第50層を突破してからは、やけに順調に攻略が進んだ。一層に1週間どころが、5日もかからない。血盟騎士団はもちろん、さんざんバカにしてきた、聖竜騎士団もかなり力をつけてきて、我々インビクタスとの実力差は従来より、縮まってきた。僕のレベルは93、シャルが90、キリトが89だ。つまりレベルも、そろそろ頭打ちになってきたのだ。
現在の最前線は第62層この一つ下の第61層の主街区はセルムブルグ。フロアのほとんどが湖で占められ、中心の小島が城塞都市セルムブルグだ。湖では相当な大物が釣れるということで、僕は例のニシダ氏をここに呼んで釣ってみてもらった。ニシダ氏はここでは誰も釣ったことのない超大物を釣り上げ、住民の間でも話題になった。アスナとグリゼルダに料理してもらったが、味は日本で言う「アラ」に似ていて刺身も鍋もとても美味かった。ニシダ氏もご満悦で帰っていった。
ここは高級住宅地であり、不動産価格は、他の例えば第五〇層アルゲードの三倍以上である。僕はここで最も高価なマンションの最上階に、今度こそ定住するつもりで3LDKの物件を購入した。600万コルほど掛かってさすがに大きな出費だった。両隣のうち一つをアスナが買い、もう一つはグリゼルダが買った。僕はキリトにも、さっさとアスナと結婚して、一緒に住むように勧めたのだが、「こういうところは落ち着かない。」などと言って、相変わらず雑然とした、第五〇層に住んでいた。キルド本部もどんどん上の層に移す予定だったが、どうもこれといった場所がなかった。血盟騎士団は第五五層グランザムに本部を移した。大変、大きな建物であり、隣には闘技場もあった。ウチよりもかなり大きく、層が上というのは面白くない。しかし、この層は一言で言うと「鉄でできている」という感じで、いかにも殺風景だ。その代わり、希少なインゴットなど武器素材は豊富であった。
キリトSide
迷宮区に行く前に、転移門周辺を見回っていたら、「シュナイダー」というプレイヤーが何事か叫んでいた。装備からしても最前線に来るレベルではない。聞いてみると、「シルバー・フラグス」というギルドが「タイタンズ・ハンド」というオレンジギルドの手にかかって、リーダーのシュナイダー以外、全員殺害されたとのことで、「仇を討ってください」、と呼びかけていたのだ。最前線にいるプレイヤーの多くは、迷宮区攻略以外興味がなく相手にしてくれない。だが、我がインビクタスのメンバーには「オレンジを見たら、直ちに、黒鉄宮に送れ。少々やりすぎて、殺しても不問に付す。」との団長命令が下されている。もちろん、俺は即、彼の依頼を請け負った。彼は、俺のことを知っており、俺の手を握り、涙を流して喜んだ。
シュナイダーは「回廊結晶」を持っていた。これは、第五〇層以降、ドロップするようになった。これは大変便利なアイテムである。目的地に行って記録しておくと、「回廊」(コリドー)を開くだけで、何人でも目的地に直行できる。使い方として、最も有効なのは、ボス部屋の扉の前で記録しておくことだ。こうしておけば、レイド全体が迷宮区をショートカットして、ボス部屋前に着くことができる。
もう一つは、オレンジプレイヤーをまとめて黒鉄宮に送る時に使う方法だ。転移結晶だと、オレンジを行動不能にしても、自分で転移させる必要がある。これがカイトあたりだと、行動不能にしなくても、口だけで、しばしば黒鉄宮に転移させてしまうが、なかなか、あのマネはできない。回廊結晶を使えば、問答無用で何人でも、黒鉄宮送りにできるのだ。ただ、便利なだけに、入手は極めて困難だ。新しもの好きで、効率最優先のカイトは、エギルにも価格を問わず、手に入れるよう命じている。この状況で、これを手に入れるのは大変なことだ。財政豊かなインビクタスでも常時5個保有するのがやっとである。後で聞いたら、情にもろいエギルがシュナイダーに回してやったらしい。カイトがこれを許さないはずはなかった。それにしても10万コルはくだらないわけで、シュナイダーは全財産をはたいたと言っていた。
