2023年12月22日、現在の最前線は第四九層まで進んだ。第四四層で初めてボス戦に使ったアフリカン投げナイフの威力は凄まじく、本当は大量に保持しているのだが、カイトは「量産はまだ難しい」と久しぶりに大嘘をついてしまった。血盟にも、DKBにもサンプルとして、与えたので、作れるものなら作ってみろという態度である。 まあ、頭を下げてくれば、多少、回してやっても良い。第四三層からは偵察戦に従来のメンバーの他グリゼルダとクーフーリンを加え、適宜交代で連れていくことにした。 もちろん、本気でやれば、もうボスでも倒せてしまう。そして、インビクタス主力メンバーは、カイトが今までいかに手を抜いて、ボス戦を戦っていたのかをはっきり知ることになった。(もっと強いのが出てこないと、みな気が緩むな。)カイトはそう思っていた。特にシャルは相手が弱いと、あまり、機嫌が良くない。ギルド「インビクタス」は本部を第三九層に移していた。
第三九層 ギルド「インビクタス」本部 団長室
「団長はん、よろしいでっか。」
「おう、いいよ。どうぞ。」
(また、妙な奴が来たもんだ。)
「団長はん、ご無沙汰でした。その節はホンマ、お世話になってもうて。」
「まあまあ、堅苦しいのは抜きに、な。エギルから聞いてるよ。なかなか、商売うまいそうじゃないか。」
「へえ、まあ、多少は、経験もありますよって。」
「で、今日はそのいくつか、ご提案ゆうか、企画がおまして、エギルはんに言うたら、直接申し上げてみろ、ゆうことで、伺った次第で。」
「ほう、どんな?」
「へえ、噂で聞いたことが、あるんやけど、団長はんは、攻略組でアイドルユニットいう、企画を考えてらして、アスナはんの反対で、うまいこといかなかった、とか。」
「何で、その話が下まで、広がるのかわからないが、うん、言ったことはあるよ。アスナが断固拒絶でな、全く残念だった。」
「例えば、アスナはんの代わりに、アルゴはんを入れるとか、できまへんやろか?」
「君、アルゴ、知ってたよな。あいつを説得できるなら、ほかの二人は僕が口説いてもいい。」
「ホンマでっか?」
(あいつは実は、歌は上手い。踊るのは、あの敏捷値なら楽勝、うむ。)
「やるなら、一回こっきり、って言って、説得するんだぞ。かなりの赤字でもかまわん。」
「なるほど!必ず人気爆発やから、嫌でもまた次もやることになる、とそういうことでんな。」
「そうだ。なかなか知恵が回るな。攻略とは大違いだ。すまん、今のは僕の性格の悪いところだ。」
「いえ、そんくらい。ホンマのことやし。で、もう一つはでんな、『ご奉仕喫茶』ですわ。」
「悪い予感がするが、言ってみろ。」
「へえ、団長はんが、マスターで、シャルはん、キリトはん、エドくんに執事の格好してもろうて。」
「悪いが、却下だ。企画自体は悪くない。しかし、その3人がOKすまい。キリトはまずムリ、シャルは女の子宣言したばかりで、男装しろとは僕の口からは、とても言えない。僕もな、やること自体はかまわんのだが、こちらの面子もあるからな。」
「と言いますと?」
「君の言葉で言えば、ヒースクリフに、舐められたらあかん、いうことや。」
「あのおっさんも、喜ぶんちゃうかなあ?そう言えば、そのヒースクリフのおっちゃんなんやけど・・・」
「おう、あいつがどうかしたか?」
「いえ、血盟におるワイの知り合いから、聞いた話なんやけど、ウチのエースとデュエルしてみたい、言うてるみたいで、へえ。」
「ほほう、それは耳寄りな。いや、僕がお相手しましょうかって、言ったらあっさり、断ったぞ。」
「いえ、あのおっさんかて、まさか、団長はんと、やりあいたいとは考えまへん。キリトはんと、やりたい言うことで。」
「ふーん、受けてやってもいい。ただ、すぐはまずいな。キリトも、ここんとこ、本調子じゃないからな。ふむ。君のその知り合いというのは、ダイゼンだろう?」
「知ってはるんでっか?」
