クラディールの一件の事後処理は結構、面倒なものであった。筋としては、まず血盟騎士団本部に引き渡すべきという意見はあったろう。これに対しては、今回の黒鉄宮行きは、「自首」であり、その必要はない、という抗弁は成り立つ。だが、カイトはこうは言わなかった。彼が怖れていたのは、血盟騎士団に引き渡した場合、そこでクラディールがシラを切ることであった。インビクタス側もキバオウの証言を除いて、物証など、クラディールの犯行を証明する状況証拠以外の証拠はない。
カイトは何と、これをそのまま、堂々と述べたのである。さらに本音を続ければ、そうなった場合、ヒースクリフでは処理できまい、ということだが、さすがに、ここまでは言わない。建前、形式を慮って、問題が長期化すれば、インビクタスと血盟との仲は決定的に悪くなり、明らかに攻略に差し支える。カイトはそう言った。つまり、ヒースクリフという男は所詮、ゲーム攻略しか考えることができないのだから、そこにもっていかなければ、判断できない、と評価しているのである。
当たり前のことであるが、アインクラッドには「法」がない。カイトとしては、だからこそ力業に訴えたくはない。それでは、カイトが法になってしまう。しかし、やむを得ない。(本当にこれでいいのか?)などと考えている余裕はない。十分に自覚していたことであるが、生存者全員の命運が、自らの双肩にかかっている。デスゲームが始まってから、カイトは初めて、僅かに重圧と疲労を感じていた。
今回の件のラフィン・コフィンの関与を説明するのがまた、大変だった。そして対策は、この状況では、PoHは無論のこと、ザザとジョニー・ブラック、この3人を始末しておくのが、ベストの選択である。例えばリアルでTV中継なんかされていて、カイトがこのような処置を取れば、支持されることは少ないだろう。傍観者というのはそういうものである。だが、黒鉄宮送りにすれば、生きて現実世界に戻り、そこでまた必ず同じことをする。カイトが心から愛する、シャル、そしてキリト、アスナらも現実世界でまた連中に付け狙われる。カイトにとって、それは、およそ耐え難いことであった。 それは胸に秘めるよりないが、ヒースクリフにゲーム攻略及びプレイヤーの生命に対する危険は納得させることができた。つまり、連中を始末しても、黙認するという了解は取り付けた。攻略は第三四層まで進み、最前線は第三五層だった。
第二五層 イシュバール カイトのホーム
カイトSide
夜中に、探索に出ていたシャルが戻ってきた。
「一大事だよ。」
「分かっている。手短に頼む。」
「キリトが第二七層迷宮区で倒れているのを、アスナが発見、救出したんだ。たった今、本部に帰還してきた。」
「すぐ行く。他の者には指示するまで、連絡しなくていい。」
シャルは戻っていく。
ギルド「インビクタス」本部
「カイト兄さん!」
アスナはいきなり、カイトの胸に飛び込んできてわんわん泣く。
「うん、うん。大変だったな。気が動転しているのに、良く助けた。迷宮区からアスナが戦いながら一人で背負ってきたんだな。本当に良く頑張った。」
カイトはアスナを抱きしめ、背中を摩りながらそう言ってやる。
(しかし、何があったんだ?一体?)
「無理しなくていいから、解る範囲で教えてくれ。どうしてキリトを助けることができたんだ?」
「キリト君が、第二七層に素材集めに行ったことは知ってたの。でも、どこに居るかわからなくて、ということは迷宮区にいるってことだから、ちょっと変だけど、キリト君ならありえるから。」
「それで、いつまでも帰ってこなくて、アスナが見に行ったんだな?」
「うん。そしたら、奥の方に・・キリト君が倒れてて・・回復結晶使ったんだけど・・・効かなかったの!」
「何だって!!」
カイトがここまで驚くことは現実世界でも、まずない。
「PoTは持っていたのか?」
アスナは首を振る。
「それで、そのエリアを抜けてから、また試したのか?」
今度は頷く。
「そこは立ち入り禁止にしてきたな。」
「うん。」
「気が動転してたのに、いろいろと良く気がついたな。本当に良く頑張った。無理したんだから、とにかく、少し休め。僕が来たから、キリトももう大丈夫だ。」
(結晶無効化空間!恐れてはいたが、まさか、こんなに早く、このトラップを仕掛けてくるとは!)
