ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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肩を掠った刃が汗を飛ばした。

身を捻る中それを感じながら、ラッシュを叩き込む。

ジャブはほぼ必要ない、全て強打でぶつける事がこの場所でのボクシングの掟だ。

揺らぐ体にフックを入れると、ウォーシャドウは霧散するように弾け飛んだ。

 

「あ」

 

その散り様に少しだけ不満を覚えてしまう。

後続のパンチは出番を迎えることなく、静かに下ろされた。

 

ダンジョン6階。普段より幾分か深くに1人で潜ったのはこのモンスターに会いに来たからだった。

全身が黒い人型のモンスター、160cmほどの大きさで3本の指先に刃が生えている事を除けばほとんど人と変わりない姿だ。

 

ダンジョンで出会うのはほとんど小さいか、四足歩行のモンスターばかりだったので本来のボクシングの勘を忘れそうになってやって来たのだが……いかんせん、耐久力がない。

 

「また探さないとなぁ……」

 

どっかりと座り込んで、腰から水筒を取り出す。

ダンジョンの壁から生まれるというモンスターだが、その周期は不定期だ。

闇雲に動き回って体力を消耗するのも得策ではない。

何より最近、運動すると背中を中心に体が火照りやすいのだ……背中の刺青みたいな部分から菌入ったりしていないだろうか、と一瞬心配になる。

コンディション管理はボクサーの必須項目だし勘弁してほしい、と喉を潤しながら考える。

 

(しかし、そろそろ物足りなくなってきたな…)

 

ステイタス的に見ても多分、適正階層は次のステップに行けるだろう。

ベルには悪いがスキルの恩恵と言うものはかなり大きいらしい、つくづく自分は幸運だったのだと思う。

 

 

 

イット・カネダ

Lv.1

力:F312→D507

耐久:D546→C686

器用:H151→G260

敏捷:G240→E435

魔力:I0→I0

《魔法》

【】

《スキル》

【超超回復(カプレ・リナータ)】

・早く治る

・受けた傷以上に回復する

・傷が深いほど上昇値は大きい

 

 

相変わらず器用が飛びぬけて伸び悩んでいるが、ヘスティア曰くその器用さも普通より伸びは早い方らしい。

他の3項目、特に耐久が異常に突出している影響であまり目立っていないだけなのかもしれない。

一般的な冒険者のステイタスを知らないので、あまり詳しいことは分からないけれども……。

何故だか分からないが、最近ベルは自分のステイタス値を教えてくれなくなったのだ。

見せるほどのものでもないから、とわたわたしながら手を振っていたのを思い出す……ケチんぼめ。

 

「そろそろベル達に合流する時間だし、次で上がるかな」

 

水筒を仕舞い込みながら、そう呟く。

何やらベルとヘスティアでこそこそしているらしく、1人で潜った後は地上で合流する手はずになっている。

太陽の位置は分からないが、そろそろ昼になっている頃だった。

勢いをつけて立ち上がると体が固まってしまったのか、ポキポキと骨が鳴る音がした。

さて続きをしますか、と辺りを見渡すとゾロゾロとたくさんの冒険者が移動していく様が目に入った。

どこかのファミリアの遠征だろうか?あまり世情に詳しくないので、どこのファミリアかは知らないがかなりの規模を誇る所だろう。

 

その中にいる金髪の少女とふと目があった。

 

(あんな子までいるのか……)

 

明らかに細腕だが、神の恩恵を受けた人間は見た目にそぐわぬ戦闘力を有する。

もしかしたら彼女も凄い強者なのかもしれない。

一手ご教授お願いしたなら受けてくれるだろうか、とボンヤリと考えていると視界の隅で壁が盛り上がっているのを見つける。

 

「お、いたいた」

 

ウォーシャドウだ。

首を回しながら筋肉を解すと、向こうの体制が整うのを待ってから殴りかかった。

ファミリアの行進の事はすっかり頭から消えていた。

 

 

 

 

 

 

「イット君、君また勝手に潜っていたね!あんまり無茶し続けているとボクは柄にもなく落ち込んでしまうよ!」

「まぁまぁ神様、イットも多分本当に無茶はしないですって……しないよね?」

「……多分」

「イット!?」

 

ちょうど正午頃だろうか、アモールの広場で合流すると頬を膨らましたヘスティアがそこにいた。

行くところがある、とだけ伝えて出てきたことを怒っているのかもしれない。

ヘスティアは以前に比べて過保護になったというか……なんか絡み方がウザくなった。

 