「直接は知らないが、聞いたことがある。その男が入ってから、血盟の財政が上手くいってると。ヒースクリフは財務はからっきしらしいからな。まあ、僕も似たようなもんだが、ウチはとにかく、みんな、よく稼ぐからね。うん、近いうちにゴーサイン出すから、そいつには乗ってやろう。ダイゼンとは上手くやっておけよ。多少飴をしゃぶらせておけ。今みたいな情報が案外重要だ。まさか、キリトが負けたら彼をよこせとは言うまいが、闘技場のある層も近いだろう。入場料を取って、賭け屋も出せば十分商売になる。ダイゼンは乗ってくるだろう。キリトが負けても僕がいる以上、ヒースクリフは最強は名乗れない。」
「団長はんは、商才も凄いでんな。」
「どうだかな。人に頭下げるの嫌いだから、商売はムリだな。」
「そんなん、ワイらが、やりますよって。」
「うん、期待してるぞ。うん、悪くない企画だった。その調子でやってくれ。こういうことだって、大事なんだ。」
「へえ、ウイなりに、気張らしてもらいますわ。」
(ふむ。思ったより使えるじゃないか。)
キバオウが去ってしばらくして、キリトが来た。ここに来るのは案外珍しい。
「カイトはクリスマスイヴのイベント、知ってるよね。」
「あんなのに、興味あるのか?うん?まさか信じてる、とか?」
「俺、カイトにあれだけ、気を使ってもらって、アスナにも助けられて、でも吹っ切れてないんだ、完全には。
・・・・女の子が一人いたんだ、サチっていう名で、パーティーの中に。その子は怖がってて、帰りたそうにしていて、俺がついてるからって、それだけを頼りに、ついてきてたんだ。・・・だから、蘇生の話が本当なら、あの子だけは生き返らせたい。」
キリトは、カイトに気分転換に、アスナと行かせてもらったクエストのことを思い出していた。
あの時はまだ、第二七層であったことを、後悔してばかりいた。
「俺、全然弱くて、自分が思ってたより、もっと弱くて、助けられるなんて自惚れて・・・」
「誰が弱いって?キリトくん!この世界で、あなたより強い人って誰?カイト兄さんしか、いないじゃないの?誰に言ったって、何言ってんのって言われるよ。」
「でも、怖いんだ。俺のせいでまた、誰かが死ぬのが。戦いに弱いんじゃなくて、心が弱いんだ。命がかかっているのに、止めるべきところを止められなかったり。」
「カイト兄さんだって、そんな経験はきっと何度もしてるわよ。それでも落ち込んでばかりいないで、じゃあ強くなろう、次には同じことはしないぞって頑張ってきたから、あんなに強いのよ。今は、きみが自分で言うように弱くたってこれから強くなればいいのよ。」
「アスナ、俺さ。」
「なに?」
「きみには、きみにだけは、死んでほしくないんだ。」
「知ってるよ。」
「えっ?」
「第二層で、カイト兄さんたちが来る前、きみ、間に合わないことが、分かってるのに、わたしを助けに飛び込んできたでしょ?あの時わかった。そこまで思ってくれてるんだって。」
「・・・・」
アスナは俺を、俺の頭を抱いて、言ってくれた。
「大丈夫・・・だよ。わたしは死なないよ。だって、わたしは、きみを守るほうだもん。」
(あれで俺、どれほど救われたか。)
「いいんだよ。それで。アスナに助けてもらえ。いつか言ったろう。助けられた方が気が重いことがあるって。君はアスナを助けよう、助けたい、そう思ってる。けど、アスナだって、助けられてばっかりじゃ嫌なんだ。君が彼女を助けた時、今の君と同じ思いをしてるんだ。だが、決して悪い気分じゃあるまい?だから、きみたちはもうお互いにそういうことは考えるな。相手を助けてあたりまえなら、助けられてもまた、あたりまえなんだ。」
「それでも助けられなかったら?」
「心配するな。僕が必ず助ける。もちろん君もな。いい機会だ、前から思ってた、君の考え違いを指摘しておこう。君はアスナを助けるって言うが、同時に自分が、勘定に入っていない、そこが決定的に、間違ってるんだ。アスナを助けても、君が死んだら彼女はどうなる?それを考えてないだろう?乱暴な言い方だが、一緒に死んでた方が、まだ、お互い幸せかもしれない。相手を助けられれば、自分はどうなってもいい、なんてのはダメなんだ。僕はそんなこと思わないぞ。僕は死ぬわけない。ここはもうひと踏ん張りで、助けられるって、これが、そういう時の心境だ。」
