ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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「まだいるなっ」

 

外へは一番乗りだった。

 

大通りに飛び出した時、まだ遠くにない背中を見つけるとすぐさま腕を振りかぶる。

店の手近にあった空の杯をオーバースローで投擲すれば、吸い込まれるようにその後頭部に命中した。

 

「100点!!」

 

思わずガッツポーズを取りながら、そのまま駆けだす。

完全に不意打ちだったのだろうか、足をもつれさせて倒れ込む相手はまだ頭を抑えて動かない。

道行く人が何事かと視線を寄越してくるけれども、事情を説明するよりも早く手の中の包みをもぎ取り返した。

 

ほっ、と安堵の息を1つ。

 

「確かに返してもらったぞ」

 

ムクリと起き上がる影にそう声をかけると、思ったよりもその身長が小さいことに気が付いた。

何故気付かなかったのかと思うほど、今まで見た誰よりも小さい。

被っていたフードの下から睨みつけるような眼差しがこちらを射抜いた。

 

「返してください」

 

幼い、女の子の声だ。

ダークブラウンの瞳が、柔らかそうな髪の間から覗いている。

思わぬ犯人の正体に息を飲んでしまうが、そんな事は今は関係のないことだった。

 

「馬鹿言えよ。盗んだのそっちだろ?」

「……向こうが盗んだんです」

「本当かよ?疑わしいなぁ」

 

まぁ間違いなく嘘だろうな、と思いながら包みをもてあそぶ。

中身は金属の類のようだけれど、何だろうか?

ふと気になりながら感触を確かめていたが、その輪郭に少し眉をひそめた。

 

「何だこれ?」

 

短剣、だろうか?それにしては妙な形状をしている。

刃だけが大きい不格好さは斬るには全く向いていない。

しかし刃があり、柄がある感触は間違いなく短剣だった。

 

「こんなもん盗もうとするなんて危ない奴だな、まったく」

「っ!本当にアイツに巻き上げられたんです!今日、力づくで奪われて……!!」

 

軽口に返ってくる少女の必死な声に思わず目を瞬いた。

もし演技だったなら迫真ものだが、どこか悲痛な声に確信が揺らぐ気がする。

 

「冒険者なんかに……っ」

 

ポツリ、と食いしばるように呟かれた声が喧噪に紛れるように聞こえた。

どういう意味だろうか?

憎しみすら籠った言葉に問い返す前に、後ろから足音が近づいた。

 

「おい!俺の荷物はどこにある!!!」

 

荷物を盗まれた本人だろう、少し年配の冒険者が駆け寄ってくる。

こちらの手の中にある短剣らしき包みを見つけて、安堵の息を吐くところを見ると大事な物だったようだ。

しかし焦った顔のまま、乱暴に手を伸ばす彼に俺は思わず身を引いた。

 

ギロリ、と睨まれる。

 

「……何故、渡さねえ?テメエも盗みの片棒担いでたってことか?」

「いや?ただ、押しつけがましいようだけどさ。取り戻してあげたんだから礼くらい言ったってバチ当たんないと思うんすけど?」

「テメエの勝手な行動に何で礼を言わなきゃなんねえ?荷物が戻ってきて俺はラッキーだった、それだけの話だ」

 

あまりの言動に思わず頬がヒクリと動くのを禁じ得ない。

礼と謝罪の出来ない人間は好きではない……いや、むしろ嫌いだ。

それでも表情筋を抑えながら、比較的温和に言葉を紡いだ。

 

「何かさ、そこの子が自分の物だって言ってんだけど。俺はこれをアンタに返していいんだよな?」

「当たり前ぇだろうが!テメエは盗人の肩を持つのか!?」

 

男の怒鳴り声が通りに響く。

いつの間にか周りには野次馬が集まっていた。

 

(確かにそれが正論なんだけどさ……)

 

普通、盗んだ側が本当の持ち主だなんて事がある筈もない。

根拠なんてどこにもない、心象のみでの疑惑の念。

それに、この男が気の短い自己中心的な礼儀知らずなだけかもしれない。

 

しかし『理屈』じゃない。

この気分、何と言うか……

 

「……気に食わねえなぁ」

 

この男が何を焦っているのか?

何故、これに固執しているのか?

なんでこの子がこんなに悲痛そうなのか?