『お帰りイット君!怪我はないかい?疲れただろう、横になって寛ぐといいよ!』

『件のレベッカという女は信用できるんだろうね?騙されてないかボクは不安だよ』

『そうだ、イット君!今日の晩御飯はジャガ丸くんを貰ってきたんだ!おっと心配しないでおくれ、塩嫌いなイット君の為にあんこ入りもあるぜ』

 

お前は構いたがりな母親か、と言いたい。

それに塩が嫌いなわけでなく質素過ぎる食事が耐えられないだけだ……あんこはまぁまぁ美味かったけれども。

何が彼女を変えたかはさっぱり見当もつかないが、誰かに何かを吹き込まれたのだろう。

とりあえず悪影響が出ている訳ではないので静観することにしている。

 

「それで?2人で何かこそこそやってたの教えてくれる気になったってこと?」

「え、ば、バレてたのかい?」

「そりゃあ、あれだけベルと内緒話してたら気付くだろうさ」

「す、すみません神様ぁ。僕がもっとしっかりしてれば……」

「いいんだベル君、君に落ち度はないよ……あるとしてば全ては神様たるボクの責任さ」

「いや、そういう寸劇いいから早く話進めろや」

 

もしかして天然だろうか?と思わなくもないがそれはさておき。

本筋を思い出したように手を打つとヘスティアは口を開いた。

 

「友達の神の店にイット君を連れて行こうと思うんだ。イット君、ポーションとか使った事ないだろう?」

「怪我は大体、寝れば治るし特に必要としてなかったかなぁ」

「いざっていう時の為にアイテムは必要さ。イット君も見ておくといいよ!」

「……何で3人で行くんだ?」

「そ、それは着いてからのお楽しみというかさ?ですよね、神様!」

「そ、そうだよイット君!着いてからのお楽しみっていうことさ!ささ、行くよ」

 

ヘスティアは俺とベルの間に身を割り込ませると、それぞれの手を引いて先導する。

正直、恥ずかしいのだが意気揚々と案内するヘスティアの手を振りほどくのも可哀そうなのでなされるがままだ。

顔を赤くして慌てるベルと共に、南西地区から西地区の方へ抜ける道に連れられる。

西地区の方は住宅街になっているのであまり足を運んだことはない。

見慣れない光景に辺りを見渡しながら歩いていると、やがて1つの建物の前で止まった。

『青の薬舗』と読むのだろうか?どうやら道具屋のようだ。

 

鈴の音と共に扉を開けると、1人の少女と背の高い男性の姿が見えた。

男性の方は柔らかい笑顔をこちらに向けてくる。

 

「いらっしゃいヘスティア、待っていたよ」

「お世話になるよ、ミアハ!」

「今後ご贔屓してくれるなら問題はないとも。それで、そっちの彼が?」

「ボクのファミリアのイット君だ!イット君、こっちはミアハ・ファミリアの主神、ミアハだよ!」

「あ、どうも初めまして」

 

軽く頭を下げながら目の前の男性を見つめる。

ヘスティア以外の神様を見るのは初めてだった。

普通の物腰柔らかそうな人にしか見えないけれど、これが神様という存在らしい。

やはりいまいちピンとこないけれど、どうやらいい人そうだ。

 

「イット君と言ったね、君のところのヘスティアから頼まれごとをしてね。今日はその為に君に来てもらったんだ」

「……というと?」

「ポーションの調合さ。君は傷の治りが早いそうだね、それを促進させるようなポーションを作って欲しいと頼まれたのさ」

「本当は何か武器でもって思ったんだけどね……レベッカとかいうのがしゃしゃり出なければ」

 

唇を噛んで悔しそうな顔をするヘスティアに思わずキョトンとしてしまう。

 

「何でそんな事してくれるのさ?いや、ありがたいけど」

「うん?不思議な事を言うね、君はボクの眷族で、ボクは君の主神だよ?家族を助けたいって思うのは不思議じゃないだろう?」

 

満面の笑みでそう言われると、少しだけ言葉を失ってしまった。

良き友人はこれまでもいたけれど、家族だといってここまで踏み込んでくる相手はほとんどいなかった。

それが戸惑いなのか、嬉しいのか……しかし悪い気分じゃない。

 