「それは、カイトは強いから。ものすごく強いから・・・」
「強いったって、たかが知れてる。君よりはだいぶ、自分も相手も見えているから、何とかなるということが分かる。それだけのことさ。
君の戦い振りを見て、誰でも強いって思うさ、僕以外はな。いや僕でもそう思うことが結構ある。そのくらいには強い。だがな、問題はきみが相手を倒す、それしか考えてないことなんだ。自分が見えてないんだよ。いいか、強いってことは相手に必ず勝つことじゃない。勝てないと思ったら退く、どうすれば最悪引き分けに持ち込めるか考える。きみの、ベータテストの時の戦い振りはひどかった。自分が全然見えてなくて、勝てないのに突っ込んでいく。まあ、テスト期間中は、死んだって、どうということはないって、思うようなシステムだからな。自分が見えていなければ、相手が見えていることにはならない。が、それはそれとして、だ。」
「しょうがないなあ。一人でやりたいんだろ?」
「うん、そうじゃないと意味がない。」
「そうか、まだ、正味、青少年だからなあ。仕方ないか。いいよ、解った。一人でやらせてやる。」
「ありがとう、絶対だよ。」
「『迷いの森』か?」
「分かってたの?」
「誰と話をしている。アルゴも確認済みだ。あそこに25日午前0時に出る。まあレベルは78あるんだったな。問題なかろう。僕がかなりついてるんだから、もう実質90くらいある。例の投げナイフは、余分に持って行け。まずかったら、あれを使えば安全だろう。まったく、僕は君に甘すぎるよ。自分が嫌になる。」
カイトSide
(あいつには、一人でやるってことの意味が解ってない。一人でやるまでが、面倒なんだ。「森」って言えばここしかないだろう。キリトにわかるなら、他にもわかる奴はいる。)
キリトが第三五層に向けて出発した。3分後、後を追う。訳あって、アイテムは整理して要らないものが満載だ。
(尾行がいないことを確認、か。まさか、僕が尾けているとは思わないな、そりゃ。しかし、あいつの索敵も上がりに上がってるからな。こんなことが、できるのもこれが最後か。)
(ここでいいか。さて、何人来るかな。)
キリトが奥に進んで行くのを見送る。
その2分後、索敵に反応があった。その数約30人。
(また、何だ、この人数は!これじゃ、キリトが、戻ってくるじゃないか。しょうがないなあ。)
「カイト!どうして?一人でやらせてくれるって言ったじゃないか!」
「何、逆ギレしてる!このバカタレが!君一人で、どうやってアレを止めるんだ?一人でやらせてやるって言うのは、こういう事だ。いいから、さっさと行け。」
「ごめん。ありがとう、カイト。」
「礼はやっつけてからでいい。一言言っておくが、アイテムが期待通りでなかったら、僕に渡せ。いいな。」
「うん。」
相手は三〇人である。圏外だから、まさか戦闘にはなるまい。
緑のユニフォームの集団が現れた。僕は彼らの前に立ち塞がる。
「悪いが、ここは一時、通行止めでね。」
「あなたは!」
連中はまるでボスモンスターが現れたかのように僕を見る。
団長のリンドが進み出てくる。頭を下げて言う。
「これはどうもカイトさん。妙なところで、お会いしますね。」
「全くだね。」
「まさか、トップギルドのインビクタスが、こんなイベントに、関心をお持ちだったとは全く意外です。」
「僕は関心はないさ。やんちゃな義弟のわがままでね。」
「失礼ですが、ボス戦ではインビクタスに、圧倒的にリソースを占有されている。いろいろご配慮いただいていることには感謝していますが。ウチもほぼ全軍駆り出したからには、はいそうですかとは、引き下がれません。」
