ー七曜歴1203年、冬。
ゼムリア大陸西部クロスベル自治州…
「はぁ、はぁ…、くそっ、まだ振り切れねえのかよ!」
その更に北西…鉱山町マインツに至る山道を、複数人の男達が何かに追われるかの様に決死の形相で駆けていた。否、事実追われているのだ。
「急げ!」「もう少しだ!」といった怒声交じりの声が山道に響く。
男達の背後からは特有のサイレンが騒々しいほどに鳴り、迫り来る脅威からの焦燥を煽っていた。
多少の犠牲こそ払ったが後少しで隠れ家に着く。
そうすれば…、
「そこまでです。大人しく止まって下さい。」
「!?…テメエは…!!」
…だが、男達の思惑通りに事は運ばなかった。
険しい獣道を全速力で駆けてきたというのに、本来居るべきはずの無い人物が目前に立ち塞がったからだ。
その人物は青年…、いや、顔立ちや雰囲気から察するにまだ少年でも通じる嫌いがある。体格は其れ程でも無い。
男達の方が幾らか大柄な程だ。特徴的な紅い髪こそ除けば、至って普通の青年に見えた。
しかし、男達は彼に対する警戒を強めた。
より詳しく言えば、彼が両手に携えた獲物にだ。
人の片腕程の長さは有りそうな片手剣に、殺傷性の高い導力銃。赤く輝く其れ等の武器は、言わずもがな素人が持つ様な物では無かったからだ。
青年が口を開く。
「遊撃士です。先程クロスベル市内に於いて確認されたIBCの金銭輸送車襲撃強盗、及び逃走時、民間人に対しての傷害の実行犯グループと見受けられます。」
そこで言葉を切り、
「一度しか言いません。素直に逮捕される様でしたら、此方も手荒な真似はしません。投降して下さい。」
そう冷たく言い放った。だが、
「言いたい事はそれだけか?!ガキィ!!」
青年の態度が癪に触ったのか、グループの先頭に立つ屈強な男…恐らくこの集団内のリーダーらしき者がそう叫ぶと、戦闘態勢に転じる様、グループへ指示した。
各々が剣や拳銃といった武器を手に取り、青年へ殺意を向ける。邪魔な障害は取り除く、そういう事らしい。
「こちとらなぁ!命張って一攫千金の計画に臨んだんだ!!それを警察だ遊撃士だのに邪魔されてたまるかってんだよぉ!!」
そう言うやいなや、男達は一斉に青年に襲いかかった。
まさしく問答無用、といった感じである。
対する青年は…小さな溜息混じりに細々と呟いた。
「…警告はしました。無傷で済むとは思わないで下さい。」
犯罪者グループは少なく見ても十人はいた。対峙する青年は唯一人。一斉に始まった数の暴力による集団攻撃で為す術無く青年は斃される筈だった。…本来ならば。
しかし、青年はこういった対集団戦に長けていた。
剣戟を制し、銃撃を避け、その間の僅かとも呼べる隙を突き、躊躇い無く確実に削っていく。遊撃士としての経験、戦闘における勘、何より其れ等を成し遂げるだけの能力が、彼には備わっていた。
五分にも満たない時間で彼は集団の制圧を終えた。
敵への殺意を剥き出しにしていた犯罪者達も、自身の身体の損傷から動けず、また、彼我の実力差を理解したのかすっかり黙り込んでいた。尤も、大方の者は殴打により気絶させられていたのだが。
反抗の意思が無いと確信した青年は、すぐ後に駆け付けた警察へ犯罪グループを引き渡した。盗み取られたというアタッシュケース一杯のセピスも無事回収した。
何処か複雑そうな表情を浮かべながら、
「ご協力感謝します。」と感謝を述べた警察官に応えた後、自身の持つ携帯端末…オーブメントで、遊撃士支部へ連絡を入れた。
二回のベル音の後、会話は始まった。
「あらルセル、遅かったわね。貴方ならもう少し早く連絡を寄越すかと思ったのに。」
会話の相手は遊撃士協会クロスベル支部の受付、
ミシェルだった。
「数だけ多かったので。警察への引き渡しも有りましたからね…っと、一先ず簡易報告です。逃走を企てた犯人達の制圧、無事に完了致しました。」
「ご苦労様。それにしても助かったわ。よりによってアリオスが居ない間にこんな事件が起こるんだもの。連中、足止めに仲間を置いて撹乱させるわ、やたら逃げ足は速いわで…エオリア達も手を焼いたらしいしね。」
「かなり計画的な犯行の様でした。逃走径路もかなり複雑な路を選んでいましたしね。」
「まあそれでも追い付いて先で待ち構える辺り、流石は《迅雷》といったところかしら?」
「…どうも。」
自身の渾名を呼ばれた気恥ずかしさからか、いつもの丁寧な口調から少しばかり雑な返答をしてしまった青年…ルセルは、気を取り直し、ミシェルとの会話を再開した。
「それでは、今から帰投しますね。特に他の依頼も無いようですし…。」
事件も解決し、支部に戻って束の間の休息を…と思っていたルセルであったが、
「…それなんだけどね?実はついさっき貴方直々への依頼…というか、何て言うのかしら、お願い?の連絡があってね、依頼主もさる方だったから断れなくって…」
「…?えぇ、構いませんよ。どういった内容です?」
「帝国のトールズ士官学院に生徒として入学する事。」
「…??済みません、もう一度お願いします。」
だからね、と前置きの後に、
「士官学院で学生生活を送る事。これが今回の依頼よ。
ちなみに依頼主は学院長と貴女のお姉様。」
「………はあ。」
姉、という単語が出て来た時点で恐らく拒否権なんて存在しないのだろうな、と割り切った上で了解です、とだけ答え、
「ルセル・バレスタイン、帝国へ発ちます。」
そう最後に付け加えるのであった。
そのうち続きも。