ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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「はい、イット君!」

「え、ヘスっち……どうした、これ?」

 

ヘスティアが『ヘファイストス』と書かれた包みを差し出してきたのは、怪物祭が終わった夜の事だった。

 

『豊穣の女主人』2階の一室。

 

シルバーバックとの一戦の後、何故か疲労で倒れたヘスティアが運び込まれたのは何かと縁のあるこの酒場だった。

シルのご厚意によって提供されたベッドで昏々と眠り続けること数時間、つい先ほど暢気な声と共にヘスティアは目を覚ましたのだ。

ベルとシルが良い雰囲気になりかけていた所だったので、非常にタイミングが悪かったものの……彼女に何事もなくて胸を撫で下ろしている自分がいるのは確かだ。

 

そして今、ヘスティアは少し照れくさそうに包みをこちらに差し出していた。

 

「ベル君のナイフと同じく話をつけてきたんだっ!君への贈り物だよ!」

「え、俺にも?気にしないで良かったのに……でも、ありがとな。開けていいか?」

「もちろんだとも!……まぁ正確に言えば君宛てというのは少し間違いなんだけどね」

 

その言葉に首を傾げながら、包みの封を開く。

中から出てきたのは2つの鉄の塊だった。

一瞬、それが何か理解出来なかったが、じぃと凝視するとやがてそれが鉄の拳であることに気がつく。

 

「ガントレットのパーツ?」

「殴ることに特化した異色のガントレット、そのちょうど拳の部分だよ」

 

その言葉を聞きながら、魅せられたように手の中の輝きに目を落とす。

 

そのパーツは非常に美しかった。

緻密に設計された曲線美、そしてその中に感じる荒々しい輝きが見る者を魅了してくる。

鍛冶の神、ヘファイストスが打ったガントレットパーツ。

その響きだけでどれほどの値が付くか、考えるだけで恐ろしい。

きっと誰もが羨むプレゼントだろう。

 

「……ごめん。これは受け取れないわ」

 

だが、嬉しさよりも先にレベッカの顔が脳裏を過った。

思わず首を振ってしまう。

 

「俺、レベッカに沢山苦労かけてるからさ……ここでこれ受け取っちまうのは筋が通ってないっていうか。あいつが俺の為に苦労して打った物でダンジョン潜りたいんだ」

 

もちろん、このガントレットパーツが自分の強い力になってくれることは分かっている。

しかし、本当に土壇場になった時、力を貸してくれるのは出来が良いだけのものではない。

思い入れ深い物で戦うからこそ、踏ん張れる時もあるのだ……それはきっとレベッカの打った物だと、そう信じている。

 

悪い、と頭を下げると少し間を置いて小さな手が置かれる感触がした。

 

「うん。イット君ならそう言うと思ったよ」

 

そのままポンポンと軽く叩かれる。

思わず顔を上げれば、そこにあったのは軽く肩を竦めたヘスティアの姿だった。

 

「だからね、これはイット君宛てじゃないんだ。その鍛冶師君宛てさ」

「レベッカに……?」

「彼女、ヘファイストスの子なんだってね。ヘファイストスから聞いたよ!だから、それはヘファイストスから鍛冶師君への挑戦状なんだってさ!」

「……それは、また」

 

大変な事になりそうだな、と思った。

レベッカの元にこれを持っていったらどんな事になるだろうか。

恐らく、開発しているガントレットの完成形を目の前に突き付けられた彼女はきっと物凄い勢いで奮起するに違いない。

 

(あいつ、死ぬんじゃないかな……)

 

二徹三徹くらい平気でする子だ。

熱中のしすぎで鍛冶場で倒れられたら洒落にならない。

おっさんに釘刺すように口添えしないと、と心に決めながらヘスティアに頷いて見せる。

 

「そう言う事ならありがたく頂戴するよ。さんきゅな、ヘスっち」

「気にしないでおくれよ!イット君の分はヘファイストスも自分の子への授業料だって、安くしてくれたしね!」

「と、いう事はベルのは高いんだな……」

「おっと。ベル君には内緒だぜ、イット君」

 

