第四八層リンダース リズベット武具店
「今日は、君にお願いしたい仕事があってね。」
「団長さんおん自ら、いらっしゃるなんて、なんか、怖いな。」
「いや、仕事自体は、たいしたものではないんだ。」
カイトはアスナに貰った手袋をストレージから取り出した。
「これは、アスナに貰ったものなんだが、左手用を右腕の肘当てに改造してほしいんだ。追加の素材も持ってきた。」
カイトは、大蛇のなめし革を取り出した。
「その手袋の素材に近いと思う。ランクも同等だ。ただ、リズも防具はそんなに作ったことがないから、この素材だけで作るのは少し不安がある。それで、作成でなく、改造をお願いするわけだ。」
「団長さんが使うんですよね?」
「いや、試しに僕も使ってみるが、最終的にはキリトが使う。」
「そうですか。そっちの素材の余りで手袋、あと2組くらい作れますけど。見本がありますし。」
「そうだな、そっちもお願いするか。すぐに取り掛かれるか?」
「団長さん直々のご依頼に優先する仕事なんてありませんよ。」
「そうか、助かる。待っている暇はないんだが、急ぐんでね。夕方、また取りに来る。」
「いえ、本部にお届けしますよ。あたしなんかにそんなに気を使わないでください。」
「ありがとう。」
「いよいよなんですね?」
「ああそうか、もうすぐって、この前言ったっけね。実はそうなんだ。」
「キリトが使うってお聞きしてわかりました。でも全然変わらないんですね。」
「緊張感なさすぎ、かな?」
「いえ、さすがって思います。」
「まあ、リアルでは、まだまだ若造なんだが、この世界じゃあ、攻略組最年長だからね。」
「最年長、にも見えませんよ。年よりお若く見えて、年齢より落ち着かれてます。」
「そんなに褒められると後が怖いな。リスはブティックもやれるな。裁縫スキルも高いし。そういう客あしらいがピッタリだ。」
「今のは営業用じゃありませんよ。それに、今からじゃ、もう遅いんでしょ。」
「違いない。じゃよろしくね。」
第六一層 セルムブルグ カイトとシャルのホーム
第75層の迷宮区攻略はキリトを特訓の総仕上げのために、休ませ、僕とシャルが交代で参加した。「二大バカップル」がどちらも別れて行動するのは、かなり異例で、メンバーの話題になってしまったのは、ちょっと誤算だったが、他にやりようもない。そういうわけで、インビクタスとしては戦力ダウンもなかった割には、少々手間取ってしまった。それだけ、この層のボスも強いということだ。
この事実を踏まえて、僕はヒースクリフから「偵察戦なし」の申し出があることを期待していた。犠牲者を一人でも少なく、と真剣に考えていて欲しかったのだ。だが、申し出はなかった。あるいは、我々だけでも攻略できる相手なのか?それは今回、ボス戦をやってみれば、判ることだ。
やむを得ず、僕はシャルとギルバートというオレンジプレイヤーだけを連れて、回廊結晶を使って、ボス部屋に行った。かねて拘束しておいたギルバートは、リアルでも数人を殺しており、強盗殺人も犯していた。ワルなりに胆の座った奴で、覚悟はできていた。予想通りだったが、ボス部屋の扉は彼が入るとすぐに締まった。そしてあっけないほど簡単にまた開いて、そこには何もなく、何の痕跡もなかった。
僕はシャルを使者として、この結果をヒースクリフに伝え、今回の指揮をヒースクリフに委ねる旨伝えさせた。固辞した場合の説得も含めて、である。シャルの交渉力はウチのギルドでは僕に次ぐのだ。それに、どんなに離れていても僕とシャルとはテレパシーが通じる。さすがに会話しているようにはいかないが、少々時間があれば、様子はほとんどわかる。いざという時はアドバイスだってできるのだ。交渉はうまくいった。
ギルドにスパイなんているはずもないが、今回の最終決戦の話を聞いて動揺するなという方が無理だ。クラインやエギルあたりには聞かせても問題はないが、ボスそのものだって難敵だ。集中力を削ぐような話はできない。キリト、アスナ、アルゴだけを呼んで攻略会議、そして、最終決戦の打ち合わせをすることにした。
「うまくやったな、さすがはシャルだ。で、奴の反応はどうだった。」
「まず、ギルバートを使った作戦には少し驚いたみたいね。後悔してるみたいだったわ。もっとはっきり、驚いたのは、今回のボス戦の指揮を任せるって伝えた時ね。最初は、あなたを差し置いてとんでもない、なんて言ってたけど。」
「それをどうやって説得したの?シャルってそんなこともできるんだ。」
