたちは遭遇した。ブレイドから友人たちを逃がすため、システムは自らを囮として山中で壮絶な逃走劇を繰り広げた。だが、いくら騎士とは言え、幼いシステムではブレイドから逃げ切れず、ブレイドに瀕死の重傷を刻まれる。瀕死の重傷による臨死体験、生と死の狭間でシステムは自分のツルギの真の能力の一端に触れ、ズタボロの体を必死で動かし、ブレイドを滅殺することに成功するのだった。
しかし、数秒でも゛死゛を視るという経験は、幼い少女だったシステムの心に大きな傷跡を作ってしまう。結果として、システムは自分のツルギをまったく、使わないようになり、ひたすら、屋内で勉学に励むインドア系の天才学者として成長した。勉学に打ち込んだシステムはこの世界ではあまり重要視されていない化学を専門にするようになり、特に今で言う機械工学を熱心に研究するようになった。そんな彼女は、やがて世界でも有数の学問機関、アルマニア国立学園の門扉を叩くこととなる。そこで彼女は斬撃皇帝と呼ばれる男、アド・エデムと出会うのだが、その話はまた別の機会に。
話を決闘祭に戻すとしよう…………
Sideシステム、アリスタ、キュア
システム、アリスタ、キュアの三名はアド・エデムの声がしたと思われる二年校舎へ移動していた。ちなみにアリスタのツルギで転移しなかったのかというと、アドの声が聞こえた周辺でした戦闘音を警戒して、二年校舎までを自力で移動することにしたのである。三人の少女たちは二年校舎に行く途中にいた見張りを倒し、先に進もうとした時、その場に現れたのは二年の将の一角、エゼル・ウォール・ゴヒュルだった。
「……エゼル・ウォール・ゴヒュル、何故あなたが?」
「いや、あなたたちの率いる1年に敗走して、本陣に戻ろうとしてたんですがね。まさか、こんなにも早くリベンジの機会が訪れるとは………まだまだ、私も捨てたもんじゃないとみえる」
「まさか、あの極重装甲のエゼルと、こないな場所で出くわすとか想像しておらんかったで。これって、まごうことなきピンチやないか」
「どうする?いっそ、アリスタのツルギで向こうまで跳んじゃうとか」
「キュア…………………私たちが逃げたらアドがいるかもしれない所にまで、エゼルを引き連れていってしまう」
「まぁ、あんちゃんの助太刀に行くんや。その前にここでエゼルを倒さんと。向こうで邪魔されるかもしれんで」
唐突過ぎるエゼルの襲来に、少女らはパニックを起こさず冷静に事態を認識し、その上でエゼルを打倒することを決定した。だが、力、経験、技術の差は向かい合っているだけで、ひしひしと伝わってくる。勝てるイメージが浮かばない、難敵と呼ぶに値する強者。少女たちは微かな勝利の可能性を手繰るために、自分達のツルギを強く握る。
「……………エゼル、貴方を倒す………」
「二人とも、怪我したらすぐに僕が直すから!」
「三人がかりやけど、卑怯なんて言わんでな」
「はっ!…1年の頭とは言え、三人程度で俺を倒そうだと?…は、あはは…………調子に乗るんじゃねぇぇぞ!!」
エゼルの憤怒の叫びは、破壊の旋風を招来させ、道の表面にある煉瓦を粉々に粉砕する。砕けた煉瓦自体が煙幕となって、視界が煉瓦の破片で埋め尽くされた。三人は互いの背中をあわせて死角を無くす。土煙の中、どこからエゼルが来るのかというプレッシャーが三人にのしかかる。
「ジャ!!」
エゼルは三人に向けて己のツルギを振るう。すると振るった切っ先から半透明な障壁が突進してくるではないか。道一杯に広がり迫りくる壁を、アリスタは冷淡な瞳に映す。巨大な壁が三人に直撃する瞬間、アリスタたちの姿が消えた。エゼルはその異常な現象に見覚えがあった。そう1年校舎で、嫌というほどに辛酸を舐めさせられた現象。エゼルは警戒心を最大限に引き上げてツルギを握る。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
