ミッドチルダの一角にある居酒屋。ポピュラーかつリーズナブルな料理を堪能できる、と言うことで、少し早めに切り上げたなのはとヒカリ、その二人はカウンター席に座り、ビールを一杯飲んでいた。節度を守りさえすれば酒も良い薬、とは誰の弁かは判らないが、酒は百薬の長、とも言うこともあり、それは心の薬でもある。逆に言えば、薬も過度の摂取は毒ともなり得るので、酒も然りである。
「ここのツクネ、美味しいんだね。」
「うん、以前にバルガスさん…えっとヴァルキリーのテスターをしてくれた人が連れて行ってくれたんだ。…その時ボクは未成年だったからオレンジジュースだったけど。」
「あの人よく飲むでしょ?ナカジマ三佐ともよく飲みに来るらしいよ?」
「あ、知ってる知ってる!よくハルちゃんのことでナカジマ三佐が相談してたって。」
互いの知人の話を酒の肴に、ビール一杯で結構引っ張っていくのか、串の数もそこそこに増え始め、ネギマやレバー、砂ズリなどの串間で増え始めていく。
ビールも残り僅か、と言ったタイミングで、なのはは本題に乗り出した。
ヴィヴィオの表情が昨日からどこか陰りが見えていること。それに対してどう接して良いか判らず、燻っていること。その心理をぽつぽつと漏らしてきていた。
「私自身、どうして良いかわかんなくって。このままじゃよくないのは分かる。でも不用意に切り込むのも何か違う気がするんだ。助けを求めてくれるなら迷わず手をさしのべたい。…でもちょっとあの子頑固なところもあるから…きっと心配掛けたくないって抱え込んじゃうんじゃ無いかなって。」
母親なんて経験は勿論初めて。
そんな中で娘が悩んでいる。
何処まで踏み込んで、どこから見守るべきか。
そのラインがなのはには判らないのだろう。
「…やっぱり親子、だね。血が繋がってなくても。」
「へ?」
「なのはってば、人のことを言えないでしょ?抱え込んじゃう性格。」
「う…!そ、そうなのかな…?いや…そうなのかも…。」
魔法のことについて知ったばかりの時、悩んでいて、それでボーッとしていて、話し掛けてきた友人のアリサの声も耳に入らず、結局相手を怒らせてしまった。後から理由を聞いたら、
『アンタ、ずっとボーッとしてたし、何か悩んでいるみたいなのに、何の相談もしてくれないアンタ自身と、頼りないのかって自分が思われているかも知れないあたし自身に腹が立ったのよ。』
そう返してきた。
勿論、魔法については喧嘩したとき、打ち明ける訳にもいかなかったので気まずい空気は拭えなかったが、そのことをその年の年末に打ち明け、互いの気持ちにしこりが無くなってすっきりしたものだ。
「むぅ…変なところまで似なくて良いのに…。」
「あはは…。でも、今のなのはの気持ち、あの時のアリサと同じ気持ちなんじゃ無い?悩んでる大切な人が目の前にいて、それでも何も出来ないことに対するイライラ。」
だから、と言葉を繋げ、
「アタックしてみるのも、一つの解決策なんじゃない?アタックして、ぶつかり合って、それでわかり合うのがなのはの教示、みたいなものでしょ?」
「ん…、確かにそう、だったよね。」
フェイトの時も闇の書の時も、砕け得ぬ闇事件も…そうして前に進んできたはずだ。
(そうだよ!それが私の進み方だもん。全力全開で、ヴィヴィオと帰ったら話してみよう!喧嘩したって、きっとわかり合えるよ!…家族、なんだから!)