第五〇層 ギルド「インビクタス」本部 団長室
カイトSide
「おお、スターバースト・ストリームが使えるようになったか。八極拳の必殺技の稽古も大変だったろうに、よくそこまで頑張ったな。」
「うん、俺、血盟のおっさんと早くやってみたくてさ。カイトが黙ってるから、いい気になって、自分のことを伝説の男、なんつって最強みたいに吹いてるし、癪じゃん。」
「僕はそういうのに興味ないからね。シャルもそれ、怒ってたけど。そうか、セッティングしておこう。そうだな、明日にでもシャル相手に試してみろ。」
「シャルなら受け身は、大丈夫だけど、あれ、初見なら俺、シャルにも勝てる気がする。」
「そう伝えておこう。いや、ボスが弱すぎるって、最近うるさくてね。嫁が強すぎるのも考えものだ。」
「シャルは異常だよ。アスナでも強すぎるのに。」
「それはともかく、用はそれじゃないだろ。ふむ、話は解った。問題はそのオレンジどもをどうやっておびき出すかだ。前に説明したように、連中には、出没ポイントがある。最も多いのは、『迷いの森』だな。ここはレベル的にはさほど高くない。だから、40ちょいくらいのプレイヤーなら突破は一応可能だ。だが、例の仕掛けがあるからな。迷い込みやすい。その上、MPKには絶好だ。君がやるようなミッションではないから、今回が初めてか。要するに、獲物を狙ってきたところを捕らえる、これが基本だ。」
「でもこのタイタンズ・ハンド、のリーダーのロザリアって女、悪女だけど美人じゃん。カイトがこいつを誑し込んじゃえば、すぐ片付くんじゃない?」
「君も言ってくれるようになったじゃないか。僕にはシャルがいるんだ。そんな手が使えるものか。僕の顔を見ただけで、逃げられてしまうさ。」
「言うこと聞かせるのは、カイトの方が向いてるじゃん。カイトが行った方がすぐ終わるでしょ。」
「今度の君の役は、正義の味方だ。ヒーローは期間限定でね。僕ぐらいの歳になると、名乗るのが段々難しくなるんだ。その点、キリトは今が旬だから。ま、いいとこ見せて来なさいって。」
「わかったよ。でもこいつ、グリーンだね。そうか、またどっかのギルドに潜入してるってわけか。」
「前回の手口から見ても、同じ手を使っているだろう。こいつはともかく、手下のオレンジは移動が大変だからな。よし、確認したら、行ってもらおう。そうそう、今回の任務は、その黒ずくめもうちのユニも使うな。最後にそれに変身するんだ。」
「どういうこと?」
「君が少々傷つくから、言いにくいんだが、まず、君が、狙われているパーティもしくはプレイヤーを保護する。これが第一だ。その後連中に、襲ってきてもらわなければいけない。その格好では、見ただけで、逃げられてしまう。弱そうに見えないといけない。エリシュデータも、街中ではしまっておくんだ。」
「なるほど。つまり普通の格好だと、俺って弱っちく見えるってことか。」
「怒るなよ。実際の強さとのギャップが桁外れ、そういうことなんだからな。まず食いついてくるだろう。ああ、服はヨルコさんに言っておくから、現地に出かける前に、着替えておけ。」
「ちょっと、複雑だけど、解ったよ。」
数日後、ロザリアなる女が、第三五層「迷いの森」で小ギルドに潜入して狩りをしていることが確認された。僕はキリトに現地に行くよう命じたところ、「シリカ」という少女を保護したと連絡してきた。この少女は実はアインクラッドでビーストのテイムに成功した二番目のプレイヤーだった。そのビーストは「フェザーヒドラ」という小さな竜だ。シリカのことは知っていたが、レベルが低く実戦配備にはちょっと時間がかかるので、勧誘まではしなかった。勧誘するならキリトに行ってもらうことになるが、僕が命じたとすれば、僕までアスナに怒られる。怒られるのは、シャルだけでたくさんだ。しかし、結局、シリカちゃんも保護しちゃったか。まったく。まあ、人のことは言えないが。