上!エゼルは上空の雄叫びに反応してツルギの能力を発動する。エゼルを中心にドーム状のバリアが張られた。ガキーン、と硬質な音をたててシステムの攻撃を防いだ。システムは障壁に攻撃を当て、発生した反作用で大きく退く。退き着地した場所にアリスタ、キュアの両名が出現する。その光景を見て、エゼルは神出鬼没な一年生の真実を暴いた。キュアは回復能力のツルギで有名、システムも転移系統の能力者ではない、すると消去法で最後に残ったアリスタこそが瞬間移動の能力者となる。
「まさか、アリスタ様がこのような能力をお持ちとはねぇ。いやはや、落ちこぼれのヒメサマと聞いていたが、噂なんて宛にならないもんだ」
「………………どうも」
エゼルの感心したような言葉に、アリスタは表情を変えず平坦な返事をする。抑揚が無い無造作な応対にエゼルは口を歪ませるが、自粛したのか溜め息を吐いてツルギを煉瓦に突き立てる。その姿は悠々とそびえ立つ山脈、難攻不落の城を思わせる挙動。
「防壁、………いや、鉄壁?…………」
「……アリスタ、このままじゃ、どうやってもジリ貧だよ。あの障壁を破るほどの力なんて僕たち持ち合わせていないし、エゼルさんをどう突破しよう?」
アリスタは通常どおり抑揚の無い声に無表情だが、どこか危機感を感じさせるように顔から一筋の冷や汗を垂らす。横のキュアはエゼルを突破する方法を模索しながら自分のツルギである旗を胸に抱える。システムは二人のように焦燥感を表に出さず、諦めたような素振りを見せる。この場合の諦めたというのは、勝負を指すのではなく、隠していた切り札を温存することを諦めたと言うモノに近い。
「二人とも、下がって。アレ、使うわ」
「「!!」」
簡素な言葉、主語が入っていない話にも関わらずアリスタとキュアはシステムの言いたいことを正確に把握する。システムは覚悟を決めたような顔つきで、トレードマークの白衣を翻した。
「………シス………ごめん、」
「僕が弱いから、……………シスに、こんな……」
「あ~…………アリスタ、キュア、気にせんでえーよ。ウチを信じてドーンと構えとき、必ず勝ってみせるからな」
システムは自分の鉈状のツルギ、゛千里眼゛を軽く振って、エゼルと真っ向から対峙する。対峙したエゼルはどこか、不満げにシステムを睨み付けた。これは慢心しているのでも見下しているのでもない。実力差を正しく認識した上での対応。確かに連合国出身者は人間種以外を軽視する特徴がある、しかしエゼルは敵の実力を種族の差別で計りはしない。正しく実力差を把握する、これは刃騎士団にいた頃、常に自分より格上の強者を見ていた経験を元に構成された確かな秤だ。
つまり、今のシステムではエゼル(自分)に絶対に勝利できないにも関わらず、必ず勝利すると宣言している。その発言はエゼルを激しく不快にさせた。
「いいだろう、こっからは容赦しないぞ…………1年娘!」
エゼルの咆哮と同時に、彼の背後から巨大な壁が出現する。半透明な壁、それは先程と変わらない、変わったのはそのサイズ。最初に突進してきた壁は校舎と同等、だが、今回のは城の壁か、それ以上。いくら、アリスタが転移しようと逃げ場など存在しない。エゼルは゛獲った゛と確信する。確かに普通なら、ここで少女たちはお仕舞いだっただろう、だが、もしも普通ではない常識外れな不確定要素があったとしたら
その確信は覆される!
ザンッ!