「キリトは話せる状態か?」
「はい。呆然としてますが。」
「誰か事情を訊いた者は?」
「いえ、団長がお訊きになるのが、いいだろうと。」
「わかった。僕が行こう。」
「カイト!」
アスナと同じだ。大泣きはしないけれど、やはり泣いている。立て続けにこういうのを見せつけられると、一人ならお気楽なカイトだが、デスゲームはやはり青少年には、過酷過ぎると痛感する。
「とにかく、あったことを、あったことだけを言ってみろ。何があったかわからないと、他のみんなも危険だ。」
「俺が・・・俺が全部悪いんだ。」
「どうして、と言うより、どんな経過で、あんなところへ行ったんだ?」
「素材は十分に集められて、でも、なんか物足りなくて、迷宮区へ行ったんだ。そこで5人のパーティを助けたんだ。」
「そこで、どうして、無理にでも撤退させなかったんだ?」
「ギルドホームを買うコルがあと少しで貯まるって。危険かもしれないけど、俺が付いてれば大丈夫だと思うからって、拝み倒されて。」
「君も、すっかり、有名になっちゃったからな。そういうのに弱いし。君が強いということが、彼らを強気にさせてしまったわけか。僕ならコルをくれてやってもやめさせるんだが。」
「本当に・・・そうすれば・・よかった。」
「それで、その部屋に行ったんだな?」
「宝箱があって、俺、嫌な予感がしたんだけど、強く止められなくて、そしたら、一人がそれを開けてしまって・・・」
「トラップだったんだな。」
「うん、ジリリリーンって、大きな音がして、箱からも壁からも次々ゴーレムが湧いてきて・・・」
「そうか。箱はすぐ破壊したのか?」
キリトは首を振る。
「俺、なかなか気づけなくて、箱を斬った時にはもう、みんな死んでて・・・」
「転移結晶で離脱させようと思ったが、誰かがやってみて、ダメだったんだな。」
「うん。」
「その状況では、僕でも助けるのは無理だ。結晶無効化空間というトラップは君にとっても初めてだ。これはどうしようもないさ。僕なら力づくで、箱を開けさせなかったかもしれないが、それは、言ってみれば単なる性格の違いだ。君は他人が絡むと絶対に強引なことはしないし、できない。無理やり止めた後のトラブルが、処理できないからな。繰り返すが、これは気休めに聞こえても、事実だ。その状況では、助けるのは誰もできない。君のせいで誰かが死んだんじゃない。自分の責任だと思うのは間違いだぞ。」
「でも、俺、そうなってからも、何とか助けられるって思ったんだ。いや、箱を開ける前からトラップだったとしても、なんとかできるって、思ってたんだ。やっぱり、うぬぼれてた俺が・・・」
「わかった。落ち着いてから、またゆっくり話そう。今は無理するな。休んでろ、な。」
(地獄だな。一人、また一人、と死んで行く。それで5人か。Mob自体はたいしたことないはずだから、余計辛い。数を倒すということにかけては、キリトが一番だ。僕でも敵わない。教訓と言うには・・・あまりにも厳しすぎる。)
その後の調査で、このパーティは、ギルド「月夜の黒猫団」リーダーはパーティには参加しておらず、その後、事実を知って、飛び降り自殺したとのことであった。もちろん、この事実はキリトにもアスナにも伝えていない。
「大変なことになったね。」
「アルゴにすぐ、記事は書かせられるか?」
「うん、ずっと話は聞いてたから。すぐにやるわ。」
「すべて任せるが、ただ、一番に報せるのは血盟だ。あと、今後、この種の宝箱は安易に開けるなというのは、僕の警告という形で、書くように言ってくれ。」
「了解。」
本当は、キリトとアスナにずっと、付いていてやりたい。だが、それさえ、許されない。冷たい言い方をすれば上に立つ者にとって人は道具だ。優秀な道具ほど酷使され、その代表がシャルであった。さらに、もっと優秀なのはカイト自身だ。カイトは自分を道具として最も酷使した。
「結晶無効化空間」という前代未聞の悪質なトラップの存在は、直ちに、血盟騎士団、聖竜騎士団の攻略組ギルドに直ちに通報された。翌朝には、アインクラッド全土に、この凶報がもたらされた。トラップに掛かったのが、最強と謳われる「黒の剣士」キリトであり、彼でさえやっとのことで切り抜けた、という事実が事態の深刻さをいやでも認識させた。
「ということだ。この結晶無効化空間というのは、極めて悪質なトラップだ。繰り返すが、用心のため、しばらくは単独行動は厳禁、これからは、迷宮区に行く時は結晶だけでなく、PoTも十分に携帯すること。他の装備を多少は犠牲にしてもだ。
キリトはこと、数を倒すということでは、僕よりもずっと上だ。あいつが、自分が生き残るのが、やっとだなんて、どれだけゴーレムが沸いたのか、考えただけでぞっとする。
