Sideアルマニア
照り輝いている朝日の差し込んだ大型都市、アルマニア。アルマニア王国の首都である、この都市は復興作業を進めている真っ最中。その都市の中央には、周囲の街にある建物と一線を画する建造物がそびえている。その建造物こそ、アルマニア王国を統べる王族が暮らす王宮。現在、王宮は大きな損害を被っていたが、騎士という常識外れの者が尽力した成果により外観はどうにか保たれていた。先日の決闘祭の只中に現れた斬撃皇帝の発動により、首都アルマニアは一時期ではあるが混乱状態に陥りかけた。だが、王族であるリリーシャ、アリスタの緊急対応によって、なんとか混乱は鎮静しアルマニアは平時の落ち着きを取り戻した。斬撃皇帝の被害により、被害を受けたアルマニア国立学園付近の市街地、王宮の一部は数人の騎士たちの手によって持ち直しつつある。
斬撃皇帝の発動した土地は元の栄養を宿した土地には戻らない、ならば土地を再生するのではなく柔らかい土地の上に新しい地盤を載せるという案が出された。
その案の結果は、現状では成功と言える。最初に柔らかな地盤の中に幾つかの杭や柱を入れ、次に地盤の上へ創造系の騎士たちが鉄や岩などの物体を生成。沈下した地盤の上から強固な土台を創り下から柱や杭が台を根元から支えられているようだ。
斬撃皇帝の被害を受けた土地にいた住民たちは、商売や酪農、宿屋など様々な仕事をしていた。家に住めなくなり仕事が無くなった彼らは悲観はしても、その眼に絶望の色は見えなかった。元々、この世界において仕事や家を失うことは、特別なことではない。ブレイドという強力にして危険生物が跋扈する世界では、命の危機に陥ることが多く、市街地や首都だろうとブレイドが出現する可能性を秘めている。そのため、家を捨てたり仕事が無くなることは、比較的よくあることなのだ。だが、アリスタ、リリーシャは土地の影響を受けない仕事、剣結晶を用いた機械工業の仕事を供給、即座に次の仕事を手配したことで喜んでいる人々がいたくらいである。
しかし、人々の意見は好意的なものばかりではなかった。今回の事件はブレイドという異生物の起こした災害ではなく、アド・エデムという個人が起こした人災。責めようのない超常の理不尽ならば諦めがついたが、人が起こした責められる理不尽だ。人々がアド・エデムという個人に対するバッシングを強めたのは無理からぬことだった。以前まではSSS級ブレイドという最大最強の災いを迎え撃った英雄と呼ばれていた者が、災いをもたらす厄病神へ早変わり。英雄は怪物を倒せても民衆には勝てないという縮図をまざまざと表していた。
ーーアルマニア王宮内ーー
「それでは、アリスタ。しばらく、留守をお願いするわ」
普段は使われることのない王宮の裏門、そこの門は開かれ馬に乗った多くの騎士たち、そして侍女ら。あと大型の馬車とそれに引かれる車両があった。一般的な騎士という存在は馬車や馬を使うより徒歩、または自身が走った方が大抵、早く目的地へたどり着く。しかし、騎士は面目を重要視する者ばかり。ゆえに高位の騎士や王族は手間と時間の無駄だが、敢えて馬車などを利用しなくてはならないのだ。当然のことながら、アルマニア王族の現代表であるリリーシャも、その例を逃れない。
今回のアド・エデム護送に同行するのは、アルマニア王族代表として赴くリリーシャ。リリーシャの専属メイドを務めているマキナ。そして、アド・エデムの拘束を任じられている牢獄の番人、ジェイル、チェーン。他に護衛役という面目で数十人ほどの騎士とお世話役を任じられた侍女ら。最後に事の発端というより元凶。斬撃皇帝、アド・エデム。
「…………」
「あの、アリスター?……怒ってるかしら〜?」
