艦日! ~ラバウル鎮守府艦隊日誌~   作:迷子屋エンキド

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○月第四週

○月29日 天気:☁ 気温:生々しい

 

 その日は月も陰り、消灯時間となった鎮守府は暗闇に包まれていた。

 執務室だけは、作業を続ける俺と秘書艦である五月雨がいるため明かりが燈っている。

 ふと、五月雨の方が窓の外を見ているのが目に留まった。

 いつものドジをやらかす五秒前みたいなぼんやりとした顔じゃない。何処かを遠くを見つめる表情だった。

 やがて、思わずと言うように五月雨が言葉を漏らした。

 

「……夜の海みたい」

 

 その言葉の裏に、どんな情景が浮かんでいるのかは解らない。

 史実での彼女は、多くの夜戦を生き抜いている。敵も味方も解らない混沌とした乱戦の中で、誤射ったり激突したりとドジをやらかしているが、その戦歴は長い。

 まあ、五月雨の最後は、パラオに輸送に出かけ艦影を気にしてたら浅瀬に座礁して、一週間放置された後潜水艦に雷撃を受けて沈没するというものだ。らしいっちゃらしいのだが、壮絶な戦いを生き抜いた後のエピソードとしては微妙な気分である。

 そうして知識を漁って彼女の心情を妄想しても、こうして目の前にしてみると浮かぶ言葉が陳腐に思えた。

 ただ言わなきゃならないことはある。

 それは、

 

「――書類に縦線書き込んでるぞ」

「えっ? あっ、ああ――!?」

 

 こいつは……、と思いながら、そろそろ休憩にすべきだとも思った。

 五月雨がワタワタする横で席を立ち上り、金剛が揃えた紅茶セットの入った棚を開く。

 その様子を見た五月雨が、

 

「あっ、提督御茶なら私が」

「いや、座ってろ。明日金剛に怒られたくない」

「ハイ……」

 

 座り直したのを見届けると、ティーポットに茶葉をぶち込み、金剛仕込みのゴールデンルール順守で紅茶を淹れる。

 二人分のティーカップに注ぎ、五月雨にサーブしてやると、自分の紅茶を持って執務机に座った。

 気まずそうに俯いていた五月雨は、しばらくしてティーカップを口に運ぶ。

 口がティーカップに着く前に声を掛ける。

 

「ちゃんと冷やして飲めよ」

「あひゃ!? あひゅい!?」

「遅かったか……」

 

 次の展開が予想できても、対処する前に事が起こっては意味が無い。その意味がよく解る光景である。

 ティーカップを置いて掌で口を押える五月雨を見つつ、そんなことを思う。

 しかし、こいつはとことんイメージ通りだが、俺がこの世界を認識するまでどうやって最高練度を保っていたのだろうか。

 俺の前のオレよ。オマエの苦労が偲ばれるよ。と思いながら、五月雨に言ってみた。

 

「疲れてるなら寝ていいぞ。俺ももう少ししたらあがる」

「……いえ、秘書艦が提督を置いて先に眠るわけにはいきませんから」

「だけどこの調子で書類ミス増やされてもなあ……」

「そ、それは言わないで下さい……!」

 

 涙目でこちらに訴えてもなあ……。可愛い(迫真)。

 いかん。どうやら俺の脳も限界みたいだ。

 

「あー……何で書類仕事終わらないんだろ」

「えーと、提督が突然人が変わったように働き出して、鎮守府の施設を拡大したり、皆の練度を効率的上げる計画を実行したり、居酒屋とかバーを作ったり、時々突拍子もなく無計画に宴会したりしたからじゃないでしょうか……」

「そう聞くと計画性があるのかないのか解らん奴だな、俺」

「自分で言わないで下さいよお……」

 

 五月雨は溜息を吐きながら思いっ切り項垂れていた。すまなかったと思っている(メタルマン並感)。

 顔を上げた五月雨は、苦笑しながら続けて言う。

 

「でも、提督が皆を振り回すときって、大変なことを紛らわせるためだって、五月雨知ってますから」

 

 今度は、微笑みを作って、

 

「その為にこうして毎日夜遅くまで提督が頑張ってる姿も見てきました」

 

 だから、

 

「貴方が提督で良かった、って思ってますから!」

 

 そう言われて、感情が伝わり、思った。

 こいつは、こういう風に人を見てきたのだろうか。時にどうしようもなかったり、及ばなかったりする中でも、俺/オレと過ごしてきたのだろうか。

 何故俺がこの世界で提督になったのかは解らない。

 それでも今は、こいつの言う通り、目の前の書類と格闘しながらやりたいことやっていこう。

 なるようにしかならない。俺だっていつかは、どうしようもないことと向き合わなければならないのだから。

 

「おう、五月雨。ここ来いここ」

「えっ、ま、またですか……?」

「ええから来い! こっちゃ来いって!」

 

 そう言って自分の膝を叩く。

 やがて諦めたように溜息を付くと、五月雨は移動して俺の膝に座る。

 すっぽり収まった小さな身体を抱える。こちらに体重を預けてくるあたり、五月雨も慣れたものである。

 俺自身しっくり来る。鎮守府に居た記憶は短いが、オレもこれを何度もやっていたのだろうと予測できた。

 五月雨の頭に顎を乗せつつ、言った。

 

「ま、軍が必要無くなるまで保つかは知らんが、やるだけやっからさ。オメーも適当に付き合え」

「はい、提督」

「ん、最近は軌道に乗ってきたし、事務もノウハウ溜まったから今後は楽になるだろ」

「書類に埋もれて眠るのはしばらく嫌です……」

「ソーダネー」

 

 言い合って、互いに“いつも”を感じながら、笑う。

 いつまで続くかは解らない。長く続いてほしい。永遠でなくてもいいから、最低限こうして笑いあうことだけは続けばいいと思う。

 その為に出来ることがあればやりつつ、やりたいこともほどほどやろう。

 五月雨も、他の奴らも、ふとしたときに暖かく笑うことを忘れないように、俺が頑張ろう。

 そんな風に思った夜だった。

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