 

モヤモヤとした淡いいくつもの疑問は、胸の中でくすぶっている。

何だか怪しい、とただそう感じる。

 

「いいから早くそれを渡せ!!」

「分かったよ。ただ返す前に1つ質問いいか?」

「訳の分かんねえことをグダグダと、いいから渡せ!!」

「気になるんだ。間違ってたら土下座しながら返してやるから、答えてくれよ」

 

訝しげに眉間に皺を寄せる男に、口を開く。

 

「この短剣の銘を聞いていいか?」

「銘?」

「様子を見るにさぞかし素晴らしい剣なんだろう?知りたいんだよ、持ち主なら知ってるだろ?」

 

問いかけるように男を見るが、しばらく返事がない。

迷っているような、考えているような、渋い表情を浮かべている。

 

「……ただの安物だ、大層な銘なんてねえよ」

 

唸るように男が言った直後、背後から声が上がる。

 

「……知ってますよ。魔剣『ターフル・シュベット』、柄に銘が彫ってあります」

「なっ、黙れこのガキ!!」

 

少女の言葉を聞いた瞬間、手元の包みを解く。

白い布の隙間から剥き出しの赤い刀身が顔を覗かせた。

言われた柄に注視すれば『ターフル・シュベット』の文字……多分。

発音くらいなら何とか読めるようになった程度なので怪しいが、決定だろう。

 

1つ頷く。

 

「嬢ちゃん、返すわ」

「何してやがる、テメエ!!」

 

血相を変える男を無視して、少女に短剣を返す。

驚いた表情を浮かべる手に押し付けると、バツが悪くなって頬を掻いた。

 

「お前の言う通りだった。悪かったな、物投げつけちゃってさ」

「い、いえ……!?危ない!!」

 

少女の声に安心させるように笑みを返す。

 

分かっていたとも、警戒心だけはバリ3だったのだから。

風の流れを感じて、振り返り様に拳を繰り出す。

眼前に迫っていた男の一撃をカチ上げると、そのまま後ろに下がった。

 

「危ねえな、何すんだよ?」

「テメエふざけんな!何故盗人に俺の魔剣を渡す!?」

「アンタが知らなかった事を、彼女が知ってた。本当は持ち主がこっちだって思うのは理に適ってると思うけど?」

「生意気言ってんじゃねえ!返せ!!」

 

男が腰から棍棒を抜いた事で周りからどよめきが上がる。

何人かが取り押さえようと動き出すが、その前に待ったをかけた。

 

「悪いけど、俺に任せてくれよ。タイマンでケリつける……レベッカ!見てるか!!」

「大声上げないでよ、恥ずかしい……見てるわよ」

「ならよし。よく見とけ……これが俺の戦い方だ」

 

長く息を吐きながら、構えを取る。

 

『ピーカブースタイル』

時代遅れと言われ、流行らなくなってしまったが学生時代に最も愛用した構え。

世界を最高に熱くさせた男の構えだ。

口元を覆うように拳を置くと、隙アリとでもいうように男が動いた。

 

棍棒が風を引きちぎりながら、迫ってくる。

半身で避けて、そのままレバーに一発。

骨が軋んだ音が聞こえるが、男は呻くも意に介さない。冒険者のタフネスは尋常ではない。

刺突、振り下ろし、薙ぎ払い。変幻自在な棍棒捌きは、少し厄介だ。

速く、そして重い一撃を皮膚が削りながらも避け続ける。

 

「防戦!一方か!糞デカい口叩いた割に大したことねえじゃねえか!!」

「言ったな?見てろ、最高の一撃お見舞いしてやる」

 

肩を狙う棍棒をわざと受けて、首で押さえつける。

痛みで顔を歪めながら、驚く男にニヤリと笑いかけた。

 

筋肉が唸る。すくい上げるような一撃。

足腰、腕のしなり、伸ばしきった右腕の先で爆発する衝撃。

トラックがぶつかったような異音がした。

バカン!とおよそ人体が出さない音を上げて男の体が吹っ飛ぶ。

数メートルの滞空の後、地面を削って倒れ込んだ顎は恐らく割れただろう。

 

手に残る衝撃を振り払いながら、立ち上がらない男の姿を見つめた。

 

「どんなもんよ」

 