アスナが驚いて訊いてくる。キリトもびっくりしている。僕とアルゴはそのくらいはシャルなら問題なくできると思っている。
「いえ、今回はそちらの順番だからっていうのが一つ。この人はね、ここまで考えていて、几帳面に順番を守ってきたのよ。次に、偵察戦ができない以上、まず、第一に考えるのは防御だから、今回はあなたがふさわしいって言ったわ。これもこの人の考え。最後は言い出したことは必ずやる人ですから、お聞き届けいただけないなら、団長が改めて伺いますって言ったら諦めたわ。」
「ちょっと待て、あいつ、ギルバートの装備については訊いてきたか。」
「いーえ、何にも。」
シャルはあたしも呆れたわ、という表情で答えた。
「凄えな。さりげなく、カイト兄貴の自慢入ってるし。」
「これぐらい、シャルならなんてことないさ。」
「はいはい、先に進めてちょうだい。まったく、何を聞きにきたんだかわからないわ。」
アルゴがたまらん、という表情で催促する。(そうか、悪かったなしほり。嬉しくてついな。)
「ヒースクリフにわざわざ、指揮を取らせる理由は何なの?」
「ボスがどんな奴かも分からないんだ。ただ、ギルバートは間違いなく瞬殺された。あれだけ万全の防御型装備をさせたのに、だ。しかもあいつのレベルは80代とそこそこ高い。それなのに一撃でやられた可能性が高い。
このわずかな情報しかないが、これだけでも犠牲をなるべく0にという作戦を立てることは不可能じゃない。ヒースクリフはそれどころじゃなく、ボスの実力はもちろんすべてを知ってるんだ。
今回の僕の策がなければボスの攻撃が一撃必殺とまでは分からない。普通は、本戦で実際に一撃で死者が出て、はじめてそれがわかる。あいつは死者が出ることを何とも思っていない可能性が高い。それを確認した上で、今回の結果の意味を説明する。」
「ギルバートはあれだけ重装備だったんだ。エギルたちだって危ないじゃないか。」
「おいおい、誰が、全部あいつの作戦に従うって言ったよ?もちろんウチのメンバーを見殺しになんかしないさ。」
「どうするつもりなの。」
「友達想いで言ってるんだろうからな。教えてやるよ。アイアスを使うんだ。」
「えーっ 絶対使わないって思ってた。シャルのためって言えばシャルが喜ぶから持つことしたって思ってた。」
「もちろんそれもある。今回、どう使うかは自分で考えろ。明日わかる。何もかもタネ明かししてしまってはつまらない。まあ、あとは出たとこ勝負だ。使えるモノは何でも使うさ。」
「俺からも兄貴に申し出があるんだ。」
「なんだい?」
「シャルもだけど、今回のボス戦、本気で、全力でやって見せてよ。今まで一回もないじゃないか。いつも俺たちが思い切りやれるように支える役ばっかりで。今回が最後でしょ。どんな形になるかわからないけど、俺とアスナが兄貴たちを支える方に回るからさ。」
「キリト・・・本当に成長したな。いや、正直感動したよ。」
「あたしもよ。ねえ、あなた。キリトがここまで言ってくれてるんだから。」
「わたしもカイト兄さんの本気って見てみたいです。それに、今までシャルとのコンビプレイもなかったじゃないですか。いつも思ってたんですよ。本当はわたしたちよりすごいはずって。」
「こりゃあ、見せないわけにはいかなくなったな。キリトからまた、前回ドロップした、いいモノもらえたし。」
「何なの、それ?あたしだけ知らない。」
「おお、そうだった。アルゴが知らないなんて、考えないからな。いや、靴だよ。」
「足技がブーストされるのね。」
「そう。踏み込んで戦える奴ならいいんだが、ボスモンスターは、必ず馬鹿でかいからな。体術を使うのに、空中殺法は必然なんだ。まあ、見せてやるよ。華麗な僕たちのコンビネーションを。」
「やっとお披露目できるのね。あたし、もうチャンスはないって、諦めてた。」
「何だ、シャルがやりたいなら、そう言えば、とっくにやってるのに。」
「だって、みんな真剣にやってるのに、二人で無駄に飛んだり跳ねたりしてたら、悪いわよ。」
「今回はムダではないさ、たぶんね。」
「やっとあたしの番かな。カイト、あたしなりに必死に考えたんだけど、あなたの言うとおり、ゲームクリアの瞬間は確かに危険だわ。」
「どういうこと?」
「ほら、あたしたちは、今このデスゲームに閉じ込められているというか、捕らえられてるわけでしょ。茅場晶彦がそれを開放したとしても、まさにその瞬間にこの状態を利用しようという人間がいてもおかしくないってこと。」