大事そうに貰ったナイフを抱えて眠るベルを横目に見ながら、ヘスティアはしーっと指を立てた。

 

こんな逸品を2つ打ってもらう。

いくら友達の神相手でもタダという訳にはいかないだろう。

それ相応の対価を支払ったに違いない。

それでも満足そうな表情を浮かべるヘスティアの顔は晴れ晴れとしていた。

 

そういうところは敵わないなぁ、と思ってしまう。

ベルの寝顔を穏やかに眺めるヘスティアに、ふと昼の事を思い出して口を開いた。

 

「なぁヘスっち。この間さ、ベルのこともっと見てやれって言ってたよな?」

「うん。答えが分かったのかい、イット君?」

「んーつまり、ベルは弱い奴じゃないぞ、ってこと?」

 

昼の光景を思い出しながら、そう口にすればヘスティアはがっかりしたような表情を浮かべた。

 

「……なんだよ?」

「やれやれだよ。君は思ったより鈍感なんだね、イット君。当たらずとも遠からずってところかな?点数で言えば50点もいいとこさ」

「え、低っ」

 

的外れではないようだけど、まだ足りないらしい。

これ以上、ベルの何を見ろって言うのか。

ベッドで眠る彼の顔に視線を落とす。

 

弟分のようなベルの事は理解していたつもりなのだが……本当に理解出来るまでには、もう少しだけ時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

この世界に来て、良かったと思う事が3つある。

 

1つ目は曲がりなりにも、もう1度ボクシングをやる事が出来たという事。

2つ目に人間味あふれる気持ちの良い人達に出会うことが出来たという事。

3つ目が──

 

「ん、流石に重てえ……」

 

──馬鹿をやっても許される突飛なシステムがこの世界にあったことだ。

 

ロードワークに似つかわしくない、ガチャリという微かな金属音と共に足音が重く沈むように路地に響いた。

 

怪物祭を終えて数日が経過していた。

レベッカにヘファイストス印のガントレットパーツを渡してから、しばらく経つ。

 

その時の出来事は、何とも見物だった。

怪訝な顔をしたかと思えば、瞬きを繰り返し、凝視した後、おもむろに凄い勢いで弄りだしたのだ。

『目の色を変える瞬間』というものを初めて見た思いだった……若干、その目が血走っていた事には触れないでおくけれど、それを抜きにしても彼女の豹変は尋常ではなかった。

 

鍛冶師にしか分からない神業の結集があのガントレットパーツには込められているのだという。

必ず技術を盗んで見せる!と鼻息を荒くして宣言したレベッカの瞳には大きな炎がメラメラと燃えていた。

 

「ふぅ」

 

軽い息と共に金属音が鳴る。

 

そんな闘志を燃やす彼女に頼んで作ってもらったのが、この両手足につけた重りだった。

パワーリスト、アンクルよりも遥かに重量あるせいで一歩一歩が重い。

おおよそ自分の体重分くらいだろうか。日本でやったら体を壊す気かと頭を叩かれるような重量だ。

 

しかし、この世界では違う。

 

遥かに強靭な肉体と、筋トレ以外で強くなる方法がこの世界では存在する。

『経験値』などという曖昧なものに依存するシステムならば、枷を付けて鍛えることはより大きな『経験値』になる……筈だ。

 

もし、これで間違っていたら恥ずかしいなと思いながら荒く息を整えていると、トンと腰の辺りに軽い衝撃が来た。

 

「失礼」

 

小人族だろうか、ぶつかった小さな影に謝ろうと顔を向けた瞬間。

 

左手を鋭く抜き放つ。

その挙動に小人族が驚いた時には、左腕はすでに引き戻されていた。

 

「俺から財布盗もうなんていい度胸じゃねえか」

「くっ!?」

 