残念なことに、ビーストのフェザーヒドラは、助けられなかったとのことだ。だが、実は諦めるのは早い。第四七層の少し奥に、ビーストの蘇生アイテムがある。ビーストを失ったテイマーが一緒でないと入手できない。期限があって、ビーストが死亡してから、三日だ。よし、絵が描けた。キリトならこのくらいは、すぐ考えつくはずだ。「俺の考えでやっていいか。」と言うから「任せる」と返事した。
ただ、予定は聞いておいた。第四七層には明日昼前に行くという。僕はシャルを呼んで、その時間に四七層の転移門付近に潜伏するよう、指示した。キリト一人にやらせるにしても、第一にシリカを保護することが必要だ。第二に、前の例からしてもPoHの一味が現れることもありうる。シャルがいればそうなっても、簡単に撃退できる。
先日行われた、シャルとキリトのデュエルは2日に分けて行った。結果はシャルの4勝3敗で辛うじて勝ち越したが、内容的にはキリトが押していた。これまではシャルの2勝1敗ペースだったから、やはり二刀流は強力だ。僕も見ていたが、16連撃のスターバースト・ストリームはキリトの基本能力によってブーストされ、段々加速していく。特に最後の一撃を凌ぎきるのが大変だ。今の熟練度でもこれを完全に避けられるのは僕だけだろう。つまり、プレイヤーが人外であるか、何らかのチート技以外には、破れないということだ。ヒースクリフが勝てるのは何かした場合、ということになる。面白くなってきた。シャルはそんなに負けず嫌いではない。むしろ、キリトが強くなったのを喜んでいた。
第三五層 主街区 ミーシェ
キリトSide
シリカは、ギルメンというより、件のロザリアという女と、喧嘩になって、ギルドから脱退したということだ。
言い分を聞いてみるとどう見ても、シリカの言うことが正しい。他のギルメンは、ロザリアの色香にたぶらかされてこの悪女に、強いことを言えなかったらしい。しかし、レベル44では「迷いの森」を突破するのは可能ではあるが、簡単ではない。事情は完全に理解した。アイテムは余分にもっている。これを彼女にあげれば5~6くらいは底上げできる。シリカを囮にするようで気が引けるが、俺が、いなかったら、ビーストのピナも蘇生できないんだからな。あれ、俺も段々カイトみたいに、考えられるようになってる。
シリカがフリーになったことはもう伝わっているらしい。男が二人近づいてきた。
「おっ!シリカちゃん発見!」「随分遅かったじゃない?心配したよ。」「今度はさ、俺たちとパーティ組まない。」
シリカはかなり人気があるようだ。なるほど、可愛いもんな。アスナには負けるけど。
シリカは意外にもきっぱりと言った。
「あの、お話は有難いんですが、暫くこの人と、パーティ組むことにしたので。」
男たちは俺を睨んだ。俺のことは知らないのは勿論、かなり弱っちく見えるらしい。なるほどカイトの言う通りだ。なんか、俺も楽しくなってきた。
「抜けがけは許さないぞ!」「今度メッセージ送るから。」
みっともないなあ。普通の男ってこういうもんか?
「あの、迷惑かけて、ごめんなさい。」
「いや、こういうの、結構面白いよ。」
シリカは怪訝な顔をしている。
「君、凄く人気あるんだね。なんか、そこいら中の視線感じるし。」
「マスコット代わりに誘われてるだけです。竜使いのシリカ、なんて言われて、いい気になって、調子に乗ってたから、たった一人の友達だったピナまで死なせちゃって・・・」
「だから、さっき言った通り、ピナは必ず生き返らせるから。」
シリカが何か言おうとした時、「あの女」が声をかけてきた。
「へえー 森から脱出できたんだ?良かったじゃない。」
(まずいぞ、シリカ、俺が助けたことは言うな!)
