ダンジョンに潜るのは意外と楽しい 作:荒島
隣の有名人のせいでギルドでは注目を集めてしまうので、少し歩いた場所にある広場に場所を変えた。
冒険者の少ない場所ならば多少、目があるものの煩わしさを感じるほどではない。
適当な場所に腰を下ろすと少し間を空けてアイズが隣に座る。
「聞きたい事って、何?」
意外な事に先に口を開いたのは彼女の方からだった。
考えていることが分かりづらいので、実は彼女の事は少し苦手だ。
浮世離れした少女との距離感を取りあぐねながら、その顔を見る。
「アンタ、この間の時ミノタウロス瞬殺したんだってな」
思い出されるミノタウロス。
リベンジを誓ったあの牛頭について尋ねると彼女は何でもないようにコクリと頷く。
「うん。中層のモンスターくらいなら、特に問題ない」
「くらいって……ロキファミリアってのは、何階まで潜ってる訳?」
「いま58階層。もう少ししたら、59階層開拓の遠征が始まる」
「59階層……差はデカいなぁ」
簡単に言われるが、59階層という数字に眩暈すら感じてしまう。
きっと彼女にとって15階層のミノタウロスは瞬殺して当たり前の存在なのだ。
冒険者の最前線はまだまだ遠い、と自分の立ち位置を認識しながら深いため息を吐いた。
首を傾げるアイズに苦笑いして肩を竦める。
「いや本当はさ、アンタにミノタウロス倒すアドバイスを聞きたかったんだ……でもこの分だとあんまり参考になんなそうだ」
「ミノタウロス?君は、まだLv.1だと思うけど……?」
「だからって引っ込んでる訳にもいかねえじゃん。リベンジしてやるよ、そのうち」
言いながら少し鼻息を荒くすれば、アイズは不思議なものを見るような目でこちらを見ていた。
ここでも女の子には理解してもらえないのか、とヘスティアの顔を思い出す。
どうにも男の子の意地っていう奴は、どこか奇妙なものに見えてしまうらしい。
「ま、しばらくかかりそうだけど……そっちは?俺に何か聞きたい事があったんだろ?」
そう口にすると、アイズはその目の色を僅かに変えた。
吸い込まれそうな金色の瞳に思わず目が向く。
「私が、ミノタウロスを倒した時、攻撃する前からダメージを負っていた……あれは君がやったの?」
もしかしてガゼルパンチを叩き込んだことを言っているのだろうか?
質問の内容に面を喰らいながらも首肯する。
「そうけど、少し脳みそ揺らしただけで別にダメージ自体は大して大きくなかった筈だぜ?」
「脳を、揺らす?昨日見せてくれたもの?」
小首を傾げられる。
もしかしたら、この世界って人体科学があまり発達していないのかもしれない。
立ち上がると拳を構える。フックをゆっくり放って見せると、アイズはそれを面白そうに眺めていた。
「こんな感じで顎を横から上手い感じに鋭く打ち抜くと、相手は目の前が真っ白になって足とかに力が入らなくなるんだ……脳みそが揺れるっていうのはそゆこと」
「……君は、面白い体術を使うんだね」
「ボクシングっていうんだ、名前覚えといて損ないぜ?」
ジャブ、ストレート、フック、アッパーを連続で放って見せる。
拳が走るたびに鋭い風切音が聞こえるが、彼女にとっては珍しくもない光景だろう。
それでもアイズの視線はじっと何かを観察するように拳を追っていた。
「それが君の……強さの秘訣?」
「なに皮肉?別に強くねえ、よっ!」
パンと伸びきったストレートを畳むと、彼女の方を振り返る。
Lv.5の人間に言われたところでお世辞にすら聞こえない。
しかし多分、純粋な意味で言ったのだろう。
向けられる真っ直ぐな視線に気づいてポリポリと頬を掻いた。
「でも、もし仮に強く見えるんだとしたら……多分、ハートでは負けてないつもりだからじゃねえかな?」
「ハート?」
「気持ちの強さっていうか、倒れない覚悟っていうか?ボクシングって不屈の精神が肝だし」