「そんなことできるの?」
「SAOを創るのに比べたらはるかに容易だわ。例えば、もう一つ、アインクラッドのコピーを作るのよ。もちろん今の状況では公開は無理だけど。極端な話、一人だけログインできればいいんだから。そこにSAOに捕らえられているプレイヤーを移すのよ。このアインクラッドは、ゲームクリアと同時に消去されるようになってるわ。まず、間違いない。コピーの方に移し替えること自体はそう難しくはないわ。だから、ゲームクリアされた後、ログアウトの間は確かに危険ね。誘拐みたいなものよ。」
「何の目的でそんなことをすると考えられるの?」
「プログラムやPCのことなら別だけど、カイトにも分からないことがあたしにわかるはずないわ。ただ、プレイヤーのリアルでの肉体に、何らかの形で干渉できるとすれば、この状態のまま、いわば誘拐して、人体実験みたいなことを考える奴もいるでしょうね。」
「それで、完全阻止まではやはり無理か?」
「ユイちゃんの時と同じよ。こちらは、カーディナルが動いてからでないと干渉できないから、どうしても後手に回ってしまう。そういう企みがあったら、完全に阻止するのは無理ね。ただ、前回の経験があるから、そこから食い止めることはできる、と思う。」
「リアルで僕の部下が気づいてくれればいいんだが、根が善良な人間は、どうしてもこういう悪企みに気づきにくい。」
「カイトは善悪、超越してるものね。」
「いや、絶対的な悪っていうのは考えられても、絶対的な善というのは、あるかどうかも分からない。わからないことを考えても仕方ないさ。とにかくだ。茅場にこのために、あの場所へ行くことを認めさせなければならない。キリトとの対決前になるだろう。茅場の性格なら認めるはずだ。どうも、このリスクに気づいてないフシがある。」
第五五層 グランザム血盟騎士団本部 会議室
攻略会議
カイトSide
「それではまず、カイトさんから、今回偵察戦が行えない理由についてご説明いただく。」
僕は、今回、オレンジプレイヤーを使った理由、そして結晶無効化空間かつ、扉が閉まるということが確認できたこと。オレンジのギルバートは瞬殺、おそらく一撃で殺されたと推定できること、を説明した。ギルバートの装備については説明しなかった。もしこの点について、ヒースクリフ以外の者から問われたらもちろん答える。そこまで固執はしない。うちのメンバーなら、最終決戦の作戦を知らない者でも、疑念があれば後で僕に訊いてくるはずで、会議で訊くことはありえない。やはり、質問はなかった。僕が話を終え、ヒースクリフが、立ち上がった瞬間に、思い出したように僕はいった。
「僕としたことが、大変重要な点を忘れていた。今回のギルバートの装備は盾、鎧をはじめ、できる限りの重装備をさせた。こういう装備は我々は使わないからね。これに勝る防御力はおそらく、ヒースクリフさんの神聖剣以外ないと思う。それでも瞬殺、おそらくは一撃で殺された。だからタンクでも全く安心できない。この点をふまえて作戦を立てていただければ、と思う。」
「今のカイトさんのお話を前提にしてもなお、前衛は僭越ながらわれわれ血盟騎士団が努めたい。ちょうど第五〇層の時と同じになるが、インビクタスは盾戦士を除いて、攻撃に専念していただきたい。」
僕は発言を求めた。
「ヒースクリフさんに関しては今回の敵がいかに強力であっても心配していない。ヒースクリフさんでも受けきれない攻撃があるのなら、ゲームクリア自体無理だろう。ただ、今第五〇層を例にとられたが、第二五層のようなケースも想定すべきだろう。つまり、二方向以上から強力な攻撃が来る場合だ。」
「その場合は私がいる反対側は下がってもらい、慎重に相手の攻撃を躱してチャンスをうかがうことになると思いますが。」
「ええ、しかし、それではあまりにバランスが悪い。実は、第72層で僕でも使える盾がドロップしましてね。」
僕はアイアスについて説明した。
「この盾は通常の攻撃であれば一枚目も抜かれません。強力なソードスキルであっても一枚目を抜くのがやっとです。つまり、アイアスが二枚目まで抜かれるのであれば、相手の攻撃は一撃必殺ということです。しかし、この盾の問題点は二つあります。一つは、これを展開している間は、攻撃は一切できないことです。もう一つはこの盾では相手の武器を抑えておくことができません。ですから、敵の攻撃力が分かったら、それに合わせて、われわれ独特のダメージディーラーが、タンクを務める戦術を取ります。相手の攻撃が最強ならば、キリトとアスナの二人にこの役をやってもらいます。僕では相手の武器等を抑えることができません。これは本人たちからの申し出でもあります。その場合は、かれらの代わりに僕とシャルが攻撃の中心になります。」