リリーシャの呼びかけにアリスタは無言で返す。しかし、無視をされた側のリリーシャには、『仕方ない』と言いたげな表情が浮かんでいた。その表情の理由は極めて単純で、決闘祭に勝利したにも関わらずアド・エデムは裁判の召喚のためリーフ連邦に出立してしまう。せっかく、アドのいる牢獄に入る許可を得たのにアドがいなくなるのでは意味がない。加えて、自分は王宮で政務を行わねばならないのだ。これは、まさに踏んだり蹴ったりというもの。
アリスタが多少、ふて腐れるのも無理はない。だが、下手な身分の者に行かせることは裁判における発言力に不安を残す。リーフ連邦という宗教国家が主導するアド・エデムの処刑を阻止するには同じく国家元首クラスの権力者の同行が必須となるのだ。そのクラスの権力者などアルマニアにはリリーシャをおいて他にいない。国の最高権力者が赴くことは問題だが、アルマニア王家にはリリーシャの後を任せられる傑物がいた。稀代の頭脳を持つ王家の少女、アリスタである。アリスタは王族であるにも関わらず臣下たちに軽視されている存在。そんな彼女の発言力や蔑視の目を消し去るのに現状は最も適していたのだ。アリスタの優れた知能を持ってすれば、復興政務はリリーシャが行うより迅速に終わるだろう。そうすれば臣下たちのアリスタを見る目は変化するし、アリスタを利用しようと現れる者を炙り出すことも出来る。アリスタの頭脳は凡百のそれを凌駕する、例え政治的な頭脳戦が起きてもアリスタは政敵を逆に返り討つかもしれない。そして、アリスタは一人ではなく、側に頼りになる友人たちがいる。だからこそ、リリーシャは安心してアリスタに留守を任せられるのだ。
「……………」
留守を任されることが、どれだけ信頼されているかを物語っている。アリスタは聡明な子だ、これくらいのことは容易に察せる。だが、自らの想い人であるアド・エデムと一緒に旅立つことに多かれ少なかれの羨ましさを感じてしまうことは、どうしようもないことか。アリスタは仲の良い姉に対しジト〜とした視線を送る。若干拗ねている妹の目線に苦笑いをこぼしつつ、リリーシャは馬車に乗り込んだ。
「アリスタ様、もしも、何かあった際には剣結晶も用いた通信でご連絡ください。残していくメイドは私が育てた信用出来る娘たち。ご安心して身の回りのお世話を任せてあげてもらえれば。それと政務はあまり、こんを詰めすぎないで、きちんと休息を取ってくださいね」
マキナはまるで母親のような気遣いを思う存分、発揮する。アリスタもマキナの言うことを熱心に聞いて無言でコクコクと頷いた。アリスタにとってマキナとは姉の従者である前に、母親のような存在と認識しているのかもしれない。
「では、まもなく出立の時刻ですが。……ジェイル、チェーン、準備はよろしいですね?」
「「いいよー」」
帰ってきた声は、好意的に見るなら気負いのない実にリラックスしたもの、悪い面で言えば緊張感が欠片として無かった。この双子、先日はアドを拘束するためにマキナと敵対する一歩手前にまでなったのに、それを忘れたかのように……いや実際、忘れているのかもしれない。ジェイルもチェーンもその執着と関心が向くのは、万物を斬り裂くツルギの持ち主、アド・エデムくらいだろう。
「わ〜い、アドと一緒にお出かけ〜」
「ふふ、チェーン。お出かけじゃないでしょ。私たちは、これからリーフ連邦へアドの裁判に行くのよ。しっかり、お勤めを頑張らなきゃ」
「あ〜、そっかぁ。うん、そうだね。ちゃんとお仕事しなきゃね。それにしても楽しみだなぁ。今度の裁判でアドの刑期どれだけ伸びるんだろう?伸びた分だけ一緒にいられる時間が長くなるのになぁ。ねぇ、アドもそう思うでしょ?」
「がっ、かはっ………………」
「もう、リーフ連邦はアドを死刑にするつもりなのよ。私たちのアドを、私たちが管理する者を、私たちだけの罪人を」