「急いでますから!」
(ふーっ 助かった。)
ロザリアの方は尚も絡むつもりみたいだ。
「あら?あのトカゲ、どうしちゃったの?」
(良く言うよ。知ってるくせに。)
「・・・」
「あらら~もしかしてぇ?・・・」
「ピナは死にました。でも必ず生き返らせます!」
「へえー 『思い出の丘』にでも、行くつもりまんだ。でもあんたのレベルで、あそこ行けるの?」
「そんなに難しいダンジョンではないさ。」
ぶっきらぼうに俺は口を挟む。
ロザリアはおれを眺めまわした。
(露骨に値踏みしてやがる。気分悪いなあ。雰囲気が、アスナやシャルとは、正反対だ。こういう女を「悪女」って言うのか。)
「あんたも、その子に誑し込まれたクチ?見たトコ、そんなに強そうじゃないしねえ。」
(けっ バーカ、引っかかったのはそっちだよ。俺の正体が分かった時の顔が、楽しみだぜ。)
「もう行こう、シリカ。」
ロザリアのやつは「せいぜい死なないようにねぇー。」とか、捨てゼリフを吐いた。これ以上、こいつの前にいるとブチ切れそうだ。
「あの、 でもさっきも思ったんですけど、キリトさんって、蘇生とか、なんでそんなこと知ってるんですか?」
「うん、同じギルドにシリカみたいな、ビーストテイマーがいてね。」
「えっ その人って・・・」
シリカが驚愕の表情になった。
「もしかして、グリゼルダさん?あのテーミスって言われてる、ってことは、キリトさんがいるのはあの最強・・うっ」
俺はハラスメントコードにギリギリセーフの力で、シリカの口を抑えた。
「ちょっとここじゃまずい。とにかく宿屋にでもいこう。大丈夫、変なことはしないから。」
(シリカが信じてくれたから、いいようなものの、ここで大きな声でも出されてたら。うーん、修行が足りないなあ。)
宿屋に行くと一部屋しか空いてないと言われた。まあ仕方がない。俺は床に寝ればいいんだから。今は説明が先だ。(つくづく俺は甘い。)
「驚かせてごめん、俺は、ああ、分かりやすくしよう。ちょっと向こう向いてて。」
俺は黒ずくめスタイルに着替え、エリシュデータも取り出した。
「もういいよ。」
「最強ギルド、インビクタスで、そのお姿、あなたは、もしかして『黒の剣士』!」
「そう、インビクタスの切り込み隊長キリトだ。そうか、きみ、グリゼルダは知ってたんだ。」
「あたし、はじめてのビーストテイマーっていう、あの人にすごく憧れて、自分もなれたらいいなって、でもあたしの場合は全くの偶然だったんです。」
シリカはフェザーヒドラ「ピナ」との出会いを話してくれた。
(なるほど、すごい偶然だ。たまたま持っていたナッツがビンゴなんて。でもただの偶然では、まず成功しないってカイトが言ってた。この子、レベルとか関係なく何か持ってるんじゃないか?性格も素直で可愛いし。)
俺はつい言ってしまった。
「君、グリゼルダに会いたいかい?」
「ええ、是非会いたいです。」
「じゃあ、ピナを生き返らせたら、俺と一緒に行こう。会わせてあげるよ。」
「本当ですか!」
シリカは顔を輝かせた。
(まずかったかなあ。でもビーストテイマーだし、ピナもついてるんだから文句は言われないだろう。)ここでも俺は甘かった。文句って、カイトのことしか頭になかった。
「それじゃええと・・・」
俺はアイテムを5、6個見繕ってシリカに渡した。
「それで十分底上げできるから、第四七層でも大丈夫だよ。ああ、それどうせ、いらないから、返さなくていいよ。」
「でもこんなレアアイテムばかり・・・あの、どうしてここまで、してくれるんですか?そもそもキリトさんみたいな人がどうしてこんな低層に?」
「その二つに同時に答えよう。これは団長命令のミッションなんだ。ミッションその1は君を保護すること、そしてミッションその2はあのロザリアを黒鉄宮に送ることだ。」
キメ顔で言う。キマってればいいんだが。
「じゃロザリアさんって?」