エゼルが勝利の確信と共に放った最大級の攻撃、それは瞬時に消失した。一瞬で消え去った勝利の一撃。それが消えたことを、エゼルは信じられない。何が起きたのだと、正面のシステムへ視線を向けた。システムは鉈を振りかぶった姿勢で、そこに立っている。一見すると何も変わらないが、やがて、エゼルは唯一変わった点に気づいた。それは鈍い光を放つ蒼い眼光、今までの金色の虹彩とは違う蒼の虹彩。その蒼眼がゆっくりと、ゆっくりとエゼルを視界に入れた…………
Side out
Sideミコト
二年生で最強の騎士とは?アルマニア国立学園は徹底した実力主義だ。例え、どんな経歴、地位、容姿を持っていようと、学園の生徒になれば残酷なまでに実力しか評価されない。ミコトはそんな学園の二年生で頂点に至った少女。その実力は並みの騎士と比較しても負けず劣らない。ちなみに二年生最強の騎士の選定は、斬撃皇帝、アド・エデムはあまりの規格外ゆえに除外しておく。さて、一方で三年の最強が、誰かと言うのは非常に難しい問いだ。連合の王子、カイルは確かに強い。しかし、三年には、あの゛双子゛がいる。他者を捕らえるということに特化した騎士であるチェーンとジェイルはカイルと伯仲する実力者だ。故に三年で最強は誰かという話は簡単には決まらない。これはジェイルとチェーンが学園に来る回数の少なさも原因している。ジェイルとチェーンが学校に中々来ない理由、これは学園ではアリスタくらいしか知らないが、彼女らは試験、強制参加の行事以外に行かないのは、アド・エデムの拘束を任されているからだ。そのため、カイルや三年生徒との訓練がほとんど、存在しない。
ここまで、長々と説明をしたが言いたいのは、たった一つだけだ。ミコトとカイルの戦闘は決闘祭における二年生、三年生の勝敗に通じているということ。焔の騎士と未来視の騎士の決闘が始まる。
「薄々、こんな気はしていたよ。最後の最後ではこうなるだろうとな、貴方もそう感じていなかったか?この祭りには決闘という文字が冠されていても、決闘より集団戦が肝となっている。そんな祭りで、真っ当な決闘が出来るなんて仕組まれたように感じるだろう?」
「この一対一が決定していたと?戦闘は不確定要素で満ちている。これは必然ではなく、偶然に依るものだ。無駄話はやめにして、行くぞ」
叫んだ訳でも、大きな声を張り上げた訳でもないカイルの一言。それが発せられた瞬間、ミコトは、カイルに大上段からツルギを降り下ろす。それを先読みしていたようにカイルは一撃を受け止め、密着状態からミコトに蹴撃。カイルの蹴りはミコトに命中するが、密着状態のためか威力はそれほどでもない。ミコトはカイルの蹴りをわざと受けて、片足となったカイルに足払いを仕掛ける。片足に足払いを受け、カイルはバランスを崩す。それをミコトは見逃すほど甘くない。足に火を纏わせて、カイルをサッカーボールのように蹴り飛ばす。
もし、アドがミコトの蹴りを目撃していたら、ノリノリで某CMのように『超エキサイティング!!』とでも叫んだことだろう。
蹴り飛ばされたカイルは、吹き飛ばされることすら読んでいたのか。体をグルグルと回転させて、衝撃を体外へ逃がす。ミコトもこれで決まるとは考えていない。追撃をしようとカイルに接近し、斬。ミコトの刀型のツルギ、灼熱焔刃 (ホムラ)がカイルに向かって振るわれた。この斬撃、吹き飛ばされたカイルには避ける手段がない。ならば、避けなければいいだけのこと。ミコトの斬撃を、カイルは回転による遠心力を利用した斬撃で跳ね返す。ミコトはその斬撃で大きく後ろに退いた。カイルはその間に着地して体勢を整える。