「大人気ないのは、解っているが、それではデュエルででも、決着を付けるかね。構わないよ。全員相手でも。」
「おいおい、いくらあんたでも、俺たち全員っていうのは無理じゃね?」
メンバーの一人が口を挟む。
「本当に無理だ、と思うかね。」
笑いながら、殺気を開放する。少しは理解したようだ。
「やめろ!無礼は許さない。この人はお前たちが、束になってかかっても、相手にならないぞ。オレンジ覚悟でもだ。」
リンドが制止する。
「ありがとう、リンド君。もちろん、何でもありの僕では、勝負にならない。やるなら、当然こちらは素手。なんなら3対1までだったら受けよう。」
「だ、団長!いくら何でも、ここまで舐められちゃ。」
「黙っていろ、と言ったはずだ。」
(怒らないか。リンドも成長したものだ。)
「確かに、それでも俺たちに勝目はないでしょう。でもあなたが、そこまでするのは、なぜですか?あなたにとっては、たかがアイテム一つでしょう。」
「それは言ったはずだ。義弟の我が儘だとね。今夜はギルドの団長として、出張ってきたのではない。まったく私的なことだ。」
「じゃあ、まさか、ボスと戦うのはキリト君一人?」
「それ自体は、問題ないと判断している。プライドを、幾重にも傷つけて申し訳ないが。もちろん代償は払う。言い値で払ってあげたいが、遠慮すると思ってね。今出すから、好きなだけ持っていきたまえ。」
ストレージから10個ほど出す。
「どれもレアアイテムじゃないですか?!特にこの鎧なんか。」
「ご承知の通り、うちは誰も、そういう重いのは、使わないんでね。血盟さんや君たちとは対照的だな。要らないものを出しただけだ。どうせ、売りに出すつもりだったが、特に金にも困っていないからね。」
「これじゃ、逆に全く釣り合いが、取れません。ドロップすると、言われているのは、まさか本当に?」
「いや、そこまでの効果はないものと判断している。キリトが戻ってきてから確認してもらってもいいが、それは後日でもよかろう?」
「ますます、分かりません。その程度のアイテムだったら、あなたも、キリト君も。」
「アイテム自体に価値があるんじゃない。取ってきてみて、キリトが納得することに意味があるんだよ。」
「わかりました。これだけの代償をいただいては、否とは言えません。」
「ありがとう。正直、デュエルは、やって見せたかったのだがね。他のギルドの連中もいないし。失礼な言い方だが、君もずいぶん立派になった。」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、はげみになります。」
「では、また、ボス戦で会おう、リンド君。」
30分ほどで、キリトが戻ってくる。
「カイトぉー!」
いきなり僕の胸に飛び込んできて、泣き出す。
「何だ、泣き虫。いつからそんなになった。」
「これ、見て。」
アイテムの説明は「死亡後、10秒以内に蘇生!と叫んで、蘇生させたいプレイヤー名を言う」ことが蘇生の条件とされていた。
(短いな。1分あればと思っていたのだが。いや、考えてみれば、それほどのタイムラグがあるはずもないか。)
「君の期待通りではなかったな。だが、これはこれで、使い道がある。誰も死なせないとは言ったが、万一目の前で死んだ場合、1回は対処できるのだから。いいか、これが完全に蘇生を可能とするもので、そのサチだっけか、その子1人を生き返らせても、他の4人のことが余計に重く伸し掛る。君のその心の傷は、時間をかけて癒すしかないんだ。それでもこれで、また少し、軽くなってるよ。大丈夫さ。」
「ごめん、その、いろいろ面倒かけて。」
「本当だよ。全く世話が焼ける。まあいい、僕も格好はつけられたからね。全員とデュエルを申し出たのだが、断られてしまった。」
「受けろって言う方が無理だよそりゃ。」
「こっちは素手で、3人ずつどうぞ、って言ったんだがな。2、3人逆上していたが。」
「本当のこと言っちゃ可哀想じゃないか。」
「いや、4対1だと少し危ないってことがバレたのが残念だ。」
続く