「あっ、ごめんねぇ。忘れちゃってたよ。そうだね、本当に困っちゃう。私たちのアドを死刑にするなんて、そうしたらアドを縛れなくなっちゃうもんね。アドの呼吸も体も心も意思も生命活動も、管理できなくなっちゃうのは、ヤダよね〜」
「嫌よね〜、リーフ連邦の人たちがアドを死刑にしようとするのは嫌だから。もしも、アドが死刑の判決を受けたら、リーフ連邦の人たちに"代わって"もらいましょう?」
「うふふ、本当に良いアイデアだね、ジェイル。そうよ、"代わって"もらえばいいよねぇ〜」
「「フフフフフフフ………………」」
何やら後ろの車両にいるジェイルとチェーンが物騒極まりない話をしている。マキナはジェイル、チェーンとアドの乗った車両に半眼の視線を送る。物凄く危険そうな気配が漂ってくるが己の主人は何も言おうとしない。
「失礼ながら、リリーシャ様。ジェイルたちは、このままでよろしいのですか」
「……今はいいわ。下手に刺激したらジェイルもチェーンも怒るでしょ。怒った彼女たちを止めることはできても、代わりにアドを拘束する者がいなくなる。そうすれば、リーフ連邦を刺激して元々ないに等しい交渉の機会が完全に消えてしまう。そんなこと、ゴメンだわ」
そう、現在、拘束や捕縛に特化し最も優秀なのはジェイルとチェーンの二人をおいて他にいない。執着心が強すぎるきらいもあるが、そこに目を瞑れば非常に優れた人材。とにかく、今はリーフ連邦へ向かわねばならない。リーフ連邦で行われる裁判に、公平性はないだろう。あるのは、斬撃皇帝と呼ばれる青年アド・エデムを処刑するための悪辣な罠のみ。しかし、黙って罠に嵌まるような馬鹿な話は存在しない。リリーシャはアドに返しきれない借りがある。妹、アリスタとの仲を取り持ってくれたことや、牢獄に幽閉されることを承知でSSS級のブレイドを倒したこと。王族としての責務に押しつぶされそうな時、支えてくれたこと。そして、最近では脱走という罪の上塗りをしてまで、アリスタを助けに行ってくれた。ならば、今度こそ自分がアドを助ける時……
ひどい男だ、アドは自分のことを大事にしていない。いつも、誰かを助けるために、待っている者がどれほど心配しているのかも知らず、力を振るい帰ってくる。誰かのために戦い、誰よりも人を救うことに邁進した彼が今では罪人と呼ばれ、多くの人に疎まれている。彼を罪人にして家族や友人から引き離したのは、私の決断。王としての合理的な考え。でも、ひょっとすると私が彼を罪人として幽閉したのは、一人の女性として自分の側にいて欲しかったからではないのか?
……アド・エデム。…………彼との思い出は数えるほどしかない。でも、彼を思い出させるものは数え切れないほどある。そして、何より彼の笑顔が忘れられない。遅いのかな、今頃になって言うのは…………私、リリーシャ・アルマニア・ブリエスタは、アドのことが好きなんだって。いくら、言葉を重ねても伝えきれないくらいに好きなんだと。
馬に乗った騎士たちが門から出て先導を始める、それを追うように御者席に乗ったマキナは馬の手綱を締めて出発の意思を伝えた。アルマニアの女王リリーシャを乗せた馬車とアド・エデム護送用の車両はリーフ連邦へ向かって進み出す。彼らの目的は処刑の危機に瀕しているアド・エデムを救うこと。明確な指標をもって今、リリーシャたちを乗せて馬車は征く。
目指す先は、大地母神教が待ち受けるリーフ連邦。
Sideアド・エデム
俺は自分の選択を後悔していない。ただ、現状に対する反省がある。うん、いくらピンチだからって街中で俺のツルギを使うのはやっちゃダメだよね!どこかの銀髪の侍が言ってたように、一時のテンションに身を任せる奴は身を滅ぼすってことを身に染みて理解したよ。おかげで俺は牢獄に逆戻り、しかも別の場所で裁判が行われるとか下手すれば詰んでない?