余人から見れば熾烈な攻防だろうが、本人たちからして見れば、ここまでのは単なる小手調べ、戦いの前座程度。カイルもミコトも今の攻防を終えて、ようやく温まってきたのか、両者から発する雰囲気が劇的に変貌した。これからが、二人の本当の真剣勝負。…………両者ともに構えて動かない、止まった二人の間に弱い風が吹いた。二人の間を通った、そよ風は近くの木の葉を揺らす。揺れた葉が、枝から離れて地面に落ちた時、カイルとミコトはツルギを打ち付け合い正面から激突した。
Sideマキナ
鎖で構築された檻、所々に隙間があるように見受けられるが、その隙間に潜ろうとすれば鎖が脱走者を締め上げ拘束する。まさしく、監獄の番人であるジェイル、チェーンに相応しいフィールド。アドを捕獲しに来たマキナは、何の因果か、鎖に囲まれた空間で、双子の少女たちと戦っていた。鎖を足場にマキナの頭上を動き回る二つの影。時おり緩んだ意識を突くように放たれる鎖の一撃。マキナはそれを何とか、避けたり打ち払ったりしていたが、こうも持久戦に持ち込まれると精神力、集中力も削られて隙が増えていく。このままでは近いうちにジェイルたちに仕留められるとマキナは感じ始めた。
「………(どうする、私のツルギは手加減できるほどの融通は利かない。攻撃に転じれば、確実に二人を倒せるが、二人に怪我を負わせてしまう)」
バチッ!
考えこむマキナに向けて鎖が射たれる。正確無比な狙いの鎖をマキナはツルギで弾き、隙の少ない構えを取った。それは双子を倒すためというよりは、思考に集中するための選択。防御に重点を置いた構えのまま、マキナは思考を深めていく。
「(そうなると、ジェイルとチェーンが怪我を治す間は、アドを捕縛していられない。………アドを捕獲し続けられる人材を見つけなければ。………………いる訳ないでしょ。アドを捕らえ続けられるような封印特化の騎士なんて、ジェイルとチェーン以外に存在しない。…………………………攻撃しなくても詰んで、攻撃しても詰み。これは、どうしたモノか?)」
マキナは深く考えこみながら、自分のメイド服の砂ぼこりを払う。やがて、戦闘の邪魔になると思ったのか、頭部のホワイトプリムを外してポケットにあたる収納部に入れた。これは隙だらけに見える行動だが、ジェイルとチェーンにつけこまれないように、マキナは最善の注意をして身だしなみを整えている。マキナが身だしなみを整え終わると同時に、轟、と凄まじい音をたてて鎖が翔んできた。
「っ!!」
その時だ、゛それ゛は起こるべくして起きてしまった。その出来事は悲劇といえば悲劇なんだろうが、言ってしまえば喜劇の類い。゛それ゛はマキナの身体的特徴が原因になる。彼女ですら予測していなかったアクシデント。
マキナが飛来する鎖を避けた瞬間に、学園までの疾走、鎖の回避などの負荷が積もりに積もって、マキナの服の内側から『ブチッ』とイヤな音が鳴る。ぶっちゃけてしまえば、マキナの胸を留めていた下着がこれまでの負担に耐えられず、裂けてしまったのだ。服に関する技術が進んでいない時代では、下着というのは大抵、高級なオーダーメイドと相場が決まっている。マキナの巨大といっていい双丘は、揺れの防止、型崩れ、擦れる等の問題上、下着を必要とせざるを得ない。そして、下着をあつらえる出費というのは、王宮勤務のマキナであろうと懐に大ダメージを与えるほどの金額。つまり、これはマキナからしてみれば、かなりの悲劇だった。
「………………………いいでしょう。ここからは加減も手心も加えません。ジェイル!チェーン!覚悟なさい!!」