男からの答えはない。

代わりに、周りの観衆からはワッ!と声が上がった。

その中でもとりわけ大きく響く笑い声には聞き覚えがある……否、聞き覚えしかない。

野次馬の壁を割るようにぬっと顔を出したのは、予想通りおっさんだった。

 

「がっはっはっは!!いいもんを見た!男はやっぱりぶつかり合いの中で輝くもんだ!!」

「声デケェ……おっさんも見てたのか」

「面白そうなことやっとるからついつい見ちまったわい。あの男、Lv.1だが中々の腕だったらしいぞ。1週間で偉く腕を上げたもんだな、坊主!!」

「そりゃ、俺も頑張ってますから」

 

肩を叩かれながら、引きつった表情でそう答える。

おっさんは上機嫌に叩かれているだけかもしれないが肩がビリビリと痺れるのだ。

あまりの力に人をうっかり殺してないだろうか、と心配してしまうのも無理はない。

 

ドスンドスンと肩を叩かれ続けて苦笑いを浮かべていると、おっさんの陰に立つレベッカの呆れたような視線に気がついた。

 

「何だよ?ちゃんと勝ったぞ?」

「……アンタ、あれモンスター相手にもやってんの?防御姿勢も取らないで?本当、噂以上の馬鹿」

「いや、あれくらいだったら防がないでも大丈夫そうだったし」

「だからって実行するのが馬鹿だって言ってるの。相手のステイタスも分からないのに」

 

……確かに、と少し冷や汗をかく。

終わった後だったから良かったものの、少し不用意過ぎたと思う。

 

「ま、まぁ終わりよければ全てよしって言うし、次からは気を付けるからさ」

「本当?死なないでよ?アンタ、私のテスターなんだから」

「分かってるって……っと、そう言えば」

 

1人、忘れていた存在がいることにそこで気が付く。

小さい女の子を探して振り返れば、そこには誰もいなかった。

 

「……あれ?」

「あぁ、そこの子?何かさっき帰っちゃったわよ?」

「見てたなら言えよ!」

 

がっくりと肩を落とす。何だか拍子抜けだ。

短剣は持ち主に返ったようなのでいいとしても、尋ねたいこともあったのだが……

この街にいるのならまた会うかもしれないか、と思う他ないだろう。

 

「用件は済んだか!!すぐに坊主の健闘を祈って飲み直すぞぉ!!」

「おっさん飲みたいだけだろ!……そういや自分で殴っといてあれだけど、あの人どうしようか?医者呼んどく?」

「放っといていいんじゃない?喧嘩なんて日常茶飯事でしょ?勝手に何とかなるわよ」

「マジか……この街おっかないな……」

 

ガヤガヤと賑やかな通りを反転して、店へと向かう。

アルコールを飲んで動いたからか、背中がやけに熱かった。

冷たいものでも飲んで体を冷やしたい気分だ。

 

「あ」

 

そこで思い出す……正確には戸口でこっちを睨む女主人の姿を見て思い出した。

 

(そういやあの子、食い逃げもしてた気がする……)

 

逃がしたことに加えて、店の杯をダメにした俺への怒りの眼差しもその視線には含まれているだろう。

助けを求めるようにおっさんの方を向けば、静かに顔を逸らされた。

いつもの豪快さはどこへ行った!と叫びたいが、我慢してレベッカの方に顔を向ける。

 

「とりあえず、弁償はしときなさいよ?」

「……だよなぁ」

 

ロリだからって優しくするんじゃなかった、と後悔する。

次会った時は文句を言ってやろうと思いながら、懐から財布を取り出した。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

光の届かない薄暗い路地裏、そこで小さな少女は荒く息を吐いた。

被っていたフードを取り払うと、変身魔法を解く。

そして、手の中の魔剣をしっかりと握りしめると苦い顔をして呟いた。

 

「冒険者なんか……嫌いです」

 




今回、少しオリジナル要素が多くなってしまいました。
少し強引にまとめましたが、いかがでしたか?不評でしたら直しとておきます。

『ピーカブースタイル』ははじめの一歩でお馴染みのスタイルです。マイク・タイソンで有名ですね。
マイク・タイソンの動画は血が熱くなること必至なので是非オススメしときます!

p.s.昨日ランキング1位に載ってしまいました…
ご感想、ご意見、評価も頂いて、皆さんに見てもらえて本当に嬉しいです。
ありがとうございます!

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