○月2日 天気:☀ 気温:まあまあ過ごしやすし
「あー……、もうこのまま提督辞めて五月雨を抱っこするだけの機械になりたい」
「て、提督大丈夫ですか? まだ疲れてます?」
「書類書いてると心が死ぬんだ。五月雨で癒されながらじゃないと渇きに耐えられない」
「あのぅ……五月雨を頼ってくれるのは嬉しいんですけど、もうちょっとその場の雰囲気とかそういうのを……」
言われて周りを見る。
現在我が鎮守府は備蓄強化月間を実地中だ。理由は聞くな。思い出すだけで頭痛が痛い。
そんなわけで、普段はバー仕様の大人限定執務室を模様替えしてスッキリとした春仕様に変更している。
気分転換もあるが、出撃を自粛させたことで暇になった艦娘達が集まってくるのもある。
午前の現在執務室に屯っているのは、金剛型姉妹や中堅の駆逐艦だ。
低レベル艦や重巡洋艦らは任務消化ついでにレベリング。高レベル艦娘は天竜型と共に遠征である。
最高練度を誇る五月雨だが、あまりにイベント戦の事務処理が辛いので癒し要員として膝の上にいる。これからもずっと居させる。
そんな五月雨もずっと座った姿勢がつらいのか、せわしなく周りを見ていた。
「ああ、目の届くところに居てくれれば、他の奴らと遊んでていいぞ。俺もちょっと脚に血が通わなくなってきたし」
「そ、そうですか、それじゃあ……」
膝の重みが消えた。その言いようのない喪失感に、俺は手持無沙汰に陥った。
書類に筆を走らせ、集中力が切れては止め。喪失した重量を膝を撫でて確認。書類に筆を走らせ集中力が切れては止め。喪失した重量を膝を撫でて確認。筆を走り切れて撫でて確認。筆を(ry
「ああもう、見てらんないったら!」
机が振動した。顔上げると、眉をきつく寄せて唇を尖らせたツインテ―ルの美少女がいた。
「なんだ霞。危ないじゃないか、書類を書き損じたらどうしてくれる」
「すでに一行ズレてるわよ!」
書類に目を落とす。半分から最後当たりまでズレていた。書き直しである。
新たな用紙を取り出し書き写しつつ、霞に礼を言った。
「あんがとな、またやらかしそうだったら頼むわ」
「あんな初歩的なミスを何度もやらかす気? 五月雨がいないとホント惨めよね」
「あいつが轟沈したら自殺するわ、俺」
「情けないこと言わないでシャキッとしなさい! ほら!」
目の前に何かが差し出された。
カレーライスだ。
「おまっ、これ作ったの比叡じゃねえだろうな」
「どういう意味ですか提督!」
「安心なさい。あんなのとは比べ物にならないから」
「霞ちゃんも酷い!?」
「残念でもないし当然なんだよなあ……」
集中できないことは明らかだったので黙ってカレーを口に運ぶ。というか、何故カレーが現れたのかとかそういう疑問は無いのか俺。
見れば、五月雨の混ざる中堅駆逐勢は大鍋を囲んでカレーの試食会をやっているようだ。いつの間に……。
「霞ちゃんのカレー凄くおいしいわ!」
「ハラショー。これはいいカレーだ」
「こら電! ちゃんとナスも食べなさい! お姉ちゃんが許さないんだから!」
「ナスは嫌゛い゛な゛の゛です!!」
ちなみに野菜でなくユーザー名だ。と心中で第六駆逐隊にツッコミを入れる。
「あら、巻雲。口の周りにカレーが付いてるわよ」
「ふえっ!? 本当ですか夕雲姉さん!」
「こぉら、袖で拭こうとしないの」
夕雲型姉妹はいつ見ても和むなあ。他の姉妹は低レベル艦なのでローテーションでレベリング中である。
まあ、五月雨が一番なのだが。件のドジっ娘はというと、
「カレーおいし~」
「……五月雨、五月雨っ」
「んあ? 敷波ちゃんどうしたの?」
「いや、スカーフが思いっ切りカレーに突っ込んでるからさ」
「うわあっ! 本当だ!?」
何故気付かないんだ、五月雨。だが、それがいい。もしかしてさっきソワソワしてたのはカレーが食べたかったからか……?