「不屈の精神……」
曖昧な言葉を1つ1つ確かめるようにアイズは復唱する。
その光景に、行き詰っていた部活の後輩にアドバイスしていた時の事がふと頭に浮かんだ。
いつも判定負けしてしまうような愚直で不器用な男だった。
もしかしたら……彼女は浮世離れしているというよりも、どこか幼く不器用なのが正しいのかもしれない。Lv.5の冒険者も戦闘力を除けば、普通の人間なのだ。
何だか拍子抜けした様に、自然と肩の力が抜けた。
自分はこんな女の子をどんな目で見ていたのかと思ってしまう。
「別にあんまり考え込まなくていいと思うぞ、自分でもよく分かんないまま言っただけだし」
そう口を開けば、騙されたと言わんばかりの色がその顔に滲む。
いや、他人の言葉を信じすぎだろ……詐欺とかに引っかかり易そうな気がする。
「アンタは考え込むより、直感的に生きた方がいい気するなぁ。なんとなくだけど」
「?どういう、こと?」
「迷ったら最初に心に浮かんだことをやればいいのさ。シンプルに生きた方が分かりやすいだろ?俺はいつもそうしてる」
お節介だとは思いつつも、気が付けばそんな事を口走っていた。
悩むことはいい事だけど、決断の時にそれを待ってくれる事は少ない。
そんな時、自分は直感と言うものを結構頼りにして生きてきた。
彼女も頭で色々と考えるよりも、まず行動するようなタイプのように見える。
そういう人間が考えすぎるとかえって遠回りになることがあるのは、実体験だ。
余計な思考が物を見えなくさせる。
何事にもリフレッシュは必要だ。
「……なぁ、一手だけ。俺と手合せしてもらえないか?」
そう言えば、彼女はきょとんと目を瞬かせた。
「君と?」
「そう。ちゃんとしたLv.5の奴とお願いしたかったんだ」
唐突なお願いに、アイズは少し考えてから頷いてくれた。
場の空気を変える為の申し出だったが、前から狙っていたことでもあった。
圧倒的強者との手合せ。この一戦の中で、きっと盗めるものはある。
どこからか棒を拾ってきたアイズ相手に拳を構えながらそう考える。
「……」
気が付けば幼さを感じさせた表情はなりを潜め、剣士の表情がこちらを見てきていた。
流石だ、と思いながらじんわり汗をかく。
棒を構える前から自分が分かるような隙などどこにもない。
そしてアイズがゆっくりとその棒を構えた瞬間、その右腕がブレた。
「っ!?」
瞬きの間に5発。
どこから打ってきているのか分からない角度から、体が激しく打ち据えられる。
全く、反応が出来ない。
絶妙に手加減された痛みに顔を歪めながら、必死で彼女の姿を見る。
アイズは思った以上にテクニカルな戦い方をしてきていた。
閃光より早い刺突は過去のどんな攻撃をも上回るスピードで、的確に体を打ちのめす。
手首、肩、腿、鳩尾。
反応するより早く、攻撃の起点となる部分は全て潰されるのは悪夢の様な光景だ。
『攻撃は最大の防御』を正しく体現した動き。
これがLv.5の真の強さか、と肌が粟立つのを感じる。
カッと体が熱くなった。
「上等ぉだっ!」
だが、それがいい。
一叫すると同時に前に出た。
速さは電光石火だが、倒す気のない手加減された攻撃は極めて軽い。
耐えられない重さではない。
ギュウと握り締めた拳を振り抜く。
女の子相手に手加減するなどと言うほどに自惚れてはいない。
肌にビリビリと感じる強さは圧倒的格上の実力を暴力的なまでに示している。
ならば、放つのは撃ち貫く勢いの渾身の右ストレート。
空気が穿たれる。
「……」
「…………参ったな、こりゃあ」
思わず、そう言って笑ってしまった。
目の前には眉間にピタリと止められた棒の先端。
そこから伸びるしなやかな右腕は刺突を放った姿勢のまま。その顔はじっとこちらを見つめている。