掲げて見せる左手は、しっかりと盗まれかけた財布を握りしめている。

パワーリストありでも、懐から抜き取られた財布を取り返す程度は造作もなかった。

フードの下で舌打ちをすると、ぶつかってきた小人族はパッと逃げ出した。

 

「あ、待てこらっ!」

 

枷付きで重い足を動かして、フードの小人族を追いかける。

まだ重りに慣れていないせいか、体が思った以上に重い。

路地を駆け抜ける小人族の姿はあっという間に見えなくなり、気が付けば完全に見失ってしまっていた。

 

盛大に舌打ちしながら、財布をポケットにしまう。

日本ほど治安の良くないオラリオではこういった軽犯罪の存在はそこまで珍しいものでもない。

しかし、だからといって見過ごせるかと言えば否だ。きっと自分の顔は大きく歪んでいるだろう。

 

「くっそ、あの小人族……今度見つけたら、一発拳骨喰らわして叱ってやる」

 

年齢の判断が付きにくい種族だが、ちらりと見えた顔は恐らく『男』だった。

その顔を覚えながら、がりがりと頭を掻いていると、ふと1人の少女の姿が頭に浮かぶ。

 

(……そういや、小人族といえば)

 

かなり前、『豊穣の女主人』での盗人騒動の時の少女を思い出す。

小人族と思わしき身長と、ダークブラウンの瞳がずっと印象に残っていた。

意味深な言葉を呟いた彼女の事は、あれ以来ずっと見かけていない。

 

(見かけたらその事聞きたかったんだがな……あと、食い逃げの代金払ってもらわねえと)

 

女将さんに理不尽にも立て替えさせられた彼女の食事代を思い出して、小さくため息を吐く。

 

しかし、これだけの間見かける事もなかったのだとしたら街を出ているかもしれない。

そんなことを考えながらロードワークを続けていると、ふと視界の端にヒラリと何かが翻った。

 

先程のスリの小人族のものに似たフードに思わず顔を向ければ、そこにいたのは背の低い狼人族の少女だ。

 

見覚えのある顔だった。

印象的なダークブラウンの瞳がこちらを見つめている。

 

あの盗人騒動の少女だった。

 

「いたぁっー!?」

 

思わず大声で指をさしてしまう。

ビクッと肩が大きく跳ねあがる彼女に駆けよれば、目を白黒させながら彼女は逃げ出そうとする。

そんなに怖がらせただろうかと思いながら、その肩に手を置くと反対の手を差し出しながら口を開いた。

 

「久しぶりの再会で悪いけど、俺が立て替えた金払ってもらうぞ」

「……ぇ?」

「なんだよ忘れたのか?結構前、『豊穣の女主人』ら辺で盗人扱いされてたの助けてやったじゃねえか」

 

あの後大変だったんだぞ、と付け加えれば少女は思い出したのかそのブラウンの瞳を大きく見開いた。

 

「あっ……あの時の冒険者様でしたか!」

「様づけはやめろよ、こそばゆい」

「いえ、癖のようなものなので……あの、立て替えたお金というのは?」

「お前、『豊穣の女主人』で金払わないでいなくなったろ。お前取り逃がしたって、女将さんに絞られたんだからな」

 

少し責めるような口調に、少女はしゅんと耳を伏せる。

身長の低さも相まって、幼い子供をいじめているような気分になって少し居心地が悪い。

頬を掻きながら、思わず視線を逸らす。

 

「ま、立て替えた分払ってくれりゃいいさ……そうだ、俺はイットっていうんだ。お前、名前は?」

 

話を変えるようにそう問えば、少女は少し迷ったような表情を浮かべた後、口を開いた。

何だか陰を感じさせる瞳がまっすぐに向けられる。

 

「リリ、と申します。よろしくお願いしますね、イット様」




さらっと出しましたが、レベッカはヘファイストス・ファミリア所属の鍛冶師です。
父親のドルフマンも同ファミリア所属になってます。

次回、リリスケ本格的に登場出来ます…長かった。

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