「ありがと、ヒカリちゃん!私、悩んでるのがバカバカしくなってきちゃった。」
「そっか、まぁ、子育てしたこと無いボクの意見で良かったなら何よりだよ。」
「若いねぇ…若い!俺にもそんな時代があったなぁ…。」
隣にいつの間にか座っていた深緑の髪をした男が、ロックを片手に、ニヒルな笑みを浮かべていた。
「若者よ、大いに学べ。それが若者の特権なんだ。俺みたいに年を食えば悩むことなんてないくらいに周りが固まるんだからな。…ちなみに今の俺のムーブメントは『悩む姿』、だ。うら若き乙女が、悩み、そして成長する。いわば真の大人へと一皮むける。昆虫に例えるなら、悩む姿がサナギ、その先の成虫が真の大人。だがしかし、女の子が悩む姿というのは、何ともいじらしくて、なんかこう…保護欲をかき立てられるんだよ。その自らの羽を広げようとする脱皮を見守り、支えるのに、俺は如何ともし難い躍動感、つまりムーブメントを感じるわけだ。」
「「は、はぁ。」」
「さっき、そっちの茶髪のお嬢ちゃんが見せた悩みが吹っ切れた表情。あれは堪らないね。…ま、悩める内に悩んどけよ?大人からのアドバイスって奴だ。」
彼はそう言うと残っていたロックを飲み干して、黒いジャケットを翻し立ち上がる。
大将に、
『釣りはそこのお嬢ちゃん二人の分に回してくれ。大人からの奢り、だ。』
そう言い残してカラカラと引き戸を開けて店内から姿を消した。
「な、なんか凄いインパクトだったね。」
「う、うん。あぁ言うのが本当のオトナって奴なのかな。」
二人は知らない。
彼が、とんでもない人物であると言うことに。
「遅いですよ先生。」
「あぁ~、悪ぃ悪ぃ。悩める若人を導いていたら遅くなったわ。」
「呑んでましたね?」
「さぁてお仕事お仕事。」
先程の男性は、アインハルトとヴィヴィオが襲われたという公園で待ち合わせていた。
男性は気怠げにデバイスを起動させた。長いバレルの付いた銃。おそらくは狙撃型の物なのだろう。何度か特務で先生と呼ばれた男性と共同戦線を張った。その狙撃能力は前線で暴れるアインハルトを上手く援護してくれ、傷付けば回復能力のある魔力弾で傷を癒やしてくれる、最高の支援者だ。
そう、『戦闘面』では。
「特務だというのに先生は毎回一杯は呑んでこられますよね?すこしは緊張感というものを…」
「少しは肩の力を抜けよストラトスちゃん。肩肘張ってちゃ出せる力も出せんぜ?俺はその緊張感を程よくするために一杯引っかけてくるんだよ。いわば通過儀礼って奴だ。判るかい?」
「…わかりません。」
ちなみにアインハルトの髪型はストレートに髪を下ろしている。エリカ曰く、
『奴はポニーテールならざる髪型をポニーテールに強制している。ストラトス君にの髪型はツインテールではあるので、襲われる危険性は低い。そう言うわけであえて髪を下ろし、奴に意欲をかき立てさせ、襲ってきたところを仕留めろ。おとり捜査、と言う奴だな。』
という作戦らしい。
「しかしまぁ…。」
先生はまじまじとアインハルトを見やる。
「な、なんですか?」
「普段とは違う髪型、って言うのも新鮮なもんだな。こりゃ俺は新しいムーブメントを感じちまうかも知れんな。新しいムーブメント…いわば『ギャップ』。……ありかも知れん。」
「では捜査を始めましょう。先生はアンブッシュポイント。つまりこの辺りです。」
「…お~い、スルーすんなよ~。」
ヴィヴィオが襲われた付近。開けた場所を一望できる茂み。そこを中心にアインハルトはうろつき、出て来たところを先生がズドン。これが立案した作戦だ。
「では手はず通りに…」
「誰かぁ!!変態や!!それも極めて特殊な変態や!!誰か助けてぇぇぇぇぇ!!!」
茶髪でセミロングの女性が全力で目の前を通り過ぎ、一陣の風が吹き抜けた。それを追うように『何か』が駆け抜ける。
「…どうやら作戦変更ですね。私が奴を引き付けます。先生、後は手はず通りに。」
「へいへい。」
先の二人が向かった先は作戦ポイント方面。まずは被害に遭っている女性から危険因子を引き離し、その上で仕留める。それがベストな選択だった。
「…どうしてこうなったのかしら。」
橙色の髪の少女、ティアナは茂みに隠れつつ相棒のクロスミラージュに語りかける。しかし当の相棒はガン無視なのか何も応えない。へし折りたくなる衝動に駆られつつも、カートリッジなどの使用許可が下りているので、くわえて薬莢も確認しておく。
はやての立てた作戦。
それは自分がおとりになって、出て来たところをティアナが狙撃。それで終了。
どこかで聞いたことあるような作戦内容だが、気のせいだろう。
しかし先のぼやき、というのはある意味当然なのかも知れない。
というのも、偶々、本当に偶々地上本部に用があって来ていたら、かつての上司、八神はやてと本当に偶々出会した。
『丁度えぇとこに遠距離適応者がおった!』
と嬉々として捕まえられ、あれよあれよという間に最近ミッドチルダを騒がせる変質者捕縛に協力させられてしまったのだ。
「理不尽だわ…。」
そう誰に聞こえるとも無く呟く。
と、がさがさと茂みの植木を掻き分ける音が耳に入った。
(…出てきたの!?こんな近くに!?)