「さん、なんてつけなくていい。あの女は、オレンジギルト『タイタンズハンド』のリーダーだよ。」
「でもロザリアのカーソルはグリーンで・・・」
「それが、やつらの手なんだ。あの女だけが、グリーンでギルドに潜入して、機会を見て、仲間を呼び寄せて皆殺しというワケ。」
「そこまで悪い奴だったんですか。でもいくら強くても、たった一人で大丈夫ですか?あたしじゃ、却って足でまといだし。」
「君の保護が最優先である以上、第四七層には君を保護する役が誰か来る、必ずね。たぶんシャルだろうな。」
「シャルって、若いのに団長さんの奥さんで、すごく強くて、舞姫って言われてる・・・」
「そ、悔しいけど、俺より少し強い。でも君、うちのギルドのこと詳しいね。」
「みんな知ってますよ、そのくらいは。そうだったんですか。」
「だからさ、君はある意味、おとりで、そこは申し訳ないんだけど、必ずピナは生きかえらせるし、君の安全は俺が保証する。俺だけで不安ならウチの団長も保証する。」
「そんな、そんな、とんでもないです。こんなに凄い人たちが、あたしなんかのために・・・その上、グリゼルダさんにまで会わせてくれるって。」
「あっ それはミッションに含まれてない。俺の独断。でも大丈夫でしょ、たぶん。」
それから二人で食事をしたりして、過ごした。シリカの話だとここのチーズケーキは結構いけるそうだ。なるほど言うとおりだった。カイトも言ってたけど、アインクラッドって甘味だけはまともだって、本当にそうだな。
部屋に戻ってから、俺が軽視していた問題が表面化した。俺は床で寝るからいい、と言ってもシリカが「私が」と言って聞かない。話を逸らす都合上、俺はアイテムを取り出した。水晶の玉だ。
それは輝いていて・・・
「綺麗!・・・何ですか?それ!」
「ミラージュ・スフィアって言うんだ。これで明日行く、第四七層の様子が丸ごと分かる。」
俺は指でクリックしてメニューを呼び出し、OKをクリックすると、球体が青く発光しだす。その上に大きなホログラムが現れた。
「うわぁああ!」
シリカは感嘆し、夢中で覗き込む。
「ま、簡単に言えばそう強いMobはいない。道も目的地まで大体真っ直ぐだ。きみのレベル上げを兼ねてくらいの軽い気分で大丈夫だよ。」
「キリトさんて凄いですね。こんなにいろんなアイテム持ってて、本当はすごく強いのに、無駄な争いは一切しないし。お陰様で様子がよくわかりました。」
(そんなんじゃないよ。カイトみたいには、いかないや。でもそんなところに感心するのか。)
「あの・・・キリトさん。」
「うん、なんだい?」
「ベッドやっぱりキリトさんが使ってください。それでその・・・もしいやじゃなかったら・・・」
「えっ?」
(何を言い出すんだこの子は?)
「失礼ですけどこのベッド、かなりおっきいし、キリトさんて、そんなに大きくないし、あたし、もっと小さいし・・・」
「おい、おい?」
「キリトさんが良ければその、あたしが隣で寝ても・・・いいですか?」
「それはダメだ。きみは女の子じゃないか、俺はその、こんなんでも男で・・・」
(何言ってるんだ俺、あー情けない。)
「いえ、キリトさんなら、絶対に変なことしないって、だって、こんな有名な人がそんなことしたら・・・大変じゃないですか。それに、あたし、今夜はひとりじゃ、寝られそうになくて。」
シリカは顔を真っ赤にして必死に言う。彼女にしてみれば最大限の思い切った申し出だ。
(こんなに必死に。カイトにも「女の子に恥をかかせてはいけない」って教えられてるし。)
「わかったよ。シリカがそうしたいなら一緒に寝よう。」
この事実は後にアスナの知るところとなって、キリトは大変な思いをすることになる。
翌日 第四七層 フローリア
