Angel Beats!―The repeated heaven― 作:いさか
俺が話し終えると同時に、額に当てられていた銃口は下ろされた。正直コイツのせいで、かなり震えの混じった声で話をしなければならない羽目に陥っていた。死なないとはいえ、痛覚を感じることはよく知っている。
「……で、私たちが全員成仏した後、貴方も後を追うように成仏……」
「した、と思った。で、次に目覚めたらこの有様だ、やってられねえよ」
「……信じがたいけど、貴方は既に一度、私たちと出会って、入隊もして――更に成仏までさせたって訳ね。それで、私の名前も知っていると」
「そういうことだ。だから戦線メンバーも、主要な奴らは全て知っている。……いや、まだそうと決まった訳じゃないが」
ゆりは、そのさらりとした髪を少しだけ揺らす。
「どういうこと?」
「目覚めてから、ゆりに勧誘される。ここまでの流れは同じだが、これからもそうとは限らないはずだ……そもそも、この世界が何もかも全く同じだったら――」
俺は、戦線の卒業式をした時のことを思い出していた。泣きじゃくりながら消えた直井、最後まで団長らしかったゆり、ハイタッチを交わした日向、そして――
俺の胸の中で消えた、奏。
別れは辛い。それでも俺は覚悟して、満足した彼らを送り出した。
「もう二度と会えないと思っていた連中に、いとも簡単に会う羽目になるんだぜ? 理不尽だとは思わないか」
理不尽、という言葉にゆりは少しだけ反応した。だが、それを口には出さない。
「そうね、だけど……まだ分からないじゃない。夜が明けたら仲間を作戦本部へ収集させるから――貴方、本部がどこにあるかも知っているの?」
「ああ」
「そう。じゃあちょっと、場所を移しましょう。缶コーヒー、奢ってあげるから」
keyコーヒーだろ、と言うのはやめておく。誰だって、横からいちいち予言されるのは面白くないだろうしな。
そうして俺たちは、誰の気配もない静かな雰囲気の中、目の前にそびえる学習棟A棟へと移動した。
***
「はい」
手すり越しに、暗闇のグラウンド、そしてその先を支配する真の闇――山々を臨んでいると、不意に小ぶりの缶が差し出された。良く見えないが、感触は明らかにkeyコーヒーそのものだ。
「keyコーヒー。これも知ってるの?」
「美味しいんだよな」
「……ええ」
プルタブを開け、ぐびっとのどを潤す。美味い。
前回は日暮れ、ゆりからこの世界のことを教わった。部活動に勤しんでいる奴らは全部NPCだとか、教師もNPCで、NPCと本物の人間の区別はほぼつかないとか、神の存在とか。まああの時は、全く理解不明だったけどさ。
「私が成仏……ねえ。にわかには信じられないわ。だって私は、この世界を手に入れることを望んでいるのに。私たちSSSの最終目標はそれよ。この世界の神である天使を倒し、世界を手に入れる」
隣でゆりが独り言のように呟く。敢えて俺がとやかく言う必要もない、やがてこいつは、自分の意志で……最終的に、消えることを望んだのだから。
しかし、俺が見てきたような結果に必ず収束する保証はどこにもない。そもそもゆり以外の戦線メンバーは、誰一人見知らぬ顔という可能性もある。
だから、ヒントは言っておくことにした。
「それを超える何かが芽生えることだって、あるんじゃないのか?」
ゆりはちらりと視線だけをこちらに向けた。コーヒーで口元を潤してから、俺がそうするように、はるか遠くの見えもしない山々の向こうを眺めながら言う。
「私はね、貴方が体験した通りのことが、これからそのまま起こるとは思えないわ。例えば貴方は、私たちが成仏した成り行きを全て知っている。多分天使の正体も。でも考えてみて? きっと貴方は、貴方が成仏しそこねた世界では存在しなかったイベントを経験しているはず。貴方は今回、既に体験している状況下で、前回とは違う言動を取った。それだけで、貴方が経験したルートからかなり反れたはず。例えるならまさに今ね。真夜中に私と二人で、屋上で缶コーヒーを飲むというイベントは、これが初めて。違うかしら?」
素直に驚いた。ゆりが頭の回る奴だということは知っていたが、ここまでの推理をこの短時間で、文章としてまとめられる人間はそういないだろう。
「これは全くあてにならない見解だけどね、ルートが変われば、その先にある運命――すなわち収束点も変わるんじゃないかって思うの。でも、そうね――天使は、既に既成事実として正体が固定されているかもしれない。でも貴方が正体を教えてくれる必要はないわ。私たちは彼女を神と仮定し、彼女に抗い、彼女と闘う。それだけだから」
「ああ、そんな常識外れな真似はしねえよ」
「それはどうもっ!」
ゆりはコーヒーを飲み干して、手すりにもたれながら、空になったそれを振る仕草をした。相変わらず、ゆりはゆりのままらしい。
「……そういえば、貴方の名前を訊いていなかったわね。教えてくれるかしら?」
西の空から、微かに光が差した。その光は、ゆりの顔を徐々に、はっきりとさせていく。
あの時に俺の目の前にいたのは――奏だったっけな。
「俺……俺の名前は、」
ゆりの顔を真っ直ぐに見つめて、高らかに言った。
「――音無、結弦だ」