眼光は鋭い。間違いなく意識を刈り取る一撃だ。
空を切った右拳は、掠りすらせずに伸びきっていた。
「……完敗だ。くそっ。ここまで完封されるのは久しぶりだ」
当たり前ではあるものの、彼女に触れる事すら出来なかった。
まだ少女の域を出ない歳なのに、経験値の重さを感じる。
動きの1つ1つが長い年月に洗練されていた。
自分に足りないものが多すぎる。
だがそのお蔭で必要なものが見えた気がする、と思いながら拳を下ろした。
「悪いな、急なお願いに付き合ってくれて。お陰で何か掴めそうだ、本当にありがとう」
「……」
返事がない。
何故だろうか、じっと観察されているような視線がこちらに向けられている。
戸惑いながら首を傾げると、アイズはハッと我に返ったように目を瞬いた。
「別に、大したことじゃない……よ」
「?そう?そう言ってもらえるとありがたいけどさ……そうだ、この間のお礼も兼ねて何か奢ってやるよ。何がいい?」
「奢り……?」
「まぁ、軽食くらいだけどさ。小腹空いたろ?」
時刻は3時くらいになっていた。
軽い運動で空腹感を訴える胃に何か入れたくてしょうがない。
そうだろ?と視線を向ければ、コクリとその顔が頷かれた。
「じゃが丸くん、食べたい」
「……じゃが丸くん、かぁ」
チラリとヘスティアの顔が頭を過ったが、今日はシフト入っていなかったはずだ……多分きっと。
だったらベッドを抜けて置いていった事に小言を言われる心配もないだろう。
それに、何よりも値段が手頃だ。
グットチョイスに思わずサムズアップする。
「よし!何個でも食え食え。最近、懐が温かいし大盤振舞だ」
「うん、ありがとう……」
「こっちが礼してんだから、そっちはお礼言わなくていいって」
クククと笑いながらそう言う。
1個30ヴァリス程度なら別に何個でも痛くはない。
こんなもんで感謝してもらえるなら安いものだ。
そう思いながら北のメインストリートに足を向ける。
その考えが甘かったのだと察したのは、彼女が露店でビックリするほどの数を注文した時の事だった。
確かに何個でもいいとは言ったけど……まぁ、命の恩人にケチつけるほど器は狭くない。
その日の財布が軽くなったことは言うまでもなかった。
夕刻、アイズ・ヴァレンシュタインが自分のホームの戸を潜ったの日が沈みかけた頃だった。
お土産のジャガ丸くんを携えながら、帰宅したアイズにティオナが気が付く。
「あれ?アイズ遅かったねー、ギルドに顔出しただけじゃなかったの?」
「ただいま、ティオナ……ギルドには、ほとんどいなかったよ」
「用事あったんじゃないの?」
「ううん。大丈夫、だった」
首を傾げるティオナの前をそのまま通り過ぎる。
ジャガ丸くんを口にしながら、思い出すのは広場での手合せだった。
(あの子の動き……何か、変だった)
何だろう?
見慣れない動きに戸惑ったのだろうか、それとも予想外のタフさが意外だったのか。
他の誰かと戦っていた時には感じなかった違和感がアイズの胸に残っていた。
勘違いでなければ、戦いの中で少し、ほんの僅かだけ強くなっていた気がする。
それがハートで負けていないということなのだろうか?
いや、もっと別のことのような……
(……分からない)
口の中でジャガ丸くんの味が広がる。
疑問は解けない。悶々とする頭の中で、イットの言葉が浮かんだ。
「最初に浮かんだことを、やればいい……」
最初に浮かんだものは何だろう?
何故、彼の提案に頷いたのだったか?
そんな考えの中、ふとアイズの頭にあることが浮かんだ。
「あ。あの兎の子のこと……聞くの忘れてた」
考えはそこで停止してしまう。
ポツリと呟いた言葉は少し空しい響きをしていた。
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