それに加えて、ジェイル、チェーンの鎖の締め付ける強さが以前より遥かに上がっていて絞首刑が常に実行されているようなもん。
オデノ、カラダハボドボドダ!
って思わずネタに走ってしまうくらい、大変かつ深刻っぽい状況になっている。
せっかく、三人の後輩が時々面会に来てくれるようになったと思えば、すぐに他所へ連行されるって鬼の所業じゃない?
…………いや、それよりも。…………首がヤバい、呑気に別の話題で気を紛らわせようとしてたけど、やっぱムリ。ジェイルたちに鎖の締め付けを緩めるように頼もうとしても、しっかり極まっているせいで声が出せないでいる。このままじゃ、連行される先に着く前に逝ってしまうがな。呼吸も満足に出来ないような大ピンチ、っていうか今までに出会った敵より身内の方が命の危険を感じるって色々と問題でないか?
…………………意識が飛びそ……
『諦めたら、そこで試合終了ですよ』
……安西先生。俺……………生きていたいです。
嗚呼、ついに幻聴が聞こえてくる始末。これは今日が俺の命日ということなのかな。どっかのタイムスリップした医者は"神は乗り越えられる試練しか与えない"とか言ってたけど、俺の試練だけ難易度がルナティックになってやしませんか。意識がトンデモない方向に向かっていると、馬車に同乗しているジェイルとチェーンが楽しげに話していた。
『わ〜い、アドと一緒にお出かけ〜』
『ふふ、チェーン。お出かけじゃ■■■しょ。私たちは、これから■■■■へアドの■■に行くのよ。しっかり、お勤めを頑張らなきゃ』
「あ〜、そっかぁ。うん、そうだね。ちゃんとお仕事しなきゃね。それにしても楽しみだなぁ。今度の■■■■■■■■どれだけ伸びるんだろう?伸びた分だけ■■■■■■■■■が長くなるのになぁ。ねぇ、アドもそう思うでしょ?」
チェーンがとびきりの笑顔で話しかけてくれるのだが、酸欠のせいで碌に声が聞こえない。目に見える景色が黒い靄に覆われてきた、これって永眠とかじゃないよねっ!?
…………………あ、もうダメ………………
ーーーどうか、願わくば起きてこられる眠りでありますようにーーー
「がっ、かはっ………………」
「もう、リーフ連邦はアドを■■■■■■■■なのよ。私たちのアドを、私たちが■■■■■■■私たちだけの■■■」
なんか、ジェイルが、すっごい大事そうなことを話していた気がしないでもない。けれど、これ以上意識を保つのが限界っぽかったため諦めて気絶することにする。
ーーやっぱり、鎖には勝てなかったよーー
Sideマキナ
城から出て早くも二日が経過した。この二日間、野生のブレイドによる数回程度の遭遇戦があったが、そのどれも護衛役の騎士たちで処理できるレベルだったため順調にリーフ連邦への道のりは進んでいる。リリーシャの側仕えにして王族の護衛を任されたマキナが出張るような状況が無いため、比較的に安全な移動と言って差し支えないだろう。目下の問題はジェイルたちに拘束されているアド・エデムだが、彼はなんだかんだ言っても最終的に上手くやる子。何も心配ないかと肩を竦める。
(それにしても移動速度をもう少し上げられないものでしょうか、馬を使った移動など効率を考えればまったく意味を成さないというに。騎士の健脚を以ってすればリーフ連邦まで一日とかからないのに。王族の権威を示すためとはいえ、わざわざ時間のかかる移動手段を用いらざるを得ないとは)
のんびり長く馬車に乗っていたせいか、どうにも気が緩んで仕方ない。護衛として常に気を張っていなければならぬ身として、それは歓迎できないこと。リーフ連邦まで順調に進んでおり、このペースなら明日の夕暮れ刻には到着する。向こうにつけばブレイドより知恵の回る敵手が現れ、戦闘よりも複雑な謀略戦が始まるはずだ。
それまでリリーシャ様には十分な休息をとっていただかなくては。