マキナは怒り半分決意半分の一喝を双子に叩きつける。その声を聞いてマキナを冗談雑じりに攻撃していたジェイルたちの気配から遊び、油断が消え研ぎ澄まされた敵意だけが発露していく。マキナも手加減なんて思考は投げ捨てて、地面を強く踏みしめ、次の攻撃準備に備えるのだった。
ーーーーー
余談だが、下着が役目を果たしていない状態で強烈に地面を踏みしめたマキナの胸元はメイド服越しながらも、はっきりと目視可能なレベルで揺れたらしい…………………
ーーーーー
Sideシステム
瞳の中にある虹彩が蒼に変わったことに平行して、視界が黒い線で覆われていく。それはただの黒い線ではない、存在そのものが不気味に映るセカイのツギハギ。世界をナマス切りにして、下手くそに縫い付けたような感覚に陥る。だが、そんなことは゛どうでもいい゛とばかりにシステムはエゼルへ特攻を仕掛けた。破れかぶれの特攻を迎撃しよう、とエゼルは壁を出現させて高速で射出した。
これまでの戦闘描写を見ればわかるだろうが、エゼル・ウォール・ゴヒュルのツルギの能力は、壁を創造することだ。エゼルの創りだした壁の強度はそこらへんにある鉱物の比較にならない。創り出した壁は空中を足場にしたり、対象の四方を壁で囲み閉鎖する、などの応用が効く能力だ。エゼルの戦闘は攻防一体、ブレイドとの実戦では防衛戦が中心的だった。いくつもの防衛戦での殊勲は彼を最年少で連合最強の刃騎士団に入団させるまでに至る。ようするに学園の生徒レベルで、エゼルの壁を攻略できる者は非常に希有だということだ。それが一年ならば不可能だと断言してもよい。だが、そんな事実を蒼き眼が覆す。
斬っ!!
システムの鉈型のツルギが直撃する寸前、ツルギの刃が壁に接触する。その瞬間、豆腐に刃を通すように、スルリと壁が切断された。切断された壁は空気に溶けるがごとく消滅。その異常現象にエゼルは目を見張る。
「なっ、なんだと?いったい、何をしたんだ!?」
「簡単な話や、何をしたかて?゛殺し゛たんや」
「殺した?…………訳のわからんことを………どんな手品を使ったんだ……」
「あ~、これはな。あんちゃんからの受け売りなんやけど。全てのモノはこの世界に発現した時から、゛死゛を内包してる。それが大気だろうと、光だろうが時間でも。存在して(生きて)いるなら、うちは神様でも殺せるらしいで…………万象の゛死゛に干渉して、その意味を殺す。うちの眼は゛死゛が見える、死をこの眼で直視する。故に、この眼の名を《直死の魔眼》……………」
「…………゛直死の魔眼゛だと?」
エゼルは聞いたことすらない、未知の能力に驚愕を示す。
「蹴り穿つ!」
驚愕しているエゼルへ間髪いれずシステムは続けざまに攻撃を放つ。エゼルは直死の魔眼が防御不可系のツルギと認識し、システムが蹴りを示唆する台詞を語ったにも関わらず、彼女の持つ鉈に意識を向けて僅かに後退してしまった。システムの持つツルギに意識を向けたということは、システム自身から意識が逸れたということでもある。エゼルの意識がツルギに向いたことを活かして、一瞬で、エゼルへ六回の蹴りを撃ち込む。
「ガァァァァァァ!」
電光石火の六連撃に、エゼルは大きく後方へ蹴り飛ばされる。蹴り飛ばされたエゼルは空中に壁を出現させ、そこに一回転して猫のように着地。崩された体勢を整える。エゼルはシステムの追撃を警戒するが、システムは動こうとしない。むしろ、調子が悪そうに目を手で覆っている。それは視界を閉ざすように。エゼルはシステムの能力は何らかのリスクがあるのかと分析を開始するのだった。
「(まずい、もう限界なんて洒落にならん………)」
