広い講堂がある。主に作戦会議や経過報告などに使われる空間だ。
講堂には多くの艦娘が一堂に会していた。
備え付けの時計が示す刻限は5:30。朝礼の時刻だ。
まだ寝ぼけているのか、駆逐艦の中には舟を漕ぎだそうとしている者もいる。他にも隣同士小声の挨拶が囁かれていた。
そんな中、壇上から声が響いた。
「傾聴ッ!」
野太い一声に、講堂の艦娘達が一斉に背筋を伸ばした。
壇上にいる声の主に向け、目を見開き意識を向ける。誰もが壇上の人物が、次に発する言葉を聞き逃すまいとしていた。
壇上の人物は壮年の男性だ。男性は精悍な面に違わない野太い声で言った。
「結構。本日の活動について報告する。第一戦隊」
「ハッ!」
長い黒髪と引き締まった肢体を曝した艦娘、長門が答える。
「貴様等は予定通り南方海域への進出を進めろ。今回は護衛を気にする必要はない。暴れるだけ暴れたら戻って来い」
「任せておけ。旗艦長門の名に恥じぬ働きをしよう」
「程ほどにしておけよ? 敵を倒し過ぎても予定が狂うからな」
男性と長門は、口角を上げ、挑発し合うように視線を合わせる。
互いの意思を確認し、男性は視線を隣りへと移しながら言う。
「次、第二航空隊」
「はい」
長弓を携えたサイドポニーの女性、加賀が前に出た。
「聞いての通り予定より早く風穴があくかもしれん。塞がれない内に貴様等で徹底的に抉れ」
「訓練課程を早めますか?」
「いや、規定通り進めろ。ただし密度は速度に合わせて上げて置け」
「了解しました。とりあえず一五時間程訓練させます」
静かに言い放たれた加賀の言葉に、背後に控えた他の空母達が青褪めた。
ついでに彼女に搭載されている艦載機内の妖精達からは悲鳴が上がっていた。
それらの反応を無視しつつ、男性は視線を少し下げた。
視線の先には駆逐艦、夕立が目を輝かせながら微笑んでいた。
「第三水雷戦隊」
「御呼びっぽい?」
「夜戦の準備をしておけ。現在川内、神通が訓練している奴らを連れて北方海域辺りで夜戦に馴れさせろ」
「夕立、暴れてもイイっぽい!」
「乱戦を経験するいい機会だ。死ぬ気でやれと伝えろ。貴様等の替えを用意し直すのも面倒だからな」
「了解っぽい!」
男性は、夕立の返答に僅かに鼻を鳴らすと、最後の列を見た。
ガチガチに緊張しているのか、肩を竦め、固く唇を強張らせながら男性を見つめるのは、軽巡洋艦の酒匂だ。
「第四戦隊」
「ぴゃ、ぴゃい!」
「貴様等は挨拶回りだ。最近勢力を伸ばしている他の鎮守府を巡航して来い。こちらの意志を伝えてコンサンスを取れ。今後必要になるからな」
「りゅ、了解しました!」
酒匂が顔を真っ赤にして敬礼する姿に、男性は笑みをひっこめた。
その様子に、自分が何かしたのではないかいと酒匂は顔色を逆転させる。
やがて、男性は厳かながら、静かに口を開いた。
「今までの横繋がりの無い孤軍奮闘ではいずれ限界が来る。奴らが数で迫る以上、こちらが如何な精強さを誇っても、機能による差を埋めることは出来ん」
今までと打って変った様子に酒匂は目を丸くする。しかし、その認識を改めた。
男性の目には火が宿っている。爛々と、厚い釜土から僅かに覗く灯りの強さは、衰えを魅せてはいない。
気付き、酒匂は先程とは違う印象を持った。
先程の相手すら熱狂させる業火ではない。触れることは出来なくても、身体を徐々に疼かせるような炎のようだ。
「我々はここまで勝利してきた。だがそれは、数の制限の中、勝てる戦いを選んできたに過ぎん。総数すら不明の敵を、対処できる範囲で何とかしてきただけだ」
酒匂は、自分が戸惑いを得ていないことを自覚した。
ただひたすら、目の前の男性の言葉に集中しているのだ。他艦隊も同じだ。皆、男性から目を逸らさず、真剣な表情を向けている。
「我々の練度は十分だと言える。連携、個々人の実力、戦術研究、どれをとっても最高級だ。我が艦隊ここにあり、と名を知らしめることが出来ただろう」
男性の評価に、嬉しそうににやける者、当然とばかりに表情を崩さない者、微笑み隠し切れずに顔を背ける者と様々だ。
男性も、その反応に口角を僅かに釣り上げ、再び静かな表情で言う。
「それでもなお、深海棲艦という脅威は揺るがない」
酒匂は、その言葉を是とした。
防衛、殲滅、哨戒。様々な形で奴らと相対してきた。その中で先人達が積み重ねた多くの戦訓のおかげで、新参者の自分でも、キチンと実力を計り違わなければ早々負けはしない。
華の第二水雷戦隊旗艦の神通さんなどの訓練では、実力差処か次元の違いを思い知らされるほどだ。
しかし、化け物揃いの第一線の先輩達でさえも、連戦を重ねることが多い大規模作戦では大破に持ち込まれることが度々あるという。
数の制限、その言葉の意味を理解し、深海棲艦という得体の知れない敵の脅威を改めて実感する。
「だからこそ、鎮守府間での協力が必要となってくる。我々で足りないものを補うためにな」
そこまで言って、男性は再び酒匂へと視線を向けた。
今度は震えなかった。視線を受け止め、しっかりと男性へと返す。
男性は特に何も言うこともなく、そのまま続ける。
「ラバウル泊地に迎え。今のところあそこが突出した勢力を持っている。引き出せるだけ引き出したら、それに見合った札束で頬をぶん殴って来い」
「はい! 酒匂にお任せ下さい!」
「ふん」
鼻で笑った後、男性を皆見渡すように正面を向き、腕を突き出しながら朝礼最後の言葉を発した。
「第一機動艦隊、状況を開始せよ!」
『ハッ! 勝利を提督に!』
提督は、講堂を満たす応答に笑みを深くしたのだった。
次回、ラバウル鎮守府の実態が明らかに!?