Angel Beats!―The repeated heaven― 作:いさか
……。
…………。
何だろう、この感覚は。
絡み合った記憶が、俺を取り巻いている。
何かが、俺を束縛している。
あと少しで、
もう少しで、前とは違う――
何も見えない、何も触れない。恐らく三次元では観測できない空間なのだろう、俺にはこの空間が、この状況が、さっぱり理解できない。
生まれ変われる、と――信じた先にあったのは、この暗黒で恐ろしい空間だった。……いや、空間と呼べるものだろうか、あるいは俺が勝手に空間と認識しているだけかもしれない。ただ一つ、分かることといえば――
「俺、成仏なんか……できないのか」
嫌だ。もう俺はあの世界から卒業したはずだ。
ゆり、日向、直井、そして大勢のSSSメンバー……最後には奏。俺はたくさんの仲間を見送ってなお、死後の世界に留まった。
そうでもしなければ、これから訪れる「不幸な最期」を迎えた少年少女たちが、また俺たちのような過ちを繰り返してしまうかもしれない――そうした考えから、俺はあの世界に留まることを選択し、奏の後を継いで生徒会長となった。
そして時を経て、俺にもようやく真の「卒業」の日を迎えた……はず、だった。
手を伸ばしても。足掻いても。何かが俺の身体に纏わりついて、身動きすら取れない。
それだけじゃない……SSSの奴らとの日常や、生徒会長になってからの記憶――それが何度も脳内によぎる。しかも、昨日のことのようにはっきりと。ある一日のワンシーン、終いには会話の一言一句まで……俺の頭の中を渦巻く。
『ねえ、ちょっと聞いてるの、音無くん。ねえ! ねえったら…………』
***
「やめろおおおおっ‼」
目を開けると、そこには綺麗な夜空が視界中を満たしていた。
「あ? えっ? ……」
驚いて辺りを見回してみる。何か俺、今物凄い声を出したような気もする……。何か怖い夢でも見ていたのか? 何にせよ、思い出せないから、いいか。
「いや全然良くねえよ⁉ ……つうか、ここどこだ?」
そうだ音無結弦、そこにつっこむべきだったのだ。如何にして俺はこんな訳の分からん施設っぽい何かのしかも外のしかもコンクリの上で寝ていたのか、まずはその事実を正面から疑うべき――
「……待てよ」
思考が一瞬、静止した。
首筋に冷たいものが伝わる。おかしい。何かがおかしい。
「俺の名前は、音無……結弦」
名前が分かる。当たり前じゃないか。何がおかしいんだ。
「……ここは」
そばに見えるのは、巨大なグラウンドへ続く階段。でもって、背後には学習棟。今から見知らぬ奴にここを案内しろと言われても、俺はきっとできてしまうだろう。
「何故だ」
何故案内できるのか、それは俺が、ここで幾多もの時間を過ごしてきたからに他ならない。
俺が訊きたいのは。
「何故俺は、またここにいる…………⁉」
俺は……俺は確か、成仏したはずだ。この世界から、卒業したはずだったのだ。
「成仏したつもり、だったのか? いや、そんなまさか……」
間違いない。俺は成仏した時のことは記憶している。心が満ち足りていく感覚……あれが偽りの物だったとは、到底思えない。
「でも、ここにいるってことは成仏できなかったってことだよな……くそっ」
頭を抱えた。またこんな世界に留まらなきゃいけないのかよ、俺は!
何とも言い表せない感情に任せて頭を抱え込み続けていても仕方がないので、俺は気分を落ち着けるべく、深夜の校内を歩くことにした。
「…………とりあえず、あれだ。keyコーヒーでも買うか。あれでも飲んで落ち着こう」
そういえば、Keyコーヒーをゆりから勧められたのは、この世界に来てからすぐだった。丁度目と鼻の先にある学習棟――その屋上で、この世界について色々と聞かされたんだっけ。
「ま、ゆりと飲んでこそのおいしさだったのかもしれないな」
本人の前で今の台詞言ったらどうなるだろう、顔面真っ赤にするか、それとも俺の脳天に一発ぶちかますか。まあゆりは多分、俺に対しては前者か。
「あ、新人っ! ちょっと、待ちなさいよーっ」
背筋が震えた。
俺は前世代ロボのようなカクついた動きで、後ろを振り返る。
ライフル銃を持ち、ベレー帽を被った少女。若干赤みの入った黒髪に、リボン付きのカチューシャ。その服装は幾度となく目にしてきた、あのエンブレム付きの制服だ。
「そうそう、今振り向いたそこのあ・な・た! 悪いことは言わないわ、我らの『死んでたまるか戦線』に入隊してくれないかしら?」
呼吸が、止まった。
「んげっほっ⁉ うっく……」
彼女は、不審げに俺を見つめてから、少しツンとした表情で言った。
「あのねえ貴方、初対面の人間を見て即座にむせるって失礼じゃないかしら。まあ貴方もここへ来たばかりだろうからそれは仕方ないとして、この世界に来たということは――――貴方、」
「死んだんだろ! そんなことは知ってる!」
同じだ、前と。
シチュエーションの違いはあるが、目覚めてから勧誘の流れまでが、あの時と、ほぼ……
「……あっそ。なら話は早いわね。で? 私が真に訊きたいのは、貴方が入隊してくれるかってこと」
俺が少々冷たい態度を取ったからか、彼女は少し不機嫌そうだ。だが流石と言うべきか、逆ギレはしない。
「……」
「どうなのよ。ちなみに断っても一日十五回は勧誘に来るけど」
「多すぎだろ⁉ どんな計算したらそんなに勧誘に来られるんだ⁉」
「それは単純計算で……というか貴方、妙に馴れ馴れしいわね。初めて会った人にツッコミまくる人なんて久しぶりに見たわ」
「過去に一人でも居たのかよ⁉ ……あ、いや、すまない」
「別に謝らなくてもいいわ、貴方みたいな人材がいた方が、戦線がもっと活発的になるし。でもまあそうね、時間が欲しいと言うなら、夜明けまでは――」
「なあ、ゆり」
俺は思い切った選択に出た。
正直、俺は全てに混乱していた。卒業したはずの死後の世界で再び目を覚ましたこと。そして、俺より先に卒業していったゆりが、その世界に存在していること。――いや、彼女は本当に、俺の知っている「仲村ゆり」なのか? これは俺の、単なる幻覚ではないのか?
だが、その可能性を否定するように、俺の目の前の「仲村ゆり」は、一つの行動に出た。
カチャリ。ライフル銃の安全装置が解除された音が響く。その振動は、俺の額に突き付けられた銃口を伝って、こちらにまで届いた。
「……貴方、何者? どうして私の名前を知っているの? 答えて。でないと撃つわ」
死なない世界のギャグな、面白いぜ……と返す場面でもなさそうだ。第一、ゆりの声音に冗談は微塵も混じっていない。
「えっと……話したところで、信じてもらえるとも思えないのだが」
「構わないわ。話してみて」
相変わらず、ゆりの目は本気だ。やっぱり団長だよなあと思いつつ、俺はここまでの経緯を淡々と説明することにした。