結論を言えば、エゼルの分析は正しかった、゛死を見る゛など正気の生き物が出来る芸当ではない。一歩踏み出せば、崩れてしまいそうな脆い世界、周囲に満ち溢れている死。システムの精神力は、直死の魔眼を発動している間は、加速度的に削られていく。下手をすれば廃人になりかねない大博打。システムは何とか、エゼルを攻撃しようとするが、足が動かない。直死の魔眼を発動して、およそ二、三分。既にシステムの顔には疲労が色濃く出始めていた。エゼルはシステムへ先程の攻撃と同レベルの壁を射ち出す。
「少しは休ませんかい!」
放たれた壁を゛殺し゛てシステムはエゼルの懐に飛び込もうとする。
「まったく、先輩に敬意を払え、と教えられなかったのか?確かに、その能力には驚かされた……………が、それだけだ。そちらが゛殺す゛より速く、多く、俺が壁を構築すればいいだけのこと!さぁ、根比べの始まりってなぁ!」
エゼルの宣言を皮切りに彼の前方に壁が出現する。それは先程のモノよりは小さな代物。だが、先程までとは唯一異なった点がある、それは障壁が幾重にも折り重なっているという点。そう、これは壁を多重に重ねて生み出された重装甲だった。
システムの直死の魔眼はあらゆる防御であろうと貫通する攻撃。しかし、それは一個体のみ。絶対の一撃で決着をつける相手なら、いざ知らず、単純な物量で押しきろうとするエゼルは相性が悪すぎる。
システムは後退しようと、足を動かそうとするが、彼女の意思に反して脚が動かない。精神力が切れかけのせいで、肉体が言うことを聞かなくなっている。動けないシステムへ多重の壁が迫る。
「よっと」
横合いから、緊張感のない声がすると同時に、動けないシステムを突然現れた人影が抱えてエゼルの壁を回避した。その人影を見た瞬間、その場にいた全ての騎士が言葉を失う。夕日で照らされた道に現れた黒髪の青年。そう、黒髪なんて珍しい髪色の男など彼らは一人しか心当たりがない。
「まさか、本当にアドなの?」
「……アドにぃ?」
「どうして、あんちゃんがここに………(てゆーか、お姫様抱っこって!?これは夢なんか、現実なんか?!)」
アド・エデムの急な登場に混乱した後輩らを尻目に、エゼルはアドへ語りかける。
「やぁ、初めまして……というのが正しいかな?俺と君は互いに面識がなかったと記憶しているからね。ところでアド・エデム?………斬撃皇帝はアルマニア王宮で封印凍結に処されているという話だったが。まぁ、いいか。とりあえず、何しに来たんだ?…………はっきり言って邪魔なんだけど」
「邪魔しに参った」
エゼルの発言にアドは即座に拒絶の意思を言葉にする。まるで、そう返すのが当然であるかのように。アドは躊躇することも、迷うことなく、瞬時にエゼルを敵に回した。アリスタ、キュア、システムは、何一つ変わっていない、アドへ愛おしそうに恋慕の視線を向けて、顔を朱に染める。恋する乙女たちは、大好きな青年(アド・エデム)の勝利を信じ、胸元で拳を強く握るのだった。
ツルギ図鑑
虚ろなる防盾 (インビジブル・ガード)
所有者 エゼル・ウォール・ゴヒュル
形状 サーベル
備考
このツルギの能力とは、壁を創り出す。それだけである、これだけ聞くと、シンプル過ぎる能力だと思うだろうが。長年をかけて練り上げられた、唯一の能力。応用、伸び代など可能性がまだまだある発展途上のツルギ。
防衛戦では無類の強さを発揮し、攻める際にも高い戦果を上げる。この壁を真っ向から破壊できるツルギは非常に少なく、S級ブレイドの猛攻だろうと完璧に守護をする。相性が悪いのは構築した壁を難なく粉砕する超パワー型。壁の強度自体は常に一定で、変化可能なのは壁の大きさと形状のみである。