そう警戒し、神経を研ぎ澄ませ、耳を澄まし、目を凝らす矢先に、その声が耳に入る。
「ムーブメント…ポニーテール…、ありかもな。」
……!!
奴だ。
変質者だ。
それも近い!
はやての方では無く、こちらの方で待ち伏せているのか!?しかしこれはまたとないチャンス。ここで仕留めれば、その分早く片付いて、早く帰れる。
そんな焦燥感から、声のする方にクロスミラージュを構えて茂みから飛び出した。
「出たわね変質者!」
「何っ!?出たのか変質者!どこだ!?」
「アンタのことよ~!!」
周囲に展開された魔力スフィアが一斉に男―先生―に降り注いだ。爆煙と爆音、そしてそれにより打ち上げられたアスファルトの破片が周囲に分散し、降り注ぐ。
「おいおい、殺傷設定かよ?穏やかじゃ無いねぇ。」
爆煙から見て左に飛び出しながら、先生のデバイス『スウィートシャフト』から高速の狙撃弾が射出される。勿論ティアナの方も予想していなかったわけでは無い。
打ち込まれたティアナは、魔力弾を貫通。しかし、その姿は蜃気楼のように揺らぎ、姿を掻き消す。
「幻術たぁシブい戦い方するねぇ!」
背後にデバイスを回すと、金属音が周囲に響き渡った。
「くっ…!変形した?」
「ノンノン。」
先生は、まるで学校で生徒に教えるように、その顔に得意げな表情を浮かべる。
「複合型デバイス…って奴だ!」
身体を捻り、ダガーモードに切り替えたクロスミラージュの刃、それを受け流し、その勢いそのままに重厚な剣を横になぎ払う。
「やるねぇ…。今の流しを避けるってよ。」
「強い……!近距離の速さは別にしても、技量が高い…!」
「お褒めにあずかり光栄至極。んなわけでそろそろ話を…。」
「クロスファイア!シュート!」
話を聞くつもりは無いと言わんばかりに、十八番の魔力弾の応酬が先生を襲う。
しかし、先生、と呼ばれるだけあり、その技量、反応ともにそんじょそこらの武装局員などには遅れは取らない。ティアナ自身、その高い技量も言うに及ばずではあるが…。
「やれやれ…困ったお嬢ちゃんだ。…だが。」
再び上がった爆煙から姿を現したのは、複合型デバイスと言うに相違ないとも言える、インテリジェントの変形とはまた違った可変を備えていた。
狙撃型デバイス『スウィートシャフト』
近接用大剣デバイス『ワックマック』
そして現在展開し、クロスファイアを防ぎきったシールドデバイス『スティルザワン』
その展開を解き、先生の目つきは変わる。
「主導権を渡すほど、俺は優しくないんだよなぁ…。」
滲み出る魔力。そして闘気。相対するティアナの頬を汗が伝う。
「来いよ…
狂わせてやる。」