「確かにその作戦でしたら、死者を出さないで勝利することも可能かもしれません。そこまでは思い至りませんでした。」
「いえ、アイアスをボス戦の本戦で使ったことはないですからね。」
(当然知っているはずだ。死人が出ることに無頓着すぎるぞ。)
「今、カイトさんから、強力なアイテム、そして、あえて最大の攻撃力を防御に使うという、私などにはとても思い至らない、優れた作戦をご提示いただいた。場合によってはこれに従いたい。だが、これほど優れた作戦があっても、扉が締まったら撤退はできない。だから、今回はあえてフルレイドにはこだわらない。サバイビリティ(生存能力)を重視してメンバーを選びたい。インビクタスはカイトさん、聖竜騎士団はリンドさんの判断に委ねるが、それに加えて、参戦する本人の覚悟が重要だ。マスターのお二人はメンバーが確定したらご連絡いただきたい。では、出陣は明後日正午、ここにまた集まっていただく。それでよろしいでしょうか。」
僕もリンドも頷いた。
第五〇層 ギルド「インビクタス」本部 団長室
僕はシャル、とキリト、アスナを連れて団長室に戻った。
「アイアスってあんなふうに使うんだ。感心したよ。」
「アイアスの性能は十分説明したじゃないか。あのくらいはわかるはずだぞ。」
「ヒースクリフはショックだっただろうね。」
「何もかも知っているくせに、あの程度の作戦しか示さないんだから。ゲーマーとしての能力はちょっと疑わしいな。さて、メンバーだが。」
「失礼します。」
「おお、ウインリィか、どうした?」
「お願いがあります。」
「何かな?」
「わたしも、今回のボス戦に参加させてください。エドもアルも同じ気持ちです。前回のラフコフ討伐の時は参加するなというご命令に従いましたが、今回は是非とも参加させてください。」
「ウインリィ、あなた・・・」
アスナはウインリィのカイトに対する気持ちを知っている。だが、まさか、アスナがそれを言うわけにはいかない。
「僕はまだ、参加するなとは言っていない。そうか、そう言われるのが嫌なんだね。ボス戦には参加したいが、僕の命令に逆らうのも嫌、か。マスター冥利に尽きるな。いいよ、全員参加を認めよう。」
(ウインリィ、そうだったのか。気がつかなかった。)
「あなた、そんなに簡単に!」
「ありがとうございます。わたし以外の二人も凄く喜びます。」
「大丈夫だ。本当に危なかったら、アイアスの後ろに並んでいればいいんだから。ウインリィ確認しておきたいんだが、君はなぜそんなに今回、参加したいのかな?」
(カイト兄さん、その質問は酷だわ。)アスナは思った。だが、ウインリィは堂々としていた。
「団長が、今回はじめて、本気で戦われると噂で聞きました。わたしも、そのお姿を見たいのです。」
(今度は男冥利に尽きるか。言葉もかけてあげたいけど、うっかり口には出せないからなあ。)
「きっと、きみの期待に応えられるだろう。」
ウインリィはにっこり笑った。いい笑顔だ。
「今回は血盟からはおそらく18人、聖竜は4人出せるかどうか。ウチから20人以上出しても、フルレイドには全然足りない。僕は3人に加えてシリカも出すつもりだ。」
「レベル的に無理じゃん。シリカまで出すのは反対だなあ。」
「シリカは戦闘には参加させない。最後方でヒールに徹してもらう。本来ビーストによるヒールの対象はテイマー限定なんだが、テイマーの指示でその他の者のヒールも可能なようにピナを調教した。これはラムレイも同じだ。グリゼルダの攻撃力は惜しいが、最終段階まで後ろに下がらせ、ヒールに徹してもらう。結晶無効化空間でこの2頭のビーストによるヒールは大きいよ。ラムレイもピナもだいぶパワーアップしているからね。」
結局インビクタスからは、僕(カイト)シャル、キリト、アスナ、アルゴ、クライン以下風林火山の6人、グリゼルダ、クー・フーリン、オルランド、ベオウルフ、カインズ、ウインリィ、エドワード、アルフレッド、シリカ
の20人が参戦することになった。ほとんど、総出と言って良い。血盟騎士団から18人、聖竜騎士団も6人の参戦になった。
続く
アイアスをあえて出したのは第七五層で死者を出さないためなのでした。