ボス戦でも要注意だが、これほど、悪質なトラップは、まだ半分の第五〇層にも達していないこの辺りでは、考えられない。ショックではあるが、怖がりすぎてもいけない。油断さえしなければ、そんなに危険ではない。それから、キリトは復帰しても本調子には程遠いから、いつものようにはあてにしないこと。アスナもだ。僕もなるべく彼らに付いてやりたいが、そういうわけにもいかないからな。
それから、今の最前線は、常に迷宮区最深部と思って望め。少しでも異変があったら引く。キリトはしばらく、アスナは二日休ませる。代わりに僕とシャルが付く。いいな。」
「シャル!」
「はい!」
「迷宮区の様子は?」
「血盟は昨日までと変わらない。DKBの方はかなり慎重だね。」
「よし、ウチも全力でやれ。先頭は?」
ヒースクリフが普通に動いているなら、この層では、トラップはないだろう、という判断である。もし、ヒースクリフがトラップの存在を知っていながら、あえて攻略を進め、死亡者が出たなら、それは新たな「殺人」である。もしこれをやったなら、カイトは絶対に、許さないつもりだった。
「三番隊、クラインの部隊だよ。」
「よし、あと三時間したら僕と代われと伝えろ。それまでは、『迷いの森』にいる。きみなら、あそこでも僕を探せるから大丈夫だ。」
「迷いの森」とはこの第三五層のサブダンジョンである。血盟やDKBはとにかく攻略でインビクタスについていくのがやっとだから、サブダンジョンなんかに、構っている余裕はない。だが、PoPするMobはたいしたことはない、とは言え、「迷いの森」という名は伊達ではない。数百のエリアに分かれ、一つのエリアに1分以上いると、ランダムに他のエリアと入れ替わってしまう。インビクタス戦士であれば、突破するのに何の問題もない。一つのエリアに1分以上かかるなど、むしろ、論外である。カイトはこの仕掛けが解って、すぐに、「これは「MPKにうってつけ」ということに気づいた。無論、周知徹底せねばならない。が、それだけでなく、恐るべき訓練法を編み出した。
わざわざ、自分でMPKと同じことをするのである。これは厳しい。MobのPoPが3倍以上になる。一つのエリアと言っても、ほとんど全部、一撃で倒す必要がある。
カイトに付いてくるのは、年齢順に、グリゼルダ、クー・フーリン、ウィンリィ、エドワードの4人である。はぐれた時の用心として小パーティを組ませた。一時はカイトの「迷宮区妻」などと言われたグリゼルダであるが、このパーティでは、カイトと一緒というわけにはいかない。危険な場合は、実力だけでなく、とっさの判断力が必要なのだ。カイトはウィンリィと組み、グリゼルダ、クー・フーリン、エドとの三人に分けた。「自爆MPK」でもなんとか1分以内に突破していく。ただ、通常の3倍以上のPoPなので、わずかな隙ができたグリゼルダのパーティは、はぐれてしまった。はぐれたら、無論「自爆MPK」は中止だ。その場合、スタート地点に一旦戻り、改めて一エリアずつ進むように指示した。普通の進み方なら1人でも問題はない。
「ハァーッツ!」
フラッシング・ペネトレイターがヒットする。
ウインリィのスタイルはアスナに近い。キリトについてきて入団したのであるが、お目当てはキリトではなく、アスナであった。アスナの可愛がりようはそれこそ半端なく、レベル上げやレイピアの使い方はもちろん、髪型や私服のファッションまで世話を焼いていた。完全に「妹」であった。
異性として、ウインリィが想いを寄せているはキリトではなく、実はカイトである。カイトはキリトならともかく、まさか、と思っているが。シャルが知ったら大変だろう。
「よし、いいぞ!ウインリィ!」
ウインリィの笑顔がはじける。その後の戦いで珍しく隙ができると、カイトは「エンブレイザー」でドランクエイプを簡単に倒す。その時、何かアイテムがドロップした。
「うーん? 何だこりゃ?!」
表示を見ると「Crazy Slot」となっている。
「とにかく、出してみないとな。」
ストレージから取り出すと、杖の上にピエロの顔がある。驚いたことに、しゃべりだした。
「出た目によって、武器ぃが変わる!それが、俺様、クレイジー・スロットだ!ほら、行くぞ、いい目出せよ!」
勝手に始動する。
「トゥルルルー 3!」
カイトの両手にヨーヨーが現れた。いやに重い。使い方は、まあ、解る。投げてぶつける。それ以外ない。
ちょうど、ドランクエイプが一頭残っていたので、試してみる。
ドォオオーン!
相手が弱いので、本当の威力はわからないが、なかなか凄そうだ。
「やるじゃねえか!兄弟!はじめてにしちゃあ、悪くないぜ。」
「何だお前は?いちいちうるさい奴だな。」
「俺の名はクレイジー・スロット。一度聞いたら、忘れるな!」
「うわぁー しゃべるの?これ。面白ーい!」
ウィンリィは寄ってきて見る。
「嬢ちゃん、よろしくな。」
(何なんだこいつは!)