しかと己の役目を再認識し、強く手綱を握り気合を入れ直す。だが、手綱を強く握ったことで馬が何事かと、驚いたのか足取りを止めてしまった。王族の乗る馬車が急に止まってしまったことで周囲の騎士たちも停止する。やってしまった、周囲の騎士たちに何でもないと手を振り、手綱を引き直そうとした。
そこに、マキナや周囲の騎士たちの鋭敏な五感が、急接近するナニカの存在を確認した。通常の生物ではあり得ない速度で未確認の物体が接近する。そのような速度が出せる存在は、この世界において"たった二種しか"いない。すなわち、人知に縛られない"騎士"と、全人類に敵対する"ブレイド"のみ。未だ姿を現さないアンノウンの接敵に備えマキナ含めた騎士たちは己がツルギを具現化する。御者台から降りたマキナは、両足を大きく広げ臨戦態勢の姿勢をとった。
会敵まであと十五秒
ツルギを構え、未確認の敵への警戒に全神経を注ぐ。
足音に変化が感じられる。こちらが戦闘態勢に入ったことを相手も察知したようだ。この時点で敵はAA級以上のブレイド、もしくはどこかの国の騎士に間違いない。草むらの中から、三つの黒い影が飛び出した。その黒影たちは黒いもやを吹き出しながら二本の足で疾走している。黒い霞に覆われているため、敵の容姿について情報が掴めないが確信できるのは、敵は何処ぞの騎士であるということ。謎の黒影群は真っ直ぐにリリーシャを乗せた馬車に突貫してきた。周囲の騎士が無防備に飛び込んできた外敵を倒すべく、数人の騎士たちのほぼ同時に振られた刃が三つの黒煙を断ち切る。
両断された黒煙は、両断された途端に霧のごとく空気に解け消えた。刃で切り裂いた者が存在せず、まるで幻覚でも見せられたような異常に騎士たちは動揺の声を洩らしてしまう。動揺が収まりだすと何も無い空間に黒煙が発生し、謎の敵が出現した。この国外公務ではアリスタを補佐、護衛するためリリーシャは騎士団の団長や副団長といった幹部クラスは城に残してきている。ここにいるのは、長年騎士団に所属していた信頼のおける者たち。今回の公務で最も重視したのは力量より信用に足るか否か。まさか、敵対する何らかの勢力がこんな直接的な行動に出るなど、予想すらしていなかった。
「アポイント無しにこの無礼。貴方達、いったい何者です。こちらにいらっしゃるお方をアルマニア国、王女リリーシャ・アルマニア・ブリエスタ様と知っての狼藉か!」
黒影に向かいマキナは威嚇も兼ねて、己が主の名を高らかに謳う。敵影は僅かに圧されたように一瞬、体を揺らす。だが、すぐに怯えを払ったのか短刀を逆手に持ったまま、戦闘態勢を取り続けている。
「その馬車に乗っているのはアルマニアの王女か………」
「?……リリーシャ様が狙いでは無いのか。ならば……まさか!」
「……斬撃皇帝は後方の馬車だ。行くぞ」
三つの黒影がリリーシャの乗った馬車付近から姿を消し、高速でアド・エデムが拘束されている馬車に飛びかかる。護送用の馬車付近は護衛の騎士がいない、三影は好機と見て取り加速を続け馬車に張り付いた。周囲の騎士たちは罪人であるアド・エデムの警護より護衛対象であるリリーシャの馬車から離れないことを優先した。方やマキナはというと、馬車に張り付いた三影を哀れそうに眺めて静観しているではないか。これはアドの身を案じていないわけではない、単純に"アド・エデムの側にいる危険人物"の力量と、近づけば見境なく攻撃されるという信用から無言で、"見"に徹しているのだ。
その歪な信用は裏切られることなく爆音と共に証明された。仮にも囚人となった騎士を連行するための特殊な馬車、腕利きの騎士がいくら攻撃しようと傷一つつかないはずの馬車は、飛びついた三人の襲撃者ごと轟音を出して爆発四散する。この破壊を為したものの正体、それは空中にたなびく二本の鎖。天を駆ける龍が如く、双つの鎖は宙に浮いたまま、敵対者の反応を観察する。吹き飛んだ馬車から登場するのは、拘束に特化した双子の騎士。彼女たちは吹っ飛ばされた三人を、さながら実験動物でも観察するような酷薄な眼に映す。