キリトは昨日と同じように、「弱っちく見える」スタイルだ。クリームイエローのTシャツにジーンズ、カーディガンを羽織っている。黒ではなくブルーを基調としている。いい男、というより、「可愛い男の子」に見える。シリカはカワイイ系の少女、並んで歩くと一応カップルには見える。シリカは花より、カップルだらけの周りを見回して顔を真っ赤にして意識しまくっていた。
(あたしとキリトさんて、カップルに見えるかなあ?)(またキリトさんと二人でここに来たいなあ。)
(キリトさんって付き合ってる女の子いるのかなあ?)(そう言えば、あたしったら寝相悪くて、起きた時、キリトさんにくっついてて・・・キリトさん気づかないふりしてくれたんだろうなあ、あれ。)
シリカはピナのことを、この時は忘れていたくらいだ。
キリトの方はボーッとしてるように見えるが、警戒は怠らない。
(やっぱりシャルが来たか。笑って、合図してきたけど、どういう意味だあれ?任せなさいって、感じじゃなかったな。)
キリトとシリカはフィールドに出た。
「きゃっ!きゃぁああああ!!」
盛大な悲鳴だ。例の食虫植物型Mob。シリカも捕まって、お約束の逆さ吊り。こいつは女性専用なのか、茅場。
「や、やだっぁぁぁああっ!」
ダガーを振り回しているが、目をつぶったような状態で当たるわけがない。
「落ち着け、シリカ。そいつ、実はすごく弱い。口のところを攻撃すれば、倒せるよ。」
「でもっ でもっ 気持ち悪いんですぅぅ!」
さらに持ち上げられて、しまった。スカートが捲れる。
「ちょっ!やめっ!キリ!ト!さん!見ないで!助けて!」
「それは・・・ちょっと難しいな。」
こういう物言いはカイトそっくりである。結構似てくるものだ。
仕方なく、跳躍してMobの口をエリシュデータで一撃する。あっけなく消滅した。フィールドに出ているから愛剣は背負っている。だが、落下したシリカを受け止めてくれる人はいない。シリカは尻餅をついた。
「見たでしょ?」
助けて貰ったお礼も忘れてキリトを睨んでいる。
「見てない。いやこれくらい、かな?」
キリトはジャンケンのパーの形で顔を覆った。要するに見ようとは思わなかったが見えてしまいました、と言いたいらしい。
その後はキリトのサポートもあり、シリカはさほど苦戦することもなくMobを倒していった。シリカのレベルが1上がるおまけまでついた。
シャルSide
(あーあ、退屈だなあ。)
一人待たさているシャルはすることがない。隠蔽を使っているので、前回のような騒ぎにはならないが、周りはカップルだらけ、やはり面白くはない。
(カイトと来た時も折角の初デートなのに、さんざん邪魔されたし。本当にラフコフでも、来てくれれば少しは面白いのに)可愛い顔で、物騒なことを考えている。
(あの子、キリトにすっかり参ってるわね。かわいそうに。早めにアスナのこと、教えてあげた方がいいかな?)
(あーつまんない任務。でも、カイトったら「きみは後で、僕が満たしてあげるから」って、きゃっ、今夜は久しぶりに・・・そうだ、早く帰れたら、先輩から教わったアレやってみよっと。ふふ、カイト、どんな顔するかしら。)
こちらも何を考えているのかわからない18歳の「幼な妻」。キリトもシャルも、この程度の任務では些か緊張感に欠けるのだ。
No Side
赤レンガの街道を進み、小川にかかった小さな橋を渡って目的地に達した。
「あれが『思い出の丘』さ。」
俺は目的地を指差す。シリカは笑顔になる。しかし、行ってみると何もない。
「何もないですね。」
落胆しかかった、シリカの声。
「そんなはずはないさ。しばらく待ってみよう。」
しばらくすると、岩の上にある、咲いてないと思われた、花の葉の中からするすると、百合に似た花がゆっくりと咲いて出現した。
「それが『プネウマの花』っていう蘇生アイテムさ。茎のところをきみが切ればアイテム化される。」
アイテムはシリカのストレージに収まる。あとは、既にアイテム化している「ピナの心」にプネウマの花の雫を垂らしてやればピナは蘇生する。