「……ありがとうな、ヘスっち」

「ベル君にも言ってあげておくれ。何が一番、君を助けてあげられるのか一緒に考えててくれたんだ」

「マジか、ベルもありがとな」

「ううん、僕なんて少しだけ一緒に考えただけだよ」

 

照れくさそうに頬を掻くベルに思わず頬がほころぶ。

案外、このファミリアに入った選択は間違っていなかったのだと思えた。

 

「(っていうかヘスっち、ヘスっち俺にステイタス情報……特にスキルは絶対に口外するなって言ってなかったっけ?バラして大丈夫なのか?)」

「(ミアハは信用できる友達だし、回復が少し早い事しか言ってないから大丈夫だよ)」

「?何2人でこそこそしてるんですか?」

「いや、何でもないベル。無問題だ」

 

不思議そうな顔をするベルにそう言うと、にこにこと笑うミアハに向きなおった。

 

「ミアハさんもありがとうございます。何か俺のためにお手数かけちゃって」

「いいんだ。これでご贔屓してもらえれば万々歳さ。それに噂の君も見れたしね」

「ははは、カリーヌさんに絞られる毎日っすよ」

 

今日も馬鹿か馬鹿なのかと言われたのを思い出して、少し顔が引きつった。

 

「とりあえず、君の体質がどの程度なのか分からないから体力ポーション飲んでみてくれるかい?」

「お安い御用っすよ。ちょうど、治りかけの傷もちょいちょいあるし」

 

手渡された少量のポーションを飲み干す。

飲みなれない苦味と微かな草の匂いが口の中に広がったが、変化は劇的だった。

薄っすらと靄を出しながら、治りかけていた傷痕がぐんぐん塞がっていく。

軽傷ではあったものの、十倍以上のスピードで傷が治るのはまるで夢を見ているようだった。

 

「ポーションって凄いんすね……」

「いや……普通はもっと効果は弱いんだ。君の体質と合った結果なんだろう。どうやら体力ポーションそのままの方が相性はいいのかもしれない。ちょっと待っていてくれるかい?」

 

そう言うとミアハは、奥の棚をごそごそと漁りだした。

何故か店番の少女の顔つきが厳しいものに変わる。

どうやら薬品が並んでいる棚のように見えるけれども、その体力ポーションが並んでいるのだろうか?

やがて、ミアハがお目当てのものを手にして戻ってくると隣にいたヘスティアの表情が一変した。

 

「み、ミアハ!?流石にハイポーションは受け取れないよ」

「何、もうすぐで使用期限が切れそうになる売れ残りだ。それでも君の眷族の大きな助けになるはずだから遠慮せず受け取って欲しい」

「……なぁ、ベルよ。そのハイポーションってやつは大体幾らくらいかね?」

「く、詳しくは分からないけど……数万ヴァリスくらいじゃないかな?」

 

今の一日の稼ぎが3000ヴァリスくらいなので、途方もない数字に感じる。

そんな高価な薬を飲んだらどうなってしまうのだろうか?と2人の応酬を見ながら考えてしまう。

遠慮するヘスティアに譲る気のなさそうなミアハ、平行線のまま話は進展していない。

どちらかが妥協しなければ押し問答になってしまうだろうと肩を竦めて、口を開いた。

 

「うん。ヘスっち、好意は遠慮しないで受け取ろう」

「イット君!?」

「好意には好意で報いるのが恩義ってやつだよ。ミアハさん、本当にありがとうございます。将来稼げるようになったらこの店でめっちゃ金落としときます」

「ふふふ、楽しみにしておくよ」

 

何でもないように笑っているが、実際そんな高価なものをポンと渡すのは大変な損害の筈だ。

その証拠に、店番の少女が人を殺しそうな目でこちらを睨んでいるのだけれど……気づかないふりをしておく。

本当にそのうちたくさん金を落とさなければいけないな、と思いながら深々とミアハに頭を下げた。

 

ダンジョンに潜り始めてそろそろ半月になる頃の事だった。




次回、ようやく原作へ

ちなみに裏でヘスティアが数日間ミアハの店で働く取り決めがありましたが、イットを立てる形でなくなりました←

p.s.たくさんの感想ありがとうございます!
ボクシングスタイルをここからどう扱っていくか、今から自分でもワクワクしてます!
イット君のダンまちライフ、宜しければしばしお付き合い下さい!

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