「…………こはっ……なっ……何故、ここまでの実力者が、混ざり者ばかりのアルマニア風情に肩入れする!?その力を正しきに用いず、雑種の手先として振るうことに屈辱を感じないのか!」
「クソっ!雑種国家の犬畜生め。我々の大義の邪魔立てをするなど」
「……よせ、斬撃皇帝との接触は失敗と見なす……退け…………」
「そんな、我らが失敗など」 「ほんの少しの時を頂けば、このような者たちに遅れを取ることは」
『退けと言った……"命令だ"』
明らかに仲間に向けるレベルではない殺気を放ち、首魁級の影は音なく撤収する。上官らしき男が消えたことで、残った双影も舌打ちを叩き無音にて去っていった。警戒を解かず周囲を伺うが、少なくとも敵対者たちは近辺にはいないようだ。ジェイル、チェーンの二人は、鎖の具現化を解きアドの両隣に座り直した。一方、アドはというと、呑気に眠りこけている。こんな状況下で眠っていられる精神力の強さを讃えるべきか、警戒心の無さを怒るべきか。
「おい、斬撃皇帝のヤロウ、呑気に眠っているぞ。こっちが必死で戦っているなかで」
「おいおい、本当か。まったく、罪人としての自覚があるのか?」
「何で、あんなヤツまで警護しなくては……」
警護の騎士たちの考えていることはもっともだ。アド・エデムは罪人、他人に害を為す"斬撃皇帝"。しかし、彼は人を傷つけるだけでは無く助けることもしたのだ。アド・エデムの斬撃皇帝が振るわれる時は、決して私欲によっては振るわれない。そんな彼を信じているのだ。彼の気高い覚悟と誇りを万人に知ってもらおうとは考えてはいない。だが、彼には多くの貸しがある、それを返すまでアド・エデムは守ってみせる。
「貴方たち!無駄話はやめて、すぐに再出発し直しますよ」
騎士たちはマキナの発言で、我に返って再び周辺の警戒を始めた。騎士たちが完全に元の配置に戻ったあたりでリリーシャの馬車の窓が開けられた。マキナはそれを見て、すぐに窓の近くに立つ。
「マキナ、先ほどの襲撃者がどこに所属しているのか。何らかの特徴はあった?」
「………いえ、敵は何か黒い煙のような者で身を覆っていて顔すら確認出来ませんでした。しかし、襲撃者たちは我々を"雑種国家"と呼んでいました」
「そう、もしかするとブラフの可能性も無くはないけど、国外の者か」
アルマニアは種族の自由を標榜する国家で、人間、獣人、エルフ、魔人など多くの種族が住み暮らす国だ。そのことから、周辺国家では"雑種国家"などの蔑称が用いられているほどだ。この蔑称は国内では使われることはまず無い。先入観を持つのは悪手だが、今回の襲撃はおそらく国外の何らかの者の仕業。問題は、それがリーフ連邦か、連合国かということだ。裁判は始まってすらいないのにアド・エデムを狙う輩が出てきた。リリーシャは、今回の一件が容易く決着しないということを再確認し、窓を閉めた。窓が閉まるとマキナは馬車内のリリーシャへ礼をして御者台に行き、そっと静かに馬を走らせる。中にいるリリーシャが万全の休息を取れるように。
リリーシャは眼を閉じ、思考を回転させながらも休息を取る。十全のコンデションで敵地(リーフ連邦)に到着できるようにするため。これはまだ、単なる小手調べ。本番の幕を開く前の、くだらない茶番。斯くして、最初の鞘当ては大事になること無く終わった。しかし、これより始まるのは頭脳と策謀に覆われた戦場。
果たして、最後に勝つのは誰なのか。そして斬撃皇帝に対する勘違いは、いつ消えるのか。
ーー序章は片がつき、演目は開ける。その先にあるものとはーー