「この辺はたまに少し危険なモンスターも出るから、そうだな、ウチのギルド本部にでも、移動して、そこでピナを生き返らせてやろう。ウチの団長やグリゼルダも蘇生するところをみたいだろうし。」
「ええ、あたしもそうしたいです。」
シリカは大喜びだ。
来た道を引き返していく。その途中、気配に気づいた。
(ふん、15、いや16人か、ま、こんなもんだろう。)
「シリカ!下がって!」キリトが叫ぶ。
思わず下がるシリカ。
「そこに待ち伏せてる奴、いい加減に出てこいよ。」
「フン、アタシの隠蔽を見破るなんて、見かけによらずやるじゃない?その様子だと首尾よく『プネウマの花』をゲットしたみたいね。おめでと、シリカちゃん。」
ロザリアだった。
「あなた、何故ここに?」
「あーら、決まってるじゃない。そのプネウマの花をいただきに来たのよ。さっ 渡してちょうだい。」
「品のない女だとは思ったが、頭まで悪いとはな。渡すワケないだろ、バーカ!」
「へーえ そういうこと言うんだ。」
「おまえの正体なんか、とっくにバレバレだっつうの!タイタンズハンドのリーダー、ロザリアさん!」
「あーら、そこまで知ってるのに、こんなところまで、あの子に付き合ったの。ナイト気取り?それとも本当に体でたらし込まれちゃったの?」
「この間もそうだったが、その品のないセリフを聞いてると、アタマに来るより、吐き気がしてくるぜ。」
ロザリアの唇が歪む。卑しい笑みを浮かべ、、右手で指パッチン。
「これを見ても、その生意気なクチが聞けるかしら。」
オレンジカーソルの男が15人。
「ふーっ やっと出てきてくれたか。こっちも着替えるとするか。」
あっという間に黒ずくめスタイルに変身。この「衣装のクイックチェンジ」はキリトの師匠でもあり、キリトが兄とも慕うカイト直伝だ。と、同時にシリカの横に美しいブロンドの少女が現れた。
「あ、あなたは?!」
「静かに!あたしはシャルよ。キリトから聞いてるでしょ。」
「あ、あなたが。で、でもキリトさんを助けなくていいんですか。人数が多すぎます。」
「そんなことしたらキリトが、怒るわよ。余計なことしやがってって。さ、いいところなんだから、あなたもよく見てるといいわ。」
シャルは、にっこり笑ってそう言う。シリカはもう何が何だかわからなくなった。
「あ、姉御、その黒ずくめ、盾なしの片手剣、こいつ、こ、攻略組だ。」
「アンタ、何言ってんの?攻略組がこんなところにいるわけないだろ?」
「ふーっ 俺もまだまだだな。兄貴分のウチの団長カイトなら、顔見ただけで逃げるって言うのに。」
キリトはわざとらしく、ため息なんかついてみせる。ロザリアはカイト、という名には聞き覚えがあるどころではなかった。
「まさか、アンタ、本当にあの最強ギルドの・・・」
「姉御、俺、知ってるコイツ、切り込み隊長の『黒の剣士』だ。そっちにいる女は団長の嫁で、確か『舞姫』!」
「あらあ、隠れてるつもりだったのに、バレちゃった?」
笑ってそう言うシャル。
「アンタ、バカじゃないの、こいつ一人に、全員の相手しろって、仲間割れ?」
「カイトがいつも言ってるわ。アタマの悪い女に、説明するのは時間のムダってね。あたしが手を出したらキリトが怒るわよ。」
小娘の煽りにロザリアがキレる。
「お前ら、いいから、やっちゃいな!そんな大物なら、却っていいエモノじゃないか。」
意を決して一斉に斬りかかるオレンジども。
「シャルさん、キリトさんが!いくらなんでもあれじゃあ。」
「問題ないわ。キリトのHPを見てご覧なさい。」
見れば、グリーンのままで全く減っていない。
「350、おまけして400ってトコか。」
退屈そうにキリトが言う。
「な、何のことだ?」
「アンタらが今おれに与えたダメージの総量さ。10秒ごとのな。」
「そ、それで、何でお前はなんでもないんだ。」