それから、カイトはこのうるさいピエロのガイドで、このアイテムの使い方を知った。出た目によって武器が変わる。1は釣竿、2は大鎌、3はヨーヨー、4は鎖、5は三節棍、6は特大円月輪である。説明によれば、どの目が出るかはランダム、ただ数字が大きいほど出る確率は下がる。
(三節棍はぜひ欲しかった武器だ。鎖も面白い。だが、他は微妙だな。)
「釣竿」は釣り糸の先に特大の鉤と重りが付いており、相手の武器を釣って奪うことができる。その他に重りを当てて攻撃することもできるし、竿自体をロッドとして武器にもできる。
「大鎌」この威力は凄そうだ。周囲の半径10メートル以内にあるものを何でも斬ってしまう。ただし、このチート武器、そんなに甘くはない。跳び上がってなで斬る、「死神の円舞曲」。どうやら、スキルの一種らしいが、この使い方しかできない。
「ヨーヨー」重さは一個10キロ。しかし攻撃効果は50キロの鉄球相当。うん、なるほど。
「鎖」先端に大きな矢尻のようなものが付いている。鎖を投げ、これで突き刺すように攻撃すると、通常の長剣を上回る攻撃効果を示す。さらにこの鎖はタイミング良く投げるとどんどん延びていき相手の体に巻き付き、動けなくすることができる。
「三節棍」ヌンチャクの一種である。当てても、投げても威力十分。投げた場合はチャクラム同様、戻ってくる(他のも面白いけど、これだけでいいんだけどな。)とカイトは思った。
「特大円月輪」使い方はこれまでの円月輪やチャクラムと同じ。ただ、急所に当てる武器ではなく、大鎌に近い。相手をぶった斬る。戻ってくるのは同じ。
「いまさら、自分で言うのもなんだが、チートだなあ!」
「凄いですね。これ、全部使えるのって、団長しかいませんよね。」
「確かにな。レアな武器ばっかりだもんな。しかし、僕なら問題なく、使える。いやあ、僕にドロップして良かったよ。こんなの、自分で使いこなせなくたって、他人には、絶対やらないもんなあ。」
インビクタスでは、ドロップしたアイテムはその当人の物、とされている。聖竜騎士団では、一旦ギルド所有で、ドロップしたパーティで抽選ということだ。カイトからすれば、わざわざ、トラブルになるような、アホらしいルールだが、ギルドの性格が全く違うので、一概に、間違っているとも言えない。インビクタスでは、誰にドロップしても結局それを使うのにふさわしい者のところに落ち着く。高価なアイテム以外は、みなギルドに寄贈して、処分をカイトに委ねるのが、あたりまえになっていた。
「でも、わたしだったら、すぐ団長にプレゼントしてますよ。」
にっこり笑って、ウィンリィが言う。
「そうか、そうか、ありがとな。」
ウインリィの頭を撫でてやる。
「これ、使い方マスターするまで、みんなには内緒な。うん、アスナになら言ってもいいや。あいつなら口が固いから。」
「はい。大丈夫です、アスナさん以外には言いません。」
ウィンリィは大好きな二人以外には秘密、というのが凄く嬉しかった。
「そうだ、昨日のことがあるだろ?なるべく、アスナのところに行ってあげて。ウインリィがいるだけでアスナも随分気分が違うから。用もないのに、って言われたら僕がそうしろって言ったってね。」
「ええ、そうします。わたしも、すごく心配ですから。」
使い方は何が出ても、それ自体、そう簡単ではないが、さらに面倒な制限がある。一つの武器が出たら最低一回は使わないと消えない。つまり、別の武器は出せない。これは結構困ることがある。最も扱いに困るのが2の大鎌である。何頭ものモンスターに囲まれた場合などは、わざわざ出したいくらいの武器であるが、敵とあまりにも近接していたら、そもそも使えない。それに、味方が周囲にいる場合は声を掛けて、5秒後に(ソードスキルだから)5メートル以上飛び上がるように、命じなくてはならない。インビクタスだけならいいが、血盟や聖竜の連中では、そんなに跳躍力がある者は僅かだ。超大型円月輪も投げるスペースがかなり必要だ。こうした判断を一瞬で行う必要がある。その意味でもカイト以外にはまず、使えない。
あのうるさい「スロット」は「消えろ!」と叫んでひっぱたけば消える(ひっぱたく必要はないのかもしれないが、とにかく口が悪いので、必ずそうしたくなる。)。
スタート地点に戻り、迷宮区に行き、クラインの三番隊と交代する。
朝は気分が重かったが、超チートかつ超レアアイテムをゲットして、それすら忘れてしまいそうになったカイトだった。(そうだ!これを使って、あいつを少し、元気にしてやろう。)
続く
クレイジースロット、作者は好きなんです、これ。しかし、確かに使わせて見るとなかなかうっとおしい。