嫌々フォローしてるようで御礼言われて照れてる敷波も可愛いぞ……。
一折駆逐艦達の様子を見てホッコリしつつ、一つ確信する。
――まったく、駆逐艦は最高だぜ!!
口に出さず絶叫し、一人納得する。
しかし、こうしてカレーパティーやってる横で他の奴らは何をしているのか。
金剛型姉妹の方を見やると、何やら不貞腐れている金剛が紅茶を飲んでいる。他の姉妹はそんな金剛を必死に宥めてカレーを薦めているようだ。
仕事の手はカレーで埋まっている。もう完全に集中力も打ち止めなので、適当にあの辺から混ざるとしよう。
それにしても、金剛は何をそんなに不機嫌そうな顔をしているのか。
首を傾げつつ、カレーを片手に金剛型姉妹の方に向かう。
「おう、何やってんだ金剛」
「…………ツーン」
目の前に立った瞬間、露骨に身体ごと顔を背ける金剛。しかも擬音付きである。
これは本格的にヘソ曲げてるなあ、と思いつつ、せっかくの美味いカレーを食べる機会だ。パーティーで気分を下げてはなるまい。
ここは大型艦共通底なしの胃袋を攻めてみるか。まあ、要は他の姉妹の二番煎じなのだが。
手元のカレーをスプーンで掬い、金剛の前まで持って行き、
「ほれ金剛、口開けろ」
「ッ!?」
明らかに動揺する金剛。必死に顔を背けているものの、視線だけは突き出したスプーンを凝視している。
いや、金剛だけではない。比叡は驚愕した表情でこちらを見ているし、榛名や霧島以外の視線が背中に突き刺さっているのを感じる。
なんだなんだ。おう。これはあれか? もしかしてラブコメを見守るデバガメの視線か。貴様等これがラブコメってるように見えるのか?
――計画通りだぜ。
「なんだ、食べないのか金剛。おいおい、そりゃもったいないな。食べてみろってほら」
「ウゥ……」
「あーん、だ」
「あ、アーン……」
墜ちたな(意味深)。
それはさておき、こちらを恨みがましい視線で睨む金剛だが、頬を赤くした上目遣いではまったく怖くない。
感想を聞いてみるか。
「どうだ、おいしいだろ?」
「……アイドンノー」
「なんだと? ならおかわりだ、――あーん」
「ワッザ!?」
ククク、既に貴様は我が術中。逃れる術は無い。おとなしく機嫌を直してこのままパーティーに参加してしまえ。
でなくばこの羞恥プレイが延々と続くことになるぞ!!
そんなことを思った瞬間だった。
「金剛お姉様! こちらもお召し上がり下さい!」
脇から現れた比叡が、俺を押しのけるようにヒップアタックを見舞ったのだ。
脅威の瞬発力で加速した比叡の腰骨が、身長差によって俺の太ももに突き刺さった。
一瞬真顔になった後、身体が衝撃で吹き飛ぶ。
壁にぶつかり、バウンドし、金剛型の囲んでいた机に倒れ込む。
紅茶の入ったティーポットやカップが四散し、カレーが宙を舞う。
その全てが、まるで図ったかのように俺の上に降り注いだ。
「あづおばあああああああ!?」
「テ、テートクー!?」
「ひ、ひえー!? や、やりすぎましたー!」
「提督さん!? は、榛名、タオル持ってきます!」
「あ、私はこの被害を分析してますね。後で予算に提出しておきます」
霧島はセメントだなあ! と心の中で叫びつつ、俺は肌を焼く熱に悶えるのだった。
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結局、その後も大混乱に陥り、書類を全て書き直す羽目になった。
以後執務室でカレーパティーを禁止した。