「俺のレベルは89、HPは1万8500、これに10秒ごとに戦時回復(バトルヒーリング)が10秒ごとに800。わかるか?アンタらがどんなに攻撃してもおれを殺るどころか1ドットもHPは削れない、そういうことさ。」
「そ、そんなのムチャクチャじゃねえか!」
「そう、たかが数字で、これだけの差がついてしまうんだ。それがVRMMORPGの理不尽さだよ。」
キリトは自分にも怒っていた。こんな数字なんかじゃない、本当の強さが欲しいと思っていた。
「・・・」
「さっ 分かったら、さっさと投降してくれないかな。」
「この野郎!」一人が片手剣で斬りつけようとした。キリトは得意の武器破壊で根元から剣をへし折る。
「言っておくが、今度は剣だけじゃすまないぜ。面倒臭いから、やるなら手加減はしない。そうだ。」
「シャル、退屈してただろう?ごめんな。半分やっちゃってもいいや。」
「本当!いいの?」嬉しそうなシャル。
「おまえら、あの『舞姫』シャルはな、悔しいけど、俺よりずっと強い。すっかり、やる気出してるぜ。どうするよ?」
「ひっ ひぃー お願いですから命だけは!」「助けてくださいぃー」
オレンジどもは全員武器を捨てた。完全に戦意喪失だ。
「全員、投降ってことでいいかな?」「「「は、はい」」」
「お前ら、なんて情けない!アタシは、投降なんかするもんか!アタシはグリーンだよ。」
「それがどうした。」
「どうしたって、アンタ、アタシに手ぇ出したら、アンタがオレンジになるんだよ?」
「だから、それがどうしたって言うんだ。ウチの団長は寛大でな。その場合は、速攻、クエスト受けて回復してこいとしか言わねえよ。な、シャル。」
「そうよ。オレンジと言っても、たった2日のことじゃない?全く、自分以外、ギルメン全部オレンジにしといて、よく言うわね。」
「アンタ、カイトの嫁って言ってたわね。帰ったら、あいつに伝えてよ。アタシがこうなったのも、元々はアンタの旦那のせいなんだから。アタシはね、以前、カイトに助けられたの。強くて、格好良くて、優しくて。アタシ勘違いして、彼についていこうとした。一目惚れだった。そしたらアイツ、ついてくるなって、言う代わりに、いつの間にか、隠蔽使って姿を消したわ。後で調べたら、トップギルドの団長だって言うじゃない。こういうのを雲の上の人って言うんだって、実感したわ。それからのアタシはヤケになった。カイトに比べたらどんな男だって、つまらなくて、いつしか、男を利用することを覚えたわ。いっぱしの悪党になってからは、ラフコフの人たちにもいろいろ教えてもらった。アタシにとっては、毎日が面白ければそれでいいのよ。」
「かわいそう、って言いたいけど、同情の余地は全くないわね。あなたはカイトに振られてグレたんじゃない。そういう女だって解ったからカイトはあなたを撒いたのよ。そんなふうになったのが、カイトのせいなんて逆恨みもいいところだわ。」
「ロザリア、お前、『シルバー・フラグス』ってギルド覚えてるか?」
「ああ、あの貧乏ギルド?全く、骨折り損だったわ。」
「そのギルドで生き残った、リーダーのシュナイダーという男が、俺に託したのがこれだ。」
キリトは回廊結晶を出してみせた。
「・・・」
「シュナイダーは俺の手を握って、お前らを牢獄に送ってくれって、泣いて頼んだ。いいか、殺してくれって言わなかったんだぞ。お前にその気持ちがわかるか!だから俺も殺すつもりはないよ。お前もこいつに入っておとなしく黒鉄宮へ行くんだな。」
「畜生!」
「コリドー・オープン!」
オレンジギルド・タイタンズハンドはリーダーのロザリア以下計16名全員が黒鉄宮送りになった。
「じゃ行こうか。」
キリト、シャル、シリカの三人は第五〇層のインビクタス本部へと向かった。
続く
話は原作とほとんど同じですが、ここで入れたのはまずまずだったかな、と思います。